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第三章 善き心、屈するとき
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『うむむむむぅ』
『あ~くん……一体何があったの?』
悩むア―サ―。
不安げに見つめるイルヴィア。
と、そこに。
「お――――――――い!」
彼方から、ドでかい声が飛んできた。
ア―サ―とイルヴィアが声のした方に目をやる。その時にはもう、声の主は二人のすぐ目の前まで走ってきていた。
「や~や~、おはようおはようっ!」
と挨拶しながら、白地に赤丸の扇子を懐から取り出して、ばっ! と広げる。
ア―サ―と同じ、ホワイトワ―ズ中学の制服を着た一年生男子。ア―サ―より頭一つ背が高く、足も長くてスタイル良くて、
「黙って立ってりゃイカす二枚目、口を開けば三枚目、真の姿は何処にありやと、問われてみたらば難しい、我が事ながら答え辛い、なぜならどちらも偽りのない……」
「おはよ、オデっ君」
やらせてたら明日の朝までかかりそうなので、ア―サ―は挨拶を割り込ませた。
彼はア―サ―の同級生、オデック。道化師志望の彼の通称が、オデっ君である。
「よっ、ア―サ―。と、イルちゃん」
「お、おはよう」
オデックのハイテンションぶりに、イルヴィアはちょっと押されている。年がら年中賑やかな彼だが、今朝はいつにも増して元気なようだ。
「さてさてご両人。通学路は全然違うにも関わらずわざわざボク様がここに来たのには、もちろん理由がある」
ぱちん、とオデックは扇子を閉じて棒状にすると、ア―サ―を指した。
「キミに一つ、頼みがあるんだ」
「? 僕に?」
「そう。女装して欲しい」
……沈黙。そして目が点。
但しそれは、ア―サ―とイルヴィアだけ。オデックはというと何やら懐から次々と、
「衣装はほら、この通り。昨日頑張って製作したんだ。スゴイだろ」
物理的に収納は不可能だと思われる分量の服と装飾品、ブ―ツや鉢金などを取り出していく。オデックの両腕に溢れんばかりに抱えられたそれらは、白を基調に金で飾った凛々しいデザインの、美しくも勇ましい戦装束。どこかで見たような。
「こ、これって、もしかして」
「そのとぉ~り! キミも昨日見ただろ、あの……ってあれ? ア―サ―居たっけ?」
オデックが、まじまじっとア―サ―の顔を見つめて首を捻る。
「あの時、教室で姿を見た記憶が……」
ぎくっ。
「い、いたよ。もちろん。教室で、あの女神二号さんが戦ってるのを見てた。ただ昨日はお腹の調子が悪かったから、ちょっとトイレに駆け込んだりはしたけど」
「そうだっけ?」
「そうだよっ。それより、その衣装は?」
「ああ、そうそう」
オデックは両手に抱えた衣装一式を置いた。汚さぬよう、これまた懐から取り出して広げた風呂敷の上にだ。
そして、ばっ! と扇子を開く。
「何を隠そう、恋してしまったのだよこれがまた。好きになったんだよ彼女のことが」
「恋? ってまさか」
ア―サ―が白い衣装一式を指さすと、オデックは頷いて言った。
「だがだがだがだが、何しろ相手は女神様。次いつ会えるかわからない。しかも昨日は騒ぎの中で、遥か遠くに仰ぎ見たのみ。嗚呼、切な過ぎるぞ我が胸の内。というわけで、」
ぱちん、とまた扇子を閉じたオデックが、ア―サ―を指す。
「女装してくれ」
「何がどうなってそうなる⁉」
「あれ、気付かなかったか? 女神二号ちゃんがキミにそっくりだってこと」
ぎく。
「では彼女を間近で見た唯一の人物、幸せ者のイルちゃん。キミの意見を拝聴しよう」
「え、わたし? ……う~ん」
別人だと決着をつけたことではある。だが今、言われて改めて思い出してみると。
「そっくりだったのは間違いないわ。最初、あ~くんと間違えちゃったぐらいだもん」
オデックは我が意を得たりとばかりに、閉じた扇子と手を打ち合わせた。
「だろ? だろ? 他人の空似とは思えないぐらいだったろ、あれは」
ぎくぎくっ、のア―サ―は反論する。
「そ、そう? そんなに似てたかな? ……じゃなくて、仮にそうだとしても、僕が女装する理由にはならないっ」
「偽者、しかも異性でもいいから姿を見たい。そんな切ない男心が解らないのか?」
「全然! 解らな……」
ア―サ―の言葉は軽く無視して、素早く戦装束を拾い上げたオデックが、仕立屋の見立てよろしく、ア―サ―の両肩に戦装束の両肩を押し付けてみた。すると見事に、
「おおっ♡ 女神二号ちゃんっっ♡」
「あ、あの子だわ」
オデックの目は♡になり、イルヴィアの目は大きく見開かれた。
ことにイルヴィアの衝撃は大きい。
「本当によく似てる……別人とは思えないぐらい。もしあ~くんが女の子に変身でもできたら、もう同一人物としか思えないわね」
「……は、はははは」
ア―サ―の額に、ひと筋の汗が流れる。とにもかくにも一歩身を引いて、戦装束から離れた。
嬉し涙を浮かべんばかりの顔で装束を押し付けていたオデックが、ちょいとよろめく。
「ああっ、何を? 今、抱きついて唇を奪おうとしてたのに」
「こらこらっ!」
「と、いうのは冗談としてもだ」
「冗談の目じゃなかったぞっ」
装束を自分の肩に掛けて、ばっ、とオデックは扇子を開く。
「もう一度頼む。着てくれないか?」
「着たら襲う気だろ」
ジト目のア―サ―。
「ちっ」
「ちっ、じゃないっ!」
オデックは舌打ちすると、装束一式を(またしてもどうやってか、懐に全部)渋々ながら片付けた。
そして扇子でパタパタと虚空を仰ぎながら、悲しげな目をしたりして。
「嗚呼、切ないぞ、悲しいぞ。されどボク様は諦めぬ。愛は不滅だ永遠だ、いかなる困難あろうとも、いつか必ず必ずや、」
クルクルと踊りながら去っていく。
当然、人目を集めまくりなのだが、それはむしろ彼の望むところらしい。
「熱く激しいこの想い、尽きぬ果て無きこの愛を、あの子に伝えてみせみせるぅ~」
去り行くオデックを、ア―サ―とイルヴィアは呆然と見送った。
それからしばらくしてア―サ―は思い出す。
「え~っと、行かなきゃ。学校」
「そ、そうね」
二人とも気を取り直して通学を再開した。いつもの商店街を二人並んで歩いていく。
やがてイルヴィアが、ぽつりと呟いた。
「でもまあ、考えてみれば素敵よね」
「え? 何が」
歩きながらア―サ―が訊ねる。
「さっきのオデっ君よ。表現の仕方はともかく、あんなにも一途に誰かのことを好きになれるっていいわよね」
イルヴィアの目が、どこか遠くを見ている。
「女神二号さんが、今どこにいるのかはわからないけど……何とかして伝えてあげたいな。オデっ君の気持ちは」
「……」
ア―サ―としてはコメントのしようがない。
『あ~くん……一体何があったの?』
悩むア―サ―。
不安げに見つめるイルヴィア。
と、そこに。
「お――――――――い!」
彼方から、ドでかい声が飛んできた。
ア―サ―とイルヴィアが声のした方に目をやる。その時にはもう、声の主は二人のすぐ目の前まで走ってきていた。
「や~や~、おはようおはようっ!」
と挨拶しながら、白地に赤丸の扇子を懐から取り出して、ばっ! と広げる。
ア―サ―と同じ、ホワイトワ―ズ中学の制服を着た一年生男子。ア―サ―より頭一つ背が高く、足も長くてスタイル良くて、
「黙って立ってりゃイカす二枚目、口を開けば三枚目、真の姿は何処にありやと、問われてみたらば難しい、我が事ながら答え辛い、なぜならどちらも偽りのない……」
「おはよ、オデっ君」
やらせてたら明日の朝までかかりそうなので、ア―サ―は挨拶を割り込ませた。
彼はア―サ―の同級生、オデック。道化師志望の彼の通称が、オデっ君である。
「よっ、ア―サ―。と、イルちゃん」
「お、おはよう」
オデックのハイテンションぶりに、イルヴィアはちょっと押されている。年がら年中賑やかな彼だが、今朝はいつにも増して元気なようだ。
「さてさてご両人。通学路は全然違うにも関わらずわざわざボク様がここに来たのには、もちろん理由がある」
ぱちん、とオデックは扇子を閉じて棒状にすると、ア―サ―を指した。
「キミに一つ、頼みがあるんだ」
「? 僕に?」
「そう。女装して欲しい」
……沈黙。そして目が点。
但しそれは、ア―サ―とイルヴィアだけ。オデックはというと何やら懐から次々と、
「衣装はほら、この通り。昨日頑張って製作したんだ。スゴイだろ」
物理的に収納は不可能だと思われる分量の服と装飾品、ブ―ツや鉢金などを取り出していく。オデックの両腕に溢れんばかりに抱えられたそれらは、白を基調に金で飾った凛々しいデザインの、美しくも勇ましい戦装束。どこかで見たような。
「こ、これって、もしかして」
「そのとぉ~り! キミも昨日見ただろ、あの……ってあれ? ア―サ―居たっけ?」
オデックが、まじまじっとア―サ―の顔を見つめて首を捻る。
「あの時、教室で姿を見た記憶が……」
ぎくっ。
「い、いたよ。もちろん。教室で、あの女神二号さんが戦ってるのを見てた。ただ昨日はお腹の調子が悪かったから、ちょっとトイレに駆け込んだりはしたけど」
「そうだっけ?」
「そうだよっ。それより、その衣装は?」
「ああ、そうそう」
オデックは両手に抱えた衣装一式を置いた。汚さぬよう、これまた懐から取り出して広げた風呂敷の上にだ。
そして、ばっ! と扇子を開く。
「何を隠そう、恋してしまったのだよこれがまた。好きになったんだよ彼女のことが」
「恋? ってまさか」
ア―サ―が白い衣装一式を指さすと、オデックは頷いて言った。
「だがだがだがだが、何しろ相手は女神様。次いつ会えるかわからない。しかも昨日は騒ぎの中で、遥か遠くに仰ぎ見たのみ。嗚呼、切な過ぎるぞ我が胸の内。というわけで、」
ぱちん、とまた扇子を閉じたオデックが、ア―サ―を指す。
「女装してくれ」
「何がどうなってそうなる⁉」
「あれ、気付かなかったか? 女神二号ちゃんがキミにそっくりだってこと」
ぎく。
「では彼女を間近で見た唯一の人物、幸せ者のイルちゃん。キミの意見を拝聴しよう」
「え、わたし? ……う~ん」
別人だと決着をつけたことではある。だが今、言われて改めて思い出してみると。
「そっくりだったのは間違いないわ。最初、あ~くんと間違えちゃったぐらいだもん」
オデックは我が意を得たりとばかりに、閉じた扇子と手を打ち合わせた。
「だろ? だろ? 他人の空似とは思えないぐらいだったろ、あれは」
ぎくぎくっ、のア―サ―は反論する。
「そ、そう? そんなに似てたかな? ……じゃなくて、仮にそうだとしても、僕が女装する理由にはならないっ」
「偽者、しかも異性でもいいから姿を見たい。そんな切ない男心が解らないのか?」
「全然! 解らな……」
ア―サ―の言葉は軽く無視して、素早く戦装束を拾い上げたオデックが、仕立屋の見立てよろしく、ア―サ―の両肩に戦装束の両肩を押し付けてみた。すると見事に、
「おおっ♡ 女神二号ちゃんっっ♡」
「あ、あの子だわ」
オデックの目は♡になり、イルヴィアの目は大きく見開かれた。
ことにイルヴィアの衝撃は大きい。
「本当によく似てる……別人とは思えないぐらい。もしあ~くんが女の子に変身でもできたら、もう同一人物としか思えないわね」
「……は、はははは」
ア―サ―の額に、ひと筋の汗が流れる。とにもかくにも一歩身を引いて、戦装束から離れた。
嬉し涙を浮かべんばかりの顔で装束を押し付けていたオデックが、ちょいとよろめく。
「ああっ、何を? 今、抱きついて唇を奪おうとしてたのに」
「こらこらっ!」
「と、いうのは冗談としてもだ」
「冗談の目じゃなかったぞっ」
装束を自分の肩に掛けて、ばっ、とオデックは扇子を開く。
「もう一度頼む。着てくれないか?」
「着たら襲う気だろ」
ジト目のア―サ―。
「ちっ」
「ちっ、じゃないっ!」
オデックは舌打ちすると、装束一式を(またしてもどうやってか、懐に全部)渋々ながら片付けた。
そして扇子でパタパタと虚空を仰ぎながら、悲しげな目をしたりして。
「嗚呼、切ないぞ、悲しいぞ。されどボク様は諦めぬ。愛は不滅だ永遠だ、いかなる困難あろうとも、いつか必ず必ずや、」
クルクルと踊りながら去っていく。
当然、人目を集めまくりなのだが、それはむしろ彼の望むところらしい。
「熱く激しいこの想い、尽きぬ果て無きこの愛を、あの子に伝えてみせみせるぅ~」
去り行くオデックを、ア―サ―とイルヴィアは呆然と見送った。
それからしばらくしてア―サ―は思い出す。
「え~っと、行かなきゃ。学校」
「そ、そうね」
二人とも気を取り直して通学を再開した。いつもの商店街を二人並んで歩いていく。
やがてイルヴィアが、ぽつりと呟いた。
「でもまあ、考えてみれば素敵よね」
「え? 何が」
歩きながらア―サ―が訊ねる。
「さっきのオデっ君よ。表現の仕方はともかく、あんなにも一途に誰かのことを好きになれるっていいわよね」
イルヴィアの目が、どこか遠くを見ている。
「女神二号さんが、今どこにいるのかはわからないけど……何とかして伝えてあげたいな。オデっ君の気持ちは」
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