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「ディアナ様。ドレスや髪型はどうなさいますか?」
「……任せます」
私の返事を聞いた途端、周囲に居たメイド達から嬉しそうな声が上がりました。
青白銀の髪に深い藍色の瞳を持つ私は、華やかで煌びやかな社交界があまり好きではありません。その為、フリスフォード王国の三大侯爵家と言われる我がクリストハルト家に勤められる程優秀なメイド達はその腕前を揮う機会が少なく、こうして、どうしても出席しなければならないパーティの時等は本当に嬉しそうに私を着飾ってくれます。私がいつも全て任せるので、彼女達からすれば腕の揮い甲斐があり、とても楽しいようです。
その力量はかなりのもので、メイド達の手により『完璧な侯爵令嬢』へと変身した私は社交界からは『月の姫』等と呼ばれています。
「今夜のパーティは、婚約者であらせられるオスカー殿下の帰国祝いです。普段もお美しいディアナ様をいつも以上お綺麗にし、惚れ直して頂かなければ」
私付きのメイドであるサラがドレスを選びながら楽しそうに笑います。
私はその言葉を聞き――心臓がキリキリと痛みました。
私、ディアナ・クリストハルトは転生者です。最も、日本に住んでいた女であるという事以外、小説やゲーム、テレビ等々、前世の私自身には全く関係ない物語みたいな記憶しかない為、今の私に影響はない――筈でした。
昔は現世にはない様々な物語を見返して楽しんでいたのですが、ある日、気が付いてしまいました。その物語のひとつと現世が似ていると。
きっかけは、フリスフォード王国の第2王子で私の婚約者であるオスカー殿下が見聞を広げる為、留学する事になったとお父様から聞いた時でした。
その留学先であるシズーン国の名を聞いた瞬間、私の頭の中にある乙女ゲームのオープニングから様々なエンディングまでが怒涛の如く押し寄せてきました。
そう、私の婚約者であるオスカー様は、その乙女ゲームの攻略対象だったのです。
シズーン国にある学院に見聞を広め、次代と友好関係を築く為に遊学してきたオスカー・フリスフォード殿下。
次期国王である兄王子を助ける為、外交分野を担おうと努力していましたが、その兄王子が流行り病に倒れ、もしかしたら自分に王位が回ってくるかもしれない事態となってしまいました。
外交を担えるくらい明るく社交的なオスカー様ですが、その根幹はかなり真面目な為、苦悩します。自分は兄を補助する事しか考えてこなかった。いまここで兄がなくなったらどうすれば良いのか、と。
結果的に兄王子は無事に回復しましたが、その悩みに気付き、相談に乗るのがヒロインです。そうやって様々な事で交流を深め、次第にお互いが惹かれ合っていきます。ですがオスカー様には8歳の時から、国が決めた婚約者がいました。
それを知ったヒロインは身を引こうとし、ヒロインが離れていこうとした事で、オスカー様はヒロインを本気で愛してしまっていた事に気付きました。
オスカー様は国王陛下等、国の重鎮達を一生懸命説得し、婚約は解消され、ヒロインと結ばれる。それが、オスカー様のストーリーです。
そして、この『国が決めた婚約者』が私です。
ストーリーの中では名前すら出てこない国にいる婚約者。あっさりと捨てられてしまうモブ。自分の立ち位置を理解した時、背筋が凍る思いでした。
だって私は――オスカー様と交流を深めるうちに、その不器用なまでの真面目さも、努力家な所も、笑うと年齢より少し幼く見えるお顔も、本当に、好きになっていたのです。
私がオスカー様の留学を知ったのは、出発まで一カ月を切った時でした。
国として決め、手続きを済ませてからの発表だった為、婚約者とはいえいち臣下でしかない私ではそのタイミングで父より聞かされる事でしか知る事が出来ませんでした。
オスカー様自身は留学準備の為に忙しく、直接お会いして留学する旨を告げられたのは、ゆっくり出来るのは今日が最後かもしれないと言うオスカー様と共にティータイムを楽しんでいる時。それは出発の一週間前でした。
私に何が出来るでしょう。行かないで欲しい、もしくは連れて行って欲しい。そんな事は言えません。
留学先へ向かうオスカー様の背を見送り、祈る事しか出来ませんでした。
オスカー様は勉学の為に留学された為、余程の事が無い限り3年間は戻ってきません。ですから、定期的に手紙の遣り取りをしていました。
オスカー様は手紙で留学先で流行っている物や事、様々な事が知れて楽しい等という事を書いてきました。私も、今、この国で流行っている物や事、私が知り得る情報等を書いて送っていました。
しかし、ゲームのストーリー通り、王太子である第1王子殿下が流行り病で倒れられた事で事態は急変しました。
国の学院にて学び、医術の心得があった私は王太子殿下の治療にあたっている王宮医師の手伝いの為に王宮へ行く事が増えました。その旨を手紙でオスカー様に伝えると「兄を頼む」という返事が来て……。
忙しい中でもオスカー様へ手紙を書き、王太子様の容体等をお伝えしていました。
最初は回復している事を喜んでいる様な内容の手紙が届いていたのですが、いつの間にか手紙が届く回数は減り、今はもう、ありません。
手紙が途切れた時、忙しいだけだと思おうとしました。ただ物語と似ているだけだと思おうとしました。
ですが、国名、殿下の名前、王太子様の病気等、覚えている乙女ゲームの内容等と一致する部分が多く、私の中でどうしても『乙女ゲームのモブ転生』疑惑を捨てる事が出来ませんでした。
密かにオスカー様の事を調べてもらい、その結果、この世界が『乙女ゲームの世界』である事を確信する事になりました。そして、『乙女ゲームの理不尽さ』に絶望しました。
オスカー様はヒロインと仲良くなっていたのです。
私とオスカー様の仲は悪くなかったと思います。
物語系の記憶しかないとはいえ、その物語だけでも、何をすれば嫌がられるかは分かりました。
どうすれば好かれるかではなく、パートナーとして良い関係を維持したいと、自分の恋心を必死に押し隠し、オスカー様の助けに成れる様、共に学び、共に悩み、共に悲しみ、時には笑い、喜び……政略結婚とはいえ、良好な関係を築けていたと思っていたのですが……。
私が婚約者として10年間掛けて築き上げたものは、留学期間終了の3年を待たずにあっさりと崩壊していました。
これを理不尽と言わず、何と言えば良いのでしょうか。
そんなある日の事でした。私宛に手紙が届きました。
差出人は、シズーン国のリリア。姓が書かれていませんので断言できませんが、ヒロインだと思われます。
ヒロインは乙女ゲームの例に漏れず、貴族としては下位にあたる男爵令嬢だった筈です。他国の、しかも最高位に近い侯爵令嬢の私に手紙を送る事等、本来なら出来ません。ましてや、届く事も本来ならありません。
嫌な予感がしながらも、確認しない訳にはいかず、開きました。
『わたしは、オスカー様を愛しています。オスカー様もわたしを愛していると言ってます。なので、婚約の解消をして下さい』
我が家の使用人達は憤慨しました。何様のつもりだ、と。
お父様、お母様、お兄様方、弟は顔を強張らせました。
他国から届く手紙や他国へ送る手紙は、スパイ行為や情報漏洩等を防ぐ為、必ず王宮官吏等にによって検閲されます。
それなのに、このような手紙がクリストハルト侯爵家へ届くという事は……。
お父様は急ぎ、三大侯爵家の残り二家に連絡を取りました。国を支える為、三大侯爵家は良き関係をずっと続けており、より良い国家運営をする為に、何かあれば相談し合っていたからです。
手紙の内容を知り、三大侯爵家の現当主、前当主、次期当主が集まり、話し合いました。
結果として、王家は婚姻の約束を蔑ろにしている。誠意を持って説明し、婚約の解消を願うのではなく、他者の手紙を見逃す事で婚約破棄を迫る等、言語道断である。これを国家間でやられては、国の危機にしかならない、となりました。
三家の現当主達は、密かに先代国王陛下と連絡を取り、手紙を証拠として提示し、もし事前に何も言わず、誠意もみせずに婚約破棄をしようものなら、現国王に退位して貰うか、最悪の場合は反逆すると宣言し――受理されました。先代の国王陛下も、手紙の内容に激怒されたのです。
こうして秘密裏に工作がなされ、迎えたのが今日。オスカー様の帰国を祝うパーティです。
ゲームや物語では、ヒロインが幸せになって終わりですが、現実は違います。国の中枢に近くなればなるほど責任は増し、国に危機を招く等、許されません。それは王家とて例外ではありません。
国の、良識ある貴族達は見極めの為、このパーティに出席します。国王陛下やオスカー様が何を行い、何を言うのか。
事と次第によっては、現国王陛下の治世は終わりを迎え、先代国王陛下が復帰される事になります。
あの手紙を一方的に私へ送り付けてきたヒロインは何を考えていたのでしょう?
オスカー様はそれを知っていた? 知っていて見逃したのでしょうか?
国王陛下は何を考えているのでしょう?
様々な思惑を隠し、今、パーティの幕が上がります。
「……任せます」
私の返事を聞いた途端、周囲に居たメイド達から嬉しそうな声が上がりました。
青白銀の髪に深い藍色の瞳を持つ私は、華やかで煌びやかな社交界があまり好きではありません。その為、フリスフォード王国の三大侯爵家と言われる我がクリストハルト家に勤められる程優秀なメイド達はその腕前を揮う機会が少なく、こうして、どうしても出席しなければならないパーティの時等は本当に嬉しそうに私を着飾ってくれます。私がいつも全て任せるので、彼女達からすれば腕の揮い甲斐があり、とても楽しいようです。
その力量はかなりのもので、メイド達の手により『完璧な侯爵令嬢』へと変身した私は社交界からは『月の姫』等と呼ばれています。
「今夜のパーティは、婚約者であらせられるオスカー殿下の帰国祝いです。普段もお美しいディアナ様をいつも以上お綺麗にし、惚れ直して頂かなければ」
私付きのメイドであるサラがドレスを選びながら楽しそうに笑います。
私はその言葉を聞き――心臓がキリキリと痛みました。
私、ディアナ・クリストハルトは転生者です。最も、日本に住んでいた女であるという事以外、小説やゲーム、テレビ等々、前世の私自身には全く関係ない物語みたいな記憶しかない為、今の私に影響はない――筈でした。
昔は現世にはない様々な物語を見返して楽しんでいたのですが、ある日、気が付いてしまいました。その物語のひとつと現世が似ていると。
きっかけは、フリスフォード王国の第2王子で私の婚約者であるオスカー殿下が見聞を広げる為、留学する事になったとお父様から聞いた時でした。
その留学先であるシズーン国の名を聞いた瞬間、私の頭の中にある乙女ゲームのオープニングから様々なエンディングまでが怒涛の如く押し寄せてきました。
そう、私の婚約者であるオスカー様は、その乙女ゲームの攻略対象だったのです。
シズーン国にある学院に見聞を広め、次代と友好関係を築く為に遊学してきたオスカー・フリスフォード殿下。
次期国王である兄王子を助ける為、外交分野を担おうと努力していましたが、その兄王子が流行り病に倒れ、もしかしたら自分に王位が回ってくるかもしれない事態となってしまいました。
外交を担えるくらい明るく社交的なオスカー様ですが、その根幹はかなり真面目な為、苦悩します。自分は兄を補助する事しか考えてこなかった。いまここで兄がなくなったらどうすれば良いのか、と。
結果的に兄王子は無事に回復しましたが、その悩みに気付き、相談に乗るのがヒロインです。そうやって様々な事で交流を深め、次第にお互いが惹かれ合っていきます。ですがオスカー様には8歳の時から、国が決めた婚約者がいました。
それを知ったヒロインは身を引こうとし、ヒロインが離れていこうとした事で、オスカー様はヒロインを本気で愛してしまっていた事に気付きました。
オスカー様は国王陛下等、国の重鎮達を一生懸命説得し、婚約は解消され、ヒロインと結ばれる。それが、オスカー様のストーリーです。
そして、この『国が決めた婚約者』が私です。
ストーリーの中では名前すら出てこない国にいる婚約者。あっさりと捨てられてしまうモブ。自分の立ち位置を理解した時、背筋が凍る思いでした。
だって私は――オスカー様と交流を深めるうちに、その不器用なまでの真面目さも、努力家な所も、笑うと年齢より少し幼く見えるお顔も、本当に、好きになっていたのです。
私がオスカー様の留学を知ったのは、出発まで一カ月を切った時でした。
国として決め、手続きを済ませてからの発表だった為、婚約者とはいえいち臣下でしかない私ではそのタイミングで父より聞かされる事でしか知る事が出来ませんでした。
オスカー様自身は留学準備の為に忙しく、直接お会いして留学する旨を告げられたのは、ゆっくり出来るのは今日が最後かもしれないと言うオスカー様と共にティータイムを楽しんでいる時。それは出発の一週間前でした。
私に何が出来るでしょう。行かないで欲しい、もしくは連れて行って欲しい。そんな事は言えません。
留学先へ向かうオスカー様の背を見送り、祈る事しか出来ませんでした。
オスカー様は勉学の為に留学された為、余程の事が無い限り3年間は戻ってきません。ですから、定期的に手紙の遣り取りをしていました。
オスカー様は手紙で留学先で流行っている物や事、様々な事が知れて楽しい等という事を書いてきました。私も、今、この国で流行っている物や事、私が知り得る情報等を書いて送っていました。
しかし、ゲームのストーリー通り、王太子である第1王子殿下が流行り病で倒れられた事で事態は急変しました。
国の学院にて学び、医術の心得があった私は王太子殿下の治療にあたっている王宮医師の手伝いの為に王宮へ行く事が増えました。その旨を手紙でオスカー様に伝えると「兄を頼む」という返事が来て……。
忙しい中でもオスカー様へ手紙を書き、王太子様の容体等をお伝えしていました。
最初は回復している事を喜んでいる様な内容の手紙が届いていたのですが、いつの間にか手紙が届く回数は減り、今はもう、ありません。
手紙が途切れた時、忙しいだけだと思おうとしました。ただ物語と似ているだけだと思おうとしました。
ですが、国名、殿下の名前、王太子様の病気等、覚えている乙女ゲームの内容等と一致する部分が多く、私の中でどうしても『乙女ゲームのモブ転生』疑惑を捨てる事が出来ませんでした。
密かにオスカー様の事を調べてもらい、その結果、この世界が『乙女ゲームの世界』である事を確信する事になりました。そして、『乙女ゲームの理不尽さ』に絶望しました。
オスカー様はヒロインと仲良くなっていたのです。
私とオスカー様の仲は悪くなかったと思います。
物語系の記憶しかないとはいえ、その物語だけでも、何をすれば嫌がられるかは分かりました。
どうすれば好かれるかではなく、パートナーとして良い関係を維持したいと、自分の恋心を必死に押し隠し、オスカー様の助けに成れる様、共に学び、共に悩み、共に悲しみ、時には笑い、喜び……政略結婚とはいえ、良好な関係を築けていたと思っていたのですが……。
私が婚約者として10年間掛けて築き上げたものは、留学期間終了の3年を待たずにあっさりと崩壊していました。
これを理不尽と言わず、何と言えば良いのでしょうか。
そんなある日の事でした。私宛に手紙が届きました。
差出人は、シズーン国のリリア。姓が書かれていませんので断言できませんが、ヒロインだと思われます。
ヒロインは乙女ゲームの例に漏れず、貴族としては下位にあたる男爵令嬢だった筈です。他国の、しかも最高位に近い侯爵令嬢の私に手紙を送る事等、本来なら出来ません。ましてや、届く事も本来ならありません。
嫌な予感がしながらも、確認しない訳にはいかず、開きました。
『わたしは、オスカー様を愛しています。オスカー様もわたしを愛していると言ってます。なので、婚約の解消をして下さい』
我が家の使用人達は憤慨しました。何様のつもりだ、と。
お父様、お母様、お兄様方、弟は顔を強張らせました。
他国から届く手紙や他国へ送る手紙は、スパイ行為や情報漏洩等を防ぐ為、必ず王宮官吏等にによって検閲されます。
それなのに、このような手紙がクリストハルト侯爵家へ届くという事は……。
お父様は急ぎ、三大侯爵家の残り二家に連絡を取りました。国を支える為、三大侯爵家は良き関係をずっと続けており、より良い国家運営をする為に、何かあれば相談し合っていたからです。
手紙の内容を知り、三大侯爵家の現当主、前当主、次期当主が集まり、話し合いました。
結果として、王家は婚姻の約束を蔑ろにしている。誠意を持って説明し、婚約の解消を願うのではなく、他者の手紙を見逃す事で婚約破棄を迫る等、言語道断である。これを国家間でやられては、国の危機にしかならない、となりました。
三家の現当主達は、密かに先代国王陛下と連絡を取り、手紙を証拠として提示し、もし事前に何も言わず、誠意もみせずに婚約破棄をしようものなら、現国王に退位して貰うか、最悪の場合は反逆すると宣言し――受理されました。先代の国王陛下も、手紙の内容に激怒されたのです。
こうして秘密裏に工作がなされ、迎えたのが今日。オスカー様の帰国を祝うパーティです。
ゲームや物語では、ヒロインが幸せになって終わりですが、現実は違います。国の中枢に近くなればなるほど責任は増し、国に危機を招く等、許されません。それは王家とて例外ではありません。
国の、良識ある貴族達は見極めの為、このパーティに出席します。国王陛下やオスカー様が何を行い、何を言うのか。
事と次第によっては、現国王陛下の治世は終わりを迎え、先代国王陛下が復帰される事になります。
あの手紙を一方的に私へ送り付けてきたヒロインは何を考えていたのでしょう?
オスカー様はそれを知っていた? 知っていて見逃したのでしょうか?
国王陛下は何を考えているのでしょう?
様々な思惑を隠し、今、パーティの幕が上がります。
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