事務長の業務日誌

川口大介

文字の大きさ
上 下
25 / 39
第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る

しおりを挟む
 レーゼに向かって、今までにない強い表情で、ニコロは断言した。
 その隣では、リネットが身悶えしている。
「くぁ~っ! イイわイイわ。も、最っっ高! ね、後でクラちゃんにも言ってあげなさいね、今のセリフ。きっと、喜んでもらえるわよ」
「え、それはちょっと恥ずかしいです」
「なぁに言ってんのよ。昨日、温泉であんだけ熱弁しといて」
「聞いてたんですかっ?」
「うん。お嬢ちゃんと二人で、堪能させてもらったわ」
「じ、事務長さんまで……ぅぅ……」
「うんうん。その恥じらいの心、いつまでも大切にね。ってことで、」
 ひとしきり楽しんだリネットは、レーゼに結論を突きつける。
「お聞きの通りよ。この子は、アンタのお仲間になる気はない。ついでに言うとアタシもね。アタシはこの子たちから離れたくないから、この子たちと敵対する気はない。つまり、アンタの敵になるかしら?」

「どうだ、お前ら。俺の仲間になる気はないか?」
「そうね。エルフの技術や知識については、わたしも興味津々よ。これは誓って本音」
 ミレイアは深く深く頷く。
「で、あなたの仲間になったら、ボスのところに案内してもらえるのかしら? さっき言ってた、倉庫に。あっちの山に」
 ヨルゴスは首を振って答える。
「それはダメだ。お前らにやってもらうのはボスの持ってくる麻薬を売り、それで得た利益で研究用の道具や資材なんかを買い込んでボスに渡す、といった仕事になるな。受け渡しは全て、ボスの方から出向いて、こっち側でやる。昨日までの俺と同じだ」
「昨日まで?」
「ああ。俺は昨日から新しい仕事を授かったんでな。それでようやく、俺も倉庫に、あっちの山に入れたんだぜ。ま、昨日までの仕事もそれはそれで続けるんだが」
 何か言いたげに、ヨルゴスはニヤニヤしている。
「で、どうする。案内してもらえないなら仲間になれない、か? だったら交渉決裂だなぁ」
「何だか、決裂してほしそうな言い方ね」
「わかるか?」
 ヨルゴスは喜び楽しみ、あるいは期待感、が押さえられないといった顔だ。
「もし交渉が決裂したなら、敵対したわけだから殺していい、と許可をもらってるんだ。実はそれが、今言った俺の、新しい仕事の一端でな。その初披露になる。昨日、ボスの前で一度だけ試しはしたんだが、本番使用はこれが初めてってわけだ。それが楽しみでよ」
「あなたが何を考えているのか、いまいちよく解らないんだけど」
 ミレイアの目配せを受け、クラウディオが槍を構えて言った。
「今度はぶっ飛ばしたりせず、この場で叩きのめして捕らえる。その後、拷問でも何でもやって、お前の持っている情報を洗いざらい吐かせる」
「おお、怖い怖い。そりゃ怖いぜ」
 といってヨルゴスは、数歩後退した。クラウディオが間を詰める。
 ヨルゴスはポケットに手を入れて、何かを出した。ナイフでも投げてくるなら、槍で弾くつもりで、クラウディオは警戒する。槍を持つ両手の間隔を広げて、槍全体の長さを三等分するような持ち方だ。こうすれば穂先側・柄の中央・石突側と、三か所を全て防御に使える。
 だがヨルゴスは、手をそのまま自分の口元に持って行って、取り出したものを食べた。
「言っただろ? ボスは研究を進めていると。これが、それだ」
 という言葉が終わるが早いか、ヨルゴスが突進してきた。リネットに迫る速さの蹴りがクラウディオの鳩尾めがけて突き出され、クラウディオは驚きながらもそれを、槍の中央で受け止める。と、その槍を踏み台に、蹴った足を軸にしてヨルゴスは体を大きく捻り、もう一方の足を振り上げ、足首を直角にして爪先を尖らせて、
「らああぁぁっ!」
 クラウディオの横っ面を蹴りつけた。最初の蹴り込みの勢いがまだ充分残っていたことと、体の捻りがあまりにも早かったため、クラウディオは対応しきれず、まともに食らってしまう。
 頬にくらって歯の一本でも折れたのならまだマシだった。槍を足場にして旋回したヨルゴスの爪先は、クラウディオの頬でなく、こめかみにヒットしたのだ。
「ぐっ……!」
 激痛と意識の揺らぎに、たまらずクラウディオは後退させられる。一度着地してさらなる追撃に来たヨルゴスに対し、槍を向けて何とか足止めしたが、まだ視界がブレている。
 超巨漢にして筋肉の塊であるクラウディオだから、この程度で済んだ。だが、もしこれが常人であれば、今のヨルゴスの一撃、首の骨が折れるだけで済むかどうか。首の肉が引き千切られ、ブチリ、ともぎ取られていたかしれない。それほどの威力だった。
 ミレイアが心配そうな声を上げているが、何を言っているのかクラウディオにはよく聞こえない。頭の中がまだ、叩いたばかりの鐘のように、ぐぁんぐぁんと響いて痛い。
「じ、事務長! ちょいと大きめに下がってろ!」
 とにかくそう言って、クラウディオは前方にいるヨルゴスめがけて、連続で槍を突き出した。だがヨルゴスは余裕をもって、クラウディオの攻撃を避けていく。
 何度目かの槍をかわした後、ヨルゴスは一旦しゃがみ込み、それから立ち上がった、と思ったら跳躍して、木の枝の上に立った。クラウディオの頭上を軽く越え、二階の屋根の上かそれ以上か、という高さの枝の上だ。 
「へへへへ。驚いたか? これが、できたばかりの新製品。新しい麻薬だ」
 人間離れした運動神経を見せつけたヨルゴスが、クラウディオとミレイアを見下ろして勝ち誇っている。
「快楽を得て、中毒になる。それだけじゃねえ。筋力や運動神経を格段に向上させ、俺みたいなただの男が、お前みたいな巨漢の達人よりも強くなれるんだ。先に言っとくが、真摯に修業して得た強さの尊さがどうとか、そういうのは勘弁しろよ? 俺は悪人なんだから」
「元盗賊相手に、そんなことは言わん。だが、麻薬なんだろそれは」
 頭を振って意識を覚醒させ、クラウディオはヨルゴスを見上げて言った。
「いずれはお前の体を蝕み、心を侵し、命を奪うものだ。しかも、それほどまでに効果の強い薬物なら、体への負担も大きいはず。そう遠くない未来に、お前という人間は壊れるぞ」
「ははっ。んなことはわかってる。けど、それはどうでもいいんだよ」
 ヨルゴスは、全く動じない。
「どうせ、敵対する盗賊団か、それとも騎士団か、あるいは裏切った身内かに、そう遠くない未来、殺される身だ。そういう人生だよ、俺みたいなのは。だからそれまでの間、少しでも楽しめれば、それでいいのさ。例えば、お前みたいな奴より強いという充実感、とかな!」
 動じない態度のヨルゴスが、獣のような速さで動いた。木から木へ、木から木へと、殆ど水平の跳躍を繰り返して、クラウディオを幻惑する。
 鳥のような速さで、猿のような動きで、ヨルゴスはジグザグに宙を舞って、
「ひゃはははは!」
 不意に急降下して襲いかかって、一撃を加えては離脱。クラウディオが反撃しようとしたときには、もう頭上で水平飛行に移っている。
 その動きは余裕たっぷりだ。ということは、クラウディオへの攻撃以外をする余力がある。
「事務長!」
「わ、わかった! 何とか援護……」
「違う! すぐ山を下りて、なんなら宿まで帰ってろ! あんたが今のこいつに狙われたら、俺は庇いきる自信がない!」
 そんな、とミレイアが言う間も与えず、ヨルゴスがミレイア目がけて襲いかかってきた。辛うじてクラウディオの突き出した槍が間に合い、攻撃は阻めたが、またすぐ上方に戻ってしまい、捕らえられない。
「くそっ! 今の内に、早く行け事務長!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

プリンセス☆ボーイ

川口大介
ファンタジー
魔術師クリートは、一目惚れしたお姫様のクローンを創ろうとした。 だが失敗。出来上がったのは、お姫様そっくりの美少年であった。 クリートは唖然、茫然、愕然、失意のどん底に叩き込まれるが、 当のクローンはそんなクリートを「ご主人様」と呼んで一途に慕う。クリート自身がそういう風に創ったからだ。 完璧な出来栄えである。性別以外は。 だが。 そんな、「完璧だが大失敗なクローンの出来栄え」が、 綱渡り的な奇跡の軌跡であったことを、クリートは後に知る。 そしてその奇跡が、世界規模の災厄を止める切り札となる……! 実は。 この作品を執筆したのは、軽く十年以上も昔のことでして。 本作に途中から登場するサブヒロイン(メインヒロインはクリーティア)である エイユンは、この作品が初出です。この後、エイユンを気に入った私が、 彼女をメインヒロインに据えて描いたのが先に投稿しました「このアマ」なのです。 「このアマ」をまだ未読の方、よろしければそちらも見てやって下さいませ。 そして。 メインヒロインたるクリーティアは後に、 「ニッポニア」でミドリに、「事務長」でニコロになりました。 それやこれや、思い出深い作品なのです。

処理中です...