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異世界に落ちちゃいました

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 大陸の北の外れにある人が踏み入る事すら不可能な深い深い森の奥。灰色の煉瓦で出来た三階建ての丸い塔が存在している。
 自然豊かな地にポツンと建つこの塔には、黒髪に黒曜石の瞳を持つ、全身黒づくめの少女一人……と、何人? 何匹? 何体? かの存在? が大勢住んでいた。

「マナー大変だーーーっ!」
「ん~? どうしたの、クー」

 叫びと共に三階の窓から飛び込んできた三頭身。空色のつぶらな瞳を持つ小人のようで、瞳と同じ色のチュニックにズボン、三角帽子を被っている。まるで、色違いのピーターパンのようだ。
 マナと呼ばれた黒いワンピースを着た少女は慣れているのか、叫びに対して慌てる事もなく読んでいた本を閉じて空色三頭身のクーを見た。

「ドリーが落ちて怪我をした!」
「…………はぁ~…………」

 思わず、といった感じで零れる溜め息。マナはこめかみを右手で押さえながら左手を腰にあて、疲れた様に零す。

「また……空を飛ぼうとして失敗でもした?」
「そう!!」
「……樹の精霊が何無駄な事やってるの」

 自分が司る樹の高さより上を飛ぶ事なんて出来ないでしょうが。
 呆れはするが、怪我をしたというのなら放っておく訳にもいかない。精霊の傷は自然へと返る。折角の快適な引き籠り場所を害したくはない。
 スタンドに掛けてある黒い三角帽子を被り、窓枠に立て掛けていたほうきを手に取ると、マナはためらう事無く窓枠に足をのせた。

「クー。ドリーが居るのはどこ?」
「長老の樹の近く! 案内するー」

 窓から飛び出していくクー。それを追って、マナは三階の窓からひょいっと飛び降り――上手く箒に乗り浮かぶ。「世話が焼けるなぁ」とぼやきながら、悠々と空を飛びクーの後を追い掛けた。
 目的地は長老の樹と呼ばれる樹齢千年を越す巨木。目的は怪我したドリーの治療。

 * * * * *

 箒で空を飛び、真っ黒い服を着たマナと呼ばれる少女。ご想像通りというか、捻りがないというか、指摘するまでもない、典型的な『魔女』である。
 本人は自分を『魔法使い』と呼ぶか『魔女』と呼ぶか、どうでも良い事で真剣に悩み、「魔女の方が何となく悪っぽくて恰好良いよね!」とかいう理由から『魔女』と名乗り出した。自称ではないのは空を飛んだ事からも推察できるだろう。
 そしてこのマナ。約二カ月前にに来たばかりのである。

 * * * * *

 二カ月前の事。学校帰りに本屋へ寄り、お気に入りの作者の新刊を購入した高校二年生の沢真奈美ことマナ。
 マナはカバンを背負い、人通りの少ない――というか全くない道を態々わざわざ選び、買ったばかりの新刊を読みながら歩いていた。十六歳という年齢である以上、危ないのは承知の上。だが、読みたいという誘惑に勝てなかったマナは、それらの倫理観を無視していた。
 慣れた道――つまり、それだけ同じ事を繰り返しているという事だが――を黙々と読みながら歩き、ページを捲ったその瞬間。

「――!?」

 踏み出した足は地面に着く事無く沈み、体が落ちる。
 前も足元も見ていなかったのだ。ある意味、自業自得。

「ええええええええぇぇぇぇぇぇ!!?」

 ドップラー効果。マナは自分の叫びをどこか遠くに聞きながら落ちていく。どんどん、どんどん、どんどん、落ちていく。

「……あれ?」

 いつまで、どこまで落ちていくの?
 落ちる事に慣れてしまうくらいずっと落ちている為、マナは自分の状況に首を傾げる。落ち続けるなど物理的に可笑おかし過ぎる。それでも、慣性の法則は生きているようで、落下速度は変わっていないように思える。
 あまりにも落ちるのに慣れてきた為、マナは周りを見回してみる。四方八方、青・青・青・時々白。穴に落ちた筈が、何故か空を落ちているようだ。

「もしかして……小説定番の異世界トリップ!?」

 ファンタジー小説やゲームが好きなマナ。穴に落ちたら空だった事からそう結論付け、嬉々として周囲を見渡している。自分の状況を本当に分かっているのか疑問である。
 そうして、器用にも空中で体を回転させ、下を見て――

「!!!」

 ――遥か彼方ではあるが真下に陸地が見え、初めて青褪める。
 まずいです。このまま落下すれば、間違いなくスプラッタ。生きる事すら無理。
 それに、こんな上空で普通に息をして声を出している不思議。やっぱりファンタジー?
 マナ、パニクッてます。

「うひゃあぁ!!」

 奇声を上げ、重力に逆らう様に手足をバタつかせるが無駄。落下速度は一定のままです。

「いやあぁ! 止まってぇーーーーーー!!!」

 ギュッと目をつむり、思わず叫ぶ。
 止まってと言って落下が止まる訳ないと分かっているが、人間、パニックになると常識など頭から綺麗さっぱり消え去る。それ故、マナの叫びはある種のパニックの極みと言えるだろう。

「――――……」
「――……」
「……」
「?」

 しばらく経って、マナは違和感に襲われた。もう結構な時間が経つのに、体への衝撃が全くない。
 もしかして空中で気絶してそのまま地面にドン? もう死んでて、ここってあの世?
 恐る恐る目を開けると――

「!?!?」

 青空のど真ん中。何もない空間にマナは浮いていた。

「え!? え!? えっ!!?」

 上下左右を必死に確認する。下以外、変わり映えのしない青空。

「もしかして……『止まって』って言ったから止まってくれた?」

 そんな漫画みたいな。
 あはは~と、引きつった笑いがマナの口から零れる。何これ。何なのこれ。どうしろっていうの!?
 もう一度、上を見て下を見て、右を見て左を見たら。

「……」
「……」

 三頭身の青い服を着た両手を合わせたくらいの大きさのちっちゃいお爺ちゃんと目が合いました。ええ、それはもうばっちりと。

「ほっほ~。珍しいの。こんな上空まで魔法で飛んで来れる人間が居るなど」
「……え?」

 今、魔法って言った?
 ぱちくりとマナ眺めると、お爺ちゃんが笑い出した。

「ほっほっほっほ。ワシは空の精霊。どうじゃ、一緒に空の散歩をせんか?」
「あの……」

 空中散歩に誘われちゃいましたよ! どうしよう!? ――ではなく。
 マナは空の精霊と名乗ったお爺ちゃんの青い瞳をジッと見詰める。

「あの……私、どうしてここで浮いてるのか、分からないんです」
「ほう?」
「穴に落ちて、気が付いたら空から下に落ちてて……」
「ほうほう」
「『止まって』って言ったら、こんな事になってて……」
「なるほどのう」

 お爺ちゃんはうんうんと頷くと、小さな手をズビシッとマナに突き付けた。

「つまりお主は、異世界からの迷い人という事じゃな」
「迷い人?」
「そうじゃ。時々居るんじゃよ。偶然出来た世界の境目に落ちてこの世界へ来る者が」
「え!? 落ちてくるの?」
「イヤイヤ。その人によって、この世界への進入の仕方は違うのじゃよ。他の精霊から聞いた話では、溺れていた者もおれば、何故か転んだ者、他人を下敷きにした者等、様々じゃよ」

 ――進入の仕方、碌なもんじゃない!
 ビシリッと固まるマナを気にせず、お爺ちゃんは続けます。

「お主の場合、魔力が強かった為にこの様な事になったのじゃろうな」
「え?」
「魔力が強い者は、大抵の珍事に対応出来る。それゆえ、世界の介入が最小限となり、そのままポイッと放り出されたのじゃろう」
「放り出すなーーーーーー!!!」

 思わずツッコミ、叫ぶマナ。
 そんなマナを愉快そうに眺め、お爺ちゃんはポンポンとマナの頬を触った。

「ほうほう。面白い人間じゃな。どうじゃ。ワシ等と共に暮らさんか?」
「は?」
「魔力の強い者は貴重じゃからな。このまま人の世界に下りれば、大事にはされるが戦争等の厄介事にも巻き込まれる事になるぞ?」
「え、それはイヤ」
「そうじゃろそうじゃろ。だが、ワシ等精霊と共に暮らせば、そんな煩わしい事は全くない。どうじゃ? 素晴らしいじゃろ?」
「うん、そうだね……」
「魔法は『いめーじ』次第で何でも出来るそうじゃ。お主ほど魔力があれば、家を作るのも、着物を作るのも簡単じゃろう。ワシ等と居れば、食べる物に困らんぞ」
「イメージ次第で何でも出来る……衣食住に困らない……」
「どうじゃ?」
「その話、乗ったーーーーーー!!!」

 お爺ちゃん、マナの勧誘に成功。
 だが、リスクについては説明なし。マナ本人も気付いていない。これで良いのか、現役女子高生。

「ここより北に、精霊の住む森があるんじゃ。そこで共に暮らそう。さあ、北へれっつごーじゃ」
「えっと……どうやって行けば……」
「うむ? 飛ぼうと思えば飛べるじゃろ」
「あ、そっか」

 軽い、軽すぎる。本当に、それで良いのか現役以下略。
 そんな心配などする必要もなく。意気投合(?)したマナとお爺ちゃんは仲良く北へ向かって空の散歩。

 そうして着いた北の森で、マナはぽっかり空いた空間に、「物語では、森の中なら塔だよね!」という訳で自分が住む三階建ての塔を魔法で建て。
「魔法使いといえばローブ! でも恰好良くないからワンピースにしよう」と服を作り。
「魔女といえば三角帽子! 箒! 黒猫ー!」と騒いで猫以外を作り、猫は闇の精霊に変化するようねだり。

「マナー! 怪我したー!」
「また~?」

 という、いつの間にやら精霊のお医者さんな現在に至るのであった。
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