こじらせ男子は一生恋煩い

むらさきおいも

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第三章 新生活始めました

りつのやりたい事

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とはいえ、俺が店長から受けてる色んな事を話してしまえばりつに心配かけるし、絶対にそんな店辞めろって言われると思う。

そんな事になったら、俺はまたりつにおんぶにだっこで面倒かけてしまうのが目に見えてるし、それが嫌で今まで耐えてきたんだから今更ここで折れる訳にはいかない。

それに、りつがこんな状況を普通に受け入れてくれるとは限らないだろう?

そんな俺の意地を察してなのか寄り添ってくれるりつは、それ以上仕事のことについて深堀しようとはしてこなかった。

それが逆に苦しくて…
でも暖かくて…

全部は言えないけど、俺は少しずつ店の愚痴をこぼし始めた。


「りつ…」

「ん?」

「俺ね、店長からパワハラされてる」

「…っ、まじかよっ」

「だから…っ、毎日遅くて」


りつの顔がみるみる曇っていき、何か言いたげなのを我慢しながら聞いてくれてるのがわかる。

だからこそ、これ以上の事なんて絶対に言える訳がない。

とにかく仕事が忙しすぎるのは本当の事だし、店長が俺に対してパワハラ的なことをしてるのも事実だけど、それは社員みんなにも言えること。

俺だけじゃないからそれを我慢してると言えば、一先ずりつも納得してくれるだろうなんて思ったんだ。

案の定りつは、俺の背中を撫でながら黙ってその話を聞いてくれた。


「そっか、大変だな…」

「うん…」

「どうにかなんねぇの?その店長…」

「うん、まだ移動してきたばっかだし…」

「あのさ、将吾…もう…っ」

「ダメっ、まだ…っ」


もう辞めてくれと言い出しそうなりつの言葉を遮り、握った拳に力を込めた。

出来れば俺だってもうあんな店辞めてしまいたい。
だけど、辞めるなんて言ったら昔のウリの事をりつにバラされ、同時に仕事も失ってしまう。

仕事もりつも失ってしまったら、俺はどうしたらいい?
そんな事になるくらいなら、それくらい我慢して仕事してた方がまだマシだろ。

りつを信用してないわけじゃない。
俺が、俺を許せないだけ。

店長の要求を飲む事でしか、どうにも出来ない自分自身が情けないだけなんだ。

知らない間に震えていた拳をりつに握りしめられハッとすると、もう観覧車は終わりに近づいていた。

そのまま手を引かれ観覧車から降りると、またイルミネーションの中を二人で駅に向かって歩いていく…


「さっきの話、本当にそれだけ?他になんか嫌な事とかされてないよな?」

「…っ、うん」


妙に感の鋭いりつの言葉にドキッとして頷きながら、今日が俺らにとっては特別な日であるだけに、この後の事を考えると不安で仕方なかった。

ごまかしようのないこの身体を、どう隠し通そうか。
言い訳のしようもなくて、こんなに寒いのに握られてる手は手汗でじっとりと濡れていて、恐らくりつだってそれを感じとってるはずだ。

駅に到着したタイミングを見計らって早めにりつの手を離し、駅のロッカーに閉まってあった服を取り出し二人で電車に乗った。

流石に電車の中で手を繋ぐことはしなかったから、ほっとしてたのもつかの間…

数十分もすれば最寄りの駅について、手に持つ袋を奪われた。


「それ、俺持つから」

「いいよっ、別に重くねぇし」

「いいから」


結局強引に袋を奪われ空いた方の手を繋げば、手から不安が伝わってしまいそうな気がして怖くてずっと俯いたまま歩いていると、俺の手を握るりつの手に力が入る。


「なぁ…将吾?」

「…ん?」

「俺、今の仕事辞めようと思ってんの」

「えっ…」


思わず顔を上げりつを見ると、少し遠くを見すえたその目に冗談ではないことが伺えた。


「結構前から考えてたんだけどさ?もう俺も若くないし?あんなバイトみたいな仕事ずっと続けてるわけにいかないじゃん?」

「いや、仕事は仕事だから」

「まぁ、そうなんだけどさ?俺やってみたい事があって…」

「やってみたい…事?」

「うん。自分で店やろうかなって…」

「えっ、お店?何の?」

「まぁ、最初は手軽に始められるやつからさ?」


何もかも全部初耳だ…
結構前って一体いつからなんだよってくらい、俺には全くそんな素振り見せなかった。

いや違う、俺は自分の事で精一杯でりつが何を考えてこれからどうしていきたいと思ってるのかなんて、まるで気が付けなかっただけかもしれない。

そう思うと急に胸が苦しくなった…


「凄いな…やっぱ俺なんかまだまだガキだ…」

「何でよ、そんな事ねぇじゃん。でもさ、無理してまで続ける事はないと思うわけよ。人生一度きりなんだからさ?」

「うん…けどお前、店やるって言ったって資金とかどうすんだよ」

「それがさ、全然何とかなっちゃうのよ!だからお前はなんも心配しなくていいのー!」

「そうなんだ…」

「帰ったらゆっくり話すね」

「うん」


何とかなるって言ったってコイツの貯金額を知ってる訳では無いけど、店を持つなんて手元の貯金だけでどうになるとは到底思えないし、本当にやるなら俺は益々仕事を辞める訳にはいかない。

りつがやりたいって言うなら俺も応援したいし支えたい…
だとしたらりつがやりたい事が軌道に乗るまでは、少なくとも今はまだ、俺が店を辞める訳にはいかないだろ―――
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