寒多郎 戦獄始末

聖千選

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第七話「寒多郞を裁くもの」

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 ひとりの女が船着き場のゴロツキに近づいてきた。向こう岸に用事があるという。

 「生憎、船頭が出払ってまして舟は出せないのです」というと「ここで待つわ」と女が言った。

 寒多郞は席を空けたが、関わるのも面倒なので読んでいる書物で顔を覆った。

 「これは何て読むんだい?」しばしの沈黙を破って女が尋ねた。書物の題名に興味をもって覗くように近づいてきた。やたら色白な肌とキツく絞めた帯の割に少し弛んだ襟元が目につく。

 「その懐の短刀、読み聞かせに寄り添ったところを刺すためのものかな?」

 寒多郞の平然とした問いに女はその場でピタリと止まった。

 「戦乱の世が終わり十余年。生活の変化についていけずに堕落するものに対して天誅をくだす輩も多いと聞く。くノ一も食い扶持にお困りと見えるな」

  寒多郞の野太い声に女は一歩下がり間合いをつくった。その手には指摘された短刀がギラリと光った。

  「どこの手の者だ?」寒多郞は襲いかかる短刀を握る腕をつかみそのまま女の身体を投げとばす。

 「チッ!まあいい、アタシの敗けさ」

 そう言って女は首すじを伸ばし手にした短刀を向けたので寒多郞は近寄り再びその腕を止めた。

 「つまらぬことで命を落とすな!」

 「どうせ、つまらぬ命だ」

 その言葉に寒多郞は頭をかいた。すると女の背後から一羽の鳩が飛び立つ。

 (暗殺衆の頭領への伝令か・・・。)

 「貴方が愚者かどうかの判断は三日ののちに決まる。アタシが手にかけなくても、いずれ我らの手のものが刺客として命を狙いにくる運命さ」

 「そうか・・・だがお前の判断はどうなんだ?俺は殺されるに値するものなのか?」

 寒多郞薄ら笑いながら女の目を見た。女は睨みの表情筋を崩さない。寒多郞はつかんだ腕から短刀を奪った。

 「何をする!」

 「猶予は三日。この刃はその時、お返ししよう。それならその間に判断しても遅くはないだろう?」

 「どうするつもりだ?」

 「まあ、こんな湿っぽいところじゃ判断も鈍るだろう。街にでも行かないか?」

 寒多郞は書き置きを残した。小雨で差した傘は城下についた頃は止んで暑苦しいほどの晴天となった。

 街におりた寒多郞は「夕げつ」という甘味処でしる粉を食べ、嘉兵衛から教わった歌舞伎の演目を見ることにしている。明るいところはそこしか知らない。

 ツヅラ名乗る女は周りをキョロキョロと気にするばかりで出されたしる粉も飲み込むようにスルリと平らげたので、寒多郞は首をかしげてため息をつく。

 歌舞伎にしてもツヅラは笑みを見せることはなく眉間にシワを寄せて凝視する。隙があれば誰彼かまわず襲いかかろうかという姿勢で腰を落ちつかせる余裕がない。その不格好な姿勢に寒多郞は苦笑する。

 その日の宿場に向かう路。宿の前には幾人もの浪人が項垂れて宿を訪れる客人を眺めている。刀の鞘を抜き差しして威嚇しているので、宿主も恐る恐る玄関から覗く。

 ツヅラは不埒な浪人たちを睨み付けたので寒多郞は腕をつかんでそそくさと宿に入った。浪人どもは指笛をヒューヒューと鳴らした。

 「あんな男でも斬るつもりか?」

 「斬る!」

 「ならばオレは守る・・・」

 「武士の世のなれの果てだ!守るというのなら其方も同類だぞ!」

 「なら、そうすればよい」

 寒多郞にそう言われたが、ツヅラはそれ以上は何も言葉を出さなかった。

 この後三日間、寒多郞は同じような時を過ごした。歌舞伎の演目は毎日違うこともあり寒多郞は飽きなかった。ツヅラの顔は変わらずに眉間にシワを寄せているが、用意された席に腰を落ちつけていた。

 そして、寒多郞はもとの船着き場に帰る路に向かう。

 「これが其方そなたのみせたい姿か?」

 「乱世の時代はのちの人々が平穏に暮らせるために刃を交えた。代わり映えのない日常を過ごすことが先人たちへの手向けになる」

 「くだらぬことだな・・・」

 「そうか?歌舞伎の演目も飽きずに見ていたようだが・・・」

 その時、船着き場からとびたった紫の鳩が戻ってきた。その脚には薄手の紙が巻きつけられている。

 ツヅラはそれを見て、寒多郞の全身をなめるように見た。そしてひとつ息をつく。そして睨む目はくノ一のギラつきに戻っていた。

 寒多郞は借りていた短刀をツヅラの前に投げる。それを受け取りすぐさまツヅラは刃を寒多郞に向けた。

 「我らのオサの出した答えだ」

 「お前の答えではないのか?」

 「オサの答えはアタシの答えだ!」

 寒多郞はこの期間に起こしたツヅラの姿勢の変化にこれからの彼女の未来を期待したが、ツヅラ自身がその未来を選ばなかったことにひとつ歯を軋らせた。

 そして寒多郞のためらいを隙とみなしてツヅラが飛びかかった。男が咄嗟に抜刀はやや出遅れて刃を受け止める。

 その為、ふたりの距離はもっとも近づいた。


 「そんな錆びた刀で応じるとは・・・どこまでアタシを愚弄する気だ!?」

 「それほどまでに太平の世が続いているのだ。其方そなたが見た太平の世が・・・」

 「黙れ!」

 つばぜり合いは膠着状態となり熊野の森に静寂がひろがる。

 それは一時いっときのことであった。

 空虚を引き裂くようにひとつの刃が音のように飛んできた。それに気づいた寒多郞は女を押したおした。

 避けた刃は地についた途端に爆発を起こして辺りの草木をえぐりとる。

 寒多郞は状態を起こし恐る恐るその場を見ると抉られた穴のなかに一本のクナイが光っていた。

 (これを弾にして砲撃を・・・)

 寒多郞はツヅラのほうを見るとその場を動かないままだった。その唇は「ユルシテクレ・・・」という動きをしていたが、寒多郞の耳には届かない。キーンという耳鳴りだけが響くのみだ。

 (爆音で耳がいかれたか!)

 寒多郞はクナイの向きから銃撃の相手を位置を特定していた。忍び特製のクナイ銃が火縄式ならばこれで終わりだろう。

 しかし、他の忍びによって他の方向からも狙ってくるだろう。

 音のたよりをなくした今、剣士は全身の肌に気を配り人が洩らす息づかいの流れをたどる。

 (これだ!)

 寒多郞は咄嗟に抉られた穴のなかに入り込み全身を隠す。その穴からは一本のクナイがひょいと投げ出されてツヅラの前に転がってくる。

 ツヅラが穴のほうを見直すと寒多郞はまだ顔をだしている。

 「生きろ!」

 寒多郞の叫び声は次の弾が飛んできた爆音にかき消された。

 爆発の勢いで飛び出した前弾のクナイが飛び上がる。ツヅラはその刃を手に取りそのまま撃った忍びに打ち込んだ。姿は見えないが、パタリと人が倒れる音が響いてきた。

 (これで逆賊か・・・)

 残りの敵も寒多郞は錆びた刀で打ち倒し、森の静寂のなかに寒多郞とツヅラの息づかいだけだけがのこった。寒多郞は大きく息を吸い込むと耳をならした。すると辺りの止まり木に鳴くキツツキの音が聞き取れるようになった。

 「行くところがなければ、ここで暮らせばいい。」寒多郞は自分の声を確かめながら尋ねた。

 「残念だがアタシは忍びだオサから教わった手習いはそう簡単には直すことはできない。」

 そういってツヅラは目の前の枝に飛び上がった。

 「いいか?もしお前がふぬけた暮らしをするようなら今度こそお前を殺めるからな!」

 「わかった。其方も達者でな!」

 そして女は影に紛れて消えた。寒多郞はまたひとりになった。
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