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第四章 事務長、決戦!
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「な、何?」
「この槍、そのままでは不安だ。武器を強化する魔術があるよな? あれを頼みたい」
「え」
「できないか?」
「で、でき……」
ちらり、と視線を横に送ると、レーゼの操る岩石巨人が、わざわざ恐怖を煽る為にか、実にゆっくりと歩いてきている。重い地響きを立てて。建物五階分の巨大な影を地面に描いて。
「できる、けど……む、むむむむ無理! できない!」
こういう時こそ冷静にならなくてはいけない、ミレイアの大好きな英雄物語の主人公たちはみんなそうだった。と、理屈では解っているが、本当に現実に「こういう時」になってしまうと、やはり冷静ではいられない。本と現実は違うのだ。そのことを、ミレイアは今、骨身に染みて思い知った。
こういう時、本の中の物語であればどうなるか? 美形戦士でヒーローなクラウディオと、美少女魔術師でヒロインなミレイアであればどうなるか?
「わたしの魔力、全てを託します……あなたの勝利を信じて!」
「ああ! 俺たち二人の力で、必ず勝つぞ!」
と、こんな展開でミレイアが術をかけ、クラウディオの武器が眩しい輝きを纏い、そして岩石巨人を倒すのだろう。
だが物語のヒロインではない現実の事務長、ミレイアはそうはいかない。
「確かにその術は使える! けど、わたしは基本中の基本だけ習得した辺りで魔術の勉強をやめちゃったから、ほんっっとに最低限度のことしかできないのよ! 効果範囲も有効時間も!」
「具体的に言ってくれ」
「わたし自身が、直接握っている武器しかダメ! わたしが手を離したら、その瞬間に術の効果は切れる! しかも、握り続けていてもせいぜい、三つ数える間くらいしかもたない!」
だから、クラウディオの武器に術をかけて、その武器でクラウディオに攻撃してもらう、ということはできないのだ。
そのことを知ったクラウディオは、
「わかった。だったら、こうするしかないな」
ミレイアの後ろに回った。
「な、何をする気なの」
「頼んだぞ事務長」
「え? え? え? え? う、うわわっ?」
突然ミレイアの体が垂直に持ち上がった。透明なハシゴを何段か上がったように。
今、何が起こっているのか。ミレイアには感覚というか、感触でわかる。
まず服が、後ろから引っ張られて突っ張って、胸に食い込んでいる。人並より豊かなミレイアの胸が、それによって突き出されているような、強調されているような格好になる。
そして、ミレイアの首筋に生暖かい風がかかっている。リズムからして間違いなく呼気、面積からして口ではなく鼻のもの。鼻息だ。
これらから導き出される結論は一つ。引っ張られて首が締まらないようにとの配慮であろう、ミレイアの後ろ襟よりも少しだけ下、背中の上端辺りの服をクラウディオが噛んで、つまり口でミレイアを掴み、持ち上げているのである。
完全に両足が浮いてしまっているミレイアの、左肩よりもずっと外側にクラウディオの左肩があり、そこから前方に伸びているクラウディオの左手は、槍の柄の中央辺りを握っている。
ミレイアの右側にはクラウディオの右手があり、こちらは穂先近くを握っている。ミレイアの左右にそれぞれクラウディオの腕があり、ミレイアの背中にはクラウディオの胸板が密着し、そして前方はクラウディオの槍が横に渡されている。ぐるりと四方を囲まれた状態だ。
「ひふほおおおおぉぉ!(いくぞおおおおぉぉ!)」
ミレイアを咥え、ニコロを首から背中にぶら下げたクラウディオが、槍を構えて突進した。
真っ直ぐに、岩石巨人に向かって!
「ほう、向かってくるか! 敵わぬなら、見苦しく逃げるよりも華々しくぶつかって散ろうという気か? ならば望み通り、一撃で派手に、血と肉の花と散らせてくれる!」
岩石巨人は左足を踏み込み、右拳を大きく後ろに引いてから、落ちている何かを掬い取りにいくような動きで振り下ろした。狙いはもちろん、突進してくるクラウディオと、そのクラウディオが前と後ろにぶら下げている二人の、計三人。岩石巨人の拳なら、三人同時に一撃で、宣言通りの血肉の花にできるだろう。
風の唸りと共に振り下ろされてくる、巨大な岩の拳。あれを槍で砕くつもりかとミレイアは察し、武器強化の術を使おうとした。が、クラウディオは走りながら、両手で持った槍を頭上に持ち上げた。これではミレイアの手が届かない。
何をするつもりかと思っている内に拳はもう目の前、その起こす風がミレイアの頬、ではなく全身に当たる、間もなく拳そのものも当たってしまう、というところで、
「ふんぬううううぅぅぅぅっ!」
クラウディオは、その巨体からは想像もできないほどの跳躍を見せた。いや、あるいは、クラウディオの超人的な脚力をもってすれば妥当なのかもしれない。だがそれでも今は、小柄とはいえ人間二人を重りとしてぶら下げているのだ。
これでは流石に、岩石巨人の拳を跳び越えるには至らない、と思いきやクラウディオは槍の左側、穂先とは反対の端、石突を拳に突き立てた。真っ向からぶつけるのではなく、頭上に持ち上げた位置から振り下ろす形で、斜めに叩きつけたのだ。
その反動が二段目の跳躍となり、クラウディオたち三人の体は再度上昇、辛うじて拳の上を越えることができた。
岩石巨人は前傾して拳を振り下ろし、それが空振りして突き抜けた体勢なので、肩も腰も捻りきっており、逆の拳をすぐには下ろせない。
その隙に、着地したクラウディオは猛然と突進する。狙いは岩石巨人の、体重が偏ってかかっているために動かすことのできない左足首!
「ひははああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!(今だああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ)!」
「は、はいっ!」
猫の子のように首の後ろを掴まれて(噛まれて)ぶら下げられているミレイアが、両手を伸ばして槍の柄を握った。そして武器強化の術をかける。
ニコロも、一枚のマントになってしまったかのように、全身を水平にたなびかせながら、それでも必死にクラウディオの首にしがみつき、そこから回復と筋力強化の術をかけ続けている。
クラウディオは、突進の勢いを最大限に込めて槍を突き出した。
ミレイアの術で、ほんの数瞬だが、爆発的に強度を高めた槍に。
ニコロの術で、傷を癒して力を増したクラウディオのパワーとスピードが乗る。
三人で力を合わせた全力突撃が岩石巨人の左足首に命中、突き刺さり、ヒビが走り、深く食い込み、ヒビが増えて広がり、砕け、岩の中にトンネルを形成、三人の全身が貫通し走り抜け、その勢いで足首全体を砕き飛ばした!
「この槍、そのままでは不安だ。武器を強化する魔術があるよな? あれを頼みたい」
「え」
「できないか?」
「で、でき……」
ちらり、と視線を横に送ると、レーゼの操る岩石巨人が、わざわざ恐怖を煽る為にか、実にゆっくりと歩いてきている。重い地響きを立てて。建物五階分の巨大な影を地面に描いて。
「できる、けど……む、むむむむ無理! できない!」
こういう時こそ冷静にならなくてはいけない、ミレイアの大好きな英雄物語の主人公たちはみんなそうだった。と、理屈では解っているが、本当に現実に「こういう時」になってしまうと、やはり冷静ではいられない。本と現実は違うのだ。そのことを、ミレイアは今、骨身に染みて思い知った。
こういう時、本の中の物語であればどうなるか? 美形戦士でヒーローなクラウディオと、美少女魔術師でヒロインなミレイアであればどうなるか?
「わたしの魔力、全てを託します……あなたの勝利を信じて!」
「ああ! 俺たち二人の力で、必ず勝つぞ!」
と、こんな展開でミレイアが術をかけ、クラウディオの武器が眩しい輝きを纏い、そして岩石巨人を倒すのだろう。
だが物語のヒロインではない現実の事務長、ミレイアはそうはいかない。
「確かにその術は使える! けど、わたしは基本中の基本だけ習得した辺りで魔術の勉強をやめちゃったから、ほんっっとに最低限度のことしかできないのよ! 効果範囲も有効時間も!」
「具体的に言ってくれ」
「わたし自身が、直接握っている武器しかダメ! わたしが手を離したら、その瞬間に術の効果は切れる! しかも、握り続けていてもせいぜい、三つ数える間くらいしかもたない!」
だから、クラウディオの武器に術をかけて、その武器でクラウディオに攻撃してもらう、ということはできないのだ。
そのことを知ったクラウディオは、
「わかった。だったら、こうするしかないな」
ミレイアの後ろに回った。
「な、何をする気なの」
「頼んだぞ事務長」
「え? え? え? え? う、うわわっ?」
突然ミレイアの体が垂直に持ち上がった。透明なハシゴを何段か上がったように。
今、何が起こっているのか。ミレイアには感覚というか、感触でわかる。
まず服が、後ろから引っ張られて突っ張って、胸に食い込んでいる。人並より豊かなミレイアの胸が、それによって突き出されているような、強調されているような格好になる。
そして、ミレイアの首筋に生暖かい風がかかっている。リズムからして間違いなく呼気、面積からして口ではなく鼻のもの。鼻息だ。
これらから導き出される結論は一つ。引っ張られて首が締まらないようにとの配慮であろう、ミレイアの後ろ襟よりも少しだけ下、背中の上端辺りの服をクラウディオが噛んで、つまり口でミレイアを掴み、持ち上げているのである。
完全に両足が浮いてしまっているミレイアの、左肩よりもずっと外側にクラウディオの左肩があり、そこから前方に伸びているクラウディオの左手は、槍の柄の中央辺りを握っている。
ミレイアの右側にはクラウディオの右手があり、こちらは穂先近くを握っている。ミレイアの左右にそれぞれクラウディオの腕があり、ミレイアの背中にはクラウディオの胸板が密着し、そして前方はクラウディオの槍が横に渡されている。ぐるりと四方を囲まれた状態だ。
「ひふほおおおおぉぉ!(いくぞおおおおぉぉ!)」
ミレイアを咥え、ニコロを首から背中にぶら下げたクラウディオが、槍を構えて突進した。
真っ直ぐに、岩石巨人に向かって!
「ほう、向かってくるか! 敵わぬなら、見苦しく逃げるよりも華々しくぶつかって散ろうという気か? ならば望み通り、一撃で派手に、血と肉の花と散らせてくれる!」
岩石巨人は左足を踏み込み、右拳を大きく後ろに引いてから、落ちている何かを掬い取りにいくような動きで振り下ろした。狙いはもちろん、突進してくるクラウディオと、そのクラウディオが前と後ろにぶら下げている二人の、計三人。岩石巨人の拳なら、三人同時に一撃で、宣言通りの血肉の花にできるだろう。
風の唸りと共に振り下ろされてくる、巨大な岩の拳。あれを槍で砕くつもりかとミレイアは察し、武器強化の術を使おうとした。が、クラウディオは走りながら、両手で持った槍を頭上に持ち上げた。これではミレイアの手が届かない。
何をするつもりかと思っている内に拳はもう目の前、その起こす風がミレイアの頬、ではなく全身に当たる、間もなく拳そのものも当たってしまう、というところで、
「ふんぬううううぅぅぅぅっ!」
クラウディオは、その巨体からは想像もできないほどの跳躍を見せた。いや、あるいは、クラウディオの超人的な脚力をもってすれば妥当なのかもしれない。だがそれでも今は、小柄とはいえ人間二人を重りとしてぶら下げているのだ。
これでは流石に、岩石巨人の拳を跳び越えるには至らない、と思いきやクラウディオは槍の左側、穂先とは反対の端、石突を拳に突き立てた。真っ向からぶつけるのではなく、頭上に持ち上げた位置から振り下ろす形で、斜めに叩きつけたのだ。
その反動が二段目の跳躍となり、クラウディオたち三人の体は再度上昇、辛うじて拳の上を越えることができた。
岩石巨人は前傾して拳を振り下ろし、それが空振りして突き抜けた体勢なので、肩も腰も捻りきっており、逆の拳をすぐには下ろせない。
その隙に、着地したクラウディオは猛然と突進する。狙いは岩石巨人の、体重が偏ってかかっているために動かすことのできない左足首!
「ひははああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!(今だああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ)!」
「は、はいっ!」
猫の子のように首の後ろを掴まれて(噛まれて)ぶら下げられているミレイアが、両手を伸ばして槍の柄を握った。そして武器強化の術をかける。
ニコロも、一枚のマントになってしまったかのように、全身を水平にたなびかせながら、それでも必死にクラウディオの首にしがみつき、そこから回復と筋力強化の術をかけ続けている。
クラウディオは、突進の勢いを最大限に込めて槍を突き出した。
ミレイアの術で、ほんの数瞬だが、爆発的に強度を高めた槍に。
ニコロの術で、傷を癒して力を増したクラウディオのパワーとスピードが乗る。
三人で力を合わせた全力突撃が岩石巨人の左足首に命中、突き刺さり、ヒビが走り、深く食い込み、ヒビが増えて広がり、砕け、岩の中にトンネルを形成、三人の全身が貫通し走り抜け、その勢いで足首全体を砕き飛ばした!
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