ミントバニラ

桜ゆき

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第一章

終わりにしたいのに

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光ちゃんが海外に行くことが決まった数週間前の事。

俺は変わり果ててしまった光ちゃんとの生活に疲れ果て、流れる川をぼぉっと眺めていた。

昨日から降り続く雨のせいで、いつも穏やかな川が濁流と化している。

この流れに身を任せてこのままどっか知らない場所に流れて行ってしまえば、俺も少しは自由になれるのだろうか。

毎日毎日、意識が無くなるまで身体を痛めつけられ、光ちゃんが満足するまで続けられる行為は拷問でしかない。

最近は、意識が戻り目が覚めた頃には、もう既に光ちゃんは居ないなんて事も少なくはなし、きっと俺はもう大事にされることは無いんだと思う…


いや、そもそも光ちゃんは…
俺の事なんか好きじゃない。

多分俺は恨まれてるんだ。

俺は生きてちゃいけなかったんだ…

あの時、死ぬべきだったのはきっと…
俺だったんだ。


身を乗り出し、濁流を眺めてるとこの川の流れに吸い込まれそうになる…


もう…いいよね…?


何もかもを終わりにしよう、そう思って身体を前に倒し覚悟を決めたその時、後ろから誰かがしがみついてきた。


「おいっ!」

「…っ!?んだよ…っ!離せ…っ!」

「は?男…!?」


他人の自殺を邪魔しておいて、は?男?は無いだろう…

ぼんやりとしていた意識がこの男によって現実に引き戻されてしまったら、もうさっきまでの死ぬ勇気もすっかり薄れてしまった。


「…っ、男で悪かったな…っ」

「んだよ、男かよ…」

「ならもういいだろ…手、離してくれよ…」

「や、そうはいかねぇだろ?だって離したら飛び込むじゃんっ」

「お前に…関係ないだろ…」


そう言って男の手を振り払おうとするけど、彼は一向に手を離してはくれない。
赤の他人の事なんて放って置けばいいのに、なんてお節介なやつなんだ…


「離せよ…」

「離さない」

「離せっ!」

「離さない!」
 
「…っ、しつこいな!なんなんだよっ!」

「や、だって目の前で死なれたくねぇしさ…」 

「じゃあ、お前が居なくなったら死ぬっ!」

「えっ、でも次の日新聞とかで見るのも嫌だし…死ぬの止めない?」


何なの!?こいつ…
死のうとしてる奴止めるのに、理由が軽すぎない!?

しかも全部自分が嫌だからって、俺の事はどうでもいいって事?

いや、そりゃそうだよ…
赤の他人だもん、どうでもいいに決まってる。

俺がどこで何しようが、明日死んでようがこの人には関係ない。


「じゃあ、明日にするから…もういいだろ…?」

「良くないよ…結局死ぬんじゃん…」

「俺が死んであんたになんか迷惑かかる?俺はもう死にたいの!死ぬ時くらい自由にさせてよ…っ」

「悲しむ人がいるだろ…?一人くらい…」

「いねぇよ…そんなやつ…」

「俺は…悲しい」

「は?今、会ったばっかじゃん」

「でもさ?これも何かの縁じゃん?」


何こいつ…
マジで本気でしつこいっ!!

チャラチャラして遊び人ですって感じ丸出しだし、きっと人生楽しいことだけ、自由に生きてますみたいなやつなんだろう!?

だからそんな、頭お花畑みたいなこと言えんだよ。

そうだ、だったらもういっその事、無理難題押し付けて諦めてもらって、そんで俺は…

うん、改めて死のう…。


「だったら俺の事抱いてみろよ…っ」

「あ…言ったね?」

「は?」

「俺、どっちもいけるの♡いいの?抱いても…っ」

「はぁ!?ふざけんなよっ!」

「えー、そっちが言い出したんじゃーん…」

「そう…だけど…っ」


…って、ノってくるなんて思わないじゃん…っ!

ニヤついた顔が暗がりを照らす街灯に浮かび上がると、意外と整った顔立ちに少し胸が高鳴る… 

しかもこいつ、見たことあるぞ?
そうだ、うちの店の常連じゃんっ!


「ん?あれ?」

「…っ、何だよ」

「あの店のボーイじゃん」

「…だからなんだよ!」 

「綺麗な顔して女食いまくってんのかと思ってたからさ、まさか男食いだったとはねぇ」

「べ、別にそんなんじゃ…っ」


そうだよ、別にそんなんじゃないっ!

俺は好きでこっち側にいる訳じゃないし、これは諦めてもらう為の策だったのに。

こいつのことは俺もよく知ってる、毎回毎回違う女指名して豪遊して帰ってくんだ…

そんな奴に、少しでもドキッとした自分に腹が立つ。


「まぁいいじゃん?出すもん出してスッキリすりゃあさ、嫌なことも忘れられるかもよ?」


好き勝手言いやがって、そんな事で忘れられるなら死にたいなんて思わねぇよ。

俺とはまるで別次元に住むの人間の考え方に嫌悪感を抱き、彼の手を振り払って黙ってその場を去ろうとしたが、いとも簡単に繋ぎ止められてしまった。


「待てって…っ」

「なんでだよっ…何でそこまで俺にこだわるんだよっ!ほっといてくれよっ!」 

「なんか…っ、何か気になるから…だから死なないで欲しい」

「…っ///」
 

物凄く自分勝手な理由なのに、何故だか胸がぎゅっと締め付けられる…

どこの誰だかわかんないやつの戯言なのに、彼にとって俺は通りすがりの赤の他人なのに、死なないで欲しいだなんて真っ直ぐに言われて、少し救われた様な気になって足を止めた。


「どうせ死ぬんだったんならさ、俺にお前の時間ちょっと貸してよ」

「え?」

「これも何かの縁だろ…まぁ、抱いてやってもいいし…」

「だからそれはっ…////」


なんでこんなにドキドキすんだよ…
もう抵抗する気にもなれなくて、何ならもう少し一緒にいてもいいかもしれないなんて気持ちまで湧いてきて、俺は彼に手を握られ歩き出した。
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