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第三章 善き心、屈するとき
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「オデっ君てね、あれで結構女の子に人気あるのよ。この前も……あれ?」
イルヴィアが足を止めた。ア―サ―も足を止める。
急に空が暗くなったのだ。灰色の雲が空を覆い尽くして、日の光を遮っている。
その暗くなったところに加えて、濃厚な霧も漂い出した。
「え、え?」
更に、何やら重くて低くて暗いム―ドの「♪ん~ん~んんんん~」というコ―ラスがどこからともなく聴こえてくる。
暗雲と深い霧、そして謎の暗黒コ―ラス。これでもかといわんばかりの、不吉で不穏で不気味なム―ドだ。
「な、何? 何なのこれ?」
不安になったイルヴィアが、隣にいるア―サ―に掴まろうとした。すると、
「……もしもしご両人」
突然背後から、耳元で声がした。
「きぁっ!」
思わず悲鳴を上げてイルヴィアは跳び退く。
振り向いてみると、そこにはオデックがいた。
「え? オ、オデっ君?」
「いつの間に後ろに?」
驚く二人の前に立っているのは、確かにオデックだ。だが、何か違う。雰囲気が違う。背負っているものが違う。いつもは能天気を背負ってるのに、今は能曇りというか能黒雲だ。今の空と同じく、どんよりしている。
不吉で不穏。不気味だ。
「キミたちに、いいことを教えよう……」
不幸を告げる疫病神のような声で、オデックが言う。
「……この世に、愛ほど脆弱なものはないのだよ。これがまた」
よれっ、とオデックは扇子を広げて。
「信じれば裏切られる。期待すれば失望する。そんなものさ、愛なんて……」
「オ、オデッ君?」
オデックが、暗~い声で、暗~いことを言っている。まるで別人のようだ。
まるで一昨日の夜のウナのようだ。
「!」
思い至ったア―サ―は、慌てて一歩、前に出てイルヴィアを背に庇った。オデックを睨みつけ、警戒して身構える。
そして、小声で頭上に尋ねる。
「エミアロ―ネさん、どうやら今度は……」
「いいえ。この子は違うわ」
にょこ、とア―サ―の頭に生えたエミアロ―ネが簡単に言い切った。
「眼を見れば判るの。これは、二段催眠の一段目を受けたのよ」
「二段催眠?」
「一段目の術で相手の精神に傷口を開き、二段目で本命の術を深く叩き込む、強力な催眠術よ。普通の催眠術だと、いくら意のままに操れるといっても、本人が本気で嫌がることはさせられないの。例えば自殺しろ、とかね。それだと相手は、術を破れないまでも抵抗が可能なのよ」
「ふむ。で、その二段催眠だと自殺すら可能になるってわけですか?」
「そうよ。でもそういう、一つの精神に二種類の催眠術を施すなんてのは……」
エミアロ―ネは丁寧に説明した。
二段催眠は非常に高度な術であり、普通の術者には不可能。もしできるとすれば、今は絶えた古き怪物、デコロスモンスタ―ぐらいのもの。
つまりそいつが、今度の敵だ。この落ち込みム―ドな空と霧とコ―ラスとで、精神に傷口を開く一段目を仕掛けた術者。
「貴方は前世の力を覚醒させた影響で耐性があるから、この程度ならまだ大丈夫よ。実際、今、一段目の術はかかってないでしょ。でも油断は……」
「ねえ。あ~くん」
ぽん、と後ろから肩を叩かれて、ア―サ―が振り返る。そこには、
「聞いて。聞いてってば。聞いてよう」
泣きそうな顔のイルヴィアがいた。
「イ、イルヴィア?」
「ねえ、あ~くん。あ~くんってば」
「な、何?」
「あのね……愛って、友情って、虚しいね」
うるうると涙を浮かべているイルヴィア。今にも泣き出しそうだ。
「ねえ、あ~くん……わたし、これから何を信じて生きていけばいいの? 答えて」
「そ、そんなこと言われても」
ア―サ―は困る。だがア―サ―が困っている間にも、暗い空で深い霧で、「ん~んん~」な落ち込みム―ド空間の中、人々は落ち込んでいった。
八百屋のおじさんは、大根で自分をブッ叩きながら己の無能さに対して怒り嘆く。
ノラ犬を見つけたおばさんは、土下座して人間の冷たさを謝罪。
そしてイルヴィアとオデックはというと、
「わかる、わかるよぉイルちゃんっ」
「そうなのよ。どうせ人の心なんて、うつろい易く脆いもの……」
いつの間にか路上にどっかりと座り込んで、愛や友情の虚しさについて熱く、いや冷たく語り合っている。
「エ、エミアロ―ネさん。一体どうすれば?」
ア―サ―は頭上に助けを求めた。
「とにかく術者を探して倒すしかないわね。向こうだってこっちを探してるはずだから、そう難しくはないはずよ」
「あ、なるほど。了解!」
語り合ってるイルヴィアとオデックはとりあえず置いといて、ア―サ―は走り出した。
暗い人々が支配する暗い商店街を見回しながら駆けていく。
「ん、この辺でいいかな」
ア―サ―は適当な路地を見つけて入っていった。辺りに人目のないこと、デコロスモンスタ―のいないことを確認して……呼ぶ!
「前世っ!」
輝く白の紋章、蘇る前世の力。
身に纏う白い戦装束、体に宿る白武術の技。
燃える使命感、高まる闘志。
そして膨らむ胸。細くなる腕と足首。その他、いろいろ変わっていく。
「や、やっぱりこうなるのか」
光が消えると、そこに白い女神が立っていた。エミアロ―ネより小柄な黒髪の女神が。
そしてその心の中には、先代の女神がいる。
《ほらア―サ―君、しっかりしなさい。この街の平和は貴方にかかってるのよ》
「も、もちろんそれは解ってます。じゃ行きますっ」
と、ア―サ―ちゃん十二歳女の子な声で返事をして、路地から走り出た。すると、先代であれば豊かに揺れた胸が、全く揺れなかったりする。
その辺、先代は少し気になったりして。
《十二歳だもんね。これから……ってこの子は男の子だったわね。じゃあこのままか》
「はい? 何か言いました?」
《あ、ううん。ただ、女の子になったア―サ―君が可愛いなって思っただけ》
「え? あ、ど、どうも」
先代に誉められ(?)て、ちょっと赤くなったりもする二代目であった。
イルヴィアが足を止めた。ア―サ―も足を止める。
急に空が暗くなったのだ。灰色の雲が空を覆い尽くして、日の光を遮っている。
その暗くなったところに加えて、濃厚な霧も漂い出した。
「え、え?」
更に、何やら重くて低くて暗いム―ドの「♪ん~ん~んんんん~」というコ―ラスがどこからともなく聴こえてくる。
暗雲と深い霧、そして謎の暗黒コ―ラス。これでもかといわんばかりの、不吉で不穏で不気味なム―ドだ。
「な、何? 何なのこれ?」
不安になったイルヴィアが、隣にいるア―サ―に掴まろうとした。すると、
「……もしもしご両人」
突然背後から、耳元で声がした。
「きぁっ!」
思わず悲鳴を上げてイルヴィアは跳び退く。
振り向いてみると、そこにはオデックがいた。
「え? オ、オデっ君?」
「いつの間に後ろに?」
驚く二人の前に立っているのは、確かにオデックだ。だが、何か違う。雰囲気が違う。背負っているものが違う。いつもは能天気を背負ってるのに、今は能曇りというか能黒雲だ。今の空と同じく、どんよりしている。
不吉で不穏。不気味だ。
「キミたちに、いいことを教えよう……」
不幸を告げる疫病神のような声で、オデックが言う。
「……この世に、愛ほど脆弱なものはないのだよ。これがまた」
よれっ、とオデックは扇子を広げて。
「信じれば裏切られる。期待すれば失望する。そんなものさ、愛なんて……」
「オ、オデッ君?」
オデックが、暗~い声で、暗~いことを言っている。まるで別人のようだ。
まるで一昨日の夜のウナのようだ。
「!」
思い至ったア―サ―は、慌てて一歩、前に出てイルヴィアを背に庇った。オデックを睨みつけ、警戒して身構える。
そして、小声で頭上に尋ねる。
「エミアロ―ネさん、どうやら今度は……」
「いいえ。この子は違うわ」
にょこ、とア―サ―の頭に生えたエミアロ―ネが簡単に言い切った。
「眼を見れば判るの。これは、二段催眠の一段目を受けたのよ」
「二段催眠?」
「一段目の術で相手の精神に傷口を開き、二段目で本命の術を深く叩き込む、強力な催眠術よ。普通の催眠術だと、いくら意のままに操れるといっても、本人が本気で嫌がることはさせられないの。例えば自殺しろ、とかね。それだと相手は、術を破れないまでも抵抗が可能なのよ」
「ふむ。で、その二段催眠だと自殺すら可能になるってわけですか?」
「そうよ。でもそういう、一つの精神に二種類の催眠術を施すなんてのは……」
エミアロ―ネは丁寧に説明した。
二段催眠は非常に高度な術であり、普通の術者には不可能。もしできるとすれば、今は絶えた古き怪物、デコロスモンスタ―ぐらいのもの。
つまりそいつが、今度の敵だ。この落ち込みム―ドな空と霧とコ―ラスとで、精神に傷口を開く一段目を仕掛けた術者。
「貴方は前世の力を覚醒させた影響で耐性があるから、この程度ならまだ大丈夫よ。実際、今、一段目の術はかかってないでしょ。でも油断は……」
「ねえ。あ~くん」
ぽん、と後ろから肩を叩かれて、ア―サ―が振り返る。そこには、
「聞いて。聞いてってば。聞いてよう」
泣きそうな顔のイルヴィアがいた。
「イ、イルヴィア?」
「ねえ、あ~くん。あ~くんってば」
「な、何?」
「あのね……愛って、友情って、虚しいね」
うるうると涙を浮かべているイルヴィア。今にも泣き出しそうだ。
「ねえ、あ~くん……わたし、これから何を信じて生きていけばいいの? 答えて」
「そ、そんなこと言われても」
ア―サ―は困る。だがア―サ―が困っている間にも、暗い空で深い霧で、「ん~んん~」な落ち込みム―ド空間の中、人々は落ち込んでいった。
八百屋のおじさんは、大根で自分をブッ叩きながら己の無能さに対して怒り嘆く。
ノラ犬を見つけたおばさんは、土下座して人間の冷たさを謝罪。
そしてイルヴィアとオデックはというと、
「わかる、わかるよぉイルちゃんっ」
「そうなのよ。どうせ人の心なんて、うつろい易く脆いもの……」
いつの間にか路上にどっかりと座り込んで、愛や友情の虚しさについて熱く、いや冷たく語り合っている。
「エ、エミアロ―ネさん。一体どうすれば?」
ア―サ―は頭上に助けを求めた。
「とにかく術者を探して倒すしかないわね。向こうだってこっちを探してるはずだから、そう難しくはないはずよ」
「あ、なるほど。了解!」
語り合ってるイルヴィアとオデックはとりあえず置いといて、ア―サ―は走り出した。
暗い人々が支配する暗い商店街を見回しながら駆けていく。
「ん、この辺でいいかな」
ア―サ―は適当な路地を見つけて入っていった。辺りに人目のないこと、デコロスモンスタ―のいないことを確認して……呼ぶ!
「前世っ!」
輝く白の紋章、蘇る前世の力。
身に纏う白い戦装束、体に宿る白武術の技。
燃える使命感、高まる闘志。
そして膨らむ胸。細くなる腕と足首。その他、いろいろ変わっていく。
「や、やっぱりこうなるのか」
光が消えると、そこに白い女神が立っていた。エミアロ―ネより小柄な黒髪の女神が。
そしてその心の中には、先代の女神がいる。
《ほらア―サ―君、しっかりしなさい。この街の平和は貴方にかかってるのよ》
「も、もちろんそれは解ってます。じゃ行きますっ」
と、ア―サ―ちゃん十二歳女の子な声で返事をして、路地から走り出た。すると、先代であれば豊かに揺れた胸が、全く揺れなかったりする。
その辺、先代は少し気になったりして。
《十二歳だもんね。これから……ってこの子は男の子だったわね。じゃあこのままか》
「はい? 何か言いました?」
《あ、ううん。ただ、女の子になったア―サ―君が可愛いなって思っただけ》
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