こじらせ男子は一生恋煩い

むらさきおいも

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第一章 出会いと再会

俺らのお仕事

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再び目が覚めると、もう既に夕刻を回った頃だった。

この日のバイトはウリのみ…
この前の事を思い出すと、体が震えて吐き気が込み上げてくる。

今日あいつが来ることは無いと思うけど、それでももうあの仕事は辛いかもしれない。

だけど、居酒屋のバイトだけじゃ生活できないしりつにだって頼りたくない。


「将吾…大丈夫か?」

「…えっ?なんで…?」

「顔色悪いし…今日のバイトって、その…」

「…うん」

「あのさ…もう辞めない?そのバイト…」

「それは無理だよ…居酒屋だけじゃ生活できない」

「うちに来れば良いじゃん…な?そしたら家賃要らねぇし、俺の家で一緒に住もう?」

「一緒に住むの嬉しいけど、ダメだよ…っ」

「何で?」

「お前だって…アレで稼いでるんだろっ」

「…っ、そう…だけど…」


俺もウリ専だって言った訳では無いし、りつの口からもハッキリと聞いたわけじゃないけど、やってる事が一緒なのは明白だった。

りつが何のためにその仕事をしてるのかは分からないけど、俺がこのバイトを辞めてりつに頼って生きていくって事は、りつにその仕事をさせながらそれに縋って生きてくって事だろ?

そんなこと出来るわけないし、俺だってして欲しくない。


「大丈夫だから…」

「いや、そうじゃなくて俺はもうお前にそんな仕事…っ」

「俺だって嫌だよ…っ、お前がしてんの…っ、だから俺のせいでこれ以上お前に余計な負担かけたくない…っ」

「将吾…っ」

「もっとお金が貯まったら辞めるから…」

「…っ、だけど一緒に住む事は考えてくれる?」

「うん」


そして俺らは各店に向かった。

そこで驚いたのが、店と店との距離だ。

あの時は朦朧としてて場所まで分からなかったけど、俺が働いてる店とりつの働いてる店は、路地を抜けてビルを3つ挟んだくらいの距離しか無かった。

まさかこんな近くにいたなんて…
学校辞めてからって事は、俺より先にここにいたってことだろ?

今まで、会わなかったことの方が不思議なくらいだ。


「将吾の店ってあそこの3階?」

「うん、そう…」

「…なんであそこにしたの?」

「えっ?…たまたま、声かけられて…」

「…俺が先に見つけてればな」

「何言ってんだよ、捨てたくせに…」

「おま…っ、それ言うなよ…」


自分で言うのもなんだけど、こんなに俺の事心配するくせに良く離れていけたよな。

隼人にだって、りつは本当に俺の事が好きで、好きだからこそ離れたなんて意味のわからない事言われたし、りつもりつで俺に幸せになって欲しいからとか俺の為にとか言ってたよな。

だけど俺、全然幸せなんかじゃなかったよ?
今度こそ俺の事、幸せにしてくれるんだよな?


「一回離れたのに…何でまた一緒にいてくれるの?」

「…っ、そう…だよな。お前には訳わかんねぇよな。今度ちゃんと話すから。でも離れるのは辛かったし、ずっと想ってた…それだけは信じて欲しい」

「…うん、わかった」

「じゃあ、終わったら連絡するから、お前も連絡しろよ」

「うん」


ずっと想ってた…か。
俺は忘れたくて仕方なかったのにな…


釈然としないまま店に入るといつものように、指名が入っており恐る恐るその人の名前を確認するとあいつではなさそうで一先ず安心した。

そして何となく携帯を開くと、そこには心からの大量の着信とメッセージ通知が残っていた。


(将吾?今日は大丈夫だった?)

(将吾、連絡だけでもちょうだい!心配だから)

(将吾?本当に大丈夫?)

「心…っ」


完全に忘れてたわけじゃない…
だけど、りつと再会してわかったんだ。

やっぱりまだ俺はりつの事が好きだって…

それに、心はわかってない。

好きって言ってくれたのは嬉しかったけど、俺は心が思ってるような綺麗な人間じゃないし、心には釣り合わないよ。

でもあの時、苦しくてどうしようもなかった時に一瞬でも心に助けを求めてしまった自分もいたんだ。

もしあの時、りつが助けてくれなかったら…
俺はきっと、どうにかして心に助けを求めただろう。

だけど…いや、でもだからこそ、俺はもう心には頼れない。

好きになりかけてたけど、それはたまたま心が俺に優しくしてくれたからってだけだ。

そんな一時の感情で心を振り回しちゃダメだから。

連絡はこのまま無視しよう…
バイトで会った時にちゃんと話せば、友達くらいの付き合いにならまた戻れるだろう。

戻れなかったとしてもそれはもう仕方ない…
俺にはりつがいる、りつがいればそれでいい。

いつものように、客の待つ部屋に入っていくと見た事のある常連さんで、ほっと胸をなでおろした。

だけど問題はここからだった…

いつもならなんとも思わない行為一つ一つに違和感を覚え、相手の興奮してる顔に全身が粟立つ。

思い出したくない情景が頭に浮かび、あの気持ち悪い声が聞こえてきたような気がして、俺は苦しくて客の腕を掴んだ。


「…っ、はぁっ、はぁっ…」

「どうしたの?将くん?…大丈夫?」

「ごめ…なさい…っ、ごめ…っ」


心臓の鼓動が早くなってだんだん目の前が霞んで胃液が上がってくる感覚に、思わずベットから転がり落ちそのまま風呂場になだれ込んだ。

お客さんの前でこんなの最悪だと思いながらも、吐き気は止まらないし苦しくて倒れそう…

このままじゃ俺、多分このバイト続けられない…っ、どうしよう…

それから仕事どころじゃなくなった俺は、お客さんに付き添われながら部屋を出て、別の部屋に担ぎ込まれた。

運良く、このお客さんは優しかったからよかったものの、これからもこんなんじゃ誰も相手になんかできない。

けど、この事をりつに話したら今すぐに辞めろって言うだろうし、絶対りつが無理する事になる。

それは絶対に避けたい…どうしよう…どうすれば…
考えれば考えるほど気分が悪くなって、俺はベットの上で目を閉じた。


・・・・・


「…ご、将吾っ!」

「んぅ…かのっち…えっ?なんで…?」

「時間になっても出てこないし、電話しても全然出ないから、心配になって来てみたら倒れたって言うから…っ」

「あぁ…うん」

「帰ろ」

「えっ!?でも俺、今日まだ何も…っ」

「もう辞めさせるって言ったから」

「は!?なんでそんなっ、勝手にっ!」

「いいからっ!帰るぞっ…」


半ば強引にベットから降ろされ抱えられると、りつは脇目も振らずにビルを出て下に付けてあったであろうタクシーに俺を放り込んだ。

ちょっと怒ってるのか、家に着く間一言も話しかけてこないから、俺からも声をかけずらくて終始無言の状態。

だいたい同業他社に来て辞めさせるって言って連れて帰るなんて、本当に大丈夫なんだろうか…

後でりつが責められたりしないよね?

それに、あのバイト辞めたら俺…本当に生活していけない…

色んな不安が頭をよぎって、りつの家に着く頃にはまた胸が苦しくなってきて、タクシーを降りるとその場に膝を付いて蹲った。


「…っ、はぁ…」

「おい、将吾っ!?大丈夫か!?」

「ごめ…っ、俺のせいで…」

「何がだよ…っ、将吾が謝ることなんてなんもねぇだろ?」

「けどっ…いっぱい迷惑かけた…」

「迷惑とか思ってない、…て言うか迷惑かけていいから、今までなんもしてやれなかった分…甘えていいから…っ」


りつの腕に包まれると肩の力が抜けて、不思議と安心する…

この匂い、温もり、全部好き…

けど本当に、ずっと一緒にいてくれる?

嬉しいのに苦しくて涙が止まらない…

そして家に帰り少し落ち着くと、さっきまでの経緯をりつが話してくれた。

あの店は元々ボーイの使い方が荒く、客層もあまりよろしくなのでこの業界では有名だったらしい。

俺はそんな事全く知らないまま飛び込んだもんだから、それが当たり前だと思ってたけど、りつの店はそうじゃないらしい。

だからりつは俺が倒れたと知った時、もうこれ以上無理はさせられないと思って、身内の振りをして店に辞める旨を伝えたって。

向こうも客の無茶ぶりを知っててやらせてた手前、辞めることをすんなり了承したらしい。

だけど、俺に出来ることってそれくらいしかないし、りつに甘えてここに住んで居酒屋のバイトを増やすって言っても、家賃と光熱費くらいしか払えないかもしれない。


「あのアパートも引き払って、ここに来い。家賃もなんも心配しなくていいから」

「…っ、でもそれじゃ加野っちが…」

「俺は仕方なくやってる訳じゃねぇから…まぁ、こんな言い方したら余計変かもだけど、セラピー的なもんだと思ってるし…うちはお前んとこみたいに無理はさせないから」

「じゃあ、俺もそこでバイトする…」

「…っ、もうお前はそんな事しなくていいんだよ…頼むから。そもそも俺はタチだし、お前ネコだろ?立場が違ぇんだよ」


言われてみれば…そうだけど…

受ける方のネコのがキツいのは当たり前だけど、だからといってタチだからいいってもんでもねぇじゃん。

俺は嫌だよ…
りつだけがその仕事続けるの。

だけど無責任に辞めてなんて言えない…
だって俺には何も出来ないんだから。


「明日、居酒屋は?」

「うん、昼から…」

「暫くそっちも休め…」

「ダメだよっ、そんな…」

「さっきみたいに苦しくなったらどうすんだよ、とにかくちょっと休め…な?」

「んぅ…」


確かに、いつ訪れるかも分からないあの感覚は怖い…
バイト中になって迷惑かけられないし。

俺は仕方なくりつの言う通り、暫く居酒屋も休むことにした。
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