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妖魔の本体(カイル)

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こんな静かな朝がこれからもずっと続けばいいのに…
そう願ってやまない。

ルシアの能力を回復するためだけの行為なのに、今となっては
俺がしたいからしてるなんてルシアは思ってもいないだろう。

昨日もしたし、もう既に能力は回復しているって分かっているけど、俺がルシアから離れたくなくて疲れたフリをして体を預ける。

そんな俺にしがみついて離れようとしないルシアもまた、俺と同じ気持ちならいいのに…なんて思いを巡らせるけど、それを確かめる事も出来ないまま、こんなに甘くて暖かい時間も、集合を知らせる鐘の音で無情にも終わりを告げるのだ。

そして余韻に浸ってる時間もないまま、仕方なく体を起こし俺らが支度を始めた頃、ノックもなしに部屋の扉が勢いよく開かれ傷だらけのノエルがなだれ込んできた。


「カイルっ…!」

「ノエル!?帰ってきたのか!?…ってお前っ」

「はぁ、はぁ…兄ちゃん…っ、ニルが見つかった…」

「えっ!?ニルが!?それでニルはどこに!?無事なのか!?」

「いや……ぅっ」


ニルが見つかったとはいえ、ノエルのこの傷を見ればただ事じゃない事は一目瞭然。
ニルは無事なのか!?それとも…


「それよりお前…その傷…っ」

「…っ、俺は平気だから…でもレオが…っ」

「レオ…っ!?レオがどうした!?」

「今ラフィーが…っ、いっ…」

「くっ…ラフィーがいるなら…まずはお前だ」


本当なら一早くレオのそばに言ってやりたいだろうに…
ルシアはノエルの体に手をかざし、多分1番ダメージを受けているであろう腹に集中してエネルギーを送っている。

ルシアの治癒の異能はダメージを負った人を癒すだけじゃなく、
どこをどう負傷したのかも手をかざせば見えるらしい。

昨日十分に力を蓄えたおかげで、ノエルの怪我の8割りは治せたようだ。

となると後はレオか…
俺らは急いでレオの元へと向かった。


「レオっ!!」

「しっ、集中出来ない!!」


声を上げたのはレオの治療を行っているラフィー。
俺らの部隊の大半は20代を超えているが、ラフィーはまだ16であるにも関わらず、稀に見る能力の高さを買われ俺らの第一部隊に所属している。

そしてルシアと同じく、治癒の異能を持っているのだ。
  

「こりゃ派手にやられたな、けどこれってレオと同じ覇気の使い手!?」

「ううん…レオが放った覇気をそのまま跳ね返されたんだ」

「えっ…誰に!?そんなこと出来るやついんの!?」

「…ニル」

「え…っ」

「兄ちゃんだよ。…完全に取り込まれてた。魔力のせいで能力が今までより凄くて…っ、助けてやれなかった」


ノエルは握りこぶしを床に叩き付け項垂れた。

ニルが取り込まれた…
レオの覇気をも跳ね返すなんて、こうなってしまったら俺らじゃ全く歯が立たないだろ。


「う…っ、あ…」

「レオっ!!」


今までピクリとも動かなかったレオが声を上げると、ルシアは脇目も振らずレオの傍に駆け寄った。

一仕事終えたラフィーは能力を使い切ったのかその場に倒れ込み、俺は慌ててラフィーを抱き抱えると、今度はルシアがレオに力を送る。


「あとは俺がやる。カイル、ラフィーを頼む」

「分かった」


とは言えルシアだってさっきノエルの治療を終えたばっかりで、いくら万全だったとはいえそう何度も無限に力を使える訳では
無い。


「レオ、大丈夫か?どっか痛いとこない?」

「あぁ、もう大分良さそう…もういいよ、ルシアが倒れちゃう」

「だめっ、ちゃんと治さないと…っ」

「ルシア、あとは薬でなんとかなるから」


レオの意識が戻り、身体が少しづつ動かせるようになったのを
見計らい、俺はノエルと二人でラフィーをベットに寝かせてから
ルシアに声をかけるが、頑なにやめようとしないから無理やりレオから引き離した。


「…ルシアっ!もういいだろっ」

「まだ……」


案の定殆ど力を使い果たしたのか、ふらつきながら俺にもたれ掛かるルシア。

これじゃ今日も回復してやらないと…
その前に寝かせてやるのが先か。

ひと仕事終えて張り詰めた緊張感が解かれると、静かになった部屋の扉が勢いよく開かれる。

みんなの視線がそこに集まると、血相を変えて飛び込んできたのはアレクだった。


「レオっ、ノエル!大丈夫!?」

「あぁ…なんとかな…」

「はぁ、良かった…」

「本当にニルだったの?」

「うん…間違いないよ」

「ニルと戦わなきゃいけないなんて…」

アレクは今にも泣きそうな顔で言葉を詰まらせた。

多分気持ちはみんな同じだ。
俺だって出来れば戦いたくなんかない。

けどこのまま放置してしまえば妖魔の思うがまま、ニルだってこれ以上妖力を増してしまったら無事に解放できるかさえわからない。

なんとか早いうちに手を打ちニルを解放しなければ…
そして諸悪の根源を絶たないとこの国は滅亡してしまう。


「俺がやる」

「カイル…でも相手は…」

「だから俺がやる、絶対解放してみせる」

「でもカイル…俺が見た感じニルのは普通じゃない…ただ操られてるって感じじゃなかった」

「どういうことだよ、ノエル」

「他の操られてる人間と核の色が違った…それに」


ノエルとレオが顔を見合わせると、今度はレオがその時の状況を話し始めた。


「…ニルの中の核、俺はあれが本体じゃないかと思った」

「本体!?本体ってどういうこと!?」


アレクが声をあげると、俺らもそれぞれ顔を見合わせた。


「意思があったんだ、他の人と違って。前にも同じような事があって俺とノエルはその人物を追ってたんだ。そしたら俺らの目の前にニルが現れて…」

「うん、乗っ取られたんだ…たぶん」

「移動したってこと!?」

「あぁ、恐らく…」


ものすごく厄介だ…
妖魔の本体は移動しながら人に乗り移り、他の人々を操っているというのか?

誰も実体を見ていない理由はそれだったのか…



「んぅ…カイル…」


俺にもたれかかっていたルシアが静かに頭を持ち上げる。


「大丈夫か?」

「カイルこそ…大丈夫…なの…?」

「うん…大丈夫。俺上手いから」


不安そうに俺の顔を見上げるルシアの頭をポンポンと撫でてやると、俺は取ってつけたような笑顔を振りまいた。

俺だって怖い…
もしかしたらニルを傷付けてしまうかもしれないし、逆に俺が殺られるかもしれない。

もし相打ちにでもなってニルを解放する事ができたとしても、きっとニルは後悔に苛まれて自分を責めるだろ?

そうならないためにも、俺は絶対に失敗できない。

ニルを確実に解放してみせるんだ。

それが無理なら…

俺がこの手で―――
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