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第三章 新生活始めました
甘い時間
しおりを挟む1884年5月19日、イギリスのサザンプトンを一隻のヨットが出航した。
船の名はミニョネット号、オーストラリアの実業家J・H・ウォトンが故郷イギリス往復のために購入したもので、完熟のための試験航海を含めた処女航海であった。
乗組員は4人、船長のダトリー、船員のスティーブンとブルックス、そして給仕のリチャードである。
航海は当初順調であったものの、喜望峰を超えたあたりから天候があやしくなりやがて激しい嵐に遭遇する。
排水量の小さなヨットは木の葉のように揺られ操船は全く不可能であり、船内への浸水が深刻になるにつれて船長は救命ボートでの脱出を決断した。
しかし急な脱出のこと、準備が出来ておらず持ち出すことのできた食糧はカブの缶詰が2個だけであったという。
あっという間に缶詰を食いつくした4人は飢えと渇きの地獄を体験する羽目となった。
幸い漂流5日目に海亀を捕まえ急場をしのいだものの、大きなはずの海亀の肉も18日目には底をついてしまう。
何よりも飲料水がないことが致命的であった。
進退きわまった4人は残る人間を助けるためにくじ引きで一人の生命を犠牲にしようと相談するが、意見はまとまらなかったという。
漂流から20日目(16日目とする説もある)、ついにリチャードが渇きに耐えられず海水をがぶ飲みし、痙攣状態に陥った。
人間の体は塩分を必要とするが、必要以上の塩分は尿として体外に排出されるのだが、海水は尿よりも塩分濃度が高いため、飲めば飲むほど体内に塩分が蓄積され、それを排出しようとしてその人間は地獄の苦しみを味わうことになる。
どんなにのどが渇いても海水を飲んではいけない、というのは船乗りの鉄則なのである。
(ただしそれでも飲んだほうが延命できるという異論あり)
瀕死の状態のリチャードを見た船長は言った。
「彼はもう助からないだろう。我々が助かるために彼を食べるべきだ」
これに船員のブルックスは猛反対する。
「そんな人の道に外れることができるわけがない!」
「船長の責任において船員を全滅させるわけにはいかない。それに君たちにも家族がいるだろう。家族のためにも我々は生き残らなければならない」
スティーブンはしぶしぶ同意。ブルックスはなお頑強に抵抗したが、船長がリチャードの喉をナイフで斬り裂き鮮血があふれ出すとブルックスも本能に逆らうことはできなかった。
生存本能の命ずるままに、彼もまたリチャードの血をすすったのである。
そして後はなし崩しにリチャードの肉を食らい血をすすることで3人は幸運にも通りがかったドイツの貨物船モンテスマ号に救助される。
漂流から24日目の出来事だった。
船長は犯罪を隠ぺいすることもできたはずであったがさすがは一人前の船乗りであったのだろう。
本国に戻ると真相を告白し、彼は殺人罪で告発されることになる。
ここで問題となったのが緊急避難の用件である。
ギリシャの哲学者カルネアデスの寓話で、カルネアデスの船板という話がある。
難破したから投げ出された船員を支える一枚の船板がある。これは一人なら支えていられるが二人以上を支えることはできない。
そうしたときに相手を突きのけて溺死させてしまうのは犯罪だろうか?
近代法学において助かるためにやむを得ない行為は罰しないというのが緊急避難の原則である。
しかし当時緊急避難を扱った裁判事例は皆無に等しくまた倫理的な側面を考慮され船長とスティーブンは死刑を宣告された。
とはいえさすがに無理な判決であることは自覚していたのだろう。
二人はヴィクトリア女王の特赦によりわずか6ケ月の禁錮に減刑され社会に復帰することができたのである。
法学部で刑法を専攻する人間には割と知られている事件だが、この事件はまた別の問題でも非常に興味深い事件とされている。
なぜならこの事件は約50年近くも前に予言されていたというのである。
推理小説というジャンルの生みの親とも言われるエドガー・アラン・ポーの作品で唯一の長編と言われる作品がある。
「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ビムの物語」である。
その内容が恐るべきことにミニョネット号事件に酷似しているのだ。
広大な海の真ん中で漂流した4人の男たちが絶望的な状況でくじを引き、くじにあたった給仕のリチャード・パーカーを殺害して食するという物語である。
漂流する4人の男
飢えを渇きを満たすため一人を犠牲にする
そして犠牲になった男は給仕であり、その名もリチャード・パーカーと同姓同名ではないか!
タイタニック号もシンクロニシティの例にあげられるが、このミニョネット号事件の一致度合いはそれどころの話ではない。
遭難する船員の数から犠牲者の名前まで一致する確率は天文学的なものである。
しかもこの事件を偶然の一致コンテストに応募し賞金100ポンドを獲得したのは殺されたリチャード・パーカーのひ孫にあたるナイジェル・パーカーであったという………。
船の名はミニョネット号、オーストラリアの実業家J・H・ウォトンが故郷イギリス往復のために購入したもので、完熟のための試験航海を含めた処女航海であった。
乗組員は4人、船長のダトリー、船員のスティーブンとブルックス、そして給仕のリチャードである。
航海は当初順調であったものの、喜望峰を超えたあたりから天候があやしくなりやがて激しい嵐に遭遇する。
排水量の小さなヨットは木の葉のように揺られ操船は全く不可能であり、船内への浸水が深刻になるにつれて船長は救命ボートでの脱出を決断した。
しかし急な脱出のこと、準備が出来ておらず持ち出すことのできた食糧はカブの缶詰が2個だけであったという。
あっという間に缶詰を食いつくした4人は飢えと渇きの地獄を体験する羽目となった。
幸い漂流5日目に海亀を捕まえ急場をしのいだものの、大きなはずの海亀の肉も18日目には底をついてしまう。
何よりも飲料水がないことが致命的であった。
進退きわまった4人は残る人間を助けるためにくじ引きで一人の生命を犠牲にしようと相談するが、意見はまとまらなかったという。
漂流から20日目(16日目とする説もある)、ついにリチャードが渇きに耐えられず海水をがぶ飲みし、痙攣状態に陥った。
人間の体は塩分を必要とするが、必要以上の塩分は尿として体外に排出されるのだが、海水は尿よりも塩分濃度が高いため、飲めば飲むほど体内に塩分が蓄積され、それを排出しようとしてその人間は地獄の苦しみを味わうことになる。
どんなにのどが渇いても海水を飲んではいけない、というのは船乗りの鉄則なのである。
(ただしそれでも飲んだほうが延命できるという異論あり)
瀕死の状態のリチャードを見た船長は言った。
「彼はもう助からないだろう。我々が助かるために彼を食べるべきだ」
これに船員のブルックスは猛反対する。
「そんな人の道に外れることができるわけがない!」
「船長の責任において船員を全滅させるわけにはいかない。それに君たちにも家族がいるだろう。家族のためにも我々は生き残らなければならない」
スティーブンはしぶしぶ同意。ブルックスはなお頑強に抵抗したが、船長がリチャードの喉をナイフで斬り裂き鮮血があふれ出すとブルックスも本能に逆らうことはできなかった。
生存本能の命ずるままに、彼もまたリチャードの血をすすったのである。
そして後はなし崩しにリチャードの肉を食らい血をすすることで3人は幸運にも通りがかったドイツの貨物船モンテスマ号に救助される。
漂流から24日目の出来事だった。
船長は犯罪を隠ぺいすることもできたはずであったがさすがは一人前の船乗りであったのだろう。
本国に戻ると真相を告白し、彼は殺人罪で告発されることになる。
ここで問題となったのが緊急避難の用件である。
ギリシャの哲学者カルネアデスの寓話で、カルネアデスの船板という話がある。
難破したから投げ出された船員を支える一枚の船板がある。これは一人なら支えていられるが二人以上を支えることはできない。
そうしたときに相手を突きのけて溺死させてしまうのは犯罪だろうか?
近代法学において助かるためにやむを得ない行為は罰しないというのが緊急避難の原則である。
しかし当時緊急避難を扱った裁判事例は皆無に等しくまた倫理的な側面を考慮され船長とスティーブンは死刑を宣告された。
とはいえさすがに無理な判決であることは自覚していたのだろう。
二人はヴィクトリア女王の特赦によりわずか6ケ月の禁錮に減刑され社会に復帰することができたのである。
法学部で刑法を専攻する人間には割と知られている事件だが、この事件はまた別の問題でも非常に興味深い事件とされている。
なぜならこの事件は約50年近くも前に予言されていたというのである。
推理小説というジャンルの生みの親とも言われるエドガー・アラン・ポーの作品で唯一の長編と言われる作品がある。
「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ビムの物語」である。
その内容が恐るべきことにミニョネット号事件に酷似しているのだ。
広大な海の真ん中で漂流した4人の男たちが絶望的な状況でくじを引き、くじにあたった給仕のリチャード・パーカーを殺害して食するという物語である。
漂流する4人の男
飢えを渇きを満たすため一人を犠牲にする
そして犠牲になった男は給仕であり、その名もリチャード・パーカーと同姓同名ではないか!
タイタニック号もシンクロニシティの例にあげられるが、このミニョネット号事件の一致度合いはそれどころの話ではない。
遭難する船員の数から犠牲者の名前まで一致する確率は天文学的なものである。
しかもこの事件を偶然の一致コンテストに応募し賞金100ポンドを獲得したのは殺されたリチャード・パーカーのひ孫にあたるナイジェル・パーカーであったという………。
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