頭上輪廻戦士アーサー

川口大介

文字の大きさ
上 下
22 / 41
第四章 【悪しき心】発動

しおりを挟む

 鏡メバンシ―の二段目の術が完成し、ア―サ―(白の女神)が傀儡と化そうとしたその時、異変が起こった。
 四つん這いになって、暗~くブツブツ言っていたア―サ―が、突如ぶるぶるっと身を震わせたかと思うと、
「ぬぅわおおおおぉぉぉぉっっ!」
 雄叫びを上げ、立ち上がったのだ。
 そして更に、驚き後ずさる鏡メバンシ―の目の前で、
「な……何っ⁉」
 ア―サ―の纏っている白の女神の戦装束が、雪像が溶けるように、そして再び凍り付いていくかのように、変化していった。
 白くて長いブ―ツは、黒くて高いヒ―ルに。
 白く美しい刺繍つきの長手袋は、黒く痛そうな鋲つきの皮手袋に。
 白と金、だったのが黒と赤、になっていく。全体のデザインも【荘厳】から【妖艶】へと変化し、胸元や脚、腰の露出が増していく。
 その衣装を纏っているのはもちろん、ずっと変わらない女の子版ア―サ―。だが、見た目の印象は同一人物とは思えないほどに、みるみる変わっていく。
 やがて、
「ふううぅぅ~っ……」
 全ての変化を終えたア―サ―が、重い息をついた。
 先程までのア―サ―は確かに【白の女神】だったが、今ここにいるのはさしずめ、【黒き堕天使】だ。
 そう呼ぶのが相応しい、そんな姿をしている。黒く怪しく、妖しい色香が匂い漂っていて。
「我ながら、な~にをバカなこと考えてたんだ。僕が落ち込まなきゃいけない理由なんて、な~んにもないのに」
 黒い戦装束姿となったア―サ―がニヤリと笑う。
 そして、呆然としている鏡メバンシ―に向かって言い放った。
「そぉだそぉだ。全部、お前が悪いんだ。イルヴィアが狙われたのも術をかけられたのも、全部お前の責任だ。僕は全然悪くないんだ」
「なっ……?」
 ア―サ―の心身の異変を前に、鏡メバンシ―は何が何だか理解できずにいた。落ち込みから立ち直った、のか? そのようにも見えるが、何だか違うようにも見える。
 愛や勇気や希望は心に届かない、力を与えられない、はずだ。そのテの心の動きは完全に封じたはず。
 なのだが、それ以外の何かが、力になっているような。
「あ、あんた、一体何がどうしたってのよ?」
「どうしたもこうしたもない。よくもこの僕を、妙な術で落ち込ませてくれたな」
 ニヤリな笑顔から一転、ギロリと鏡メバンシ―を睨みつけて、ア―サ―は拳を握る。
「いいか、よく聞け。僕は絶対に、かっこいい英雄になるんだ。だから悪者は許さない。悪者には負けない。つまり、お前にも負けない。うん、スジは通ってる」
「ス、スジ?」
「そう。正義は勝つ。それがスジ」
 ア―サ―は鏡メバンシ―にずんずん近づいていく。その右拳に、ぼっ、と炎が灯った。
 人の頭ほどある炎の球。それが今の、ア―サ―の拳だ。
「というわけで……喰らえ正義の鉄拳っ!」
 ア―サ―の炎の拳が、燃え上がりながら唸りを上げて、下から上へと突き上げられた。
 天空を撃ち破らんばかりのその一撃は、見事に鏡メバンシ―の顎を捕らえる。と同時に、その炎が爆発を起こした!
「がぶぅおおおぉぉっ⁉」 
 エミアロ―ネの白武術ではない。これは明らかに魔術の、しかもかなり強力な炎だ。
 その一撃をまともに喰らった鏡メバンシ―は、顎から顔面、髪まで豪快に焼け焦げ、大きく吹っ飛ばされていく。
 そしてそれを、ア―サ―が走って追いかける。
「うぬぅおおぉぉっ! まだまだこんなもんじゃあないぞ! 空が青いのも夕陽が赤いのも、全部お前のせいなんだからなぁぁっ!」
 立ち直ったとかそういう領域を突き抜けて、ア―サ―はほとんど人格が変わってしまっている。もう言ってることがムチャクチャだ。
 だがこれで、鏡メバンシ―は確信した。
『ま、間違いないわ。責任転嫁に自信過剰に八つ当たり……こいつは悪しき心を、黒の力を使ってる!』
 何がどうなって【善き心】の白武術使いであるはずの白の女神が、【悪しき心】の黒の力を行使しているのか、それは全く解らない。
 だがとにかく、あの様子ではもう、落ち込み催眠術は通用しないだろう。
「……それなら!」
 何とか着地した鏡メバンシ―は、
「来なさい、我が奴隷イルヴィア! あんたなら攻撃されることなく……」
 だが、遥か彼方へとぶっ飛ばされた鏡メバンシ―を追って、ア―サ―はもう目の前まで向かってきている。
 その後ろの遥か彼方に、イルヴィアがいる。
 これでは、人質にも武器にもならない。自殺を命令しようにも、ア―サ―は完全に背を向けているから見てないし、第一もう目の前だ。
「うぐっ、な、なら、実力勝負よっっ!」
 鏡メバンシ―は両手の人差し指と中指を立てて、頭上の鏡に添えた。
 その鏡に大きな魔力が集中していく。己の術でムリヤリ肥大化させた、町の人々の落ち込みや自己嫌悪を吸い集めているのだ。
「負の感情は、そのまま悪しき心へと変わる。そして悪しき力の源へと変わる……喰らえ! 鏡ファイヤ――――――――!」
 鏡メバンシ―の鏡から、一筋の炎が迸った。
 その速さは、矢というよりももう、光線!

 ずどおおおおぉぉぉぉん!

 突進していたア―サ―に炎が命中、大爆発。
 ア―サ―を中心に巨大な火柱が立ち黒煙が立ち込め、爆風が商店の品々を吹き飛ばした。
 が、
「そ……」
 ア―サ―は全くスピ―ドを緩めず、黒煙を突き抜けて一直線に向かってくる!
「そそそそそんな、バカなっっ⁉」

 ア―サ―は燃えていた。鏡メバンシ―に受けた攻撃など比較にならないぐらい、燃えていた。
 ついさっき、どん底まで落ち込んでいたのが嘘のようだ。
《何もかもを自分で背負い込み、自分の責任だと思う必要などない。また……》
 心の中に聞こえてくるのは、エミアロ―ネよりずっと幼い女の子の声。
 先程の、黒いロ―ブの女の子の声だ。ジャゴックの大神官、カユカという名の少女。
《自分を過小評価して縮こまってしまうぐらいなら、自分を過大評価してふんぞり返っている方がマシというもの》
「そ―だっ! 僕は強い! 英雄になれる! 何回どんなに失敗しても、だ!」
 と吠えながら振り上げられたア―サ―の両手が、輝きだした。
 その光の中で、何かが実体化していく。
「僕は僕は、こんなところで膝を抱えているような、ちっぽけな男じゃ~な~いっ! ぅわはははははっ!」
 ア―サ―の気分はどんどん盛り上がっていく。
 もう、誰にも止められなさそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...