事務長の業務日誌

川口大介

文字の大きさ
上 下
27 / 39
第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る

しおりを挟む
「そうか、敵対するか。では仕方ない!」 
 サッ、とレーゼが右手を振り上げた。すると、リネットの左右と後方の三方向から、尋常ではない大音量の、獣の咆哮が轟き、そしてその主たちが跳び出してきた。
 リネットたちがいる広場を囲む、鬱蒼と茂った木々の間から、出てきたのは熊と狼、そして大猪。昨日の犬と同じように……いや、違う。更に拡大倍率が上がっている。狼などはおそらく、四肢で地面に立ったまま、跳ばなくてもそのまま、ニコロの喉を噛み破れるだろう。
 熊と猪も同様だ。熊などは元々が大きいから、もう魔界から来た別の生き物のよう。山小屋どころか、石造りの建物さえ叩き壊せそうだ。
 そんな三頭が、三方向から、土煙を上げて突進してくる。物凄い速さだ。
「あの三頭には、実験がてら特別に精製した薬を与えて飼い慣らした。凶暴性もあるが、同時に知性もある。野草を食べただけの獣どもとはワケが違うぞ」
「……」
 リネットは今、レーゼを攻撃しようとしたがやめた。三頭はもうすぐここに到達するし、そうなればニコロが危ない。
 見ればニコロは、手を組んでぶつぶつと祈っている。
「坊やはここを動かないでね。アタシがまず、あの三頭に一撃ずつ加えて気を引いて」
「いえ。リネットさんこそ、動かないで。今は体力を温存してて下さい」
「え?」
「話は後です! ……空の神様、雷の神様! 御力を与え給え!」
 ニコロが、組んでいた手を大きく広げて天に向けた。すると、瞬く間に空が暗転、黒い雲が発生する。特にニコロの真上は色濃い、と思ったらそこからニコロに向けて落雷!
「たああぁぁっ!」
 自らの頭上に落ちてきた雷に向けて、ニコロが気合を叩きつける。落雷はニコロに触れる寸前、ニコロの気合で砕かれたように裂かれた。三つに割かれた雷が、稲光が、それぞれニコロに向かって突進して来ていた大熊、大狼、大猪に命中!
 獣たちの断末魔が、落雷の轟音にかき消される。尋常ならざる巨大な獣たちは、正面から雷を受けるという尋常ならざる攻撃を受け、一瞬にして皮も肉も黒く焼け焦げて絶命、倒れた。
「す、凄い」
 リネットが、ふと気づくと、いつの間にか空は再び晴天に戻っている。
 今のが、万物に宿る神様の力を借りるという、ニコロの神通力(かみとおりのちから)か。
「……リネットさん」
 ニコロは、ほんの少し額に汗を滲ませているようだが、呼吸は殆ど乱れておらず、疲労した様子はほぼない。これほどの術を使用した直後なのに。
「どうしても撃ちもらしが出ると思いますので、お願いします」
「え? 撃ちもら……うっ」
 リネットにも解った。気配と物音で解った。
 ニコロは再び、手を組んで祈りに入る。
「さっきの、あの三頭の咆哮は、仲間を呼ぶものだったんです」
「なるほどね。アンタはその声を理解できてたと」
「文字としての解読ではありませんけどね。どういう意図の声か、ぐらいは読み取れるんです」
 リネットとニコロのいる広場は山の中。だから、うっそうと茂る木々があたりを囲んでいる。
 その木々の間に今、ギラつく獣の目がある。その数は十、いや十五、二十か? 
 落ち葉や小枝を踏む音から察するに、今いる連中は最初の三頭ほどの大きさはないようだ。といってもやはり普通の獣ではなく、昨日リネットとクラウディオが倒した、あの犬ぐらいはありそう。ということはもちろん、ただ大きいだけではなく、異常な凶暴さと生命力も備えているのだろう。それが、約二十。
 一方、レーゼは悠然とした態度で、緊迫した様子の二人を見ている。
「あの三頭には、それぞれ群れのリーダーをやらせていてな。今、呼びつけられた部下が集まってきたわけだ。リーダーを殺されて、さぞお前たちを恨んでいることだろうな」
「言われなくても解るわよ、それぐらい」
 戦闘用に作られた人造人間であるリネットには、物陰に潜む人間の気配などを感知する機能も備わっている。その機能が今、獣たちの、重苦しいほどの殺気をひしひしと感じている。
 完全に包囲されているから逃げ場はないし、今、レーゼを殺したり人質に取ったとしても無意味だろう。獣たちは、レーゼが魔力で操っているわけではなく、レーゼに忠誠を誓っているわけでもなく、レーゼに金で雇われているわけでもない。ただの獣なのだから。
 いや、ただの獣ではない。薬物で何倍にも強化された魔獣たちだ。
 リネットはそう考え、両手の爪を伸ばして戦闘態勢を整える。
「やれるだけやってみて。漏れた分はアタシが引き受けるわ」
 はい、と小さな声でニコロは答える。
「……ごめんね、みんな……元に戻してあげられない……もう、土に還すことしか……」
「来るわよ!」
 大熊が、大狼が、大猪が、リネットとニコロめがけ、群れを成して襲い掛かってきた。どいつもこいつも、目を血走らせて涎を垂らし、まるで今、餓死寸前で餌を見つけたかのようだ。 
 それでいて、餓死などとはほど遠く、筋肉は異常に肥大化している。
「旋風の神様、烈風の神様! 御力を与え給え!」
 ニコロが、両腕を大きく振り回す。
 ニコロを中心として、強風が大きく渦巻いた。縦に長い竜巻ではなく、横に広がる風の渦潮である。それは、長く重い鎖分銅の振り回しを連想させる力強さで広く大きく広がって、殺到してくる獣たちにぶつかった。
 もちろん、ただの風ではない。ニコロの術によって極限まで圧縮されて絞られた風圧の刃。巨大な真空の、旋回する大鎌だ。
 唸りは聞こえども目には見えぬ、ニコロを囲む切断の陣。獣たちは絶叫とともに、血飛沫を上げてズタズタにされ、吹き飛ばされ、斬り殺されていった。
 そうやって量産されていく仲間の骸の影から、仲間の骸を盾として、ニコロに向かってくる獣もいる。そいつらには、リネットが応じた。
 薬物で強化された獣たちをも上回る速度で、今ニコロが放った風の刃にも劣らぬ鋭さで、両手を振るう。その五指の指先には、長く鋭く伸びた、人ならざる強靭な爪があった。
「世界最強の人造人間を、ナメんじゃないわよっ!」
 リネットの腕が一閃すると、リネットの二倍近い身長を誇る大熊の首が、綺麗に切り取られて地面に落ちる。リネットはすぐさま、次の敵に向かう。
 が、首なしの熊がまだ、闇雲に暴れて長い両腕を振り回してくる。
「くっ!」
 その攻撃を伏せて回避し、伏せついでに大熊の両脚を切断する。大熊は為すすべなく倒れた。
 すると、今度は両腕で地面を掻いて這ってくる。首と両脚を失った大熊が。
「ああああもぅっっ!」
 リネットはその攻撃をかわす。流石に、頭がないので明後日の方向に向かっていくが、いつまた戻ってくるかわからない。
 そんなことをしている間にも、ニコロの風を掻い潜って、あるいは突き抜けて、次から次へと新手が来る。ニコロは術に集中しているので、動けない。リネットが庇うしかない。
『いつまでももたないわね、これは……!』
 駆け、跳ね、蹴りつけ、斬り飛ばして戦うリネットのみならず、巨大な風を巻き、振り回し続けるニコロも、段々と呼吸が荒くなっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

ラック極振り転生者の異世界ライフ

匿名Xさん
ファンタジー
 自他ともに認める不幸体質である薄井幸助。  轢かれそうになっている女子高生を助けて死んだ彼は、神からの提案を受け、異世界ファンタジアへと転生する。  しかし、転生した場所は高レベルの魔物が徘徊する超高難度ダンジョンの最深部だった!  絶体絶命から始まる異世界転生。  頼れるのは最強のステータスでも、伝説の武器でも、高威力の魔法でもなく――運⁉  果たして、幸助は無事ダンジョンを突破できるのか?  【幸運】を頼りに、ラック極振り転生者の異世界ライフが幕を開ける!

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

オッサン守護霊ごと愛して下さい

ナカムラ
恋愛
主人公の百田 菜津美(なっちゃん)は、素敵な男の子に、出会った。 しかし、なっちゃんには、守護霊が憑いていた。なっちゃん、どうなる…。

【完結】美しい7人の少女達が宿命の敵と闘う!!ナオミ!貴女の出番よ!!恋愛・バトル・学園、そして別れ……『吼えろ!バーニング・エンジェルズ』

上条 樹
SF
「バーニ」、それは未知のテクノロジーを元に開発された人造人間。 彼女達は、それぞれ人並み外れた特殊な能力を身に付けている。 そして……、新たに加わった7人目の少女ナオミ。 彼女を軸に物語は始まる。 闘い、恋、別れ。 ナオミの恋は実るのか!? いや、宿敵を倒すことは出来るのか!? 第一部「吼えろ!バーニング・エンジェルズ」 ナオミ誕生の物語。ガールズストーリー 第二部「バーニング・エンジェルズ・アライブ」 新たなバーニ「ミサキ」登場。ボーイズストーリー

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...