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第十一章:城塞都市アインガング
第一印象からして嫌い
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男の姿にも声にも覚えはない、確かに初対面のはずだ。それなのに、全身がその存在を拒絶するかのように戦慄いた。
……こいつ、誰だ。どこで……見たんだっけ。こんなに全身が嫌がるようなやつ、そうそう簡単に忘れるはずが……。
「(……そうだ、あの時の)」
ヴァールハイトを起動して、初めてあの城の中で寝た時に見たあの夢――逃げても逃げても何かが追いかけてくる夢で見た、あの男にそっくりなんだ。例えようのない、ひどく嫌な夢だった。
男はオレとティラとを視線だけで交互に見遣ってから、ひどく不愉快そうに切れ長の目を細める。
「ふむ……随分と頭が高いではないか。やはり、外の者どもには躾が行き届いていないようだな」
「外の、者ども……? では、あなたはまさか……」
「いかにも、我こそがこの帝国フェアメーゲンの皇帝ガナドールだ。帝国に住まう者ならば俺の姿を見ただけで跪くものだが……ふむ?」
ティラが恐る恐る向けた言葉に返ったのは、そんな返答だった。
こいつが……皇帝なのか。確かに全身からあふれるような力みたいなのは感じるけど、それ以上に不快感の方が強い。言葉にはしないものの、改めて視線だけでこちらを見てくる様子からは「早く跪け」とでも言いたげな色を感じる。
あ、嫌い、こいつ嫌い、第一印象からして嫌い、無理。
「まあよい、躾の行き届いていない犬にどれだけ言葉をかけても無駄なことよ。まったく、ヴァントルもスコレットも使えぬな、結局は俺がこうして自ら出向かねばならぬとは……」
皇帝はわざとらしくため息なんぞ洩らして、やれやれとばかりに軽く頭を左右に振ってみせた。直後――皇帝の身から、肉眼で捉えられるほどの尋常じゃない魔力があふれ出す。オレの隣にいるティラは、その光景を目の当たりにしてぶるぶると全身を震わせていた。その顔からはすっかり血の気が引いている。ティラみたいにある程度の力がある者には、自分との圧倒的な力の差がハッキリとわかってしまうんだろう。
皇帝はその膨大な魔力を片手の平に集束させると、その手を一度大きく引く。まるで物でも投げる直前のように。
「言うことをきかない犬は、少しばかり痛めつけてやるのが一番よいのだ。さあ、いい声で啼くがよい」
皇帝の手にあるそれは、饅頭ひとつ分くらいの本当に小さいもの。けど、凝縮された魔力がすぐにでも爆ぜようとするかのようにバチバチといくつもの大きな火花を散らせている。いくら無能って言ったって、オレにだってあの小さな塊がどれだけヤバいブツなのかはわかるつもりだ。この狭い廊下じゃ他に逃げ場もないし、今からじゃ防御法術も……間に合いそうにない!
勢いよく投げつけられた魔力の塊は、オレとティラ目掛けて一直線に――飛んでこなかった。凝縮された魔力の塊が皇帝の手を離れる直前、その手に何かがぶつかり、軌道が逸れたようだった。結局、魔力の塊は近くの壁に直撃して大きく爆ぜた。鼓膜が突き破れそうな轟音に思わず身が縮こまる。
「ううぅ……っ、なに、何が起きたの……!?」
爆発のせいで辺りにもくもくと煙が立ち込めてるけど、すぐ間近からティラの声が聞こえてくる。オレにもわからないけど、ティラが何かしたってわけでもなさそうだ。壁に穴が空いたせいか、傍らからはびゅうびゅうと風が吹き込んでくる。
やがて立ち込めていた煙が晴れた先――そこには皇帝と、皇帝の腕に絡みつく……赤い、ツタ……?
「危ない危ない、辛うじて間に合ったみたいでよかったよ」
赤いツタらしきものが伸びてる方を見てみると、そこにいたのはグリモア博士だった。立ち位置を考えるに、今階下からここまで上ってきたばかりのようだ。……ツタじゃなくてあれ髪か、髪ね。博士って人造人間っていうけど、妖怪みたいだな。
「今、何か失礼なこと思わなかったかい?」
「き、気のせいじゃないかな」
ここは敵まみれだって、さっきまではあんなに不安でいっぱいだったのに、すっかり見慣れた顔を見た途端に身体から余計な力が抜けていくようだった。ティラはオレの隣で目を白黒させるばかり。そりゃそうだろう。
皇帝は自分の腕に絡みつくツタ――もとい博士の髪を見遣ると、愉快そうに口角を吊り上げた。そうして、その髪を逆手で鷲掴みにするなり、力任せに引っ張る。すると、未だ腕に絡みついているせいで博士の身はその力に倣い、皇帝の方へと引っ張り寄せられた。
「ほう、ニザーから聞いているぞ。貴様がグリモアだな?」
「誰だっけ、それ。人の研究資料を持ち逃げするようなやつに興味はないから、覚えてないなぁ」
嘘つけ、めっちゃ覚えてるし、メチャクチャ根に持ってるじゃん。皇帝が口にしたその「ニザー」ってやつが、博士の研究資料を持ち逃げして帝国に寝返ったっていう研究員か。
「ククッ、話に聞いていた通り、なかなか愉快そうな男ではないか。気に入――」
怯える様子さえ見せない博士の出方を気に入ったらしく、皇帝はその顔に薄笑みを浮かべる。
その直後――つい今し方、皇帝の魔力の塊を受けて空いた大穴から、今度は光の柱が叩きつけられた。それはまるで巨大なレーザー砲か何かのようで、皇帝だけでなくグリモア博士まで吹き飛ばしてしまった。魔力の塊だのレーザー砲だの、煌びやかだった屋敷は様々な攻撃を受けてすっかりズタボロだ。
皇帝と一緒になって吹き飛ばされた博士は何度か床を転がった後に、むくりと身を起こして恨めしそうに目を細める。見た目は細身の痩せ型なのに、タフだよなぁ、この人。今の一撃で髪も服も乱れてボロボロだけど、まだまだ元気そうだ。
「ちょっと、僕まで一緒に吹っ飛ばすことないだろう! さすがに怒るよ、ヴァージャ様!」
「お前がそう簡単にくたばるとは思っていない、敵の近くにいる方が悪いのだ」
「リーヴェ、今の聞いた? きみこの神さまのいったいどこがいいの?」
すっかり聞き慣れた声が穴の先から聞こえてきて、そこから外を覗いてみるとふわふわと宙に浮かぶヴァージャがいた。その片手の中指には、例のあの気性難のヤバい武器が指輪の形になって鎮座している。今の一撃は間違いなく、この指輪から放たれたやつだ。
早く会いたいって思ってたはずなのに、いざヴァージャの顔を見ると何も言葉が出てこなかった。けど、ヴァージャはオレを見るなり、そのいつ見ても整い過ぎた顔面を不愉快そうに顰める。
「リーヴェ、なぜその女と共にいるのだ」
「……ねえ、リーヴェ。あなたの恋人ってもしかして……」
「え? あ……あ~、ええと……」
ヴァージャとティラ、前後からそれぞれに言葉をぶつけられて逃げ場がない。グリモア博士に目で助けを求めても、当の博士はニヤニヤ笑って外野に徹する気満々だった。殴ってやりたい。
「クククク……これはこれは、随分と楽しそうな相手が来たものよなぁ……」
その時、博士と一緒にぶっ飛ばされた皇帝がゆっくりと身を起こした。その全身からはさっきの比じゃないレベルの魔力が放出されていて、大気が怯えるようにビリビリと震える。
ヴァージャはオレとティラの前に降り立ち、博士は静かに立ち上がって出方を窺う。
「……はは、こりゃまいったね。……ヴァージャ様、イケそう?」
「……さあな」
ヴァージャと博士――とんでもない力を持つ二人だけど、その顔には困ったような色が滲んでいた。
……こいつ、誰だ。どこで……見たんだっけ。こんなに全身が嫌がるようなやつ、そうそう簡単に忘れるはずが……。
「(……そうだ、あの時の)」
ヴァールハイトを起動して、初めてあの城の中で寝た時に見たあの夢――逃げても逃げても何かが追いかけてくる夢で見た、あの男にそっくりなんだ。例えようのない、ひどく嫌な夢だった。
男はオレとティラとを視線だけで交互に見遣ってから、ひどく不愉快そうに切れ長の目を細める。
「ふむ……随分と頭が高いではないか。やはり、外の者どもには躾が行き届いていないようだな」
「外の、者ども……? では、あなたはまさか……」
「いかにも、我こそがこの帝国フェアメーゲンの皇帝ガナドールだ。帝国に住まう者ならば俺の姿を見ただけで跪くものだが……ふむ?」
ティラが恐る恐る向けた言葉に返ったのは、そんな返答だった。
こいつが……皇帝なのか。確かに全身からあふれるような力みたいなのは感じるけど、それ以上に不快感の方が強い。言葉にはしないものの、改めて視線だけでこちらを見てくる様子からは「早く跪け」とでも言いたげな色を感じる。
あ、嫌い、こいつ嫌い、第一印象からして嫌い、無理。
「まあよい、躾の行き届いていない犬にどれだけ言葉をかけても無駄なことよ。まったく、ヴァントルもスコレットも使えぬな、結局は俺がこうして自ら出向かねばならぬとは……」
皇帝はわざとらしくため息なんぞ洩らして、やれやれとばかりに軽く頭を左右に振ってみせた。直後――皇帝の身から、肉眼で捉えられるほどの尋常じゃない魔力があふれ出す。オレの隣にいるティラは、その光景を目の当たりにしてぶるぶると全身を震わせていた。その顔からはすっかり血の気が引いている。ティラみたいにある程度の力がある者には、自分との圧倒的な力の差がハッキリとわかってしまうんだろう。
皇帝はその膨大な魔力を片手の平に集束させると、その手を一度大きく引く。まるで物でも投げる直前のように。
「言うことをきかない犬は、少しばかり痛めつけてやるのが一番よいのだ。さあ、いい声で啼くがよい」
皇帝の手にあるそれは、饅頭ひとつ分くらいの本当に小さいもの。けど、凝縮された魔力がすぐにでも爆ぜようとするかのようにバチバチといくつもの大きな火花を散らせている。いくら無能って言ったって、オレにだってあの小さな塊がどれだけヤバいブツなのかはわかるつもりだ。この狭い廊下じゃ他に逃げ場もないし、今からじゃ防御法術も……間に合いそうにない!
勢いよく投げつけられた魔力の塊は、オレとティラ目掛けて一直線に――飛んでこなかった。凝縮された魔力の塊が皇帝の手を離れる直前、その手に何かがぶつかり、軌道が逸れたようだった。結局、魔力の塊は近くの壁に直撃して大きく爆ぜた。鼓膜が突き破れそうな轟音に思わず身が縮こまる。
「ううぅ……っ、なに、何が起きたの……!?」
爆発のせいで辺りにもくもくと煙が立ち込めてるけど、すぐ間近からティラの声が聞こえてくる。オレにもわからないけど、ティラが何かしたってわけでもなさそうだ。壁に穴が空いたせいか、傍らからはびゅうびゅうと風が吹き込んでくる。
やがて立ち込めていた煙が晴れた先――そこには皇帝と、皇帝の腕に絡みつく……赤い、ツタ……?
「危ない危ない、辛うじて間に合ったみたいでよかったよ」
赤いツタらしきものが伸びてる方を見てみると、そこにいたのはグリモア博士だった。立ち位置を考えるに、今階下からここまで上ってきたばかりのようだ。……ツタじゃなくてあれ髪か、髪ね。博士って人造人間っていうけど、妖怪みたいだな。
「今、何か失礼なこと思わなかったかい?」
「き、気のせいじゃないかな」
ここは敵まみれだって、さっきまではあんなに不安でいっぱいだったのに、すっかり見慣れた顔を見た途端に身体から余計な力が抜けていくようだった。ティラはオレの隣で目を白黒させるばかり。そりゃそうだろう。
皇帝は自分の腕に絡みつくツタ――もとい博士の髪を見遣ると、愉快そうに口角を吊り上げた。そうして、その髪を逆手で鷲掴みにするなり、力任せに引っ張る。すると、未だ腕に絡みついているせいで博士の身はその力に倣い、皇帝の方へと引っ張り寄せられた。
「ほう、ニザーから聞いているぞ。貴様がグリモアだな?」
「誰だっけ、それ。人の研究資料を持ち逃げするようなやつに興味はないから、覚えてないなぁ」
嘘つけ、めっちゃ覚えてるし、メチャクチャ根に持ってるじゃん。皇帝が口にしたその「ニザー」ってやつが、博士の研究資料を持ち逃げして帝国に寝返ったっていう研究員か。
「ククッ、話に聞いていた通り、なかなか愉快そうな男ではないか。気に入――」
怯える様子さえ見せない博士の出方を気に入ったらしく、皇帝はその顔に薄笑みを浮かべる。
その直後――つい今し方、皇帝の魔力の塊を受けて空いた大穴から、今度は光の柱が叩きつけられた。それはまるで巨大なレーザー砲か何かのようで、皇帝だけでなくグリモア博士まで吹き飛ばしてしまった。魔力の塊だのレーザー砲だの、煌びやかだった屋敷は様々な攻撃を受けてすっかりズタボロだ。
皇帝と一緒になって吹き飛ばされた博士は何度か床を転がった後に、むくりと身を起こして恨めしそうに目を細める。見た目は細身の痩せ型なのに、タフだよなぁ、この人。今の一撃で髪も服も乱れてボロボロだけど、まだまだ元気そうだ。
「ちょっと、僕まで一緒に吹っ飛ばすことないだろう! さすがに怒るよ、ヴァージャ様!」
「お前がそう簡単にくたばるとは思っていない、敵の近くにいる方が悪いのだ」
「リーヴェ、今の聞いた? きみこの神さまのいったいどこがいいの?」
すっかり聞き慣れた声が穴の先から聞こえてきて、そこから外を覗いてみるとふわふわと宙に浮かぶヴァージャがいた。その片手の中指には、例のあの気性難のヤバい武器が指輪の形になって鎮座している。今の一撃は間違いなく、この指輪から放たれたやつだ。
早く会いたいって思ってたはずなのに、いざヴァージャの顔を見ると何も言葉が出てこなかった。けど、ヴァージャはオレを見るなり、そのいつ見ても整い過ぎた顔面を不愉快そうに顰める。
「リーヴェ、なぜその女と共にいるのだ」
「……ねえ、リーヴェ。あなたの恋人ってもしかして……」
「え? あ……あ~、ええと……」
ヴァージャとティラ、前後からそれぞれに言葉をぶつけられて逃げ場がない。グリモア博士に目で助けを求めても、当の博士はニヤニヤ笑って外野に徹する気満々だった。殴ってやりたい。
「クククク……これはこれは、随分と楽しそうな相手が来たものよなぁ……」
その時、博士と一緒にぶっ飛ばされた皇帝がゆっくりと身を起こした。その全身からはさっきの比じゃないレベルの魔力が放出されていて、大気が怯えるようにビリビリと震える。
ヴァージャはオレとティラの前に降り立ち、博士は静かに立ち上がって出方を窺う。
「……はは、こりゃまいったね。……ヴァージャ様、イケそう?」
「……さあな」
ヴァージャと博士――とんでもない力を持つ二人だけど、その顔には困ったような色が滲んでいた。
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