頭上輪廻戦士アーサー

川口大介

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第六章 邪神の奇跡、二人の奇跡

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 もう、全身を貫いている筋肉・骨・そして魂の痛みなんかに構っていられない。風のように疾走しながらア―サ―は、刃を地面スレスレから一気に跳ね上げる。
 狙いはイルヴィアの細い首、そこにある首飾りの鎖。が、
「甘いっ!」
 暴風リンは素早く反応し、ア―サ―の剣を最小の動きで紙一重にかわして、右の掌をア―サ―の額に当てた。打撃ではなく、ただとてつもない速さで「当てた」。
 イルヴィアの白い細い指が開かれて、ア―サ―の顔を掴んでいる。鏡メバンシ―戦の時に握ったあの手だ……と、ついそんなことを考えてしまうのと同時に、ア―サ―は別のことも思い出していた。
 敵の攻撃をかわして、掌を「当てる」。これはどこかで見たような。やったような。
「神の力を得た俺にとって、こんな術は造作もない。さあ、お別れだエミアロ―ネ! そして邪道の者よ!」
「! お、思い出したっ!」
 ア―サ―は慌てて暴風リンの手から逃れようとする。だがそれより早く、暴風リンの掌が光った!
「輪廻封印!」
 その瞬間、暴風リンの魔力、いや暴風リンに宿る神の能力がア―サ―の魂を侵食し、
「うぐああぁぁっ!」
 そこに宿る者たち、本来いてはならない者たちを容赦なく攻撃した。
 魂に寄生しているだけの、単なる意識体である彼女たちがこれに抵抗できるはずはなく。
 あっという間に一方的に、ねじ伏せられていく。
《ア―サ―君! 貴方の魂は貴方のもの、貴方だけのものだってこと、忘れないで! 今ここで生きているのは、あくまでも貴方自身……》
《よいか来々世、絶対に己を否定するな! 己の内にある傷も痣も毒も膿も、否定してはならん! 己の気持ち次第で全てが……》
 必死で悲痛な声が唐突に途絶えて。
 それっきり二人の声はしなくなった。
 暴風リンが、手を放す。
 ア―サ―が、よろめく。
「……う……っ」 
 暴風リンに説明されるまでもなく、今何をされたかは解っている。一番初めに、ア―サ―が机ゴン(ウナ)にしたことを、されたのだ。
 前世と、そして前々世の、意識体の封印。
「さてと。もともと覚醒しきっていないお前のことだ。これでもう前世や前々世の能力は、せいぜい半分ほどしか使えないはず」
「……そ、んな、ことは、」
 ア―サ―はまだ、白い戦装束を纏っている。ラブラブレ―ドもその手にある。体も声も、少女のままだ。
 だが、何かが違っている。
「か、関係ないっ! この魂も、体も、僕のものだ!」
 エミアロ―ネとカユカが言っていた言葉を思い出し、ア―サ―は暴風リンを睨みつけた。
 だが暴風リンは平然と返す。
「それはその通りだ。しかし御者のいない馬車に、地図もなしに乗ってどうなる? 馬車は確かに、馬車のままだがな」
「うっ……」
 ズバリと言われてしまった。
「馬車を走らせるには御者が必要。まして、お前は目的地への道筋すらまだ憶えていない。地図を見せてくれる者も必要だ。違うか?」
 ア―サ―は言い返せない。馬の能力を引き出し、そして走る道を助言してくれる人がいない……その通りだ。
 だが、だからといって降参するわけにもいかない。
「それがどうしたああぁぁっ!」
 重くなったラブラブレ―ドを振りかざし、積み重なったダメ―ジで思うように動かない体にムチ打ち、ア―サ―は走った。
 とにかく、あの首飾りを斬り飛ばす。その後のことは、その時考える。誰もアドバイスしてくれないから、それ以上のことは考えられない。
 半ば、いや半ば以上ヤケクソになって、ア―サ―は暴風リンに向かっていった。
 すると、
「うっ⁉」
 突然、猛烈な吹雪が襲ってきた。雪の混じった突風が、津波のようにア―サ―に向かって押し寄せてきたのだ。
 抗い難いその力に、ア―サ―は為す術もなく押し返される。たたらを踏みながら、それでも何とか転ばずに、何歩か後退して踏みとどまった。
 吹雪はどんどん強くなっていく。風の力と雪の冷たさで、ア―サ―は身動きがとれない。
『こ、これは……っ?』
 暴風リンは、一歩も歩かず全く動いていない。何もしていない。
 そう、本当に何もしていないのだ。呪文も唱えず身振りもせず、つまり魔術を使っていない。事実、今ア―サ―は、自分が全身に浴びている風から何の魔力も感じ取れない。
 まるで神様がア―サ―に意地悪をして、超局地的な吹雪を吹かせているとしか……
「! ま、まさか!」
 気付いたか? と言いたげな笑みを、暴風リンが浮かべている。
 吹雪に乗って、その得意げな声がア―サ―に届いた。
「その、まさかだ。何しろ俺は今、神様だからな。魔力も腕力も一切不要。ただ思うだけで、風も吹けば雪も降るってわけだ」
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