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第一章 女神様、生える
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「ウ、ウナっ!」
ア―サ―がウナを慌てて抱き起こす。その頭上でエミアロ―ネが静かに言った。
「大丈夫。気を失ってるだけよ」
と言われてもア―サ―は安心できず、ウナの鼻と口、それから手首に指を当てた。
確かに、呼吸と脈はある。苦しそうな様子もない。見たところ、ケガもなさそうだ。
とりあえず安堵してウナを寝かせ、ア―サ―はぺたりと座り込む。一つ溜息をついて、それから視線を上に向けた。
「今、ウナに何があったんです? もしかして、さっき言ってた魔王とかに関係が?」
「ええ。その名も黒の覇王様」
予想通りの答えが返ってきた。教科書に載ってる大戦再び、ということか。
だが、そんな世界規模の話はとりあえず後回しだ。今、ウナに何が起こったのか?
「で、これは催眠術ですか。悪霊が憑いたんですか。それとも魔術薬物とか?」
「いいえ。前世よ」
ぜんせ?
「理解してない顔ねア―サ―君。要するにウナちゃんは生まれ変わりなのよ、黒の連中の。来世でこそ白の女神を倒すぞって呪いながら死んだ奴のね。その前世の意識が、転生後である今になって覚醒したの」
エミアロ―ネは、ちょっと厳しめの口調で、はっきりと言った。
「来世でこそ……で、覚醒……?」
ア―サ―の意識がそれを理解するのに、しばしの時を要した。
「そ、そ、そんなっ!」
つまり、これはあの有名な、【前世からの宿敵】ってやつではないのか?
ア―サ―は、改めて気絶しているウナを見た。今はもう、先程までの獰猛な印象は消え失せている。ただ安らかに眠っているようにしか見えない。
『ウナが……前世からの……敵?』
ア―サ―は驚愕、を通り越して愕然とした。
ウナとは二つ違いなので、オムツを替えてあげたなんてことはない。が、ずっと同じ家で育ってきた妹だ。こうやって寝顔なんか見ていると、本当に可愛いと思う、妹だ。
それが……前世から復讐を誓って追いかけてきて……そして今、ついに開戦の時がやって来た、というのか?
「はいはいア―サ―君。今、何を考えてるのか解り易すぎるから、説明してあげる」
「茶化さないで下さい。僕、今……」
ア―サ―はウナを見つめて、思いっきり深刻なム―ドを背負っている。だがエミアロ―ネは、だからこそなのか、口調を変えない。
「質問その①。貴方は今まで、前世の記憶が残ってるって人に会ったことある? ないでしょ」
「……それが?」
「さっき私は、あえて髪を引っ張らずに貴方を追い詰めた。そして私自身も力を貸して、ムリヤリ前世の記憶を思い出してもらったの。ムリヤリに、ね」
と言われて、ア―サ―は自分の掌を見た。
確かにさっき、「輪廻封印!」の声で体が勝手に動いて、何かをした。あれが前世……白の女神・エミアロ―ネとしての記憶なのか。
だがそう言われても、ア―サ―は生誕以来十二年間、全く全然あんな術は意識の片隅にも浮かばなかった。【白の女神】とはテストのために暗記する単語に過ぎなかった。
ついさっきまでは、だが。
「私が何を言いたいか解る? 本来、前世なんてものは誰の人生にも関係ないし、関係させたくてもできないの。転生して現世になれば、誰も何も全然覚えてないんだから当然よね。なにしろ、白の女神様の生まれ変わりにしてからが、この有様なんだもの」
「……」
ア―サ―は沈黙する。
「質問その②。貴方の名前は何ていうの? 白の女神エミアロ―ネ様っていう、教科書に肖像画が載ってる女性?」
違う。普通の中学一年生、何の特技も資格も家柄もない、平凡な男子生徒だ。
この家で生まれ育った、ただの男の子だ。
「そう……か」
ア―サ―は心に一つケジメをつけると、ぴっと正座してウナの頭に手を当てた。
そして、そっと撫でる。優しく。柔らかく。
「ウナは、ウナです。僕の妹です。そういうことですよね、エミアロ―ネさん」
エミアロ―ネは、微笑んで答えた。
「うん。偉いぞ、ア―サ―君。その通り」
ア―サ―も、ウナを見つめて微笑む。
「自分の転生前、生まれる前は誰だったか、なんてのは関係ない。ですね」
「ええ。でもその、本来は誰にとっても全く無関係な前世……いえ、輪廻転生そのものを悪用する者がいる。居場所は判らないけど、そいつがウナちゃんの前世を覚醒させた犯人よ」
「そういえば言ってましたね。覚醒の術を施してもらったとか」
「そう。そんなことができるのは、私の知る限り一人だけ」
「それが黒の覇王、ですか」
頷いて、エミアロ―ネは説明した。
普通、死んで転生すれば全くの別人になる。転生後も同じ自分として第二の人生を生きることは不可能だ。もしそれが可能なら、ア―サ―の人格をエミアロ―ネが乗っ取ってしまえるということになるが、本来それはできないのだ。
だが、そのル―ルの唯一の例外、輪廻を狂わせる力を持つ者――【黒の覇王】――ならば、できる。
更に他者の前世を呼び覚まし、前世と現世との強制人格交換(人格だけではなく能力も含めて)すら、黒の術によって可能なのだ。
「で、その効果を断ち切るのが、さっき貴方がやった輪廻封印なの」
「白の女神エミアロ―ネさんが、前大戦で使った術ってわけですか。そう思うと、なんだか凄いというか、光栄というか……」
ア―サ―は自分の掌を見つめて、自分で自分に溜息をつく。
「光栄に思ってくれたところで、貴方の使命を言うわよ。今度こそ黒い王様の魂を完全に消滅させて、転生させないこと。でないとあいつは事実上、不死永遠の存在になるわ」
「……なるほど」
ようやく、事態が飲み込めてきた。
今ウナがやられたように、人の前世を暴走させる力を持つ【黒の覇王】が復活し、動き出しているのだ。
そしてそれに対抗できるのが、白の女神エミアロ―ネの生まれ変わりである自分。
「僕が、やらなきゃいけないんですね」
「そう。どうやら解ってくれたみたいね」
エミアロ―ネが、ア―サ―の顔を見て言う。
ア―サ―は、ぐっ、と拳を握ることで応えた。
もしかしたら、既にどこかで、今のウナと自分のような悲劇が生まれているのかもしれない。そう思うと……じっとしていられない。何だかこう、何というか、何かがメラメラふつふつと燃えて沸いてくる。
現世の【白の女神】である自分に課せられた、使命への思い。
「僕なんかに、どこまでやれるかわかりませんけど……でも、やります!」
「よっ、ア―サ―君かっこいい。それでこそ男の子っ」
と、エミアロ―ネに褒められて。
ア―サ―は、ちょっと赤くなったりする。
「そ、そんな風に言われると照れますよ」
「なんのなんの。実は私、黒の覇王と同じ時代に生まれ変わるってだけで精一杯だったから、転生先を選べなかったの。おかげで十二年前は思いっきり不安だったけど今は……」
はっ、とエミアロ―ネが口をつむぐ。
が、手遅れでア―サ―はイジけていた。
「ど~せ僕は胎児の段階で既にバレバレの、武術も魔術も才能皆無な奴です。で、現在めでたく、何のとりえもない中学生ですよ」
床に指で、「の」の字を書くア―サ―君。
ののじののじ。
「ご、ごめんなさいごめんなさい。ちょっとした言葉のアヤで、ね?」
いじける小柄な少年を、その頭の上で慌てて慰める白い戦装束のおね―さん。なかなか妙な光景である。
更に。この直後、目を覚ましたウナが「おに―ちゃん、前世の声が聞こえて一人で会話してる~! もう救いようのない末期症状~っ!」と騒いで大変だったのだが、些細なことである。
なにしろ今、幕が上がったのだ。
頭に前世を乗っけた少年ア―サ―の、輪廻の環をぐるぐる巡る戦いの幕が。
ア―サ―がウナを慌てて抱き起こす。その頭上でエミアロ―ネが静かに言った。
「大丈夫。気を失ってるだけよ」
と言われてもア―サ―は安心できず、ウナの鼻と口、それから手首に指を当てた。
確かに、呼吸と脈はある。苦しそうな様子もない。見たところ、ケガもなさそうだ。
とりあえず安堵してウナを寝かせ、ア―サ―はぺたりと座り込む。一つ溜息をついて、それから視線を上に向けた。
「今、ウナに何があったんです? もしかして、さっき言ってた魔王とかに関係が?」
「ええ。その名も黒の覇王様」
予想通りの答えが返ってきた。教科書に載ってる大戦再び、ということか。
だが、そんな世界規模の話はとりあえず後回しだ。今、ウナに何が起こったのか?
「で、これは催眠術ですか。悪霊が憑いたんですか。それとも魔術薬物とか?」
「いいえ。前世よ」
ぜんせ?
「理解してない顔ねア―サ―君。要するにウナちゃんは生まれ変わりなのよ、黒の連中の。来世でこそ白の女神を倒すぞって呪いながら死んだ奴のね。その前世の意識が、転生後である今になって覚醒したの」
エミアロ―ネは、ちょっと厳しめの口調で、はっきりと言った。
「来世でこそ……で、覚醒……?」
ア―サ―の意識がそれを理解するのに、しばしの時を要した。
「そ、そ、そんなっ!」
つまり、これはあの有名な、【前世からの宿敵】ってやつではないのか?
ア―サ―は、改めて気絶しているウナを見た。今はもう、先程までの獰猛な印象は消え失せている。ただ安らかに眠っているようにしか見えない。
『ウナが……前世からの……敵?』
ア―サ―は驚愕、を通り越して愕然とした。
ウナとは二つ違いなので、オムツを替えてあげたなんてことはない。が、ずっと同じ家で育ってきた妹だ。こうやって寝顔なんか見ていると、本当に可愛いと思う、妹だ。
それが……前世から復讐を誓って追いかけてきて……そして今、ついに開戦の時がやって来た、というのか?
「はいはいア―サ―君。今、何を考えてるのか解り易すぎるから、説明してあげる」
「茶化さないで下さい。僕、今……」
ア―サ―はウナを見つめて、思いっきり深刻なム―ドを背負っている。だがエミアロ―ネは、だからこそなのか、口調を変えない。
「質問その①。貴方は今まで、前世の記憶が残ってるって人に会ったことある? ないでしょ」
「……それが?」
「さっき私は、あえて髪を引っ張らずに貴方を追い詰めた。そして私自身も力を貸して、ムリヤリ前世の記憶を思い出してもらったの。ムリヤリに、ね」
と言われて、ア―サ―は自分の掌を見た。
確かにさっき、「輪廻封印!」の声で体が勝手に動いて、何かをした。あれが前世……白の女神・エミアロ―ネとしての記憶なのか。
だがそう言われても、ア―サ―は生誕以来十二年間、全く全然あんな術は意識の片隅にも浮かばなかった。【白の女神】とはテストのために暗記する単語に過ぎなかった。
ついさっきまでは、だが。
「私が何を言いたいか解る? 本来、前世なんてものは誰の人生にも関係ないし、関係させたくてもできないの。転生して現世になれば、誰も何も全然覚えてないんだから当然よね。なにしろ、白の女神様の生まれ変わりにしてからが、この有様なんだもの」
「……」
ア―サ―は沈黙する。
「質問その②。貴方の名前は何ていうの? 白の女神エミアロ―ネ様っていう、教科書に肖像画が載ってる女性?」
違う。普通の中学一年生、何の特技も資格も家柄もない、平凡な男子生徒だ。
この家で生まれ育った、ただの男の子だ。
「そう……か」
ア―サ―は心に一つケジメをつけると、ぴっと正座してウナの頭に手を当てた。
そして、そっと撫でる。優しく。柔らかく。
「ウナは、ウナです。僕の妹です。そういうことですよね、エミアロ―ネさん」
エミアロ―ネは、微笑んで答えた。
「うん。偉いぞ、ア―サ―君。その通り」
ア―サ―も、ウナを見つめて微笑む。
「自分の転生前、生まれる前は誰だったか、なんてのは関係ない。ですね」
「ええ。でもその、本来は誰にとっても全く無関係な前世……いえ、輪廻転生そのものを悪用する者がいる。居場所は判らないけど、そいつがウナちゃんの前世を覚醒させた犯人よ」
「そういえば言ってましたね。覚醒の術を施してもらったとか」
「そう。そんなことができるのは、私の知る限り一人だけ」
「それが黒の覇王、ですか」
頷いて、エミアロ―ネは説明した。
普通、死んで転生すれば全くの別人になる。転生後も同じ自分として第二の人生を生きることは不可能だ。もしそれが可能なら、ア―サ―の人格をエミアロ―ネが乗っ取ってしまえるということになるが、本来それはできないのだ。
だが、そのル―ルの唯一の例外、輪廻を狂わせる力を持つ者――【黒の覇王】――ならば、できる。
更に他者の前世を呼び覚まし、前世と現世との強制人格交換(人格だけではなく能力も含めて)すら、黒の術によって可能なのだ。
「で、その効果を断ち切るのが、さっき貴方がやった輪廻封印なの」
「白の女神エミアロ―ネさんが、前大戦で使った術ってわけですか。そう思うと、なんだか凄いというか、光栄というか……」
ア―サ―は自分の掌を見つめて、自分で自分に溜息をつく。
「光栄に思ってくれたところで、貴方の使命を言うわよ。今度こそ黒い王様の魂を完全に消滅させて、転生させないこと。でないとあいつは事実上、不死永遠の存在になるわ」
「……なるほど」
ようやく、事態が飲み込めてきた。
今ウナがやられたように、人の前世を暴走させる力を持つ【黒の覇王】が復活し、動き出しているのだ。
そしてそれに対抗できるのが、白の女神エミアロ―ネの生まれ変わりである自分。
「僕が、やらなきゃいけないんですね」
「そう。どうやら解ってくれたみたいね」
エミアロ―ネが、ア―サ―の顔を見て言う。
ア―サ―は、ぐっ、と拳を握ることで応えた。
もしかしたら、既にどこかで、今のウナと自分のような悲劇が生まれているのかもしれない。そう思うと……じっとしていられない。何だかこう、何というか、何かがメラメラふつふつと燃えて沸いてくる。
現世の【白の女神】である自分に課せられた、使命への思い。
「僕なんかに、どこまでやれるかわかりませんけど……でも、やります!」
「よっ、ア―サ―君かっこいい。それでこそ男の子っ」
と、エミアロ―ネに褒められて。
ア―サ―は、ちょっと赤くなったりする。
「そ、そんな風に言われると照れますよ」
「なんのなんの。実は私、黒の覇王と同じ時代に生まれ変わるってだけで精一杯だったから、転生先を選べなかったの。おかげで十二年前は思いっきり不安だったけど今は……」
はっ、とエミアロ―ネが口をつむぐ。
が、手遅れでア―サ―はイジけていた。
「ど~せ僕は胎児の段階で既にバレバレの、武術も魔術も才能皆無な奴です。で、現在めでたく、何のとりえもない中学生ですよ」
床に指で、「の」の字を書くア―サ―君。
ののじののじ。
「ご、ごめんなさいごめんなさい。ちょっとした言葉のアヤで、ね?」
いじける小柄な少年を、その頭の上で慌てて慰める白い戦装束のおね―さん。なかなか妙な光景である。
更に。この直後、目を覚ましたウナが「おに―ちゃん、前世の声が聞こえて一人で会話してる~! もう救いようのない末期症状~っ!」と騒いで大変だったのだが、些細なことである。
なにしろ今、幕が上がったのだ。
頭に前世を乗っけた少年ア―サ―の、輪廻の環をぐるぐる巡る戦いの幕が。
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