寒多郎 戦獄始末

聖千選

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第五話「廃城祓い(前篇)」

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 その屋形船は藩の追手から逃れる野盗どものものとなった。乗客や船頭を突き落とし無頼ものは海賊となった。「順調、順調!」と口笛を鳴らす盗賊のカシラはそのまま奥に陣取った。

 しかし、振り返って腰を下ろすとそこに部下のものはなくひとりの着流しの男が甲板からこちらを覗いていた。その刀は赤サビが目立つ。その優男が自分の部下を全て叩き落とした時、カシラの口笛は舌打ちに変わった。

 「どこへ向かうおつもりですか?」

 「知れたことだ。お前は国の使いのものじゃないだろう?」

 「ええ、わたしは舟着のものです。それゆえ客でなければ下船していただく。」

 「そういうわけにはいかねえ。こっちも帰る城があるんだ。邪魔をしないでもらおう!」

 そういってカシラは腕っぷしを試すように腕をならし外に寒多郞めがけて正拳突きを放つ。寒多郞も瞬時に間合いを詰めて屋形船の障子戸をピシャリと閉めた。その障子に穴を開けたものの一瞬に視界を失った大男は船内に閉じこまられる形となった。「何処だ、何処だ」と四方の閉じられた障子に囲まれ寒多郞の攻めいる影を警戒する。

 「ここだ!」

 天井から声がすると見上げたカシラは真上から降り注ぐ唐竹割の餌食となった。次の瞬間、吹き飛ばした障子戸とともに紀ノ川の流れの餌食となった。

 取り返した屋形船はそのまま五の渡しの港に付けた。そこには岩本源之進の姿があった。

 (またか・・・)

 ここ最近、紀州では野盗どもの横暴騒ぎが続いていた。そのどれもが綿密な計画を持って執り行われていること。寒多郞はカシラが洩らした「城」の存在を気にしていた。

 「奴らの背後には雇い主の存在があるな・・・」

 「それについては解っている。ようやく敵の根城もわかった。だから、お前に依頼してきた。」

 「自分に対してではなくこの妖刀が目当てだろう?」

 寒多郞は最近の源之進の依頼を受けてはため息を洩らす。源之進の依頼は藩の依頼だ。その依頼は常に大規模な妖魔と徳川への遺恨が込められている。

 (まだ、戦の世は終わっていないのか・・・)

 話は野盗衆が崇めるという雇い主は川の向こう岸の廃城に潜んでいる。その城は紀州征伐の水攻めによって沈み、現在も整備することができない城であるため人ならざるものが棲んでいるという藩の見解だ。

 「黒幕のこの世のものかどうかその妖刀で確かめてもらいたい。生きていれば打撲だけで事は済み、死していれば成仏できる」

 「この刀を命の品定めに使うのは些か遺憾だな・・・」

 しかし、源之進が寒多郞に依頼する狙いはほかにもあった。紀伊平野で農業を営み狭山翫右衛門がんえもんの指導を仰ぐことだ。渡り客で自分が知る翫右衛門の名前が出たことに寒多郞は驚いた。男はかつて雑兵として、かの籠城戦より生き延びた男である。

 寒多郞がよく知る道を源之進より案内されて翫右衛門の屋敷を訪れた。そこは夕陽に反射して黄金に輝く稲穂がたなびき、ひとつひとつの粒が息をするかのように気持ちよく生きていた。

 呼びたてられて玄関より現れた翫右衛門は寒多郞の同行に驚きつつもすぐに表情を変えて好々爺の振る舞いでふたりを居間へ案内した。物腰柔らかく茶と菓子を振る舞ったが、源之進が城攻めの話をしようとすると翫右衛門は目を細めた。

 「あの時は御屋形様のもとで教えられた敵に向かって槍を突けばその分だけ報酬がもらえた。しかし、今の御屋形様はお天道様でございます。日照りがあれば日照りの水害があれば水害のさだめに従うまででございます・・・」

 結局、寒多郞たちのここまでの徒労は無駄に終わった。


 城の討伐はその翌日に行われた。藩より用意された城の見取り図を片手に討伐隊は三艘の船をもって霧の舞う水路を進んだ。

 その霧が晴れたと同時に討伐隊は驚きの声をあげた。廃城となりその後、整備もされることなくここまでいていたはずであった。それがいつの間にかもとの石垣を取り戻すばかりか当時でも作られることのなかった天守閣までも建てられている始末だ。

 (どこからこんな予算と人員を投入したというんだ!?)

 一同が困惑する中、城壁の狭間の穴から大小問わず大砲が放たれ船団は一瞬にして航行不能に陥った。

 「いかだの準備ができたぞ。」

 城壁に紛らせてふたり乗りの小舟が用意された。寒多郞一行は船をに見切りをつけて石垣の間にある秘密の水路を辿って場内に潜入した。
 抜け道は武器庫に繋がっており寒多郞はその蓋からひょいと顔を出した。だが場内に人の姿はなかった。外はいまだに砲撃の音がする。しかし寒多郞はその疑念を解明する暇はなかった。
 目指すは悪寒が背中を撫でてくる最上階天守閣。驚いたことにそこに至るまでは淡々と進むことができた。

 (首領は余ほど剣の腕に自信があるというのか?)

 最上階天守閣。そこにも人の姿はなかった。あるのは甲冑一式が鎮座するのみ。一同は安堵のため息を漏らすが、寒多郞の背中の悪寒は治らなかった。それは確かに目の前の甲冑から発せられるものであった。その気味悪さに寒多郞は一瞬、目を逸らした。

 次の瞬間、隙を見て甲冑は動き出し怯んだ寒多郞の喉元を目掛けて手を伸ばした。一気に天守閣の壁に押さえつけられた寒多郞の身体はぶらりと項垂れた。なんとか首を傾け直すと押さえつける鎧武者は兜の面頬を剥がし中から黒光りした髑髏の顔が今にも寒多郞を頬張ろうとしてその顎を拡げた。
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