子連れ侍とニッポニア・エル腐

川口大介

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序章

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 館の中。攻めてきたシルヴィたちを迎撃する為、警備の者たちは全て出てしまったらしく、がらんとしていて人の気配はない。やはりここは、ザルツの本拠地ではなく、妖怪獣関係の研究などをする施設、拠点のひとつなのだろう。だから配備されている人員も少ないのだ。
 と思ったが、ヨシマサは感じ取った。気配、ではなく、【気】そのもので。
「……いるな。二階の奥か」
 抜き身の刀を手に階段を駆け上がり、ヨシマサは館の最深部を目指す。
 やがて正面に見えてきた、一際大きな両開きの扉。その向こうに、多くの【気】を感じる。
 扉を開けて入ってきた侵入者に対し、妖怪獣たちが一斉に襲い掛かるつもりなのだろう。だがその数、位置、おおよその力量までヨシマサは読み切っていた。
「外にいた奴らと大差ない、むしろ弱いぐらいだ。ならば問題ない!」
 走ってきた勢いそのままに、ヨシマサは扉を蹴破った。その蹴破った扉を薄紙のように貫いて、あるいは切り裂いて、八匹分の獣の牙や爪がヨシマサを襲う。
 ヨシマサは刀を再び鞘に収めて体を捩じり、体勢を低くした。居合いの構えだが、これは間合いを読ませぬことよりも、斬撃に勢いをつける為と、呼吸を整え精神を集中させる為のものだ。ヨシマサは、瞬きよりも早い刹那の間にそれらを済ませた。
 そして、刀を抜き放つ。その時、まるでカーテンの隙間から朝日が差し込むように、鞘から抜かれた刀身が、眩しく輝いた。
 朝日と見紛うばかりに強く、だが暖かくはなくむしろ冷たさを感じる白光。それを宿らせた刀身が抜き放たれ、円を描いて薙ぎ払われる。その時、白光は刀身と同じ形、同じ薄さで、刀身に沿って長く伸びていた。まるでそれは、刃が二倍にもなったような……
「ガアアァァッ!」
 ような、ではなく、事実、そうであった。
 本来であれば刀が届くはずのない距離にまで、白光は伸びており、その白光に斬られた妖怪獣は、刃を受けたのと全く同様に、両断されたのである。
 倍の半径で薙ぎ払われた居合い斬り。それは、ヨシマサを包囲して襲い掛かってきていた八匹の妖怪獣たちを、ただの一振りで肉塊と化してしまった。
 血の噴水を上げながら、妖怪獣たちがバタバタと倒れる。既に白光は消えて元通りになった刀を構え、ヨシマサは油断なく部屋の奥を見据えた。目はまっすぐに正面へ向けたまま、視界全てに意識を払い、首も瞳も動かすことなく瞬時に部屋中を見渡す。広々とした室内には、得体の知れぬ薬品だか実験器具だか魔術用具だかが散乱し、積み上げられ、異臭を発している。
 もっとも、異臭の一番の原因は、薬や道具などではない。それらに混じってゴミのように散らばっている、多くの死体だ。それらは全て、まだ十歳そこそこの子供たちばかりである。
 その死にざまも凄惨を極めている。腕や脚が切断されていたり、臓腑が抉り出されて空っぽであったり、頭部が三つ、四つの輪切りになっていたり。
『高度な召喚術を研究するための、いろいろな儀式を試すための、実験材料というところか』
 ヨシマサは吐き気と、そして怒りを噛み殺して、部屋の奥にいる男を睨みつけた。
 この部屋の中で立っている、ヨシマサ以外の唯一の人物。五十代後半ぐらいと見えるその男、着ているものは地味な灰色のローブで、魔術師としては有り触れた出で立ちだ。だが、ヨシマサを睨み返すその視線はやはり、尋常ではなく禍々しい。
「よくも……越界の門の研究に、わしがどれほどの苦労をしてきたと……!」
 心の底から悔しそうな様子のその男は、柄から刃まで真っ黒に染まった短剣を握っている。
 外から聞こえる戦いの音が、だいぶ小さくなってきた。妖怪獣たちの咆哮が、どんどん少なくなっている。間もなく、シルヴィたちが館に入って来るだろう。
 ヨシマサは怒りながらも、冷静に思考を巡らせ、周囲の気を探り、状況を分析していく。
『あの短剣、かなりの魔力を宿しているな。だが炎だの雷だのを放てる魔剣というわけではなさそうだ。おそらく、ただ魔力を備蓄しておいて、術を使う時に一気に解放する、袋のようなもの。つまり、術者が大した奴でなければ、大した術は使えない。恐れることはない』
 そこそこの魔術師であれば、先程の妖怪獣たちと一緒にヨシマサたちへ攻撃を仕掛けるか、せめて後方から援護射撃などをしているはず。それをせず、こんなところで悔しがっているのは、術を使っての攻撃などできないからであろう。
 実験だか、儀式だか、そういったものの知識が専門で、自分自身が実戦に参加はしない。実戦で使える術は身に着けていない。そういう手合いだ。
 そんな男が今、何を考えているか。ヨシマサは眼球を動かさないよう、視線の動きを悟られないように視界を広く使って、男がじりじりと後退していく先、その足元を見た。
 薬品や道具と一緒に転がる、いくつもの、子供たちの惨殺死体。その中に、数は少ないが五体満足の死体もあり、そしてその中に一つ、いや一人だけ、まだ息のある子がいるのだ。
 十歳ぐらいと見える裸の少女……いや、少年か。その愛らしい顔立ちと体格の華奢さ、肌の白さなどは、どう見ても少女のそれだ。年齢が年齢なので、胸や腰などの男女差は少なく、判断し辛い。辛うじて、肩の骨格が「少女」ではなく「華奢な少年」のそれなので判った。
 下半身は今、見えない。他の死体と折り重なっているためだ。
『……なるほど。外道の考えそうなことだ』
 ヨシマサと正面から戦おうとせず、だが背を向けて走って逃げるでもない、男の思考をヨシマサは読んだ。
 おそらくこの男は、あの少年を人質に取るつもりなのだろう。踏むか蹴るか、あるいは抱き起こすかして、意識を取り戻させて短剣を突き付け、悲鳴を上げさせる。
 そして、「この子の命が惜しければ~」などと言ってヨシマサの武器を捨てさせ、殺す。仮にヨシマサが犠牲として割り切る、つまりあの子が人質として使えない場合でも、ヨシマサに向かって生きている少年を突き飛ばせば、お荷物として使える。ということだろう。
『ふん。そんなことで、この俺から逃げられると思うな』
 ヨシマサも、少しずつ間合いを詰めていった。あの男が、少年に視線を向け、手か足を伸ばしたら、その一瞬に踏み込んで短剣を打ち飛ばす。そうすれば簡単に生け捕れるだろう。
「警告する。武器を捨てて投降しろ。下手に抵抗すると、お前の腕が落ちるぞ」
 とヨシマサが言った時、男は、ヨシマサにとって予想外の動きを見せた。
 全く躊躇わずにストンとしゃがみ込む、その動きで、少年の白い胸に短剣を突き立てたのだ。刃を半ば以上、少年の胸に埋め込むほどに。
「なっ……?!」
 驚愕に一瞬、ヨシマサの動きが止まった。男は短剣を少年の胸に突き立てたまま、横方向に大きく動かす。
 少年の胸が切り裂かれ、赤く深い溝が掘られた。
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