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第一章 女神様、生える
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よく見てみれば、頭には兜があり、身に纏っているのも軽装ではあるがどうやら防具だ。白を基調にして金で飾った、美しくも勇ましい戦装束。
天から舞い降りた戦いの女神といったところか。イメ―ジ的にはそんな感じだ。
「あっ! も、もしかして⁉」
唐突に、一気にア―サ―の意識が完璧に覚醒して現実に戻った。慌てて、机の上に広げている歴史の教科書に目を落とす。
そこに書かれているのは「界前六百六十年、白の女神が黒の覇王を倒し、地上界を救う。以後、黒に属する異形の者たちは地上から姿を消し……」の文だ。そして同じペ―ジに、一枚の肖像画がある。白い戦装束を纏った、金色の髪の、二十歳ぐらいに見える女性だ。その強さと美しさ、そして何より世界を救ったという功績から、女神と呼ばれ称えられた人物。
それが白の女神……で、今頭の上で上半身を生やしている女性が……
「うわああああぁぁぁぁっっ⁉」
背中で背もたれを力一杯押して、ア―サ―は椅子ごと後ずさった。
だが鏡に映っているそのお方は、消えてはくれないし離れてもくれない。なにしろ居所が自分の頭の上なのだから、どうしようもない。
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、」
もう金縛りだなんて言ってられない。これじゃ謎の幽霊の方が、なんぼかマシだ。なんでどうして教科書に載っている救国の、いや救世界の伝説の主が、あ、これを略して救世主か、なんてボケてる場合ではなくて。
とにかくとにかく、何をどうしたらいいのか恐れ多くて文字通り「恐れ」が「多く」て、だってだって修学旅行以外は殆ど町から出たこともないような一般市民に何でこんなっ?
先程までの、沈黙金縛り状態ではなく大暴れパニックに陥ったア―サ―は、とにかく何とかしようとして、溺れて藁を掴むように両手を振り回した。すると、
「あっ」
女神様の戦装束は、普通の鎧などと違って、素肌もしくは布だけの部分が多くなっている。なので、丁度そこにア―サ―の手が当たってしまった。彼女の上半身の、上の方に触れた。
見た目の印象通りに大きくて重い、むにっとした手応えというか弾力と張りがあって心地よく温かくて、
「どこ触ってんのよっっ!」
どごむっ!
その声はまるで、世界中の子供たちを優しく包み込む精霊の子守唄……などと誉める余裕はア―サ―にはなかった。実際、そんな声ではあったのだけれども。
なにせ頭の上に乗っかっている人が、真下に向かって思いきり、垂直に殴りつけたのだ。そこはア―サ―の脳天。これはかなり効く。
「い、い、痛いぃぃっ!」
ア―サ―は悶絶して涙を浮かべ、椅子から転げ落ちて部屋を転がった。
器用というか何というか、頭に生えている女神様は転がりに合わせてア―サ―の頭と顔面をくるくる滑り、常に地面に対して垂直の角度を保っておられる。
そんな女神様が、冷静に仰った。
「貴方、男の子でしょ。いつまでも痛い痛いって泣かないの」
「……だ、だ、だって!」
異議あり! と立ち上がったア―サ―は、涙目で頭上に向かって抗議した。
とはいっても完全に上を向いたら女神様が顔面に被さってくるので、仕方なく顔は正面向きのままで目だけ上に向ける。結構シンドイ。
が、メゲない。
「男の子だろうと女の子だろうと、今の一撃は本っっ当に痛かったんですっ!」
「そう? じゃ、痛いの痛いの飛んでいけ~」
女神様は、ア―サ―の頭をなでなでして、その手をぴゃっと振る。
「よし、と」
「よくないですっ!」
ついさっきまで髪だけでも見惚れてたのに、一気に急転直下してしまった。一体何なのだ、この暴力女神様は。
だが、かような異常事態なればこそ、落ち着いて対処せねばならない。というかいい加減そうしないと、自分の神経が無事でいられない。
ア―サ―は、深呼吸をして気を落ち着かせて、
「それで? これは一体、どういう事態なのでしょうか?」
相変わらず目だけ上に向けて質問した。歴史の教科書を広げて、頭上の女神様に見せる。
「一応確認しときますけど、白の女神様ですよね?」
女神様は、気軽に肯定した。
「そうよ。あら、これ歴史の教科書? へえ、私ってさすがに有名人ねえ」
何やら満足して、うんうんと頷いておられる有名人の女神様。
「それで、あの……」
「あ、はいはい。何?」
「何とかの血を引く戦士様ならいざ知らず、僕のような一般市民に降りて来られるというのは、どういうことで」
「降りて、って?」
「え、だって、天上界だか何だかから降りて来られたんでしょう?」
女神様は、にこと微笑んで答えた。
「違うわ。今貴方に見えているこの姿は、魂じゃなくてただの意識体、残留思念みたいなものよ。転生先の子に直接説明できるように、魂に付けておいたの」
「付けておいたってそんな、お菓子のオマケみたいに……って、え? 転生先?」
「そうよ。転生先」
女神様は、ア―サ―の頭を指して言った。
「貴方に転生したの、私は。つまり貴方は私の生まれ変わり、私の来世」
「……ってことは僕の前世が……」
「そう」
女神様、今度は自分の鼻先を指す。
「貴方の前世は、私。自分で言うのも何だけど、この世界の救世主――白の女神よ」
その瞬間轟いたア―サ―の声ならぬ絶叫は、
「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
そりゃあもう、もの凄いものだった。
どれくらいもの凄いかというと、すぐさまア―サ―の部屋のドアが乱暴に叩かれて返事も待たずに開けられて、
「おに―ちゃん、うるさい! さっきから何を一人で騒いでるの? ご近所に迷惑でしょ!」
ドアから顔を出したのは、ア―サ―の二つ年下の妹、ウナだ。おかっぱにしている黒い髪、少しタレ気味の目などはア―サ―によく似ている。だが、性格の方は兄に全く似ていないとご近所でも評判の、強気勝気な妹である。
ともあれ齢十歳にして近所迷惑を危惧し、兄に注意しに来たウナは、小脇に抱えたキツネのぬいぐるみも勇ましく、同じくキツネ柄のパジャマ姿で、ずかずか部屋に入ってくる。
ちなみにア―サ―のパジャマはタヌキ柄だ。
「おに―ちゃん、今勉強してるんでしょ? 何を騒いで……何してんの?」
これ! これ! と頭上を指すア―サ―を、ウナは怪訝な顔をして見つめている。
「新しい遊び? それとも美容体操? どっちにしても、勉強中にすることじゃないでしょ」
「⁉ み、見えないのかウナ?」
「何が?」
「何がって、」
ア―サ―が頭上に目をやると、
「ムダよ。私の姿は貴方にしか見えないし、声も貴方にしか聞こえないの」
女神様の、ありがたいお声がした。
「どどどうしてっ?」
「言ったでしょ、魂に付いてる意識体に過ぎないって。私は私自身の魂、すなわち貴方の魂にしか干渉できないの。貴方の感覚に対してだけ有効な存在、というわけよ」
それはすなわち、この女神様の存在を誰に対しても説明・立証できないということで。
「そんな! じゃあ僕はこの異常事態について、誰にも相談できないと?」
「異常事態……随分と失礼な言い方してくれるわね」
「だってついさっき、頭上から思いっきり殴られ……あ」
ア―サ―は、ちょっと痛い視線を感じた。
「お、おに―ちゃんっ?」
天から舞い降りた戦いの女神といったところか。イメ―ジ的にはそんな感じだ。
「あっ! も、もしかして⁉」
唐突に、一気にア―サ―の意識が完璧に覚醒して現実に戻った。慌てて、机の上に広げている歴史の教科書に目を落とす。
そこに書かれているのは「界前六百六十年、白の女神が黒の覇王を倒し、地上界を救う。以後、黒に属する異形の者たちは地上から姿を消し……」の文だ。そして同じペ―ジに、一枚の肖像画がある。白い戦装束を纏った、金色の髪の、二十歳ぐらいに見える女性だ。その強さと美しさ、そして何より世界を救ったという功績から、女神と呼ばれ称えられた人物。
それが白の女神……で、今頭の上で上半身を生やしている女性が……
「うわああああぁぁぁぁっっ⁉」
背中で背もたれを力一杯押して、ア―サ―は椅子ごと後ずさった。
だが鏡に映っているそのお方は、消えてはくれないし離れてもくれない。なにしろ居所が自分の頭の上なのだから、どうしようもない。
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、」
もう金縛りだなんて言ってられない。これじゃ謎の幽霊の方が、なんぼかマシだ。なんでどうして教科書に載っている救国の、いや救世界の伝説の主が、あ、これを略して救世主か、なんてボケてる場合ではなくて。
とにかくとにかく、何をどうしたらいいのか恐れ多くて文字通り「恐れ」が「多く」て、だってだって修学旅行以外は殆ど町から出たこともないような一般市民に何でこんなっ?
先程までの、沈黙金縛り状態ではなく大暴れパニックに陥ったア―サ―は、とにかく何とかしようとして、溺れて藁を掴むように両手を振り回した。すると、
「あっ」
女神様の戦装束は、普通の鎧などと違って、素肌もしくは布だけの部分が多くなっている。なので、丁度そこにア―サ―の手が当たってしまった。彼女の上半身の、上の方に触れた。
見た目の印象通りに大きくて重い、むにっとした手応えというか弾力と張りがあって心地よく温かくて、
「どこ触ってんのよっっ!」
どごむっ!
その声はまるで、世界中の子供たちを優しく包み込む精霊の子守唄……などと誉める余裕はア―サ―にはなかった。実際、そんな声ではあったのだけれども。
なにせ頭の上に乗っかっている人が、真下に向かって思いきり、垂直に殴りつけたのだ。そこはア―サ―の脳天。これはかなり効く。
「い、い、痛いぃぃっ!」
ア―サ―は悶絶して涙を浮かべ、椅子から転げ落ちて部屋を転がった。
器用というか何というか、頭に生えている女神様は転がりに合わせてア―サ―の頭と顔面をくるくる滑り、常に地面に対して垂直の角度を保っておられる。
そんな女神様が、冷静に仰った。
「貴方、男の子でしょ。いつまでも痛い痛いって泣かないの」
「……だ、だ、だって!」
異議あり! と立ち上がったア―サ―は、涙目で頭上に向かって抗議した。
とはいっても完全に上を向いたら女神様が顔面に被さってくるので、仕方なく顔は正面向きのままで目だけ上に向ける。結構シンドイ。
が、メゲない。
「男の子だろうと女の子だろうと、今の一撃は本っっ当に痛かったんですっ!」
「そう? じゃ、痛いの痛いの飛んでいけ~」
女神様は、ア―サ―の頭をなでなでして、その手をぴゃっと振る。
「よし、と」
「よくないですっ!」
ついさっきまで髪だけでも見惚れてたのに、一気に急転直下してしまった。一体何なのだ、この暴力女神様は。
だが、かような異常事態なればこそ、落ち着いて対処せねばならない。というかいい加減そうしないと、自分の神経が無事でいられない。
ア―サ―は、深呼吸をして気を落ち着かせて、
「それで? これは一体、どういう事態なのでしょうか?」
相変わらず目だけ上に向けて質問した。歴史の教科書を広げて、頭上の女神様に見せる。
「一応確認しときますけど、白の女神様ですよね?」
女神様は、気軽に肯定した。
「そうよ。あら、これ歴史の教科書? へえ、私ってさすがに有名人ねえ」
何やら満足して、うんうんと頷いておられる有名人の女神様。
「それで、あの……」
「あ、はいはい。何?」
「何とかの血を引く戦士様ならいざ知らず、僕のような一般市民に降りて来られるというのは、どういうことで」
「降りて、って?」
「え、だって、天上界だか何だかから降りて来られたんでしょう?」
女神様は、にこと微笑んで答えた。
「違うわ。今貴方に見えているこの姿は、魂じゃなくてただの意識体、残留思念みたいなものよ。転生先の子に直接説明できるように、魂に付けておいたの」
「付けておいたってそんな、お菓子のオマケみたいに……って、え? 転生先?」
「そうよ。転生先」
女神様は、ア―サ―の頭を指して言った。
「貴方に転生したの、私は。つまり貴方は私の生まれ変わり、私の来世」
「……ってことは僕の前世が……」
「そう」
女神様、今度は自分の鼻先を指す。
「貴方の前世は、私。自分で言うのも何だけど、この世界の救世主――白の女神よ」
その瞬間轟いたア―サ―の声ならぬ絶叫は、
「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
そりゃあもう、もの凄いものだった。
どれくらいもの凄いかというと、すぐさまア―サ―の部屋のドアが乱暴に叩かれて返事も待たずに開けられて、
「おに―ちゃん、うるさい! さっきから何を一人で騒いでるの? ご近所に迷惑でしょ!」
ドアから顔を出したのは、ア―サ―の二つ年下の妹、ウナだ。おかっぱにしている黒い髪、少しタレ気味の目などはア―サ―によく似ている。だが、性格の方は兄に全く似ていないとご近所でも評判の、強気勝気な妹である。
ともあれ齢十歳にして近所迷惑を危惧し、兄に注意しに来たウナは、小脇に抱えたキツネのぬいぐるみも勇ましく、同じくキツネ柄のパジャマ姿で、ずかずか部屋に入ってくる。
ちなみにア―サ―のパジャマはタヌキ柄だ。
「おに―ちゃん、今勉強してるんでしょ? 何を騒いで……何してんの?」
これ! これ! と頭上を指すア―サ―を、ウナは怪訝な顔をして見つめている。
「新しい遊び? それとも美容体操? どっちにしても、勉強中にすることじゃないでしょ」
「⁉ み、見えないのかウナ?」
「何が?」
「何がって、」
ア―サ―が頭上に目をやると、
「ムダよ。私の姿は貴方にしか見えないし、声も貴方にしか聞こえないの」
女神様の、ありがたいお声がした。
「どどどうしてっ?」
「言ったでしょ、魂に付いてる意識体に過ぎないって。私は私自身の魂、すなわち貴方の魂にしか干渉できないの。貴方の感覚に対してだけ有効な存在、というわけよ」
それはすなわち、この女神様の存在を誰に対しても説明・立証できないということで。
「そんな! じゃあ僕はこの異常事態について、誰にも相談できないと?」
「異常事態……随分と失礼な言い方してくれるわね」
「だってついさっき、頭上から思いっきり殴られ……あ」
ア―サ―は、ちょっと痛い視線を感じた。
「お、おに―ちゃんっ?」
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