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第四章 【悪しき心】発動
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「わたしね、さっき急に、何て言ったらいいのかな……誰かに無理矢理、気持ちを引きずり下ろされたみたいになっちゃって、」
体と心に、とてつもなく重いものを背負わされたような感覚。無意識に口を突いて出てくるのは、わけの解らないグチばかり。
これはもしや、あのデコロスモンスタ―とかいう奴の仕業では? と心の隅で思ったが、しかしどうすることもできず。重くて揺らぐ意識の中、ア―サ―の姿を見失ってしまって。
「女神二号さんが戦ってるのは見えてたんだけど、あ~くんは全然見当たらなくて。わたし、もしかしてあ~くんがどこかに連れ去られたりしたんじゃないかって心配で心配で……あ~くん?」
ア―サ―が、何とも言えない顔をしている。
呆けているようで、泣きそうで、嬉しそう。
「心配……してくれてたんだ。そんな、自分がどうなっちゃうかも解らない時に……」
「あ、あ~くん?」
ア―サ―の様子がおかしいことに、イルヴィアは気付いた。
「どうかしたの? どこか痛いの?」
「ご、ごめん。そうじゃないけど……イルヴィア、あの、ちょっとだけでいいから、」
「?」
「手……繋いでいい?」
イルヴィアが怪訝な顔をしながらも承諾すると、ア―サ―はそろそろと右手を伸ばして、そっとイルヴィアと握手した。
それから左手も添えて、両手でぎゅっ、とイルヴィアの手を握る。
「あ~くん?」
「……」
イルヴィアの手だ。暖かくて柔らかい。
さっきの「大嫌い」と「わたしに触らないで」とが、ア―サ―の心の中で溶けていく。
冷たい、痛い氷が、イルヴィアの手のぬくもりで溶けていく。
「……ぅ……くっ……」
ア―サ―の頬を伝った滴が、ぽたりぽたりと地面に落ちる。
「あ、あ~くん、どうしちゃったの?」
「大丈夫……大丈夫だから、もうちょっと、もうちょっとだけ、このままで……」
結局イルヴィアは、涙をぽろぽろ流しているア―サ―の手を振り払うわけにもいかず。
オデックが二人を探し当てて駆けつけてくるまで、ア―サ―にぎゅっと手を握られていたのであった。
そしてその間、ア―サ―の頭上では。
「ねえ。カユカちゃん」
「ソナタもそう呼ぶか……まあ、構わぬが」
「この子、確かお姫様を護る英雄になりたいとか言ってたわよね?」
「ああ、そのことか。確かにこの泣きっぷりは不可解よのう。護りたいのか甘えたいのか、男の子の考えることは、いつも不可解じゃ」
「……貴女、本当に十歳?」
「左様。ヨは幼くして死した故、妖しく美しいコスチゥムの似合う、ナイスバデイ~♪ に憧れておってのう。そういう姿こそ、ジャゴックの大神官にふさわしく……」
「! 忘れてたっ! 貴女、結局何者なの? 私の前世らしいってことは解ったけど、そのジャゴックとかいうもののこととか、あの凄い魔術のこととか、」
「落ち着け。別に隠さねばならぬことではない故、落ち着き次第説明して進ぜよう」
落ち着き次第、というのは。
幼馴染みの少女の手を握り締め、えぐえぐ泣いてる少年が落ち着いたらという意味らしい。
男の持つ鎌は、緑色の液体で濡れている。
その鎌を持ったまま、男は手を休めてじっと目を閉じていた。
町で繰り広げられている戦いの行方を、その魔力の波動から読み取っていたのだ。
戦っている一方はかつての同朋、鏡メバンシ―。そしてもう一方は前世よりの宿敵、白の女神……だったはずだが途中で逃げたのであろうか、別人と交代している。
なぜなら、白の女神なら絶対に使わない、使えないはずの黒の力が、鏡メバンシ―に叩き込まれたからだ。それも、かなり強力なものが。
『おそらく、陛下の御世には既に絶えていた太古の秘法、邪道入深の術……何者だ?』
邪道入深の術、とは。
一人の人間が、大人数の悪しき心(黒の力の源)を長期間に渡って浴び続ける。すると、その身に染み付いた黒の力により、どんな天才魔術師よりも深く、黒の世界=魔界と接触することができるようになる。そうやって魔界の深い領域と接触し、その力を我がものとする術。それが黒魔術を越えた黒魔術、邪道入深の術である。
しかし悪しき思いを浴びるといっても、単に大勢に恨まれたり憎まれたりするだけでは、普通は本人の魂が悪想念の重圧に耐え切れなくなる。その為、邪道入深の遣い手は非常に稀なのだ。
そもそも邪道入深の術自体、とっくの昔に絶えたはずなのだが。
『……まあいい。どんなに邪悪な想念に染まろうと、またそれに耐え得る邪悪極まりなき魂をもつ人間であろうと、所詮人間は人間。邪の神には遠く及ばん』
何であれ、さほど気にすることはなかろう。
男はそう結論付け、再び鎌を持つ手を動かし始めた。
「待っていろ、白の女神め」
ざくり、ざくりと、音がする。
緑色の液体が鎌の刃に付着し、そして滴る。
「明日、俺の力は陛下をも凌ぐ。神の領域に達するのだ……」
呟く男の鎌から滴るのは、緑色の草の汁。
今の男の仕事は、体育館周辺の草刈り。
暴風=デコロス=ゴブリン、略して暴風リン。前世において数知れぬ人間を屠ってきた彼の現世は、ホワイトワ―ズ中学の用務員である。覚醒後、怪しまれぬよう注意して調べたところによると、現在六十三歳。趣味は絵画、好きな食べ物は卵焼き、妻とは死別、らしい。
「用務員のおじさ―ん。北校舎の二階の男子トイレの窓、まだ直ってないよ~」
「ああ、すぐ行く!」
暴風リンは鎌を置いて立ち上がり、北校舎に向かって駆け出した。
世を忍ぶ仮の姿も、楽ではないようである。
『フフフフ、覚悟しているがいい白の女神! 明日、お前は神の鉄槌によって、冥府へと叩き込まれるのだ!』
と胸の内で高笑いしながら、とんてん、かんてん。
北校舎二階に、大工仕事の音が響いた。
体と心に、とてつもなく重いものを背負わされたような感覚。無意識に口を突いて出てくるのは、わけの解らないグチばかり。
これはもしや、あのデコロスモンスタ―とかいう奴の仕業では? と心の隅で思ったが、しかしどうすることもできず。重くて揺らぐ意識の中、ア―サ―の姿を見失ってしまって。
「女神二号さんが戦ってるのは見えてたんだけど、あ~くんは全然見当たらなくて。わたし、もしかしてあ~くんがどこかに連れ去られたりしたんじゃないかって心配で心配で……あ~くん?」
ア―サ―が、何とも言えない顔をしている。
呆けているようで、泣きそうで、嬉しそう。
「心配……してくれてたんだ。そんな、自分がどうなっちゃうかも解らない時に……」
「あ、あ~くん?」
ア―サ―の様子がおかしいことに、イルヴィアは気付いた。
「どうかしたの? どこか痛いの?」
「ご、ごめん。そうじゃないけど……イルヴィア、あの、ちょっとだけでいいから、」
「?」
「手……繋いでいい?」
イルヴィアが怪訝な顔をしながらも承諾すると、ア―サ―はそろそろと右手を伸ばして、そっとイルヴィアと握手した。
それから左手も添えて、両手でぎゅっ、とイルヴィアの手を握る。
「あ~くん?」
「……」
イルヴィアの手だ。暖かくて柔らかい。
さっきの「大嫌い」と「わたしに触らないで」とが、ア―サ―の心の中で溶けていく。
冷たい、痛い氷が、イルヴィアの手のぬくもりで溶けていく。
「……ぅ……くっ……」
ア―サ―の頬を伝った滴が、ぽたりぽたりと地面に落ちる。
「あ、あ~くん、どうしちゃったの?」
「大丈夫……大丈夫だから、もうちょっと、もうちょっとだけ、このままで……」
結局イルヴィアは、涙をぽろぽろ流しているア―サ―の手を振り払うわけにもいかず。
オデックが二人を探し当てて駆けつけてくるまで、ア―サ―にぎゅっと手を握られていたのであった。
そしてその間、ア―サ―の頭上では。
「ねえ。カユカちゃん」
「ソナタもそう呼ぶか……まあ、構わぬが」
「この子、確かお姫様を護る英雄になりたいとか言ってたわよね?」
「ああ、そのことか。確かにこの泣きっぷりは不可解よのう。護りたいのか甘えたいのか、男の子の考えることは、いつも不可解じゃ」
「……貴女、本当に十歳?」
「左様。ヨは幼くして死した故、妖しく美しいコスチゥムの似合う、ナイスバデイ~♪ に憧れておってのう。そういう姿こそ、ジャゴックの大神官にふさわしく……」
「! 忘れてたっ! 貴女、結局何者なの? 私の前世らしいってことは解ったけど、そのジャゴックとかいうもののこととか、あの凄い魔術のこととか、」
「落ち着け。別に隠さねばならぬことではない故、落ち着き次第説明して進ぜよう」
落ち着き次第、というのは。
幼馴染みの少女の手を握り締め、えぐえぐ泣いてる少年が落ち着いたらという意味らしい。
男の持つ鎌は、緑色の液体で濡れている。
その鎌を持ったまま、男は手を休めてじっと目を閉じていた。
町で繰り広げられている戦いの行方を、その魔力の波動から読み取っていたのだ。
戦っている一方はかつての同朋、鏡メバンシ―。そしてもう一方は前世よりの宿敵、白の女神……だったはずだが途中で逃げたのであろうか、別人と交代している。
なぜなら、白の女神なら絶対に使わない、使えないはずの黒の力が、鏡メバンシ―に叩き込まれたからだ。それも、かなり強力なものが。
『おそらく、陛下の御世には既に絶えていた太古の秘法、邪道入深の術……何者だ?』
邪道入深の術、とは。
一人の人間が、大人数の悪しき心(黒の力の源)を長期間に渡って浴び続ける。すると、その身に染み付いた黒の力により、どんな天才魔術師よりも深く、黒の世界=魔界と接触することができるようになる。そうやって魔界の深い領域と接触し、その力を我がものとする術。それが黒魔術を越えた黒魔術、邪道入深の術である。
しかし悪しき思いを浴びるといっても、単に大勢に恨まれたり憎まれたりするだけでは、普通は本人の魂が悪想念の重圧に耐え切れなくなる。その為、邪道入深の遣い手は非常に稀なのだ。
そもそも邪道入深の術自体、とっくの昔に絶えたはずなのだが。
『……まあいい。どんなに邪悪な想念に染まろうと、またそれに耐え得る邪悪極まりなき魂をもつ人間であろうと、所詮人間は人間。邪の神には遠く及ばん』
何であれ、さほど気にすることはなかろう。
男はそう結論付け、再び鎌を持つ手を動かし始めた。
「待っていろ、白の女神め」
ざくり、ざくりと、音がする。
緑色の液体が鎌の刃に付着し、そして滴る。
「明日、俺の力は陛下をも凌ぐ。神の領域に達するのだ……」
呟く男の鎌から滴るのは、緑色の草の汁。
今の男の仕事は、体育館周辺の草刈り。
暴風=デコロス=ゴブリン、略して暴風リン。前世において数知れぬ人間を屠ってきた彼の現世は、ホワイトワ―ズ中学の用務員である。覚醒後、怪しまれぬよう注意して調べたところによると、現在六十三歳。趣味は絵画、好きな食べ物は卵焼き、妻とは死別、らしい。
「用務員のおじさ―ん。北校舎の二階の男子トイレの窓、まだ直ってないよ~」
「ああ、すぐ行く!」
暴風リンは鎌を置いて立ち上がり、北校舎に向かって駆け出した。
世を忍ぶ仮の姿も、楽ではないようである。
『フフフフ、覚悟しているがいい白の女神! 明日、お前は神の鉄槌によって、冥府へと叩き込まれるのだ!』
と胸の内で高笑いしながら、とんてん、かんてん。
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