放課後の保健室でKissして?

むらさきおいも

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将吾との出会い

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その日も深夜まで仕事を熟したエドアルドが湯浴みを終えて寝室へと戻ると、クラリーチェが燭台の明かりを頼りに読書をしていた。

「日中はまだ気温が高いとはいえ、夜はだいぶ冷える。早めに休んだ方がいい」

エドアルドは椅子に掛けられていたクラリーチェの羽織物をそっと彼女の肩へと掛けた。

「………!………エドアルド様………?いらっしゃっていたのですね?…………その、申し訳ございません。読み始めたら止まらなくなってしまって…………」

クラリーチェは驚いたように顔を上げた。
どうやら本に夢中になり、エドアルドが部屋に入ってきたことにすら、気がついていなかったらしかった。

「いや、構わない。寧ろ邪魔をして悪かった。…………しかしその本の何がそんなにあなたを夢中にさせるんだ?」

気にしていない素振りを見せながらも、どこか不機嫌そうな顔をしているエドアルドに、クラリーチェは苦笑した。
まさか、本にまで嫉妬するとは思っていなかったからだ。

「これは、各国に残されている伝承を纏めたものなのです。中でも流星に関するものが興味深くて、つい没頭してしまいました。エドアルド様は流れ星に願い事をする、という風習をご存知でしょう?」

流れ星を見たら、その流れ星が消えてしまう前に願い事をすると、その願いが叶うーーー。
それは、キエザ王国に限らず周辺諸国では広く知られている風習だった。
エドアルドは素直に頷く。
するとクラリーチェは柔らかな笑みを浮かべた。

「そうですよね。………でも、何故そんな言い伝えが出来たのかは、ご存知ですか?」
「いや、考えたこともないが………」

エドアルドは首を傾げながら、クラリーチェの向かいにある椅子へと腰を下ろした。

「この本によると、天上にいらっしゃる神が、下界の様子を眺める為に一瞬だけ天界を開けるのだそうです。この時に零れた天の光が流れ星となって流れ落ち、この時に願いごとを唱えれば、その希望は神の耳に届き、神は願いをかなえてくれるという話が、その言い伝えの由来なのだそうですよ」

クラリーチェは丁寧に本を閉じる。
そして、向かいに座るエドアルドに微笑みかけた。

「実際は流れ星というのは、空の星の欠片が燃え尽きる瞬間の姿だと言われていますが、その一瞬に願い事をするという風習を考えた方の発想は、本当に素敵だと思います」

そう囁くと、ロマンチックな風習を考え出した先人に思いを馳せるかのように、窓から見える夜空を見上げた。

「あっ…………!」
「どうした?」

突然小さな声を上げたクラリーチェに、エドアルドは驚いて立ち上がった。

「今、流れ星が…………!」

やや興奮した様子で、クラリーチェは夜空を指さした。
偶然にも彼女が空を見上げた瞬間、流れ星が流れたのだ。

「私、流れ星が流れるのを、初めて見ました!本では『瞬きをするより僅かに長い位の時間で消えてしまう』と書いてありましたけれど、本当にその通りなのですね」

まるで少女のように目を輝かせるクラリーチェに、エドアルドは驚きつつも笑顔を見せた。

「流れ星を見たことがなかったのか?………では、あなたが初めて流れ星を見た場面に立ち会えた私は幸せ者だな」
「………まあ、エドアルド様ったら………」

聞いている方が恥ずかしくなるような言葉を掛けられ、クラリーチェははにかむ。
そして同時に、この歳になっても流れ星を見たことがなかったことが珍しいことなのだと気がついた。
振り返ってみると、クラリーチェはエドアルドに救い出されるまで、心理的にも物理的にも、夜空を観察するような余裕は一切なかった。
あのままの生活を送っていたら、一生流れ星など見ずに終わっていたかもしれない。
そう思うと、エドアルドには本当に感謝しかなかった。

「………ところで、願い事はしたのか?」

クラリーチェが感傷に浸っていると、落ち着きを取り戻したエドアルドが尋ねてきた。

「あ………。そんな事、すっかり忘れていました………。本当に一瞬のことなのですもの…………」

がっくりと肩を落とすと、エドアルドの笑い声が聞こえてきた。

「そんなに落ち込むほど、叶えたい願いでもあるのか?」
「いえ、そういう訳では無いのですが………」

願い事、と言われても、クラリーチェはピンとこなかった。
今という時が幸せ過ぎて、これ以上望む事が見つからなかったのだ。

「………強いて言うのなら、『この幸せが、ずっと続きますように』、でしょうか………」

少し難しい顔をしながら呟くと、驚いたようにエドアルドが水色の瞳を見開いた。

「………実は、私も同じことを考えていた」
「え?」

思いも寄らない告白に、今度はクラリーチェが目を見開いた。

「あなたと共にあるこの幸せが、ずっと続くようにと………、私は強くそう思った」

エドアルドがそう言いながらクラリーチェと同じように夜空を見上げた、まさにその時。

深い藍闇のビロードの上に宝石を散りばめたような綺麗な夜空を、一筋の閃光が切り裂いていくのがはっきりと見えた。

「あ…………!」

再び、クラリーチェが小さく声を上げる。
その時にはもう、流れ星は姿を消していた。

「エドアルド様………。………今…………」

偶然にしてはあまりにも出来すぎた事態が信じられず、呆然とクラリーチェが呟く。

「………ああ。流れ星に願い事が出来たようだな」

エドアルドは一度目を瞬くと、にやりと笑った。

「所詮はただの言い伝えだが、………悪い気はしない」

流石は全てを持ち合わせた絶対君主、と納得したくなるような表情にクラリーチェもつられて笑う。

「そうですね。でも、………ただの言い伝えでも、私は本当だと信じたいです」

手にした本の表紙を、そっと撫でると、クラリーチェはエドアルドに向き合う。

「ずっと、エドアルド様と居たいですから」
「クラリーチェ…………」

エドアルドは堪らない、といったように椅子から立ち上がると、いきなりクラリーチェを抱き上げた。

「きゃっ…………!」

突然の事に、クラリーチェは小さく悲鳴を上げるが、エドアルドはいたずらっぽい笑みを浮かべただけだった。

「流れ星が流れた時は、天上の神が下界を見に来ているんだろう?ならば私達の想いが本物だという事を神に知らしめれば、言い伝えに関係なく、神も私達の願いを叶える気になるだろう?」
「で、でも、天上の神のくだりもただの言い伝えで………」

クラリーチェは必死に訴えるが、エドアルドの耳には全く届いていない様子だった。

「覚悟はいいか、愛しい妃よ」

そのまま、エドアルドによって広い寝台へと運ばれる事に、恥ずかしさと、淡い期待が胸に湧き上がるのを感じながら、クラリーチェは顔を赤らめ、小さく頷いたのだった。
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