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きっかけ
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ある日の放課後
いつもの如く職員会議を済ませ保健室に戻ってくると、入口の扉が少し空いていてふと違和感を覚える。
だけど、誰か来たのかな?くらいで気にもせずドアをガラッと開けると、突然後ろから誰かに抱きつかれた。
「りーっちゃん!」
「うわっ、びっくりした…っ、何だ、お前かぁ…」
振り替えるとニヤついた顔の健太が俺の背中にへばりついていて、そのまま保健室まで一緒に入っていく。
「今日はりっちゃんに聞きたい事があってさ?」
「ん?なに?」
「あのさ…りっちゃんて男とヤった事ある?」
「は…っ!?」
「いくらなんでもそりゃねぇか…」
ケラケラと笑い出した健太は、冗談のつもりで聞いたんだろうけど、俺は内心何かバレたんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
と言うのも俺は、この仕事に復帰する前、そういう経験をした事があったし、現に同級生のアイツともたまたま前にここで…
まさか見られてたとかねぇよな!?
動揺を悟られないように、手を伸ばした先にあったデスクの上の書類を意味もなく無言でまとめていれば、返事を返さずとも健太は絶え間なく話を続ける。
「なんかさ、女よりやべーって聞いてさぁ?」
「なんでそんな話になるんだよ…」
「思春期だもん、なんでも興味があるのよ」
「そんな事にばっか興味持たなくていいんだよ…」
「なぁ…りっちゃぁん、俺とシてみねぇ?」
「ばーか、ダメに決まってんだろっ!?」
「いいじゃーん、俺りっちゃんならイケそう…ね、ちょっとだけ…な?」
そう言いながら迫ってくる健太とデスクに挟まれ逃げ場が無くなった俺は、振り返りざまに健太に唇を奪われた。
「ん…っ///…ば、ばかっ!ちょっとならいいって事でもねぇだろっ!」
「んだよ…興味ねぇの?」
「男には興味ねぇよ!」
咄嗟にそう言い放った瞬間、俺はもう一つの違和感に気がついてしまった。
あれ?ベットのカーテン閉まってる…?
俺開けてったよな…てことは…
誰かいる!?まさか…っ
「りっちゃん?どぉしたの?」
「あっ、ちょっ…と用事思い出したから、今日はもう帰れ…なっ?」
「えーー!?なんでよっ!」
「その話はまた今度聞いてやるから、な?」
「んだよぉ…絶対だかんなっ!」
「あぁ、悪りぃな…っ」
渋る健太の背中を押し追い出すように帰すと、扉を閉めてゴクリと唾を飲み込み、カーテンの奥にもしかしたらいるであろう誰かに向かって声をかける。
「あのぉ…誰かいますかぁ…?」
応答はない…
誰かがいたとしたって別に構わないんだが、それが誰なのかが問題なのだ。
意を決してカーテンに手をかけようとしたその時、奥から鼻をすすりながら泣いているような声が聞こえてきた。
まずい…やっぱりいたか…
こんな時間に、ここで勝手に寝てるやつなんてあいつしかいない。
そっとカーテンを開け中を覗き見ると、ベットに座り込み枕を抱えながら、潤んだ目で俺を睨みつける将吾の姿がそこにはあった。
「もぉ…何してんだよぉ…」
「…っそれは…こっちのセリフっ…」
「あ、ですよね…で、なんで泣いてんの…」
「だってっ…加野っちが…っ、健太とっ…」
「ばか…っ、あれはどう考えたって事故だろ?」
「分かってるよ…っ!でも嫌だったの…っ!」
いや、てか…嫌だった…とは!?
だけど、いくら健太と仲が悪いからって泣くほどの事なのか?
今にもこぼれ落ちそうに溜まった涙を見て、思わずずっと心の奥底に押し殺していた感情が溢れそうになる。
「事故とはいえ有り得ねぇよな…ごめんな?」
「嫌だ…っ」
その後も、あれやこれやと許しを乞うため試行錯誤を繰り返したが、将吾はなかなか許してはくれず、ついには溜まっていた涙がポロリと一粒流れてしまった。
「…っ、泣くような事かよ…」
「…俺の事も、興味無いって事…?」
「え…っ」
「男には…興味ないって…っ」
「…それが、嫌だったのか…?」
黙って頷いた将吾のまさかの発言に、俺の感情は驚きと苦しさでいっぱいになった。
将吾が気にしてたのは俺と健太との事故の事だけではなく、俺が男に興味ないって言った事が原因だったらしい…
でもそれって逆に言えば、興味を持って欲しいってことだろ?
確かに将吾は俺に甘えてくるし、少なからず俺の事気に入ってくれてるとは思っていたけれど、まさかそういう意味だなんて思わなかったし、勘違いしちゃダメだって思ってたから…
「そ…っか、気が付かなくて…ごめん…」
「興味なんか…ある訳ないよな…っ」
あるかないかで言えば…あるに決まってる…
でもあるって言ったら期待を持たせる事にもなりそうだし、ないって言ってしまったら将吾を傷つけることになりかねない。
返事に戸惑っていると、たまりかねた将吾がまたひとつ、ポロリと涙を流して呟いた。
「俺の事っ…嫌いになった…?」
「は?なるわけないだろ!?」
「じゃあ…俺ともしてよ…っ、キス…////」
なんて事だ…
真っ赤になりながら発せられたその言葉は、聞き間違いでなければめちゃめちゃ衝撃的で、俺がしたくてもずっと我慢して我慢して耐えてた行動だったのに、まさか将吾からそれを求めてきてくれるなんて…
俺は慎重に言葉と行動を選ぼうと、一呼吸おいて返事をした。
「しても…いいの?」
「…うん」
「俺…っ、男だよ?」
「…うん、だって俺…っ、加野っちの事…好き…」
「…っ、そう…なのか?」
枕を抱きしめてる将吾の手にギュッと力が篭もると、顔を真っ赤にして頷くから、俺はもう我慢できなくて少しかがみ顔を近づける。
「そんなに枕握ったら綿出ちゃうよ?貸して?」
力が抜けたところで枕を将吾から離すと、上目遣いで俺を見上げてくるその将吾の表情が可愛すぎて、これから始まる事への期待と不安に胸が張り裂けそうだ。
だって…本当にいいのか?
俺だって、将吾の事が好きだ…
でも先生として大人として、もう二度とこの先は超えないって、前に誓ったはずだろう?
もしここでシてしまったら、将吾への想いが溢れだしてしまったら、俺は…
「…あのっ、ごめんっ」
「えっ…」
「俺が変な事言ったから…っ、困らせた」
「や、違う…そうじゃなくて…っ」
「ううん、もう大丈夫…そろそろ帰るね」
そう言って無理やりに笑い、溢れ出しそうになる涙を袖で脱ぐい取った将吾は、ベットから下り鞄を持ってカーテンを開けた。
そうじゃなくて…っ、そうじゃなくて俺は…
そう思いながらも上手く言葉に出せなくて、でもこのまま黙って帰してしまったら、もう二度と保健室には来てくれなくなるかもしれないし、何より泣かせたまま帰すなんてできない。
それに、そういう作り笑顔を…
俺は前に見た事がある。
出て行こうとする将吾を慌てて追いかけ、扉に手を掛けたと同時に将吾の肩を掴み振り向かせると、そのまま唇を重ねた。
「んっ…////」
「泣かせてごめん…っ」
「ん、はぁ…っ、かの…っち…////」
将吾は驚いたのか、涙の溜まった目をまん丸くして口をぽかんと開けたまま俺を見上げるから、堪らなくなってもう一度ゆっくりと唇を重ね、空きっぱなしの口内に舌を這わせ、将吾の舌を舐め取りながら絡ませた。
たどたどしくも、必死に絡めてくる将吾の舌が熱い…
その内に将吾の力が抜けてきて、持ってた鞄が床に落ちると同時に、俺の白衣をギュッと掴んで崩れ落ちそうになる将吾を、俺は慌てて抱き抱えた。
「おっ…大丈夫か!?」
「はぁ…っ、息が…っ」
「…っ、ごめん…つい…」
キスの仕方もまだ、ままならない将吾に最初っからやり過ぎてしまったと少し反省しながらも、こんな可愛い将吾を堪能できた喜びは計り知れなかった。
力が抜けきってしまった将吾は俺の肩に寄りかかりながらしんどそうに呼吸をするから、抱き抱え再びベットに戻り寝かせようとすると、首を横に振り俺にしがみついたまま離れないから、仕方なく抱っこしたままベットの縁に座った。
そして赤ちゃんのようにあやすように背中をさすってやると、将吾はいつの間にかすーっと眠ってしまった。
そして、気がつけばもう夕方…
カーテンの隙間から西日が差し込めば、いよいよタイムリミットが迫っているようでとても名残惜しい。
俺の腕の中でスヤスヤと眠る将吾を起こしてしまうのは勿体ないが、そろそろ限界だ。
「将吾…」
「…んぅ」
「そろそろ帰ろ?」
「…あれ…俺……あっ////」
寝ぼけ眼で俺と目が合った瞬間、先程の情事を思い出したのか、耳まで真っ赤にして慌てて俺から離れようとするから、危なっかしくて立ち上がり将吾の腕を掴み再び引き寄せた。
「急に立ち上がったら危ないって…」
「…っ、大丈夫だって///」
俺から視線を逸らし掴んだ俺の手をそっと解くと、将吾は俺に背を向けてボソッと呟いた。
「加野っち…」
「ん?」
「俺の事…好き?」
「えっ?」
「キス…してって言ったから…しただけだよね?」
「あ、いや…」
そりゃしてって言われたらしたし、好きか嫌いかで言えばもちろん好きだ。
いや、むしろ俺は間違いなく将吾が好きだ…
だけど相手は生徒…
今更私情を挟んじゃいけないような気がして、でも嘘はつきたくなくて言葉を選ぶ。
「…好きだよ。俺の可愛い生徒だもん…」
「…っ、そういうんじゃなくて」
「ごめん…俺な、生徒とはそーゆー関係にならないって決めてるの」
「…っ、じゃあなんで…っ」
そう言いかけて振り返った将吾はまた涙を浮かべてて、俺は自分自身が本当に嫌になる。
最低で卑怯で自分勝手で臆病で傷つくのが怖くて、それでも欲しくて…
マジでクズじゃん…
はぁ…っと己の不甲斐なさを溜息に漏らすと、それを自分への物だと勘違いしたのか、将吾がまた俺に背を向けてカバンを掴み出て行こうとするから、俺はその鞄を掴み将吾の足を止めた。
「帰るっ…もう来ない…っ!」
「待って!来てよっ!来て欲しい…頼む…っ、お願いだから…っ」
こんなの完全に俺のわがままだ。
受け入れられないと言いながら、それでも離れたくはなくて離したくなくて、後ろから将吾を抱きしめながら、ここに来てもらう為の口実を必死に考える。
「またさ?前みたいに具合悪くなったら困るし、毎日健康観察するから。だからちゃんと来て?…頼むから…な?」
「んだよそれ…」
「心配だし…将吾が来ないと寂しいじゃん…っ」
これが今できる俺なりの精一杯の誠意であり、愛情表現。
特別な関係にはなれなくても、離れて行ったりはしないで欲しい…
そう思って抱きしめた腕に力を込めた。
すると観念したのか、将吾の手が俺の腕をギュッとつかんだ。
「んぅ…わかったよ…////」
「ありがと…」
「その代わり…また、して…くれる…?」
その言葉が衝撃過ぎて、冷静を装いながらも心臓が口から飛び出るかと思った。
振り返った将吾と目が合うと、期待と不安を纏って揺れる潤んだ瞳が俺を捉えて離さない…
出会った時から可愛くて、どっか儚くてほっとけないやつではあったけど、やっぱりこんな感情…初めてかもしんない。
「あぁ…そうだな」
そう言って頭を撫でてやると、やっとニコッと笑ってくれたから、また将吾の背中にもたれながら抱きしめた。
でも、マジで本気にならないように気をつけなきゃ。
将吾を傷つけないためにも―――
いつもの如く職員会議を済ませ保健室に戻ってくると、入口の扉が少し空いていてふと違和感を覚える。
だけど、誰か来たのかな?くらいで気にもせずドアをガラッと開けると、突然後ろから誰かに抱きつかれた。
「りーっちゃん!」
「うわっ、びっくりした…っ、何だ、お前かぁ…」
振り替えるとニヤついた顔の健太が俺の背中にへばりついていて、そのまま保健室まで一緒に入っていく。
「今日はりっちゃんに聞きたい事があってさ?」
「ん?なに?」
「あのさ…りっちゃんて男とヤった事ある?」
「は…っ!?」
「いくらなんでもそりゃねぇか…」
ケラケラと笑い出した健太は、冗談のつもりで聞いたんだろうけど、俺は内心何かバレたんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
と言うのも俺は、この仕事に復帰する前、そういう経験をした事があったし、現に同級生のアイツともたまたま前にここで…
まさか見られてたとかねぇよな!?
動揺を悟られないように、手を伸ばした先にあったデスクの上の書類を意味もなく無言でまとめていれば、返事を返さずとも健太は絶え間なく話を続ける。
「なんかさ、女よりやべーって聞いてさぁ?」
「なんでそんな話になるんだよ…」
「思春期だもん、なんでも興味があるのよ」
「そんな事にばっか興味持たなくていいんだよ…」
「なぁ…りっちゃぁん、俺とシてみねぇ?」
「ばーか、ダメに決まってんだろっ!?」
「いいじゃーん、俺りっちゃんならイケそう…ね、ちょっとだけ…な?」
そう言いながら迫ってくる健太とデスクに挟まれ逃げ場が無くなった俺は、振り返りざまに健太に唇を奪われた。
「ん…っ///…ば、ばかっ!ちょっとならいいって事でもねぇだろっ!」
「んだよ…興味ねぇの?」
「男には興味ねぇよ!」
咄嗟にそう言い放った瞬間、俺はもう一つの違和感に気がついてしまった。
あれ?ベットのカーテン閉まってる…?
俺開けてったよな…てことは…
誰かいる!?まさか…っ
「りっちゃん?どぉしたの?」
「あっ、ちょっ…と用事思い出したから、今日はもう帰れ…なっ?」
「えーー!?なんでよっ!」
「その話はまた今度聞いてやるから、な?」
「んだよぉ…絶対だかんなっ!」
「あぁ、悪りぃな…っ」
渋る健太の背中を押し追い出すように帰すと、扉を閉めてゴクリと唾を飲み込み、カーテンの奥にもしかしたらいるであろう誰かに向かって声をかける。
「あのぉ…誰かいますかぁ…?」
応答はない…
誰かがいたとしたって別に構わないんだが、それが誰なのかが問題なのだ。
意を決してカーテンに手をかけようとしたその時、奥から鼻をすすりながら泣いているような声が聞こえてきた。
まずい…やっぱりいたか…
こんな時間に、ここで勝手に寝てるやつなんてあいつしかいない。
そっとカーテンを開け中を覗き見ると、ベットに座り込み枕を抱えながら、潤んだ目で俺を睨みつける将吾の姿がそこにはあった。
「もぉ…何してんだよぉ…」
「…っそれは…こっちのセリフっ…」
「あ、ですよね…で、なんで泣いてんの…」
「だってっ…加野っちが…っ、健太とっ…」
「ばか…っ、あれはどう考えたって事故だろ?」
「分かってるよ…っ!でも嫌だったの…っ!」
いや、てか…嫌だった…とは!?
だけど、いくら健太と仲が悪いからって泣くほどの事なのか?
今にもこぼれ落ちそうに溜まった涙を見て、思わずずっと心の奥底に押し殺していた感情が溢れそうになる。
「事故とはいえ有り得ねぇよな…ごめんな?」
「嫌だ…っ」
その後も、あれやこれやと許しを乞うため試行錯誤を繰り返したが、将吾はなかなか許してはくれず、ついには溜まっていた涙がポロリと一粒流れてしまった。
「…っ、泣くような事かよ…」
「…俺の事も、興味無いって事…?」
「え…っ」
「男には…興味ないって…っ」
「…それが、嫌だったのか…?」
黙って頷いた将吾のまさかの発言に、俺の感情は驚きと苦しさでいっぱいになった。
将吾が気にしてたのは俺と健太との事故の事だけではなく、俺が男に興味ないって言った事が原因だったらしい…
でもそれって逆に言えば、興味を持って欲しいってことだろ?
確かに将吾は俺に甘えてくるし、少なからず俺の事気に入ってくれてるとは思っていたけれど、まさかそういう意味だなんて思わなかったし、勘違いしちゃダメだって思ってたから…
「そ…っか、気が付かなくて…ごめん…」
「興味なんか…ある訳ないよな…っ」
あるかないかで言えば…あるに決まってる…
でもあるって言ったら期待を持たせる事にもなりそうだし、ないって言ってしまったら将吾を傷つけることになりかねない。
返事に戸惑っていると、たまりかねた将吾がまたひとつ、ポロリと涙を流して呟いた。
「俺の事っ…嫌いになった…?」
「は?なるわけないだろ!?」
「じゃあ…俺ともしてよ…っ、キス…////」
なんて事だ…
真っ赤になりながら発せられたその言葉は、聞き間違いでなければめちゃめちゃ衝撃的で、俺がしたくてもずっと我慢して我慢して耐えてた行動だったのに、まさか将吾からそれを求めてきてくれるなんて…
俺は慎重に言葉と行動を選ぼうと、一呼吸おいて返事をした。
「しても…いいの?」
「…うん」
「俺…っ、男だよ?」
「…うん、だって俺…っ、加野っちの事…好き…」
「…っ、そう…なのか?」
枕を抱きしめてる将吾の手にギュッと力が篭もると、顔を真っ赤にして頷くから、俺はもう我慢できなくて少しかがみ顔を近づける。
「そんなに枕握ったら綿出ちゃうよ?貸して?」
力が抜けたところで枕を将吾から離すと、上目遣いで俺を見上げてくるその将吾の表情が可愛すぎて、これから始まる事への期待と不安に胸が張り裂けそうだ。
だって…本当にいいのか?
俺だって、将吾の事が好きだ…
でも先生として大人として、もう二度とこの先は超えないって、前に誓ったはずだろう?
もしここでシてしまったら、将吾への想いが溢れだしてしまったら、俺は…
「…あのっ、ごめんっ」
「えっ…」
「俺が変な事言ったから…っ、困らせた」
「や、違う…そうじゃなくて…っ」
「ううん、もう大丈夫…そろそろ帰るね」
そう言って無理やりに笑い、溢れ出しそうになる涙を袖で脱ぐい取った将吾は、ベットから下り鞄を持ってカーテンを開けた。
そうじゃなくて…っ、そうじゃなくて俺は…
そう思いながらも上手く言葉に出せなくて、でもこのまま黙って帰してしまったら、もう二度と保健室には来てくれなくなるかもしれないし、何より泣かせたまま帰すなんてできない。
それに、そういう作り笑顔を…
俺は前に見た事がある。
出て行こうとする将吾を慌てて追いかけ、扉に手を掛けたと同時に将吾の肩を掴み振り向かせると、そのまま唇を重ねた。
「んっ…////」
「泣かせてごめん…っ」
「ん、はぁ…っ、かの…っち…////」
将吾は驚いたのか、涙の溜まった目をまん丸くして口をぽかんと開けたまま俺を見上げるから、堪らなくなってもう一度ゆっくりと唇を重ね、空きっぱなしの口内に舌を這わせ、将吾の舌を舐め取りながら絡ませた。
たどたどしくも、必死に絡めてくる将吾の舌が熱い…
その内に将吾の力が抜けてきて、持ってた鞄が床に落ちると同時に、俺の白衣をギュッと掴んで崩れ落ちそうになる将吾を、俺は慌てて抱き抱えた。
「おっ…大丈夫か!?」
「はぁ…っ、息が…っ」
「…っ、ごめん…つい…」
キスの仕方もまだ、ままならない将吾に最初っからやり過ぎてしまったと少し反省しながらも、こんな可愛い将吾を堪能できた喜びは計り知れなかった。
力が抜けきってしまった将吾は俺の肩に寄りかかりながらしんどそうに呼吸をするから、抱き抱え再びベットに戻り寝かせようとすると、首を横に振り俺にしがみついたまま離れないから、仕方なく抱っこしたままベットの縁に座った。
そして赤ちゃんのようにあやすように背中をさすってやると、将吾はいつの間にかすーっと眠ってしまった。
そして、気がつけばもう夕方…
カーテンの隙間から西日が差し込めば、いよいよタイムリミットが迫っているようでとても名残惜しい。
俺の腕の中でスヤスヤと眠る将吾を起こしてしまうのは勿体ないが、そろそろ限界だ。
「将吾…」
「…んぅ」
「そろそろ帰ろ?」
「…あれ…俺……あっ////」
寝ぼけ眼で俺と目が合った瞬間、先程の情事を思い出したのか、耳まで真っ赤にして慌てて俺から離れようとするから、危なっかしくて立ち上がり将吾の腕を掴み再び引き寄せた。
「急に立ち上がったら危ないって…」
「…っ、大丈夫だって///」
俺から視線を逸らし掴んだ俺の手をそっと解くと、将吾は俺に背を向けてボソッと呟いた。
「加野っち…」
「ん?」
「俺の事…好き?」
「えっ?」
「キス…してって言ったから…しただけだよね?」
「あ、いや…」
そりゃしてって言われたらしたし、好きか嫌いかで言えばもちろん好きだ。
いや、むしろ俺は間違いなく将吾が好きだ…
だけど相手は生徒…
今更私情を挟んじゃいけないような気がして、でも嘘はつきたくなくて言葉を選ぶ。
「…好きだよ。俺の可愛い生徒だもん…」
「…っ、そういうんじゃなくて」
「ごめん…俺な、生徒とはそーゆー関係にならないって決めてるの」
「…っ、じゃあなんで…っ」
そう言いかけて振り返った将吾はまた涙を浮かべてて、俺は自分自身が本当に嫌になる。
最低で卑怯で自分勝手で臆病で傷つくのが怖くて、それでも欲しくて…
マジでクズじゃん…
はぁ…っと己の不甲斐なさを溜息に漏らすと、それを自分への物だと勘違いしたのか、将吾がまた俺に背を向けてカバンを掴み出て行こうとするから、俺はその鞄を掴み将吾の足を止めた。
「帰るっ…もう来ない…っ!」
「待って!来てよっ!来て欲しい…頼む…っ、お願いだから…っ」
こんなの完全に俺のわがままだ。
受け入れられないと言いながら、それでも離れたくはなくて離したくなくて、後ろから将吾を抱きしめながら、ここに来てもらう為の口実を必死に考える。
「またさ?前みたいに具合悪くなったら困るし、毎日健康観察するから。だからちゃんと来て?…頼むから…な?」
「んだよそれ…」
「心配だし…将吾が来ないと寂しいじゃん…っ」
これが今できる俺なりの精一杯の誠意であり、愛情表現。
特別な関係にはなれなくても、離れて行ったりはしないで欲しい…
そう思って抱きしめた腕に力を込めた。
すると観念したのか、将吾の手が俺の腕をギュッとつかんだ。
「んぅ…わかったよ…////」
「ありがと…」
「その代わり…また、して…くれる…?」
その言葉が衝撃過ぎて、冷静を装いながらも心臓が口から飛び出るかと思った。
振り返った将吾と目が合うと、期待と不安を纏って揺れる潤んだ瞳が俺を捉えて離さない…
出会った時から可愛くて、どっか儚くてほっとけないやつではあったけど、やっぱりこんな感情…初めてかもしんない。
「あぁ…そうだな」
そう言って頭を撫でてやると、やっとニコッと笑ってくれたから、また将吾の背中にもたれながら抱きしめた。
でも、マジで本気にならないように気をつけなきゃ。
将吾を傷つけないためにも―――
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