このアマはプリーステス

川口大介

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第四章 黒幕が、とうとう、牙を剥く。

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 唐突に、電撃が消えた。ジュンもエイユンもまともに喋れないぐらいに息を荒げているのだが、エイユンはそれでもすぐさまソウキに駆け寄って、気光による治癒を施した。
 電撃はなくなっても、ソウキの体内では痛みの残響が脈打っているらしい。四肢はマヒしてしまっている。ビクビクと痙攣して、自分の意思では動かせない様子だ。辛うじて意識はあるようだが口もきけないらしく、苦痛なのか困惑なのか、涙を溢れさせた目でエイユンを見上げ、何か言いたげにしているが言えないでいる。完治には時間がかかりそうだ。   
「あなたのお察しの通り、時間さえかければ完治できる程度ですよ。決して、再起不能になるような重傷は負わせません。何度も何度も、いろんな苦痛を味わわせたいですからね。手足が動かせないと、逃げたり暴れたりを見られませんし、死んだらもう終わり、楽しめない。加減が大事ですよ加減が」
「……!」
 ソウキを抱き支えて治癒に集中したまま、エイユンはアルヴェダーユを、嫌悪を込めて睨みつける。
「エイユンさんにジュンさん。あなたたちは、邪魔なジェスビィを始末するのに大活躍してくれました。感謝していますよ。感謝しつつ、殺しますけどね。私の開放祝いです」
 ジュンはというと、得意げで楽しそうなアルヴェダーユに一撃入れたかったが……できずにいた。圧倒的な力の差が、嫌でも感じ取れるからだ。
 ジェスビィに比べればやはり【従属】になっていない分、今のアルヴェダーユはジェスビィより一段、いや数段劣る。ジェスビィの、あの巨大な力による息の詰まるような重圧はない。地上界に張られている結界の作用で、大幅に弱められているからだ。 
 だがそれでもなお、古代神。人間が勝てる相手ではないのだ。そしてジェスビィの時と違い、今度は古代神様の助力がない。なにしろ、そいつ自身があっさり簡単に、当たり前のように、いきなり突然、敵と化してしまったのだから。
『アレを使えれば、望みがなくもないが……使える望みがそもそも薄いし……』
 ジュンの考えの中に、極々小さいが一応、希望の光はある。だがそれにすがるとしても、とにかく一度、この場から生きて脱する必要がある。それが既に絶望的だ。
 可能性があるとすれば、アルヴェダーユに圧倒的有利な状況を堪能してもらい、油断してもらい、こんな虫けら如きはどうでもいいと思ってもらうこと。「もらう」尽くしだが、実際それぐらいしか生還の策(策とも言えないが)は思いつかない。
 ソウキには悪いしエイユンは承知しないだろうが、ここは這い蹲る演技でも何でもして、アルヴェダーユを持ち上げるしかない。とジュンが思ったその時、
「許さん! この悪霊めがっっ!」
 どうにか呼吸が整うまで回復させたソウキを地面に寝かせるや、エイユンはアルヴェダーユに向かっていった。拳に気光を宿らせて殴りかかる。
「あなたの攻撃はさんざん、見せてもらいましたよ」
 アルヴェダーユはエイユンに対して至近距離から、電撃を放った。十本の指から、蛇行する細い光の糸が一斉に伸びていく。 
 エイユンは気光を込めた拳で八本を瞬時に打ち潰したが、その拳を潜り抜けた二本が二本とも胸に、心臓近くに命中した。
「ぅおぐ……がっ!」
 ガクンと両膝をつき、エイユンは自分の胸に手を当てた。気光を込めた右掌を胸に当て、その上から左拳でドンドンと叩く。
 脂汗を額に浮かべ、というより顔全体から滴らせ、エイユンは舌を突き出してヒューヒュー言いながら立ち上がろうとして、しかし立ち上がれない。
「ほう。流石、の一言ですねえ。確かに心臓を麻痺させたはずなのに、自力で強引に鼓動を作りながら、気光で機能回復を行っている。ジェスビィも言っていましたが、つくづく人間というのは計算を越えてくれる存在です。とは言っても、」
 ずっとニヤついていたアルヴェダーユが、少しだけだがその顔に真面目さを浮かべた。 
「人間は所詮、人間です。神や魔王にも、そしてそれらよりも上位の存在である古代の神にも、絶対に勝てはしない。そのことを、自らの死をもってご理解頂きましょう」
 アルヴェダーユの全身が、神々しい輝きに包まれた。とんでもない速さで、法力がどんどん高まっている。
「エイユンさん、ジュンさん、逃げて! 早くっ!」
 立ち上がったソウキが叫び、アルヴェダーユにしがみついた。
 まだ足に力が入らないのか、アルヴェダーユを拘束するどころか、寄りかかって立っているような状態だ。だがそれでも、ここから一歩も動かすまいと、力の入らぬ腕で必死にアルヴェダーユの胴を締め付けている。
「逃げるぞ、エイユン!」
 ジュンがエイユンに駆け寄った。エイユンは、隠そうにも隠しきれない苦悶の表情を見せながら、ジュンに助け起こされる。
 ジュンはエイユンに肩を貸し、半ば担ぐようにして、アルヴェダーユに背を向けて全力疾走。この地下道の入口、シャンジルの館へと通じる上り階段を目指して走った。
 アルヴェダーユは、ジュンの逃げる様を眺めながら、自分を拘束しているソウキの手を愛しげに撫でる。 
「あなたはこれから、たっぷりと可愛がってあげますからね。絶対に、殺しはしませんよ。自殺しても蘇生させます。私が法術使いとして、至高の存在であるのはご存知ですよね? つまり、地上で一番の高僧よりも遥かに上の存在なのです。人間一人の蘇生など、古代魔王との戦闘中でもなければ、容易いもの。もちろんそれも、魔術しか使えない古代魔王様には、どうしたってできないことですけどね。ふふっ」
 あなたは死なない、死ねない、とアルヴェダーユは強調する。ソウキの先祖と結ばれた【契約】は永続するということだ。
「それと、契約が切れる条件は、あなたが私を悪用「した」時です。「しようとした」時ではありません。あなたが私を、ワザと悪用しようとしても、私が拒否してしまえばそれまで。今の私は【従属】状態ではありませんから、細かな束縛は不可能です」
 ソウキの、微かな希望を丁寧に磨り潰していくアルヴェダーユは、微かな希望を磨り潰されていくソウキの顔を、心の底から楽しそうに見つめている。
「さて。そういうわけで、あなたは殺しません。でもあの二人は、さっきも言った通り、私がこうして自由を得たお祝い……ということで!」
 ソウキに抱き着かれたまま、アルヴェダーユは両腕を一度交差させ、それから大きく広げ、高く振り上げた。まるで何かを爆発させるかのように。
 すると、爆発した。アルヴェダーユの中で高められた法力が、人間の領域を遥かに超えた膨大な量の法力が、大爆発を起こしたのだ。
 アルヴェダーユと、それにしがみつくソウキを台風の目として巻き起こったその爆発は、轟音と共に広大な地下空洞の壁を粉砕し焼き尽くし、天井を破壊し吹き飛ばした。本物の台風が、粗末な小屋を叩き潰すように。
 音と振動が収まった時、ソウキの目には天変地異以上のものが映った。
 まず天井が、全てなくなっている。ソウキの上にあるのは、満天の星空のみ。
 そして壁も、四方全て消滅している。小高い丘の上にある館に入り、そこから地下、つまり「丘の地中」へと入ったのだが、今ソウキが立っているのは「低い台地の上」だ。
 丘そのものを全て、内側から一撃で無くしてしまったのである。壊して崩したのではない。この世から消してしまったのだ。
「……ぁ……ぁぁ……」
 あまりにも想像を絶するものを見せ付けられ、ソウキは言葉が出ない。
 力を失ったその手を、アルヴェダーユが解いた。ソウキと正面から向かい合う。
「これでも、結界で弱められてのことですよ。【従属】状態だったジェスビィが、もう少し冷静であれば、これ以上のことができました。彼女は巨大な金槌を持って、一匹の蠅をムキになって追い回していたようなものです。私は、細い棒を的確に振るって見せただけ」
 優しげな口調で、アルヴェーユはソウキに語りかける。
「ですが一の力しか持たぬ者から見れば、万も千も百も、勝てぬという点では等しい。私に勝てる者が、私の前に現れることはありません。古代神・魔王を召喚して【従属】か、せめて【契約】できれば別ですが。それが困難なのは、あなたもよく知っていますよね?」
 言われるまでもない。ソウキはその為にシャンジルやカズートスと共に、整体術を悪用してインチキ宗教団体で働いていたのだ。
 そうやって稼いだ金で、やっとのことで儀式を行ってみれば、それはジェスビィを【従属】させる為のものだった。そのジェスビィをジュンやエイユンの力を借りて倒してみれば、全てはこの女神の計画通りだった。
「いいですか、ソウキ。善だの悪だのは所詮、人間が勝手に定めた概念。神や魔王、そしてその上位である古代神・魔王は、そんなものに縛られはしないのです。神たる私が、己の欲望の為に人間を虐げるというのも、なんら不自然ではない。というわけで、」
 アルヴェダーユの手が、絶望したソウキの頬に触れる。
「さあ、愉しみましょう。私のハーレムに入る、美少年第一号さん♡」
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