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第十一章:城塞都市アインガング
コルネリア・スコレット
しおりを挟む自らを「コルネリア・スコレット」と名乗った女に連れられて、オレたちは無事にアインガングに入ることができた。まあ……オレとアフティの立場を思えば「無事に」っていうのは少しばかり語弊があるんだけど。
城塞都市と呼ばれるだけあって、アインガングの出入口付近は砦のような造りになっていて、ここにも見張り台が設置されている。関所も兼ねているこの東側出入口には特に兵士の数が多く、武装した複数の部隊で固められているようだった。さっきの岩山の監視をどうにかくぐり抜けてもこれだけの兵士が待ち伏せしてるんだ、ここを落とすのは確かに骨が折れる。
更に西側に進んでいくと、段々と物々しい雰囲気が落ち着いてくる。高い塀で砦と都市部を分けているらしく、塀の先には広々とした都が広がっているようだった。壁も地面も石造りの都は、少し息苦しく感じる。けど、都全体は南のヴェステンのように道が広く造られていて開放的だ。窮屈さを覚えるのは……森とか水辺とか、自然の景色がほとんどないからか。あるとしたら塀の外のゴツゴツした岩山ばっかりだし。
「それにしても、驚きました。だって、婚約者って聞いてたのに檻に入れられてるなんて思いませんでしたもの」
「も、申し訳ありません、リーヴェは少し照れ屋さんなんです。恥ずかしがって奥様に会いたくないなんて言い出すものですから……」
「まあ」
コルネリアは都市部の手前で立ち止まると、その顔に満面の笑みを浮かべて振り返る。その様子は、これ以上嬉しいことはないとでも言わんばかりで、オレの記憶にある泣き顔からはまったく考えられない表情だった。ティラは彼女のもっともな言葉にぎくりと軽く表情を引き攣らせながら、適当――だと思われる返答を返す。けっ、何が照れ屋の恥ずかしがり屋だ。よく言うぜ。
ティラのその返答に、コルネリアはまた嬉しそうに相槌を打つと、片手を頬に添えて相貌を弛める。マックはそんな様子を目の当たりにして、珍しく愛想笑いなんぞ浮かべてみせた。……こいつ、こういう時は外面いいんだよな。
とかなんとか思ってた矢先、それまでにこにこと朗らかに笑っていたコルネリアの表情が途端に冷たくなった。まるで鋭利な刃物のような目でマックとティラを見つめながら、傍にいた兵士たちに声をかける。
「さあ、お二人はここでお帰りよ。砦の外までご案内して差し上げて」
「お……奥様!? どういうこと!? 話が違うわ!」
「ごめんなさいねぇ、ティラさん。あれから夫とよく話し合ったんだけど、皇帝陛下からの信頼厚いスコレット家に平民の女は相応しくないと思うの。身分が高くてあなたよりも才能がある女は、この帝国にはたくさんいるもの」
ピシャリと言い放たれた言葉は、マックやティラはもちろん、近くにいたオレだってすぐに理解できなかった。
……えっと、じゃあ……コルネリアは最初からそのつもりで……オレを連れてこさせたら、中に入れずに追い返すつもりでいたのか。どうりでアインガングの中で待ってないわけだ、最初から金なんて払う気はなかったんだから。
「おい、コルネリアさんよ。一度決めたことなら最後まで責任持てよ!」
「あらあら、外の男って野蛮ねぇ。さあリーヴェ、そちらのグレイスのお嬢さんも、行きましょう。こんな野蛮人と話していたら品のなさが移ってしまうわ、あなたたちは皇帝陛下にお仕えするのだからマナーをしっかりと身につけなくてはね」
「待ちなさいよ!」
マックが武器を引き抜き、ティラが痛めていない方の手で魔術を使おうとするけど、それよりも先に脇に控えていた数人の兵士がコルネリアとマックたちとの間に割って入った。いくら帝国兵でも、相手は天才だ。さすがに分が悪いんじゃないか――そう思ったオレの思考は、すぐに止まった。
無遠慮に振られたマックの大剣は、ほとんど身構えてすらいない一人の兵士によって難なく受け止められ、魔術を放とうとしたティラは、宙に魔法円を喚び出すこともできず、別の兵士の手によって殴り飛ばされた。オレもアフティも、その光景をただただ呆然と眺めるしかできなかった。
「うふふ……このアインガングに配置された兵士は、帝国の中でも選び抜かれた天才たちよ。外の落ちこぼれが敵うわけないでしょう?」
天才たちって……じゃあ、この城塞都市にいる兵士は、全員がマックやエル並み……下手をするとそれ以上の強さを持ってるってことか……?
馬車で待つことになったリスティはマックの傍にいないし、ティラだってサクラにやられた怪我がまだ治ってないにしても、まるで赤子のような扱いだ。クランとか領地戦争とか、そういうのとはまったく次元が違う、違いすぎる。
剣を掴まれたマックは、押し切ることも退くこともできずに歯を食いしばる。そこへ別の兵士が真後ろから近寄ると、そのまま羽交い絞めにしてしまった。マックの手からは武器が離れ、羽交い絞めにされた身は――出て行けとばかりに砦の出入口の方へと放られる。まるで、じゃれてくる子犬でもあしらうかのように簡単に。
コルネリアはそれを止めることもなく、にこにこと笑いながら眺めていた。
「……アンタは、純粋に母親としてオレを探してたわけじゃないんだな」
母親かもしれない女がオレを探している――最初にその話を聞いた時はもちろん驚いたし、冗談じゃないと思ったけど……心の奥底では、ちょっと期待してる部分もあったんだ。本能的に、母親が恋しくない子供なんていない。我が子に会いたくて純粋に探してくれてるなら、オレも強がるのはやめて母と向き合ってみようとも思った。特に、グリモア博士に直球の質問をぶつけられてからは。
「まあ、リーヴェったら何を言うの? お母さんはあなたに会いたくてずっと探していたのよ。あなたは、皇帝陛下と我がスコレット家を強く結びつける大切な子ですもの」
……駄目だ、話がまったく通じない。この女には、何を言っても無駄だ。それともわかってて言ってるのか。
『俺は怪しいもんだと思ってる。息子を見つけてくれた人には多額の報酬を用意してるって話だけど、そこまでするほど息子を想ってるならどうして誘拐された時にすぐにそうしなかったんだ、ってな』
『あの女、スコレット家のために自分の息子を皇帝に献上するつもりなんだろうさ。見下げ果てた女だぜ』
『――そもそも、今になって探し始めたのはきみを皇帝に献上するためっていう線が濃厚だ』
いつか聞いた話が、ふと脳裏に思い起こされた。
……ディーア、博士。探されてた理由は……本当に、ただそれだけだったみたい。悲しいのか情けないのか、もうわかんないや。
改めて「行きましょう」とだけ告げて踵を返すコルネリアを見ると、小さくため息が洩れる。そんな中で、ふと軽く腕を引っ張られた。そちらを見てみれば、そこには青い顔をしながら小さく身を震わせるアフティの姿。……ああ、そうだ。帝都に連れていかれる前に、なんとか彼女だけでも逃がさないと。呆けてる場合じゃない。
「……大丈夫、みんなが……ヴァージャが来てくれる。今は、取り敢えず従っておこう」
「は……はい」
コルネリアや兵士に聞こえないよう小声でそう告げると、アフティは目に涙をいっぱいに溜めて頷いた。
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