茜空

美緒

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本編 5

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Chapter.5

 気まずい気分を味わいながら、皐月君と並んで歩く。
 向かっているのは勿論、私の家。
 あんな事があっても、私と皐月君の予定(?)は変わらない。

「何か、悪かったな」
「え?」

 突然、皐月君に謝られ、私はその顔を見上げる。
 バツが悪そうな皐月君は、顔を顰めたままボソボソと話し出す。

「最近、あいつに絡まれてて、な……」
「うん」

 皐月君の言う『あいつ』とはさっきのヒロインの事だろう。
 あのビッチ振りからすると、相当しつこく皐月君に付き纏っていたのだろうと簡単に予想が付いた。

「ずっと無視していたんだが、突然今日になって、結城の事を悪し様に言い始めて」
「……」
「結城が悪いんだとか何とかわめいて、走り去って……嫌な予感がして結城を迎えに行ってみたら、あれだ」
「……それ、皐月君が悪い訳じゃないでしょう。あの人が、ただ、傍迷惑なだけで……」
「そうだけど……でも、あいつ、俺の名前を出していたし……意味解らないが、俺が関係しているんだろう? だから、ごめんな。嫌な思いしただろう?」
「だから! 皐月君は悪くないでしょ! 謝る必要なし!」

 行儀が悪いと分かりつつ、私はビシッと人差し指を皐月君に突き付ける。
 皐月君は驚いた様にその指を見て、私を見た。

「お互い、訳の分からない事で嫌な思いをした。だったら、ああいう変な人の事はさっさと忘れるに限る! それが一番建設的な方法なの!」
「……暴論」
「暴論で結構! 私は、何も悪くない皐月君が謝る事なく、嫌な思いをしない方が大事!!」
「――!」

 きっぱりはっきり言い切った途端。私の身体はぬくもりに包まれた。

 ……わ、私……また・・皐月君に抱きしめられてるっ!?

「さっ、皐月君っ!?」

 微かに自由になる手で皐月君の身体をパシパシと叩くけど、皐月君の腕の力は弛まず、さらに強くなっていく。

 ぎゅうっと抱き締められる中でふと気付く。
 夕闇迫るこの場所は――奇しくも、アースを拾った場所だった。

「最初は――変な奴だと思ったんだ」
「は?」

 え? さっきまでの話の流れ的にヒロインの事ですか!?

「話した事もないのに、突然声を掛けてきて、仔猫を拾って良いかと俺に聞いてきて……」

 違った。
 え? あれ? 何故突然、私の事を話し出すの!?

「仔猫の名前を決めて、嬉しそうに笑った時――その笑顔に見惚れた」

 ――は?

「頼る者が誰も居ないのに仔猫を飼うと言うから気になって……結城を探して、声を掛けた」

 あれって、わざわざ私を探して声を掛けてきたんだ……。

「話が聞けて、アドバイスでも出来れば良いと思っていたんだが……まさか家に誘われるとは思ってもみなかった」

 耳元で微かに笑う息遣い。うう……くすぐったいです。
 って、ちっがーーーう!! くすぐったいじゃないでしょ、私!

 何なの、これ! 何のシチュなのよ!!
 というか、何で私は皐月君に抱きしめられてる訳!? 心臓バックバクで落ち着かないから放してほしいんですけど!?

 自分の体を包む熱に私の思考はショート寸前。どうしよう、どうしようと考えていたら、首筋にサラッとした感覚が滑る。
 息とは違う、さらさらが増したくすぐったさと、角度の変わった皐月君の身体の位置。皐月君の顔が私の顔の真横に――!?

「う、うにゃあああああぁぁーーーーーっ!??」

 思わず、妙な叫び声? を上げて皐月君の身体を力いっぱい押し退ける。
 そんな事をされるとは思っていなかったのか、皐月君はあっさりと離れ、ポカンとして私を見ている。 

「結城?」

 麗しい尊顔が少し傷付いた様に私を見ているけど――。

 ちょっと待ってよ! この展開に私の頭はまったく追い付いてないんだから。
 ねえ。何でこんな事になったの? 今、何が起きようとしてたの?
 傷付いた様な顔されても、意味が分からないんですけど――!?

「あう、あう、あう」

 訊ねようと思って口を開くけど言葉にならず、妙な音だけが零れでる。
 皐月君は、そんな私の様子をまじまじと見て、言葉を聞いて――。

「ぷっ」

 お、思いっ切り噴き出した―――――!!!
 身体をくの字に折り曲げて大爆笑してるんだけど、何なのよー!?

 はくはくと口を開閉して、何とか呼吸を繰り返し、落ち着こうとするけれど。
 私のそんな努力を無にするように、皐月君が笑いながら――妙に優し気なのは何故!? ――私に近付き、頭を撫でてきた。

「……結城が好きだ」
「はうっ?!」

 変な言葉が出たのは許してほしい。だって、息を吸った瞬間に意外な事を言われちゃったんだから、まともに返せる筈がない。
 再びはくはくと口を動かしていると、頭を撫でていた手が下に滑り、温かな手の平が私の頬を包む。

「結構ストレートにアプローチしていたつもりだったが……気が付いていなかったんだな」

 ――へ?

 ――アプローチ?

 その瞬間。今日の友人達の言葉が頭に浮かぶ。

「茜ってば激ニブ」
「皐月君、かなり分かりやすいよね」
「うんうん」

 あ、あれって、これの事ーーーーー!!?

「……最初は『アース』目的だったが、今は『アース』の方が口実なんだけど?」

 どこか面白そうに、でも、妙にムズムズする、恥ずかしくなる眼差しを私に向けてくる。

「返事は……この時点では無理か?」

 ――――――っ!!

 そ、そんな事言われても、モブだと思い出した時点で、全て諦めた訳で……。

 ……。

 …………ん?

 ………………あ、あれ?

 わ、私……

 ……『諦めて』……た?



 そう。それが『答え』。
 私ってば、無意識にしろ、意識的にしろ、皐月君を『そういう風に見る』事を止めようとしていた訳で。
 でも、そうしようとしている時点で……手後れ、だよねぇ。

 パニックになっていた頭がスッと冷えていく。
 私の変化に皐月君も気付いたのか、頬を包む手が緊張するのが分かった。

 私は、目の前に居る皐月君を見上げる。その顔も瞳も……予想以上に真剣だった。

「……本当、に……?」

 こんな事で嘘を吐くような人じゃないと分かっている。
 それでも、どうしても信じきれなくて尋ねれば、力強い首肯が返された。

「結城は……嫌かもしれないが……俺は君が好きだ」

 再び、皐月君が言ってくれた。
 だからじゃないけど。
 私も、素直になろう。

「……嫌なんかじゃ……嫌なんかじゃないっ!!」

 込み上げてくる思いをそのまま叫び、皐月君に向かって手を伸ばす。
 皐月君は――驚いた様に少しだけ目を丸くした後、蕩ける様に、嬉しそうに笑って私の手を取った。
 ううう……その笑顔、反則。
 恥ずかしくなって俯くと、皐月君がそっと、私を引き寄せ。

「好きだ」
「……」
「結城が……が好きだ」

 再び、包み込まれる。
 私が恐る恐る顔を上げれば、碧眼が優しく細められ。その真摯な眼差しは、嘘偽りなどない事を如実に伝えてくれて。

 ――私の顔に、笑みを浮かび上がらせる。

「うん。私も、皐月君が……と、統也君が好き、だよ」

 素直な告白の言葉を伝えた途端。自分の顔が熱を持ったのに気付く。
 皐月君――統也君の瞳の中には、真っ赤になった自分の顔が映っていて、私の羞恥を煽る。

 も、ダメ。無理!

 恥ずかしさに耐えきれず、再び俯こうとした私の顔を、統也君の手が優しく、だけど有無を言わさず押し留め。
 淡いオレンジから茜、藍へと変わる空の下。

 ――二つの影が一つとなった。
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