頭上輪廻戦士アーサー

川口大介

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第五章 邪神召喚、女神降臨

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 たとえ、神様がどんな風に自分を創っていようとも、無抵抗でそれに従わなきゃいけないってことはないはずだ。
 たとえ、どんなに素質が欠けていようとも、それを努力で埋めることだってできるはず。神様の課したハンデを、跳ね返すことができるはずだ。
 それは、神の定めし己の領域を越えようという試みなのかもしれない。けど……ええい、よ―するに、神様の言いなりにはならないぞってことだっ。

「頑張るのはいいけど、あんまりムリすると却って体によくないわよ」
 ア―サ―の背中の上で、エミアロ―ネが心配そうに言った。頭の上ではなく、背中の上で。
 ここは、ア―サ―の家から少し離れた場所にある広い公園。まだ夜明け間もない早朝なので、今いるのはトレ―ニングウェア姿のア―サ―一人だけである。
 家の前で準備体操をして、それからここまでランニング、少しだけ休んで呼吸を整えた後、各種筋トレへと入る。
 で、今は腕立て伏せ。とりあえず二十回でやめておくが、ゆくゆくは回数を増やすつもりだ。拳立て、指立てなどにも挑戦する予定。あるいは、エミアロ―ネたち二人に重りになってもらうとか。
「じゅうなな……じゅうはち……く、くぐ、じゅう、くっ、に、にじゅ……うっ!」
 二十回目の、最後の腕伸ばしを終えると同時にア―サ―は潰れた。
 そのまましばらく、欲も得もなくただひたすらに、ぜ~は~ぜ~は~。
「っく、はぁあぁ……よし、次はスクワット!」
 汗を滴らせながらア―サ―が立ち上がる。それに合わせて頭の上に移動しながら、エミアロ―ネが言った。
「あのねア―サ―君。筋力を成長させるには、その時その時の自分のレベルに合わせた、適度な運動量というものが」
「まあまあ、来世よ」
 エミアロ―ネの上に、にょこ、とカユカが生えた。
 ア―サ―の黒い髪の上に、白い戦装束のエミアロ―ネ。その上に黒いロ―ブのカユカ。
 鮮やかな黒白黒だ。
「せっかく、来々世がこれほどまでに燃えておるのじゃし。やらせておいてはどうか」
「でも、体を壊したら元も子もないのよ」
「じゃから、明日からは丁寧に教授してやるが良い。しかし今朝のところは、この意気込みに水を差さぬ方が良かろう」
「う~ん……」
 などと言い合う二人を頭にのっけて(今は重さを消してもらっている)、ア―サ―は両手を頭の後ろに組んでスクワットを二十回。ふっ、ふっ、と小気味良く息をつき、汗を額から鼻の頭へ、そして地面へと滴らせていく。
 その顔は真剣そのもので、闘志に満ちている。
「そうかもね。これぐらいなら大丈夫かな」
「無論。我らの現世じゃぞ」
「ふふ、それもそうね」
 エミアロ―ネとカユカがそんな会話をしている間にも、ア―サ―は黙々とトレ―ニングメニュ―を消化していった。
 思いは一つ、「僕は強くなる!」である。
『やるぞ! 僕は、やるぞっ!』
 もう二度と、ウナやイルヴィアを危険な目に遭わせない。万一そうなっても、即、救出できるようにする為に。お姫様を護る、かっこいい英雄になる為に。誰もいない公園で、ア―サ―は一人、燃えていた。
 
 ア―サ―が燃えていたのと同じ頃。ホワイトワ―ズ中学の体育館裏に、用務員さんがいた。
「これで準備は完了、だな。フフッ、楽しみに待っていろ白の女神!」
 用務員さん、こと暴風=デコロス=ゴブリン、暴風リンが立ち去った後には、一輪のヒマワリが咲いていた。

 ホウイトワ―ズ中学では月に一度、生徒総会というものがある。といっても、殆どの場合は校長先生らのマンネリな話を聞かされるだけだ。
 なので、今回も体育館にギッシリ詰まった全校生徒の中で、真面目に話を聞いている者など皆無に近い。あからさまに私語を交わす者こそ少ないが、大抵はそれぞれの雑念に耽っている。先生方の話など、右から左だ。
 ア―サ―もまた然り。立ったまま目を瞑り、戦いのイメ―ジトレ―ニングをしている。
『こう来たら……こうして……』
 机ゴンや鏡メバンシ―を思い描いて。そして、それらと戦う自分を想像して。
 頭の中での模擬戦である。
『で、こう……あれ? あれれれ?』
 突然、地面が揺れた。ゆらゆらと。
 慌てて目を開ける。何かに掴まろうと両手をじたばたさせる。だが、その手は虚しく宙を掻く。周りのみんなが、「何事?」という目で自分を見ている。
 地面の揺れに加えて、足の力が抜けてきた。というより痺れてきた。足の感覚がない。
 立っていられない。体が倒れていく……
「わ、わ、わわっ」
 思わず声が出た。もしかしてデコロスモンスタ―の仕業か? と思ったが、他のみんなが何ともないというのは変だ。
 体育館で、ギッシリで、長時間立ったままという状況で一人だけ倒れる。これは、
『ま、まさか、これって、ただの貧血っ?』
 ア―サ―が倒れたのと、「あ~くんっ!」という声が体育館に響いたのが同時だった。

 目が醒めたとき、ア―サ―は体育館を出たところだった。
 右肩をイルヴィア、左肩をオデックに支えられて。
「あっ。あ~くん、気がついたの?」
 ア―サ―が目を開けたことに、イルヴィアが素早く気付いた。
「気分、どう? 吐き気がするとか、頭が痛いとか、そういうことない?」
「……だ、大丈夫、みたい」
 本当はまだちょっと、頭がぐらぐらしている。だから言葉もうまく出せない。
 多分、顔色も良くないんだろうなと自覚できてしまったりする。
 そんな時に、にょこ。
「やっぱり止めるべきだったかしら。まだア―サ―君にはキツ過ぎたみたいね、今朝のトレ―ニング」
 その上に、にょこ。
「すまぬ。ヨの責任じゃの、これは。来々世の身体能力を見誤ってしもうたわ」
 ア―サ―の頭の上に白黒のト―テムポ―ルが形成され、白い女神様と黒い大神官様が姿を現した。二人して、よってたかって、なかなか痛いことを言ってくれている。
 が、もちろんア―サ―には、反論などできようはずもなく。
「ううっ……」
 情けなくて涙が出てくる。今朝、あんなに思いっきり燃えてたのに。その結果が「体育館で貧血で倒れる」か?
 これのどこが何が英雄なんだっ?
「あ~くん?」
「……ぅ、いや、何でも、ないから、」
「何でもないってことないでしょ。どうしたの?」
 ア―サ―を挟んで反対側から、オデックが声をかけてきた。
「まあまあイルちゃん。彼は彼で、きっと人には言えない深ぁい事情ってもんが、何かあるのさあるのだよ」
「言えない事情って……あっ」
 そうだ。「おに―ちゃんは、帰ってきてくれるから」(ウナ談)だった。きっとまだ帰ってきていないのだ。今の症状についてア―サ―が説明を拒むということは、おそらくはあの件に何か関係があるのだろう。
 そう察して、イルヴィアは追求するのをやめた。ア―サ―の為に。
『あ~くん、わたしも信じてるからね。どこへ何しに行っちゃってるのかは知らないけど』
 イルヴィアの、信頼の眼差しがア―サ―に向けられた。当の本人は、未だ自分の心身両面の情けなさに落ち込んでいたりするが。
 そんなこんなのア―サ―たち三人が、渡り廊下を抜けて校舎へ入ろうとした時。

 ドオオオオォォォォン!
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