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第三章 刻み込まれた任務
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「ありがたい。よろしく頼みましたよ」
遺跡の場所は、ここから三日もあれば着ける山の中だ。十日後にここで落ち合うということで話をつけ、アンセルムは前金と古文書を置いて去って行った。
アンセルムを見送って、ヨシマサがふと見ると、ミドリはまた古文書を開いて読んでいる。
「どうした、熱心だな。何か気になることでもあるのか?」
「……はい」
ミドリは顔を上げて答えた。
「実は、あのクモの妖怪獣が、気になることを言っていたんです。僕に向かって、【越界の門】がどうとか。で、この古文書にも同じ言葉が書かれています。もしかしたら偶然、同じ名前なだけで、全く関係のない別の物を指しているのかもしれませんけど」
ヨシマサは、耳を疑いながら目を見張った。
「越界の門、だと?」
「よくも、こんな……越界の門の研究に、わしがどれほどの苦労をしてきたと……!」
あの日、ザルツの拠点でミドリを刺した男が、言っていた言葉だ。そのことはずっと以前、ディルガルトでのミドリの身元調査の時、ミドリ自身にも告げている。
「僕は、妖怪獣召喚について研究していた施設に、攫われたんですよね。だとすると、僕がその……妖怪獣関連の、大規模な何かの儀式の、生贄としての適性がある、とかいうことでは?」
「それは俺も考えた。だが、それにしてはあの時、お前があの場で殺されかけたことが腑に落ちん。ザルツにとって、お前はいわば、貴重な人材のはずなのに。ただ逃げて、改めてお前を攫っても良かったはずだ。逃走時間を稼ぐ為に断腸の思いで、という様子でもなかったしな」
「……」
自分が殺されかけた時の話なので、ミドリの顔色が少し青ざめる。
だが、これはミドリ本人もしっかりと認識し、考えねばならない事柄だ。ヨシマサは、口調を緩めずに話を続けた。
「諸々の細かい疑問は脇に置くとしてだ。あのクモ男の、「悲願達成への最後の一人」などの言動も併せて考えると、ザルツが再び、お前を攫おうとしている可能性は高い。ルファルの時の蛇男も、ザルツと無関係ではあるまいしな。だとすれば、この調査依頼は奴らの罠かもしれん。が、それならばそれで、」
ヨシマサは、まっすぐにミドリを見つめて言った。
「あえてそれに乗り、奴らの懐に入ることで、何か手がかりを得られるかもしれん。お前が宿す何らかの適性、ザルツがお前を狙う理由、などを突き止められれば、お前が攫われた経緯、攫われた場所、つまりお前の故郷の情報に繋がるだろう」
ヨシマサの視線を受け止めたミドリは、無言で重く頷く。
「無論、危険はある。だが、結局のところザルツ以外には、手がかりを得られる当てがないのも事実だ。ならば、行くしかあるまい。……心配するな、俺がついている」
「はいっ!」
ヨシマサの、勇気づけてくれようとしている笑顔を前にしたミドリは、明るく力強く頷いた。
「それに、お前も知っての通り、今は頼もしいエルフの仲間が二人もいるしな。この通り」
と、ヨシマサが視線を巡らせると、そこにはレティアナしかいない。
「全く、頼もしいことだ」
トーエスの街を出て北西に向かうと、森がある。
冒険者や騎士などは、仕事での必要性があるので、大なり小なり夜目が利く。昼間と同じように全く不自由なく、とまではいかないが、戦闘はともかく道を歩くだけなら、たとえ森の中であっても、月や星の明かりだけで充分だ。
だからアンセルムも、松明やランタンを持つこともなく、森の中を黙々と歩いている。
「オレは、気配だか何だか、そういうのは全くわからないんだが」
突然、アンセルムは足を止めて、暗い空間に向かって喋りだした。
「今から、ソレーヌ様から指示された通りに喋るぞ。……着いて来てるんだろう、マリカ? 残念ながら無駄足だぞ。オレはこの後、ソレーヌ様とは合流しない。つまり、オレを尾行してもソレーヌ様には会えない。会いたかったら、素直にさっきの話に乗ることだ」
「……そうすれば会えるの?」
暗闇の中から、マリカの声がした。その声がどこから聞こえてくるのか、アンセルムには毛ほども掴めない。だが、アンセルムは最初から、声の出どころを探る気などない。
「ああ、会える。だが、まだ準備中なんでな。ヨシマサたちと一緒に街を出て、四人で歩いて、さっき調査依頼した遺跡まで来い。お前らが到着する頃には、万端整ってるから」
「わたしを殺す為の、罠の準備が万端整うってことね」
「違う。お前を殺すだけなら、罠などは必要ないそうだ」
ぴくり、とマリカの気配が乱れた。それもアンセルムには全く読み取れないが。
「へえ。わたしも、随分とナメられたものね。でも、だったら何の準備をしてるってのよ」
「お前を殺した後、お前やレティアナやヨシマサの死骸を見て高笑いしながら、次へ進む。その準備だ。ソレーヌ様にとって、お前たちを殺すのは通過点に過ぎない」
「……死骸、一つ足りないようだけど」
「ああ。それは死骸になるかならないか、まだわからんのでな。あのガキはあの通りの容姿だから、あるいは生き残った場合、ソレーヌ様がオモチャにするかもしれん」
くくっ、とアンセルムが嗤う。マリカの声は低くなる。
「それは、阻止したいわね。断固として」
「だったら明日、ちゃんと来い。お前は、ソレーヌ様を逃がすわけにはいかないんだろう?」
「もちろんよ」
「四人揃って、だぞ。こっちは全員に用があるんでな」
「ヨシマサにも? ……ああ、恨みがあるんだったっけ」
「ボスの目的は、あのガキを手に入れること。そして、ヨシマサに言いたいことがあるそうだ。お前とレティアナはどうでもいいわけだが、ま、持ちつ持たれつだな。ボスとソレーヌ様とで」
暗闇の中、少し間が開く。
「一応、聞いてみるけど。そのボスっていうのは、ザルツの地方支部長のこと? 本部に反抗を企ててるとかいう」
「その通りだ」
アンセルムは即答した。
「その反抗ができるのは、というか、できるとボスが判断し決断したのは、ソレーヌのおかげ? だからソレーヌは、支部内で出世できてるとか?」
「ああそうだ」
「随分あっさりと認めるのね」
「あっさり過ぎて不自然で、疑わしいか? だがあの日、たった一日で、同じ街に立て続けに異様な妖怪獣が現れたことをどう思う? 不自然だろう?」
「それを、ソレーヌがやったっての? ミドリちゃんを狙って?」
「そうだ。そんなことはザルツの関係者、それもそこそこの地位にある者でないとできまい。例えば支部長の直属の部下、とかな。あの妖怪獣どもが首尾よくあのガキを攫えれば、お前ら三人に対して人質として使うつもりだった。それは叶わなかったが、まあ想定内のことだ」
「今、随分と気軽に喋ってるけど、さっきザルツの人間だと名乗らなかったのはどうして?」
「お前とレティアナは、どうあれオレの話に乗るだろう。ソレーヌ様というエサがあるからな。が、ヨシマサにはそれがない。短絡的にカッとなって、ザルツ憎しで刀を抜かれでもしたら、オレの命に関わる。一応、それを防ぐ布石は打ったが、絶対安全とは言い切れない」
妖怪獣がミドリを狙っていると示すことで、ザルツがミドリを欲しがっていると思わせ、ミドリの情報がザルツ側にある、と思わせた。それをヨシマサが欲しがれば、ということか。
おそらく、ヨシマサはその通りに考えるだろう。とマリカは思った。そしてヨシマサの思考がそこまで到達すれば、ヨシマサにとっても、アンセルムの話に乗るエサができたことになる。その為には、アンセルムがザルツの人間であると信じてもらう方が良く、それは今達成した。
かくして、アンセルムの望み通り、四人を招待することができるわけだ。ザルツの地方支部のボスと、そしてソレーヌが、準備万端整えたところに。
「……いろいろ解ったわ。ありがとう」
「なら、よろしくな」
マリカとの話を終えて、アンセルムは歩き出した。
遺跡の場所は、ここから三日もあれば着ける山の中だ。十日後にここで落ち合うということで話をつけ、アンセルムは前金と古文書を置いて去って行った。
アンセルムを見送って、ヨシマサがふと見ると、ミドリはまた古文書を開いて読んでいる。
「どうした、熱心だな。何か気になることでもあるのか?」
「……はい」
ミドリは顔を上げて答えた。
「実は、あのクモの妖怪獣が、気になることを言っていたんです。僕に向かって、【越界の門】がどうとか。で、この古文書にも同じ言葉が書かれています。もしかしたら偶然、同じ名前なだけで、全く関係のない別の物を指しているのかもしれませんけど」
ヨシマサは、耳を疑いながら目を見張った。
「越界の門、だと?」
「よくも、こんな……越界の門の研究に、わしがどれほどの苦労をしてきたと……!」
あの日、ザルツの拠点でミドリを刺した男が、言っていた言葉だ。そのことはずっと以前、ディルガルトでのミドリの身元調査の時、ミドリ自身にも告げている。
「僕は、妖怪獣召喚について研究していた施設に、攫われたんですよね。だとすると、僕がその……妖怪獣関連の、大規模な何かの儀式の、生贄としての適性がある、とかいうことでは?」
「それは俺も考えた。だが、それにしてはあの時、お前があの場で殺されかけたことが腑に落ちん。ザルツにとって、お前はいわば、貴重な人材のはずなのに。ただ逃げて、改めてお前を攫っても良かったはずだ。逃走時間を稼ぐ為に断腸の思いで、という様子でもなかったしな」
「……」
自分が殺されかけた時の話なので、ミドリの顔色が少し青ざめる。
だが、これはミドリ本人もしっかりと認識し、考えねばならない事柄だ。ヨシマサは、口調を緩めずに話を続けた。
「諸々の細かい疑問は脇に置くとしてだ。あのクモ男の、「悲願達成への最後の一人」などの言動も併せて考えると、ザルツが再び、お前を攫おうとしている可能性は高い。ルファルの時の蛇男も、ザルツと無関係ではあるまいしな。だとすれば、この調査依頼は奴らの罠かもしれん。が、それならばそれで、」
ヨシマサは、まっすぐにミドリを見つめて言った。
「あえてそれに乗り、奴らの懐に入ることで、何か手がかりを得られるかもしれん。お前が宿す何らかの適性、ザルツがお前を狙う理由、などを突き止められれば、お前が攫われた経緯、攫われた場所、つまりお前の故郷の情報に繋がるだろう」
ヨシマサの視線を受け止めたミドリは、無言で重く頷く。
「無論、危険はある。だが、結局のところザルツ以外には、手がかりを得られる当てがないのも事実だ。ならば、行くしかあるまい。……心配するな、俺がついている」
「はいっ!」
ヨシマサの、勇気づけてくれようとしている笑顔を前にしたミドリは、明るく力強く頷いた。
「それに、お前も知っての通り、今は頼もしいエルフの仲間が二人もいるしな。この通り」
と、ヨシマサが視線を巡らせると、そこにはレティアナしかいない。
「全く、頼もしいことだ」
トーエスの街を出て北西に向かうと、森がある。
冒険者や騎士などは、仕事での必要性があるので、大なり小なり夜目が利く。昼間と同じように全く不自由なく、とまではいかないが、戦闘はともかく道を歩くだけなら、たとえ森の中であっても、月や星の明かりだけで充分だ。
だからアンセルムも、松明やランタンを持つこともなく、森の中を黙々と歩いている。
「オレは、気配だか何だか、そういうのは全くわからないんだが」
突然、アンセルムは足を止めて、暗い空間に向かって喋りだした。
「今から、ソレーヌ様から指示された通りに喋るぞ。……着いて来てるんだろう、マリカ? 残念ながら無駄足だぞ。オレはこの後、ソレーヌ様とは合流しない。つまり、オレを尾行してもソレーヌ様には会えない。会いたかったら、素直にさっきの話に乗ることだ」
「……そうすれば会えるの?」
暗闇の中から、マリカの声がした。その声がどこから聞こえてくるのか、アンセルムには毛ほども掴めない。だが、アンセルムは最初から、声の出どころを探る気などない。
「ああ、会える。だが、まだ準備中なんでな。ヨシマサたちと一緒に街を出て、四人で歩いて、さっき調査依頼した遺跡まで来い。お前らが到着する頃には、万端整ってるから」
「わたしを殺す為の、罠の準備が万端整うってことね」
「違う。お前を殺すだけなら、罠などは必要ないそうだ」
ぴくり、とマリカの気配が乱れた。それもアンセルムには全く読み取れないが。
「へえ。わたしも、随分とナメられたものね。でも、だったら何の準備をしてるってのよ」
「お前を殺した後、お前やレティアナやヨシマサの死骸を見て高笑いしながら、次へ進む。その準備だ。ソレーヌ様にとって、お前たちを殺すのは通過点に過ぎない」
「……死骸、一つ足りないようだけど」
「ああ。それは死骸になるかならないか、まだわからんのでな。あのガキはあの通りの容姿だから、あるいは生き残った場合、ソレーヌ様がオモチャにするかもしれん」
くくっ、とアンセルムが嗤う。マリカの声は低くなる。
「それは、阻止したいわね。断固として」
「だったら明日、ちゃんと来い。お前は、ソレーヌ様を逃がすわけにはいかないんだろう?」
「もちろんよ」
「四人揃って、だぞ。こっちは全員に用があるんでな」
「ヨシマサにも? ……ああ、恨みがあるんだったっけ」
「ボスの目的は、あのガキを手に入れること。そして、ヨシマサに言いたいことがあるそうだ。お前とレティアナはどうでもいいわけだが、ま、持ちつ持たれつだな。ボスとソレーヌ様とで」
暗闇の中、少し間が開く。
「一応、聞いてみるけど。そのボスっていうのは、ザルツの地方支部長のこと? 本部に反抗を企ててるとかいう」
「その通りだ」
アンセルムは即答した。
「その反抗ができるのは、というか、できるとボスが判断し決断したのは、ソレーヌのおかげ? だからソレーヌは、支部内で出世できてるとか?」
「ああそうだ」
「随分あっさりと認めるのね」
「あっさり過ぎて不自然で、疑わしいか? だがあの日、たった一日で、同じ街に立て続けに異様な妖怪獣が現れたことをどう思う? 不自然だろう?」
「それを、ソレーヌがやったっての? ミドリちゃんを狙って?」
「そうだ。そんなことはザルツの関係者、それもそこそこの地位にある者でないとできまい。例えば支部長の直属の部下、とかな。あの妖怪獣どもが首尾よくあのガキを攫えれば、お前ら三人に対して人質として使うつもりだった。それは叶わなかったが、まあ想定内のことだ」
「今、随分と気軽に喋ってるけど、さっきザルツの人間だと名乗らなかったのはどうして?」
「お前とレティアナは、どうあれオレの話に乗るだろう。ソレーヌ様というエサがあるからな。が、ヨシマサにはそれがない。短絡的にカッとなって、ザルツ憎しで刀を抜かれでもしたら、オレの命に関わる。一応、それを防ぐ布石は打ったが、絶対安全とは言い切れない」
妖怪獣がミドリを狙っていると示すことで、ザルツがミドリを欲しがっていると思わせ、ミドリの情報がザルツ側にある、と思わせた。それをヨシマサが欲しがれば、ということか。
おそらく、ヨシマサはその通りに考えるだろう。とマリカは思った。そしてヨシマサの思考がそこまで到達すれば、ヨシマサにとっても、アンセルムの話に乗るエサができたことになる。その為には、アンセルムがザルツの人間であると信じてもらう方が良く、それは今達成した。
かくして、アンセルムの望み通り、四人を招待することができるわけだ。ザルツの地方支部のボスと、そしてソレーヌが、準備万端整えたところに。
「……いろいろ解ったわ。ありがとう」
「なら、よろしくな」
マリカとの話を終えて、アンセルムは歩き出した。
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