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第一章 忍者の里、エルフの里
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相棒が突然足を止めたのに気づき、マリカも足を止め、振り返った。
「どうしたの、レティアナ?」
「……不自然な……とても不自然な、何か……」
レティアナが手を翳し、その指の間から覗き込むようにして見ているのは、二人が向かっているトーエスの街。まだ距離があるので、街が丸ごと指の間に収まって見える。
その状態でレティアナは街を見て、そして言った。
「マリカ、急ぐわよ! 既にあの二人が危ないかもしれない!」
「わかった!」
マリカは何も質問せず、レティアナの言葉に従った。軽く、地を蹴ったかと思うと、その姿はあっという間に小さくなり、街の方へと消えていく。
「風の神様、御力を……」
一陣の旋風が巻き起こり、レティアナの体を包み、僅かに地から浮かせたかと思うと、街へ向けて吹き飛ばした。
トーエスの街では、阿鼻叫喚の大騒動が起こっていた。
突如現れた怪人が、買い物客や旅人で賑わう中央商店街で暴れだしたのだ。その場に居合わせた旅の剣士や魔術師、腕自慢の傭兵などが阻止しようと挑むも、悉く退けられてしまった。
その怪人は一見したところ、土のような色の肌をして腰にぼろ布を巻いた、筋肉質の巨漢だ。それだけなら、ただの泥まみれの人間とも思えるところだが、頭部の形状が人間でないことを示している。首は全くなく、肩の上にそのまま、大きなクモが一匹、頭蓋骨の代わりに鎮座しているのである。
黒一色の八つ目、長い牙からは涎を垂らし、長い八本の脚は、髪のように胸や背に垂れている。腰のぼろ布も、よく見ると布ではなく、体毛が密集しているだけだ。
おぞましい姿の怪人が、大混乱に陥って逃げ惑う人々を追い、その中に跳び込んだ。そして、五歳前後とみられる幼い姉弟を捕らえ、口から吐いた糸で拘束し、担ぎ上げる。
そのまま攫って行くかと思いきや、怪人は異様な行動に出た。見た目通りというか、クモらしく、巣作りを始めたのである。但し、そのクモが人間大なので、巣のスケールも桁が違う。
荷馬車が行き交う広さの街路を、丸ごと跨ぐ壁のように、口から出る糸を張っていく。大通りの左右に並ぶ建造物を利用して、下は子供の背丈ぐらいの高さから、上は三階に届く位置まで達する直径の、高く広い、巨大な巣を、あっという間に作り上げてしまった。
怪人は、抱えていた姉弟をその巣へと投げ上げて、二階の窓ぐらいの高さにピタリと貼り付けた。まるで、狩った獲物を誇るかのように。そして自身はその巣に上ることなく、地に立っている。まるで、挑戦者を待ち望んでいるかのように。
その様を見て、更に何人かが怪人に挑んだ。が、怪人の剛力と瞬発力、鋭い爪と牙の前に、為すすべなく薙ぎ倒されていく。
その間に、せめて子供たちを救出しようと、巣を壊そうとする者もいた。屋根に上り、高い位置の糸を切断しようともした、が、だめだった。怪人の吐いた糸は耐刃性と弾力に富み、剣も、斧も、鉈も、切りつけても叩きつけても、勢いよく弾き返されるだけで、切断どころか傷をつけることさえできない。魔術の炎を浴びせた者もいたが、それでも焦げ目ひとつつかない。
そんな者たちにも、怪人は襲いかかり、叩き伏せ、切り倒していく。
「オオオオォォォォ!」
怪人が大きく吠えた。
敗退あるいは重傷を負って担がれていった人数が二十を越えた辺りで、商店街から人気が失せた。逃げ惑う人たちの姿すら消えた。街路からも、商店からも、人の姿が見当たらなくなる。町に常駐している騎士の詰所に救援を呼びに行った者もいたが、騎士たちの到着にはまだ時間がかかるだろう。そんな現場に、
「兄様、あれです!」
騒ぎを聞いたヨシマサとミドリが駆けつけた。怪人の姿を確認して、ヨシマサは足を止める。
「……間違いない。まさかとは思ったが、確かにあれは妖怪獣だ。なぜこんなことを?」
土色の肌をした巨漢、クモの妖怪獣を見たヨシマサは、驚きと共に疑問を抱いた。
ヨシマサは過去、妖怪獣と戦ったことは何度もある。が、拠点への奇襲をかけて大乱闘となったあの事件を除いて、妖怪獣たちの任務はあくまでも誘拐だった。
こっそりと子供を攫うのが仕事であり、戦うのはそれを発見された時のみ。それも、攻撃で逃走経路が開ければ、さっさと逃走していた。もともとバケモノなので、犯行時に顔を見た相手は殺さねばならない、ということもないからだ。
おそらく妖怪獣は、そうそう使い捨てにできるほど、お安いものではないからだろう。だから軽々しく危険を冒して戦わないようにと、普段はそう命ぜられているに違いない。
だが今回のこれは、違う。邪魔をする奴はかかってこいと、挑戦を受ける姿勢を見せている。そしてその挑戦を見事に退けている。
確かに、並の妖怪獣より強いようだ。だが、わざわざこんなことをする理由は何なのか。
「! こ、子供たちが捕まってる!」
巣に捉えられている幼い姉弟を見つけたミドリが、ヨシマサを置いて一人で走った。
怪人はすぐに気づき、迎撃すべく、ミドリに向かって突進する。
ミドリは走りながら素早く印を切り、古代語の呪文を唱えた。すると、ミドリの手から眩しい電光が迸り、怪人の胸板に命中!
「ガアッ!」
その一撃で、怪人は壁にぶつかったかのように突進を止められ、数歩よろめいた。土色の分厚い胸から、煙が上がっている。
ヨシマサは、今度はミドリに対して驚いた。呪文の詠唱後、文字通り「瞬くほどの間」に魔力を練り上げ、電撃に変換し、正確に射出して見せたことに。ミドリの魔術が、これほどのものだとは思わなかったのだ。
魔力といっても人間のものなので、筋力などと同じ要素も多い。例えば生まれつき大柄で、10の力を持っている者が、修行をして10倍に成長すれば、100の力を発揮できる。これに対して、生まれつき小柄で筋肉量が少なく、力が1であれば、同じだけ修行して同じように10倍になっても、10の力しか得られない。100と10、その差は90。同じ努力で同じ成長をしてもそれだけの差が出る。
無論、10の力の者が努力を全くしなければ10の力のまま、1の力の者が20倍成長すれば20となって逆転できる。が、それは10の側に「努力をしないというハンデ」をつけた場合の話だ。公平に同等の努力で比較すれば、やはり元々の力の量で勝敗が決まるし、10の力の者が必死に努力して20倍30倍に成長すれば、もう1の力の者は追いつけない。
これが素質・才能というものである。「1の力の者が20の努力をすることで生まれつき10の者を追い越す」というのは、せいぜい勇敢な行為をして手柄を立て、勇気ある者、勇者として称えられるという程度のこと。血筋などに関係なく、頑張れば誰にでも可能性のあることであり、勇者の国たるディーガルでは、ありふれた話だ。
すなわち、歴史に名を残す英雄や賢者といった者たち、その伝説というのは、100の素質の者が100の努力をした、というケースなのである。
この、「才能の基礎理論」と呼ばれる話を、ヨシマサは魔術研究所で聞いた。ミドリの場合も、この理論で言うところの、元々の数値が極めて高いということだ。
元々が20あれば、修行をして2倍になれば40となる。その増加分は20だ。10の者が2倍になったなら20で、増加分は10しかない。素質が大きいほど、少しの修行で大きく伸びる。ミドリの初期数値は、20なのか30なのかそれ以上か。
それが、ミドリの身元の手がかりになるかもしれない。今のところそれしか手がかりはない。
「どうしたの、レティアナ?」
「……不自然な……とても不自然な、何か……」
レティアナが手を翳し、その指の間から覗き込むようにして見ているのは、二人が向かっているトーエスの街。まだ距離があるので、街が丸ごと指の間に収まって見える。
その状態でレティアナは街を見て、そして言った。
「マリカ、急ぐわよ! 既にあの二人が危ないかもしれない!」
「わかった!」
マリカは何も質問せず、レティアナの言葉に従った。軽く、地を蹴ったかと思うと、その姿はあっという間に小さくなり、街の方へと消えていく。
「風の神様、御力を……」
一陣の旋風が巻き起こり、レティアナの体を包み、僅かに地から浮かせたかと思うと、街へ向けて吹き飛ばした。
トーエスの街では、阿鼻叫喚の大騒動が起こっていた。
突如現れた怪人が、買い物客や旅人で賑わう中央商店街で暴れだしたのだ。その場に居合わせた旅の剣士や魔術師、腕自慢の傭兵などが阻止しようと挑むも、悉く退けられてしまった。
その怪人は一見したところ、土のような色の肌をして腰にぼろ布を巻いた、筋肉質の巨漢だ。それだけなら、ただの泥まみれの人間とも思えるところだが、頭部の形状が人間でないことを示している。首は全くなく、肩の上にそのまま、大きなクモが一匹、頭蓋骨の代わりに鎮座しているのである。
黒一色の八つ目、長い牙からは涎を垂らし、長い八本の脚は、髪のように胸や背に垂れている。腰のぼろ布も、よく見ると布ではなく、体毛が密集しているだけだ。
おぞましい姿の怪人が、大混乱に陥って逃げ惑う人々を追い、その中に跳び込んだ。そして、五歳前後とみられる幼い姉弟を捕らえ、口から吐いた糸で拘束し、担ぎ上げる。
そのまま攫って行くかと思いきや、怪人は異様な行動に出た。見た目通りというか、クモらしく、巣作りを始めたのである。但し、そのクモが人間大なので、巣のスケールも桁が違う。
荷馬車が行き交う広さの街路を、丸ごと跨ぐ壁のように、口から出る糸を張っていく。大通りの左右に並ぶ建造物を利用して、下は子供の背丈ぐらいの高さから、上は三階に届く位置まで達する直径の、高く広い、巨大な巣を、あっという間に作り上げてしまった。
怪人は、抱えていた姉弟をその巣へと投げ上げて、二階の窓ぐらいの高さにピタリと貼り付けた。まるで、狩った獲物を誇るかのように。そして自身はその巣に上ることなく、地に立っている。まるで、挑戦者を待ち望んでいるかのように。
その様を見て、更に何人かが怪人に挑んだ。が、怪人の剛力と瞬発力、鋭い爪と牙の前に、為すすべなく薙ぎ倒されていく。
その間に、せめて子供たちを救出しようと、巣を壊そうとする者もいた。屋根に上り、高い位置の糸を切断しようともした、が、だめだった。怪人の吐いた糸は耐刃性と弾力に富み、剣も、斧も、鉈も、切りつけても叩きつけても、勢いよく弾き返されるだけで、切断どころか傷をつけることさえできない。魔術の炎を浴びせた者もいたが、それでも焦げ目ひとつつかない。
そんな者たちにも、怪人は襲いかかり、叩き伏せ、切り倒していく。
「オオオオォォォォ!」
怪人が大きく吠えた。
敗退あるいは重傷を負って担がれていった人数が二十を越えた辺りで、商店街から人気が失せた。逃げ惑う人たちの姿すら消えた。街路からも、商店からも、人の姿が見当たらなくなる。町に常駐している騎士の詰所に救援を呼びに行った者もいたが、騎士たちの到着にはまだ時間がかかるだろう。そんな現場に、
「兄様、あれです!」
騒ぎを聞いたヨシマサとミドリが駆けつけた。怪人の姿を確認して、ヨシマサは足を止める。
「……間違いない。まさかとは思ったが、確かにあれは妖怪獣だ。なぜこんなことを?」
土色の肌をした巨漢、クモの妖怪獣を見たヨシマサは、驚きと共に疑問を抱いた。
ヨシマサは過去、妖怪獣と戦ったことは何度もある。が、拠点への奇襲をかけて大乱闘となったあの事件を除いて、妖怪獣たちの任務はあくまでも誘拐だった。
こっそりと子供を攫うのが仕事であり、戦うのはそれを発見された時のみ。それも、攻撃で逃走経路が開ければ、さっさと逃走していた。もともとバケモノなので、犯行時に顔を見た相手は殺さねばならない、ということもないからだ。
おそらく妖怪獣は、そうそう使い捨てにできるほど、お安いものではないからだろう。だから軽々しく危険を冒して戦わないようにと、普段はそう命ぜられているに違いない。
だが今回のこれは、違う。邪魔をする奴はかかってこいと、挑戦を受ける姿勢を見せている。そしてその挑戦を見事に退けている。
確かに、並の妖怪獣より強いようだ。だが、わざわざこんなことをする理由は何なのか。
「! こ、子供たちが捕まってる!」
巣に捉えられている幼い姉弟を見つけたミドリが、ヨシマサを置いて一人で走った。
怪人はすぐに気づき、迎撃すべく、ミドリに向かって突進する。
ミドリは走りながら素早く印を切り、古代語の呪文を唱えた。すると、ミドリの手から眩しい電光が迸り、怪人の胸板に命中!
「ガアッ!」
その一撃で、怪人は壁にぶつかったかのように突進を止められ、数歩よろめいた。土色の分厚い胸から、煙が上がっている。
ヨシマサは、今度はミドリに対して驚いた。呪文の詠唱後、文字通り「瞬くほどの間」に魔力を練り上げ、電撃に変換し、正確に射出して見せたことに。ミドリの魔術が、これほどのものだとは思わなかったのだ。
魔力といっても人間のものなので、筋力などと同じ要素も多い。例えば生まれつき大柄で、10の力を持っている者が、修行をして10倍に成長すれば、100の力を発揮できる。これに対して、生まれつき小柄で筋肉量が少なく、力が1であれば、同じだけ修行して同じように10倍になっても、10の力しか得られない。100と10、その差は90。同じ努力で同じ成長をしてもそれだけの差が出る。
無論、10の力の者が努力を全くしなければ10の力のまま、1の力の者が20倍成長すれば20となって逆転できる。が、それは10の側に「努力をしないというハンデ」をつけた場合の話だ。公平に同等の努力で比較すれば、やはり元々の力の量で勝敗が決まるし、10の力の者が必死に努力して20倍30倍に成長すれば、もう1の力の者は追いつけない。
これが素質・才能というものである。「1の力の者が20の努力をすることで生まれつき10の者を追い越す」というのは、せいぜい勇敢な行為をして手柄を立て、勇気ある者、勇者として称えられるという程度のこと。血筋などに関係なく、頑張れば誰にでも可能性のあることであり、勇者の国たるディーガルでは、ありふれた話だ。
すなわち、歴史に名を残す英雄や賢者といった者たち、その伝説というのは、100の素質の者が100の努力をした、というケースなのである。
この、「才能の基礎理論」と呼ばれる話を、ヨシマサは魔術研究所で聞いた。ミドリの場合も、この理論で言うところの、元々の数値が極めて高いということだ。
元々が20あれば、修行をして2倍になれば40となる。その増加分は20だ。10の者が2倍になったなら20で、増加分は10しかない。素質が大きいほど、少しの修行で大きく伸びる。ミドリの初期数値は、20なのか30なのかそれ以上か。
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