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第四章 【悪しき心】発動
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ア―サ―の、悪しき心の中で微かに響いたそれは、ア―サ―やイルヴィアより少し幼い声。ウナと同じくらい、おそらく十歳ぐらいの女の子の声だ。
それがア―サ―の心の中、つまり今エミアロ―ネがいる場所で聞こえた。
《⁉ だ、誰? 今何て言ったの?》
エミアロ―ネが問いかけると、今度は少しはっきりした声になって返答が来た。
幼く可愛らしい声質にそぐわない、重々しい言葉遣いで喋りながらその子は、
《ソナタには無理じゃ、と言うた》
ア―サ―の頭に、にょこ、と生えた。
《えっ……ええぇぇっ⁉》
エミアロ―ネは驚愕した。ア―サ―の前世(の意識体)である自分の専売特許だったはずの、【頭の上に、にょこ】をやられたのだ。
「おぉ~。久しぶりの、外の世界じゃ」
悪の魔法使い風の、黒いロ―ブを纏った少女。フ―ドを取って、肩こりをほぐそうとするかのように、ゆっくりと首を回した。
声の印象通り、十歳ぐらいに見える。クセの強い、あちこちがツンツン跳ねている銀色の長髪と、冷淡さを感じさせるツリ気味の目が特徴的だ。エミアロ―ネが太陽ならこの子は月、といった感じで、その風貌には歳相応の幼さと共に、どことなく気品が、そして色気がある。そういえば漆黒のロ―ブの下は、どうやら白い素肌のみらしい。
だがそんな少女の姿は、すぐ目の前にいる鏡メバンシ―には見えていないようだ。これは、前世の意識体なら当然(ア―サ―にしか見えず聞こえず)のこと。だが、そんなはずはない。
ア―サ―の前世は、エミアロ―ネのはずだ。
《貴女は……一体?》
エミアロ―ネの問いかけに、少女は下の方(ア―サ―の頭)を向いて答える。
「ヨの名はカユカ。それ以上の説明は後じゃ。それより、少し退いておれ。ソナタがそこにおると、邪魔なのじゃ」
《ど、どういうことよそれ》
「事は一刻を争う。早ういたせ!」
黒いロ―ブの少女、カユカはア―サ―の頭上で一旦伸び上がって勢いをつけてから、一気にずぼっ! とア―サ―の頭の中、そして心の中に潜り込んだ。エミアロ―ネの意識体を押しのけて、それよりもずっと奥深くへ入っていく。
今や悪しき心にほぼ染め尽くされてしまい、エミアロ―ネの声も届かない、ア―サ―の心の奥の奥へと……
暗くて暗い、暗闇の底。そこでア―サ―は一人、膝を抱えていた。
ここは、鏡メバンシ―が作った闇? 違う。鏡メバンシ―のやったことは、例えて言うなら植木に水をやっただけ。
心の闇は、誰にだってある。それが今、膨れ上がっているだけなのだ。
その最深部でア―サ―は、抱えた膝に額をくっつけてブツブツ。
「何もかもムダ……よく解ったよ。僕なんかがどう足掻いたって、英雄なんかにはなれやしない。誰も護ることはできない。なら、最初から何もしない方がいいんだ……」
「はたして、そうかの」
ふわり、とア―サ―の目の前に少女が降り立った。
ア―サ―は顔を上げない。声で相手が幼い少女だと解ったが、だからど―したと言わんばかりに顔は上げない。もう、何もかもが面倒くさいようだ。
「僕は今、お嬢ちゃんとお話しするような気分じゃないんだ。どっか行ってて」
だが少女は行かない。
「ヨは、子供扱いされるのには慣れておる。じゃが、お嬢ちゃんはやめてくれぬかの」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ」
と聞くと、(ア―サ―は見ていないが)少女は胸を張って答えた。
「よくぞ聞いた。ヨの名はカユカ。ジャゴックの大神官、カユカ様じゃ」
――ジャゴック? どこかで聞いたような。
――まあいいや。名前はカユカ、と。
「じゃあカユカちゃん。大人しく消えて」
「カユカ様と……まあ良い。それより、ソナタに言うておかねばならぬことがある」
鬱陶しいなぁとア―サ―は思ったが、追い払うのも面倒なので無視することにした。
そんなア―サ―の態度などにカユカは構わず、一方的に言葉を突き立てていく。
「ソナタが、何の取りえもない小者じゃと言うことは、今更そんなあからさまな態度をとらずとも誰しもよく解っておる」
「……」
「無論、あのイルヴィアという娘も理解しておるじゃろう。自分自身という比較対象があるのじゃから、ソナタの小者っぷりはよくよく承知しておろう」
「……!」
「はっきり言うておくが、あの娘はソナタにとっては遥か彼方の高嶺の花。英雄と姫? 笑わせるでない。排泄物と黄金じゃ」
「っっ!」
がばっ、とア―サ―は立ち上がって、カユカの襟首を引っ掴んだ。
カユカは、(声質から十歳ぐらいだと仮定すると)顔立ちこそ少し大人びているが歳相応の体格をしている。だから、いくらア―サ―が小柄とはいえ、二つ三つ年下の女の子よりは背が高いため、カユカの小さな体を若干引っ張り上げる形になる。
「初対面の君にそこまで……ハイセツブツとまで、言われる筋合いはないと思う」
「そうかの。では聞くが、ソナタがここにこうしておる理由、ヨにコケにされた理由はなんじゃ? それは一体誰のせいじゃ?」
たたみかけるカユカ。ア―サ―ももう無視することはせず、はっきりと答えた。
「それは当然、僕がイルヴィアを……」
「護れなかったから、と申すか?」
カユカは自然な動きで、すっ……と右手をア―サ―の額に当てた。
その手は、冷たい。冷たくて、頭が冷える。
「よく考えてみよ。ソナタは、英雄になって姫を護るというのが夢なのであろう?」
「だ、だから、僕にそんな資格は、」
「そうではなくて。もっと、己の心の奥深くに耳を傾けよ。ソナタは、何が何でも英雄になりたいはずじゃ。違うか?」
カユカの掌から、ア―サ―の中に、暗いものが流れ込んでいく。
今、ア―サ―の周りにある暗い空間とは異質な、けど同じように、暗くて暗い暗闇。
「耳を傾けよ。己の真の心、深の心に……自分には資格がないなどというのはソナタの本心ではないはず。そこに、ソナタ自身がまだ知らぬ、大きな力が眠っておる……」
カユカの言葉は、暖かくない子守唄のようであり、熱くない応援歌のようでもある。
ア―サ―の気持ちが、相変わらず暗くはあるものの、自己嫌悪の牢獄からは少しずつ脱していく。
まるで、闇が闇を切り裂いていくような。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕、僕は……!」
それがア―サ―の心の中、つまり今エミアロ―ネがいる場所で聞こえた。
《⁉ だ、誰? 今何て言ったの?》
エミアロ―ネが問いかけると、今度は少しはっきりした声になって返答が来た。
幼く可愛らしい声質にそぐわない、重々しい言葉遣いで喋りながらその子は、
《ソナタには無理じゃ、と言うた》
ア―サ―の頭に、にょこ、と生えた。
《えっ……ええぇぇっ⁉》
エミアロ―ネは驚愕した。ア―サ―の前世(の意識体)である自分の専売特許だったはずの、【頭の上に、にょこ】をやられたのだ。
「おぉ~。久しぶりの、外の世界じゃ」
悪の魔法使い風の、黒いロ―ブを纏った少女。フ―ドを取って、肩こりをほぐそうとするかのように、ゆっくりと首を回した。
声の印象通り、十歳ぐらいに見える。クセの強い、あちこちがツンツン跳ねている銀色の長髪と、冷淡さを感じさせるツリ気味の目が特徴的だ。エミアロ―ネが太陽ならこの子は月、といった感じで、その風貌には歳相応の幼さと共に、どことなく気品が、そして色気がある。そういえば漆黒のロ―ブの下は、どうやら白い素肌のみらしい。
だがそんな少女の姿は、すぐ目の前にいる鏡メバンシ―には見えていないようだ。これは、前世の意識体なら当然(ア―サ―にしか見えず聞こえず)のこと。だが、そんなはずはない。
ア―サ―の前世は、エミアロ―ネのはずだ。
《貴女は……一体?》
エミアロ―ネの問いかけに、少女は下の方(ア―サ―の頭)を向いて答える。
「ヨの名はカユカ。それ以上の説明は後じゃ。それより、少し退いておれ。ソナタがそこにおると、邪魔なのじゃ」
《ど、どういうことよそれ》
「事は一刻を争う。早ういたせ!」
黒いロ―ブの少女、カユカはア―サ―の頭上で一旦伸び上がって勢いをつけてから、一気にずぼっ! とア―サ―の頭の中、そして心の中に潜り込んだ。エミアロ―ネの意識体を押しのけて、それよりもずっと奥深くへ入っていく。
今や悪しき心にほぼ染め尽くされてしまい、エミアロ―ネの声も届かない、ア―サ―の心の奥の奥へと……
暗くて暗い、暗闇の底。そこでア―サ―は一人、膝を抱えていた。
ここは、鏡メバンシ―が作った闇? 違う。鏡メバンシ―のやったことは、例えて言うなら植木に水をやっただけ。
心の闇は、誰にだってある。それが今、膨れ上がっているだけなのだ。
その最深部でア―サ―は、抱えた膝に額をくっつけてブツブツ。
「何もかもムダ……よく解ったよ。僕なんかがどう足掻いたって、英雄なんかにはなれやしない。誰も護ることはできない。なら、最初から何もしない方がいいんだ……」
「はたして、そうかの」
ふわり、とア―サ―の目の前に少女が降り立った。
ア―サ―は顔を上げない。声で相手が幼い少女だと解ったが、だからど―したと言わんばかりに顔は上げない。もう、何もかもが面倒くさいようだ。
「僕は今、お嬢ちゃんとお話しするような気分じゃないんだ。どっか行ってて」
だが少女は行かない。
「ヨは、子供扱いされるのには慣れておる。じゃが、お嬢ちゃんはやめてくれぬかの」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだ」
と聞くと、(ア―サ―は見ていないが)少女は胸を張って答えた。
「よくぞ聞いた。ヨの名はカユカ。ジャゴックの大神官、カユカ様じゃ」
――ジャゴック? どこかで聞いたような。
――まあいいや。名前はカユカ、と。
「じゃあカユカちゃん。大人しく消えて」
「カユカ様と……まあ良い。それより、ソナタに言うておかねばならぬことがある」
鬱陶しいなぁとア―サ―は思ったが、追い払うのも面倒なので無視することにした。
そんなア―サ―の態度などにカユカは構わず、一方的に言葉を突き立てていく。
「ソナタが、何の取りえもない小者じゃと言うことは、今更そんなあからさまな態度をとらずとも誰しもよく解っておる」
「……」
「無論、あのイルヴィアという娘も理解しておるじゃろう。自分自身という比較対象があるのじゃから、ソナタの小者っぷりはよくよく承知しておろう」
「……!」
「はっきり言うておくが、あの娘はソナタにとっては遥か彼方の高嶺の花。英雄と姫? 笑わせるでない。排泄物と黄金じゃ」
「っっ!」
がばっ、とア―サ―は立ち上がって、カユカの襟首を引っ掴んだ。
カユカは、(声質から十歳ぐらいだと仮定すると)顔立ちこそ少し大人びているが歳相応の体格をしている。だから、いくらア―サ―が小柄とはいえ、二つ三つ年下の女の子よりは背が高いため、カユカの小さな体を若干引っ張り上げる形になる。
「初対面の君にそこまで……ハイセツブツとまで、言われる筋合いはないと思う」
「そうかの。では聞くが、ソナタがここにこうしておる理由、ヨにコケにされた理由はなんじゃ? それは一体誰のせいじゃ?」
たたみかけるカユカ。ア―サ―ももう無視することはせず、はっきりと答えた。
「それは当然、僕がイルヴィアを……」
「護れなかったから、と申すか?」
カユカは自然な動きで、すっ……と右手をア―サ―の額に当てた。
その手は、冷たい。冷たくて、頭が冷える。
「よく考えてみよ。ソナタは、英雄になって姫を護るというのが夢なのであろう?」
「だ、だから、僕にそんな資格は、」
「そうではなくて。もっと、己の心の奥深くに耳を傾けよ。ソナタは、何が何でも英雄になりたいはずじゃ。違うか?」
カユカの掌から、ア―サ―の中に、暗いものが流れ込んでいく。
今、ア―サ―の周りにある暗い空間とは異質な、けど同じように、暗くて暗い暗闇。
「耳を傾けよ。己の真の心、深の心に……自分には資格がないなどというのはソナタの本心ではないはず。そこに、ソナタ自身がまだ知らぬ、大きな力が眠っておる……」
カユカの言葉は、暖かくない子守唄のようであり、熱くない応援歌のようでもある。
ア―サ―の気持ちが、相変わらず暗くはあるものの、自己嫌悪の牢獄からは少しずつ脱していく。
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「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕、僕は……!」
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