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第十話「魔女は虎視眈々と・・・」
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「つまらないこと言うならもう帰って遅れ!」
美琴の怒鳴り声に反応して駕籠の鳥が騒ぎだす。ドードーという南蛮の鳥であるというらしいが、買い手がつかず何羽もの鳥が合唱していて寒多郞と源之進の耳を塞ぐほど苦しめた。
ドードーをはじめマイニラより輸入された品々がならぶ店内は異国にさまよった心地になると言う客のうわさは確かで、焚かれたお香がよりそれを刺激させた。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。このひと月のあいだに美琴の店の得意先が何人も行方をくらませている。それも美琴の取引があった業者の担当ばかりだ。
店を出ると源之進はクイクイっと指をさした。裏口にまわろうという合図だ。
裏手には森林のようにビッシリと蔦が茂っていたが、強引にそれを掻きわければ、木造の引き戸があらわれる。
「よく知っていたな。そんな隠し扉を」
「これも与太郎が教えてくれたことさ」
与太郎は源之進と同じく奉行所勤めで源之進が着任する以前は彼が美琴の店の調査を行っていた。時折、舶来品であろう青磁器の水差しや西洋の焼菓子などを土産に持ってくることがあり、世話になったことをよく覚えている。
「変わった土産物を持ってくる男だな」と寒多郞は苦笑する。
「それだけ、あの女との関係は良好だってことだ。だから、彼も行方をくらましたのが悔やまれる」
裏口は洞窟のような暗い通路が続いていて、突きあたりに腐りかけの梯子階段が下の穴を通すように垂れ下がっていた。ぬるりとした握るのも躊躇する湿り気のある木の梯子であったが、ふたりは降りた。
足を踏み外さないように慎重に進むと暗い通路が続いていたが、通路を確認できる明かりが奥の空間から差していた。足早にそこまで進み光が発する室内を覗き込む。
そこには身の丈、十尺は超える大きさの四つ足のケモノが毛繕いをしつつこちらを睨んでいた。皮膚は青紺の縞模様がマダラに広がっており鮮やかだが、毒々しさを感じる色合いで、寒多郞たちもそれを見て思わず視線を逸らした。
「いまのを見たか?」
「あぁ!しかしあれは虎なのか?あれほどの大きさのものはみたことはない」
「まぁ、一休さんには出る幕はないか・・・」
ふたりの結論は一旦退却でまとまっていた。
しかし、暗闇に消える人影を虎は認めず巨虎は「グオォォォォーーーッ」と声を上げた。
それに反応して、退路である梯子付きの穴は崩れ去り通路は鉄格子で覆われた。
(罠にはまったか・・・)
虎の室内は鉄製で覆われておりそれ自体が巨大な檻である。その周りにはドードー鳥のほか、コブラやジャッカルの檻も並べられて皆こちらを涎を垂らしながら見つめている。寒多郞は梯子を降りた瞬間からこの檻の格好の餌となった。
その光景を不敵な笑みを堪えきれずに虎の後ろから覗くものがいた。美琴である。
「勝手に人の家に入るなんて御上といっても信用できない連中だわ!」
「近頃の行方不明事件での探りだったが、違法の取引としてもあなたには取り調べる必要がありそうだ」
「なら、その子に聞くといいわ・・・」美琴はチラリと眼下の巨虎を見つめた。虎は涎を垂らしながら男たちに目線を外さない。
「まさか!」源之進は推察して身震いした。
言われてみれば、虎の青紺の縞模様が与太郎が普段着ていた反物の色合いと同じだ。
(喰われたのか?)
「まさか・・・」と寒多郞は笑うが、檻に閉じ込められた源之進は腕の震えを抑えきれない。
「どんなヒトもダメだったわ。やっぱり信頼できるのはここにいる子達だけだわ・・・あなたたちはどうかしら?」
美琴は指を鳴らすと巨虎は再び雄叫びをあげたので、寒多郞は太刀を抜いて構える。閉じ込められた檻の中で二人のエサと人喰虎との対決が始まった。
異国ではこうした大型動物を調教し玉乗りの芸を仕込ませると言うが、美琴にとっては最高の見世物となり笑いが止まらない。
(悪趣味この上ない・・・だが攻め手はある!)
巨大な虎は動作が鈍く狙うことは簡単だった。鳩尾に回り込んだ寒多郞は錆びた刃を真正面から打ち込む。外側から見守る源之進はそこに魂が飛ばされ人喰虎がひと周り小さくなったように思えた。
再び虎と距離をとり寒多郞は源之進のもとに戻る。
「寒多郞、見たぞ!あれは貸し問屋の徳兵衛だ」
源之進は昇天する虎のなかに人の魂があると告げた。あの虎はこの世のものにあらずということだという。
「ならば話が早い!」
寒多郞たちは同じ行動を繰り返した。虎の背中、左右からの胴体、正面と錆びた刀を奮うたびに人が昇天するのが見えた。寒多郞にもその姿が確認できたのと同時に、それはあの獣の犠牲者になっていた証明でもあった。
そこには与太郎の姿もあった。
寒多郞と源之進は瞬間的に眼を閉じてその光景を悼んだ。
「おぉ、可哀想に・・・」
美琴は直通の扉を開けて檻のなかに入っていった。
青紺の色素も薄れ、他の通常の虎と大差ない大きさとなった飼い虎の顎下をさすり頭を撫でる。すると気持ち良さそうに首をあげる。彼女には昇天された人々など眼中にない。
「おなかが空いたのね。エサの時間ね・・・」
そう呟いて美琴は虎を見つめた。
数秒間、無言の余韻が続いたが、虎はそこから飼い主を頭からゴクリと丸飲みした。
「嘘だろ?」と源之進は眼を丸くする。
「ギャアアアーッ!」
甲高い声が狭い空間に反響した。その声が猛虎の喉奥に呑み込まれその身体は巨大化させると再び寒多郞たちを見つめて涎を垂らした。
するとその口元から声が漏れた。
「この世に未練などない!ここにいる皆を道連れにしてやる!」恨みを込めた女の声だ。
その異形を前に寒多郞は再び赤錆を纏った剣を構えた。
(もう遠慮はいらないな・・・)
獣の爪を避けてフトコロに入り妖刀による一太刀を浴びせたとき、珍獣を捕らえた駕籠が一斉に放たれる。
こいつらも敵かとふたたび身構えるが動物たちは自由を求めて散り散りに去っていった。
去ってゆく天井の先から光が見えた。
「これで抜け出すことができるな」寒多郞はつぶやく。
「あの女の魂も解き放たれたのか・・・」
美琴は喰われたものの魂とともに飛び去ったのだろうが、外からの光でそれが見えなかった。この世で人を受け入れられなかったものが虎の中でひとつとなりそして飛び立つ。その後のことは誰にも知らない。
美琴の怒鳴り声に反応して駕籠の鳥が騒ぎだす。ドードーという南蛮の鳥であるというらしいが、買い手がつかず何羽もの鳥が合唱していて寒多郞と源之進の耳を塞ぐほど苦しめた。
ドードーをはじめマイニラより輸入された品々がならぶ店内は異国にさまよった心地になると言う客のうわさは確かで、焚かれたお香がよりそれを刺激させた。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。このひと月のあいだに美琴の店の得意先が何人も行方をくらませている。それも美琴の取引があった業者の担当ばかりだ。
店を出ると源之進はクイクイっと指をさした。裏口にまわろうという合図だ。
裏手には森林のようにビッシリと蔦が茂っていたが、強引にそれを掻きわければ、木造の引き戸があらわれる。
「よく知っていたな。そんな隠し扉を」
「これも与太郎が教えてくれたことさ」
与太郎は源之進と同じく奉行所勤めで源之進が着任する以前は彼が美琴の店の調査を行っていた。時折、舶来品であろう青磁器の水差しや西洋の焼菓子などを土産に持ってくることがあり、世話になったことをよく覚えている。
「変わった土産物を持ってくる男だな」と寒多郞は苦笑する。
「それだけ、あの女との関係は良好だってことだ。だから、彼も行方をくらましたのが悔やまれる」
裏口は洞窟のような暗い通路が続いていて、突きあたりに腐りかけの梯子階段が下の穴を通すように垂れ下がっていた。ぬるりとした握るのも躊躇する湿り気のある木の梯子であったが、ふたりは降りた。
足を踏み外さないように慎重に進むと暗い通路が続いていたが、通路を確認できる明かりが奥の空間から差していた。足早にそこまで進み光が発する室内を覗き込む。
そこには身の丈、十尺は超える大きさの四つ足のケモノが毛繕いをしつつこちらを睨んでいた。皮膚は青紺の縞模様がマダラに広がっており鮮やかだが、毒々しさを感じる色合いで、寒多郞たちもそれを見て思わず視線を逸らした。
「いまのを見たか?」
「あぁ!しかしあれは虎なのか?あれほどの大きさのものはみたことはない」
「まぁ、一休さんには出る幕はないか・・・」
ふたりの結論は一旦退却でまとまっていた。
しかし、暗闇に消える人影を虎は認めず巨虎は「グオォォォォーーーッ」と声を上げた。
それに反応して、退路である梯子付きの穴は崩れ去り通路は鉄格子で覆われた。
(罠にはまったか・・・)
虎の室内は鉄製で覆われておりそれ自体が巨大な檻である。その周りにはドードー鳥のほか、コブラやジャッカルの檻も並べられて皆こちらを涎を垂らしながら見つめている。寒多郞は梯子を降りた瞬間からこの檻の格好の餌となった。
その光景を不敵な笑みを堪えきれずに虎の後ろから覗くものがいた。美琴である。
「勝手に人の家に入るなんて御上といっても信用できない連中だわ!」
「近頃の行方不明事件での探りだったが、違法の取引としてもあなたには取り調べる必要がありそうだ」
「なら、その子に聞くといいわ・・・」美琴はチラリと眼下の巨虎を見つめた。虎は涎を垂らしながら男たちに目線を外さない。
「まさか!」源之進は推察して身震いした。
言われてみれば、虎の青紺の縞模様が与太郎が普段着ていた反物の色合いと同じだ。
(喰われたのか?)
「まさか・・・」と寒多郞は笑うが、檻に閉じ込められた源之進は腕の震えを抑えきれない。
「どんなヒトもダメだったわ。やっぱり信頼できるのはここにいる子達だけだわ・・・あなたたちはどうかしら?」
美琴は指を鳴らすと巨虎は再び雄叫びをあげたので、寒多郞は太刀を抜いて構える。閉じ込められた檻の中で二人のエサと人喰虎との対決が始まった。
異国ではこうした大型動物を調教し玉乗りの芸を仕込ませると言うが、美琴にとっては最高の見世物となり笑いが止まらない。
(悪趣味この上ない・・・だが攻め手はある!)
巨大な虎は動作が鈍く狙うことは簡単だった。鳩尾に回り込んだ寒多郞は錆びた刃を真正面から打ち込む。外側から見守る源之進はそこに魂が飛ばされ人喰虎がひと周り小さくなったように思えた。
再び虎と距離をとり寒多郞は源之進のもとに戻る。
「寒多郞、見たぞ!あれは貸し問屋の徳兵衛だ」
源之進は昇天する虎のなかに人の魂があると告げた。あの虎はこの世のものにあらずということだという。
「ならば話が早い!」
寒多郞たちは同じ行動を繰り返した。虎の背中、左右からの胴体、正面と錆びた刀を奮うたびに人が昇天するのが見えた。寒多郞にもその姿が確認できたのと同時に、それはあの獣の犠牲者になっていた証明でもあった。
そこには与太郎の姿もあった。
寒多郞と源之進は瞬間的に眼を閉じてその光景を悼んだ。
「おぉ、可哀想に・・・」
美琴は直通の扉を開けて檻のなかに入っていった。
青紺の色素も薄れ、他の通常の虎と大差ない大きさとなった飼い虎の顎下をさすり頭を撫でる。すると気持ち良さそうに首をあげる。彼女には昇天された人々など眼中にない。
「おなかが空いたのね。エサの時間ね・・・」
そう呟いて美琴は虎を見つめた。
数秒間、無言の余韻が続いたが、虎はそこから飼い主を頭からゴクリと丸飲みした。
「嘘だろ?」と源之進は眼を丸くする。
「ギャアアアーッ!」
甲高い声が狭い空間に反響した。その声が猛虎の喉奥に呑み込まれその身体は巨大化させると再び寒多郞たちを見つめて涎を垂らした。
するとその口元から声が漏れた。
「この世に未練などない!ここにいる皆を道連れにしてやる!」恨みを込めた女の声だ。
その異形を前に寒多郞は再び赤錆を纏った剣を構えた。
(もう遠慮はいらないな・・・)
獣の爪を避けてフトコロに入り妖刀による一太刀を浴びせたとき、珍獣を捕らえた駕籠が一斉に放たれる。
こいつらも敵かとふたたび身構えるが動物たちは自由を求めて散り散りに去っていった。
去ってゆく天井の先から光が見えた。
「これで抜け出すことができるな」寒多郞はつぶやく。
「あの女の魂も解き放たれたのか・・・」
美琴は喰われたものの魂とともに飛び去ったのだろうが、外からの光でそれが見えなかった。この世で人を受け入れられなかったものが虎の中でひとつとなりそして飛び立つ。その後のことは誰にも知らない。
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