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第四章 【悪しき心】発動
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しおりを挟む夜。ア―サ―の家の、ア―サ―の部屋。
ランプの明かりに照らされた室内に、存在する人間は机に向かっているア―サ―一人だけ。
だがそのア―サ―の頭の上には、白い戦装束と金色の髪の女性がいる。人間ではなくア―サ―の前世の意識体だ。
その名は白の女神、エミアロ―ネという。
「……もう一回、言ってくれる?」
我が耳を疑ったエミアロ―ネが、視線を上に向けて問いかけた。
問われたのはエミアロ―ネの頭の上にいる、黒いロ―ブと銀色の髪の少女。人間ではなく、ア―サ―の前々世の意識体だ。
その名はジャゴック大神官、カユカという。
「聞こえなかったか来世? 邪神崇拝ごっこ倶楽部、略してジャゴックと言うた」
「ごっこ、って……」
「誰もがひと時だけ邪教の信者となれる倶楽部じゃ。藁人形に釘を打ったり、みんなで憎い相手への呪詛を合唱したりしてのう。上司や姑などが主なタ―ゲットじゃったな」
どうじゃスゴかろう、てな感じでカユカは誇らしげに説明する。
エミアロ―ネが絶句していると、その下からア―サ―が聞いた。
「何でそんなことを?」
「解らぬのか、来々世よ。職場や学校、あるいは家庭で多大なストレスを抱えた老若男女が、ウサを晴らせる憩いの場ということじゃ」
ストレス社会の貴重な鬱屈抜きであり、それにより犯罪を未然に防ぐことのできる集会。いわゆる反社会的の反対、非常に社会的な集い。
それが邪神崇拝ごっこ倶楽部、ジャゴックなのじゃ。とカユカは言う。
「……う~ん……」
「もう一度聞くわ。貴女本当に十歳?」
「ふ。ヨのことを尊敬するのは良いが、」
別にそういうわけじゃないんだけど、という言葉をエミアロ―ネは大人の態度で飲み込む。
「ヨが、ジャゴックの創始者というわけではない。ヨの家は、代々ジャゴックを主催してきた家柄なのじゃ。同時に、例の魔術もな」
ジャゴックの大神官をやっていると、直接ホコ先を向けられてはいないものの膨大な悪しき心を浴びる、という非常に特殊な状況に置かれ続けることになる。
その為であろう、カユカの家の者は代々、生来強力な黒魔術を使えるようになった。その名も、
「……何やら難しい名だったので、ヨは自分で解り易い名をつけた。黒魔術を越えた黒魔術ということで、」
「いうことで?」
「真っ黒魔術、じゃ」
……。
「気品があり、どこか儚げで、なかなか良い名であろう? どうじゃ来世、来々世。感動のあまり声も出ぬか」
少し沈黙してから、エミアロ―ネが口を開いた。
「カユカちゃん。決して、貴女のことを子供扱いしてるわけじゃないんだけど、」
「?」
「私、ちょっと安心した」
「? 安心?」
するり、とカユカがエミアロ―ネの頭上から滑り降りてきた。
ア―サ―の頭の上で、エミアロ―ネと並ぶ。
「どういう意味なのじゃ、来世?」
「こういう意味よ」
エミアロ―ネは右手を差し出した。
「ア―サ―君の夢のこともあったし、実は私、貴女のことを最初は怪しんでたんだけど……でも、安心したわ。貴女は、その真っ黒魔術で一緒に戦ってくれるんでしょう?」
カユカも手を差し出す。
「無論、ヨはそのつもりで出てきた。来世や来々世が困っておるのを見過ごせぬからな」
二人は、しっかりと握手した。
「来世よ。ヨは、本当はソナタの時代にも出たかったのじゃ。が、いかんせんソナタは白の力が強過ぎてのう。ヨは完全に封じられておったのじゃ。済まなんだの」
「ううん。考えてみれば、そのおかげで私は白武術の修行に専念できたんだし。そしてその白武術を極めた者として、こうやってア―サ―君と一緒に戦えるんだしね」
「うむ。ヨも、ジャゴックの理想である「ストレスを対人関係に持ち込まない、無用な争いのない世界」を築くため、力を貸そう」
「……さすが、具体的というか現実的な理想ねカユカちゃん。じゃ、そういうわけで」
エミアロ―ネとカユカ。二人揃ってア―サ―の頭の上で、ぐいっとお辞儀をするように体ごと下を向いた。
「これからも頑張ろうね、ア―サ―君」
「宜しく頼むぞ、来々世」
春の日差しを浴びた小川のような、滑らかに流れるエミアロ―ネの金色の髪。
夏の嵐に荒れる大河のような、絡み合って流れるカユカの銀色の髪。
金色と銀色の長い髪が、黒いぼさぼさ髪を左右から挟んだ。
「は、はぁ。頑張ります……」
女神様と大神官様に期待をかけられた少年、ア―サ―。年上の美女と年下の美少女に挟まれたハ―レム状態(?)ともいえる。
とはいえ当の本人は、とてもとても、うわついた気分にはなれてなかったりする。むしろ状況の深刻化によって、
『今朝の、夢の問題は片付いたけど……』
重いプレッシャ―に悩まされていた。
エミアロ―ネに続く二人目の、輪廻を越えた来訪者、カユカの出現。そして、今日の相手はエミアロ―ネと二人だけでは勝てなかったという事実。これからの戦いに、不安を覚えずにはいられない。
だが。ふと顔を上げて窓の外を見ると、
「あ……」
お姫様が、今日も今日とて勉学に励んでいる姿(の影)が目に入った。
今日、危うく悪者の手にかかるところだったお姫様。それを、いろいろあったが結果的には、この手でしっかりと護りきったのだ。
そうだ。英雄たる者、お姫様を護るためには、この程度の不安に負けてはいけない。
『そ、そうだった。僕が、しっかりしなきゃだめなんだ……うん! 僕はもう二度と、今日みたいな失態は晒さないぞっっ!』
幼き日に抱き、そして忘れていた英雄への夢。お姫様だっこへの憧れ。
それらを再確認し再燃させ、ア―サ―は闘志を燃やすのであった。
ぐぐっ、と拳を握って。
「浮いて沈んで、また浮いたか。ほんに単純、且つ落ち着きがないものよの。男の子とは」
「そうねぇ。この子は、特にそうだと思うわ」
「聞こえてるよ二人ともっ」
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