このアマはプリーステス

川口大介

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第五章 みんなで、力を合わせて……!

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「今のアンタよりずっと強い、【従属】状態のジェスビィを、俺たちはそうやって倒した。そしてあの時にはなかった、強力な武器もある。こりゃもう、古代神様の援護がないというマイナス要因を考えても、俺たちの方が有利だな」
「忘れるなよジュン。今は更に、この街の守護神・ナリナリー様の使いもいる。おかげで、私が消耗することなくソウキの回復ができて、こうして戦列に立っているのだからな」
 エイユンの言葉にジュンが頷き、ルークスとソウキも怯むことなくアルヴェダーユを睨みつけている。四人が四人とも、戦況の有利を実感し、希望を表情に浮かべている。
「マイナス要因を考えても、ですか。でしたらプラス要因を潰してあげましょう。私よりも強いジェスビィを倒した、という部分をね」
 今、ジュンたちは有利を感じている。が、アルヴェダーユは不利を感じていないようだ。まだ余裕のある様子で、ジュンたちを見ている。
 ジュンは、訝しんで言った。
「? 俺のこの剣を封じるとか、エイユンを一瞬で殺すとかならまだしも。俺たちがジェスビィを倒したってのは、過去の話だぞ。それをどう変えるってんだ」
「簡単です。この私がジェスビィと同等になればいい。そうなれば、私よりも強い者を倒したということにはならない。つまりジェスビィを倒した時と今とを比べ、私の助力がないというマイナス要因が膨らむ。あなたのその剣程度では、到底埋まらないほどにね」
 四人の表情が固まった。アルヴェダーユのしようとしていることが、予想できたからだ。
「【従属】状態のジェスビィの、あの莫大な魔力は忘れていませんよね? ジェスビィは何もせずとも、ただそこに居るだけで、あなたたちは命が危なかった。私の助けがなければね。その私があなたたちの敵となり、且つジェスビィと同等になれば、あなたたちに勝ち目は無い」
「同等になれば、確かにそうだろうな」 
 ジュンが言い返す。 
「が、お前を【従属】させられるのは、カレーゾの子孫だけ、つまりソウキだけだ。ソウキは法術を使えない、儀式の道具もない、何より本人にその意思もない。二重三重に不可能だぞ。どうしようってんだ?」
 古代神や古代魔王が、自分たちから働きかけて、儀式をする意思も能力もない人間にムリヤリやらせるのは、絶対に不可能だ。それができるなら、ジェスビィやアルヴェダーユのような奴らが、とっくに大挙して地上界に来ている。
 そうなっていないのが、絶対不可能の絶対根拠だ。と、ジュンは確信しているが、
「気光について、ジェスビイも私も言いましたよね」
 アルヴェダーユはジュンの指摘には答えず、言葉を続けた。
「人間は時々、私たちの想像を越えることをやってのけると。その最たるものは、何と言っても【従属】です。条件つきとはいえ、私たち古代神・魔王が地上界に張った、最高最強最大の結界の効力を、打ち消せるのですから」
 アルヴェダーユの中で、静かに法力が高まっていく。その圧力がジュンたちにも伝わる。
「しかし。人間の発想力や創造力は確かに大したものですが、力そのものが私たちを上回っているわけではない。人間が発想し創造したもの、人間にできるものであれば、私たちにできないはずがない……このように!」
 アルヴェダーユが、天を指差した。その指から強力な法術が放たれる、かと思いきやそうではなかった。
 ただ指差しただけだ。だがその指された天に、異変が起こった。
「単純に力ずくで破壊し、こじ開けるというのは流石に不可能です。当然ですね。そういう力ずくを、阻む為に作られた結界なのですから。そうでなく、非常に高度な、微妙な精密な技を要する、特殊な術でしてね。到底、口で説明できるものではありません」 
 アルヴェダーユの上空で、重く低い音を立てて空が渦巻いた。竜巻に雲が巻き込まれるように、雲ではなく空そのものが、渦を巻いたのだ。
 渦は瞬く間に空の全域に広がり、目に見える月や星の姿を乱し、歪めてしまう。渦の中心部の、小さな円形の部分だけが、台風の目のようにぽっかりと穏やかだ。
 そこだけは夜の闇でもなく、かき混ぜられた月や星の光の欠片でもなく、ただ真っ白。まるで蝋細工か何かのような、不気味なほどに綺麗な真っ白な円ができている。
 その真下で、白い円を指差していたアルヴェダーユが、手を下ろす。と、
「ハアアアアアアアアァァァァッ!」
 白い穴がみるみる拡大し、ジュンたちのいる台地全域を覆う大きさになった。そこから白い光が大瀑布のように流れ落ち、細く絞られ、アルヴェダーユに注がれた。
 この世ならざる力を感じさせる光を、アルヴェダーユは体内に取り込んでいく。
 その光は、炎や雷のような破壊力を持ってはいない。それはジュンたちにも解る。むしろこの光は、薬だ。毒を消してくれる薬。あるいは、凍えた人を暖めてくれる日の光。 
 だが薬でも、分量が多すぎて効き目が強すぎれば、人体には害となる。日光は人を暖めてくれるが、太陽そのものが落ちてきたら、地上の全てが焼き尽くされる。
 アルヴェダーユが浴びている光はそれだ。本来であれば人を暖める優しい日光。神そのもの、あるいは神の力を借りた僧侶が術として駆使し、傷ついた人を癒す白の力、法力。
 アルヴェダーユは、地上界を包む結界を破ることで、本来は地上に存在しないはずのとてつもなく高密度な、そして大量の法力を浴び、取り込んでいるのである。空から地上を照らし暖めている太陽を、太陽そのものを、地上に引き摺り降ろし、喰らうかのように。
「そ、そんなバカな!」
 真っ白な空の穴から補給を受けたアルヴェダーユの、発する重圧が、どんどん膨れ上がっていく。動けず、声も出せなかった四人の中で、ジュンがまず叫んだ。
「結界を破って、本来の力を取り戻したってのか? 古代神が? それができるのは、【従属】だけのはずだ! 古代神が単独で、自分だけで好き勝手にできるはずがない!」
「はずがない? ははっ、おかしなことを言いますねえ。それを言うなら、」
 地上界の外から降ってくる法力の光を浴び続けながら、アルヴェダーユは笑った。
「従属だか契約だか、何が何だかよく知りませんけど、人間如きが古代神・魔王の張った結界を破れるはずがない、でしょう? なのに、あなたたち人間はそれを成し遂げた。ならば、人間よりも強く優れた古代神に、できない道理はない」
「……ぐっ」
「無論、全ての古代神・魔王ができるわけではありませんよ。永く地上界に居続けて結界を内側からずっと見ていた、私なればこそです。また、流石に独学ですからね。あなたたち人間が大勢で、永い年月をかけて創り上げた術よりも、劣る部分もあります」
 上空の渦巻きが弱まり、止まった。歪められていた夜の闇と月や星の光が、元に戻る。
 だが、アルヴェダーユの頭上の白い円はそのままだ。目に見える法力の大瀑布こそ止まったものの、まだ全体から法力を流し落とし続けているのが、ジュンたちには解る。
 空から響いていた、低く重い音は消えた。代わりに、アルヴェダーユ自身の体から、ドクン、ドクン、と何か脈打つような音が聞こえてくる。
「地上界の法則に従った、地上人に擬した姿では、器として弱すぎますのでね。本来の姿に戻らざるを得ません。が、それは地上界全体の法則に逆らう物質になること。いかに古代神といえど、大きな負担となります。ここから先の私は、いわば大量に出血しながら戦うようなもの」
 ドクン、ドクンの音に合わせて、アルヴェダーユの体がみるみる膨張していく。
 ガルナスと同等、ジュンのほぼ二倍ある巨躯になった。
 胴も四肢もほっそりとした美女体型だったのが、筋骨たくましい野獣体型になった。
 雪のように純白であった肌が、石のような灰色になった。
 そして女神のような、といっても本当に女神なのだが、いわゆる地上人が通常想像するような「女神」然とした、優しい美貌はもう跡形もない。口が裂け牙が生え舌が伸び、眦は吊り上り瞳の光は消え、頬はザラつき唾液が溢れ、何に似ているかといえば爬虫類だ。
 そんな中で長い黄金の髪だけは、体躯に合わせてきちんと伸び、変わらずに美しくなびいているというのが、異様な不気味さと異形の恐ろしさを強調している。 
 もう一つ、声も。姿形は見る影も無く変わり果てたというのに、美しい女神の声は気持ち悪いほどにそのままだ。
「この戦いが終わり、あなたたちを皆殺しにした後、私は疲労して眠りにつくでしょう。百年か、二百年か。その後目覚めた時、アルヴェダーユ伝説の関係者が、果たして生き残っていますかね? あるいは地上の全員が、とっくに忘れ去っているかもしれません」
 今や魔獣、いや神獣と化したアルヴェダーユが、悠然とジュンたちを見下ろしている。
「仮に、ソウキやシャンジルのような古代神・魔王に縁のある者がおり、私の前に立ち塞がったとしても。ご覧の通り、自らの意思で真の古代神となれる私に、敵うはずがない」
 地上人が行使しうる最大の力は、古代神・魔王の力を借りた術だ。今、ジュンがやっているように。
 だがそれは、あくまで借り物。古代神・魔王自身の、つまり本物の本来の力には程遠い。これも、ジュンがやっている通りのこと。 貸し主様自らが積極的に出張って来るとなると、縮小劣化版の借り物を使っている身では、到底太刀打ちできない。
 それが、今、正にそうなってしまったのだ。
「この古代神アルヴェダーユに逆らい、傷をつけ、怒らせた愚か者たちに、ふさわしい罰を下します。人間がいくら強さを高めようと、所詮は人間であるという限界を思い知るがいいでしょう。さあ! 絶え難き苦痛と絶望の果てに、遥かなる死へと沈むがいい!」
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