このアマはプリーステス

川口大介

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終章

アマと魔術師

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 ある夜。
 街道沿いの宿の部屋に、エイユンは居た。ベッドに腰掛けて、思い出す。
「ジュン、か」
 当分は忘れられそうにない、この名前。最初は財宝だ美少女だと言っていたのに、いざ戦いの渦に身を投じれば、それらへの執着心よりも男の子らしい意地? 見得? あるいは正義感? に突き動かされ、命懸けで戦っていた。
 あるいは自分主演の物語の、ヒロインへの想い。それもきっとあったのだろう。
 エイユンは、あの魔術師の少年を思い出す。
『縁があれば、またどこかで……』
 などと思いながら部屋のドアを見ると、そのドアが外からノックされた。
「エイユン! いるかっ!」
 エイユンは頭の中を沸騰させながら立ち上がり、だがすぐ腰が抜けて転んでしまった。
 今聞こえた男性の声は、その、つまり、ドアの向こうでノックしているのは、
「ジュ、ジュン? なぜここに?!」
「入っていいかっ!」
「あ、ああ」
 ドアを開けて入ってきたのは、銀色の髪と、一見して魔術師だと判る出で立ちをした少年。間違いなくジュンだ。
 見れば、だらだらと汗をかいて頬を紅潮させている。豪快に息も切らせている。
「や、やっと会えた……服装が独特なおかげで、辛うじて目撃証言は拾えたが……それでも、苦労したぞ。アンタを捜して追いかけるのは」
「え。捜したって、私を?」
「もちろん」
 ジュンは息を整えると、立ち上がったエイユンと真っ直ぐ向かい合って説明した。
「ほら、古代魔王ガルナス。あいつがゴネてな。で、あの剣が使えなくなったんだ」
「ゴネた? 今頃になって? そんな男らしくない奴だとは思えないが」
「いや、あいつ、アンタに言いくるめられたのがよっぽど悔しかったみたいでな。易々と俺の意のままに使われてはやらねーぞと意地になってるみたいで……」
《失敬な!》
 突如、声が響いた。何事かとエイユンが驚いて一歩下がる。
 ジュンは黙って左手の人差し指を立てた。その先に、黒い火が蝋燭のように灯っている。
 声はその火から聞こえてくる。間違いなく、あのガルナスの声だ。
《これは、正当な要求だぞ!》
「はいはい。……こういうわけでな。こいつ、俺の中にある剣を通じて、こっちの様子を見聞きしたり、こうやって話をしたりできるらしいんだ。で、アンタと別れた後……」

《魔術師ジュンよ。我が剣を手にできたのはお前一人ではなく、尼僧エイユンと二人で組んでのこと。お前一人であれば、契約条件を満たすことは叶わず、命を落としていた。それほどの恩人が今後また、今回のような危機に陥るかもしれぬというのに、お前はそれを見捨てるのか》
「何を言いたいんだ?」
《そのような恩知らずな行いは、騎士道に反すると言っておるのだ。宣言したはずだな? 騎士道に反する行いに、我が剣は使わせぬと。よって、お前はもう資格を失った。二度と我が剣を使わせぬから、そう思え》
「ちょっと待てこら! こちとら死ぬ思いで手に入れ……いや待て、だったらお望み通りにしてやろう!」
《? どうする気だ》
「俺が恩知らずでなくなれば、剣を使っていいんだな? 使えない理由は恩知らずだから、なんだもんな? まさか、後からダラダラと理由を付け足したりはしないよな!? そんな、自分の都合に合わせた見苦しい後付けをするはずないよな、騎士ガルナス!」
《ぐっ……と、当然だ。我は騎士として、見苦しいことはせんぞ。しかしお前、あの尼僧に変な影響でも受けたか? 何やらあやつと言い争ってるような気分なのだが》
「んなもんどうでもいい! とにかく! そぉいうことならっ!」

「ほら。見えるか? 残念ながら、こうして見事、捜し出して追いついたぞ。エイユンと同行して、エイユンの危機を俺が救うってことなら恩返しになる。これで文句ないだろ?」
 うりうり、と指先の火をエイユンに向けながらジュンが言う。
「私と同行……そして私の危機を……」
 エイユンは、自分に向けられているガルナスの火とジュンを、交互に見ながら呟いた。
 ガルナスは、ジュンの指先の小さな火の中で、悔しがっているようだ。
《ふん。やはり騎士たるもの、慣れぬ博打などするものではないな。お前から我が剣を取り上げるつもりで張ったチップが、むしろこちらの倍払い。お前たち二人に、いらん儲けを与えてしまったわ。えい、口惜しい》
 火が消えて、そこにあったガルナスの魔力、ガルナスの気配が消えた。  
 ふふん、と勝ち誇って、ジュンはエイユンに笑顔を見せる。
「てなわけでだ。アンタの意志に反してでも、俺はムリヤリ着いていくぜ。あるいは、俺がムリヤリ引きずっていく。でないとガルナスの剣を失って大損だからな。部外者がムリヤリ強引にってことなら、その、規則違反、か? には当たらないだろ」
 そこまで一気に言い切ってから、エイユンの表情に気づいて、ジュンは視線を逸らした。
「……ジュン……」 
 そんな表情、感極まった顔をジュンへ向けているエイユンの胸に、じわっと込み上げて来るものがある。それはエイユンの目頭を熱くさせ、呼吸を詰まらせる。
「し……仕方ないな。他人に損害を与えるのは、良くないことだし。勝手に着いてくると言っている人を、どうこうする権利はないし……うん、そんなことはできないから……」
「なら、キマリだ!」
 エイユンの応えを聞いたジュンはエイユンに向き直り、右手を差し出した。
 改めてよろしく、の握手だ。
「仲良く手を取り合って道を行くのはダメでも、ここは室内であり道ではないから、ってとこか?」
「いや。そんな屁理屈は認めたくないな。手を取り合うのはやはりダメだ」
「え」
「だから、」
 エイユンは一歩、二歩と前に出て、ジュンの首に手を回し、抱きついた。
「これからよろしく、ジュン!」
「ぁ……ああ! よろしくな、エイユン!」
 ジュンも、エイユンの背中に回した手で、抱き締め返した。

 気光を操る尼僧エイユンと、古代魔王の剣を手にした魔術師ジュン。
 二人の旅は、こうして始まったのであった。
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