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第十一章:城塞都市アインガング
最悪×最悪
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「こらぁ! 待ちなさい!」
「わははは~! にげろ~!」
お世辞にも広いとは言えない孤児院の裏庭を、悪ガキどもが楽しそうに笑いながら駆けずり回る。あちこちバラバラに逃げていく奴らを一人で追いかけるミトラは息も絶え絶えだ。
午後の昼下がり――「昼寝は嫌だ、まだ遊ぶんだ」と言って聞かないのはいつものこと。オレは洗濯物を取り入れながら、そんな見慣れた光景を眺めていた。
「リーヴェって子供好きなの?」
「うーん……そうだな、どっちかと言えば好きだと思う。大変だけど見てて飽きないし、こっちが教わることも多いからなぁ」
裏庭に面したウッドデッキでお茶を飲みながら、ティラがそんなことを聞いてくる。
子供かぁ……そりゃ嫌いだったら孤児院でなんて働かないさ。ムカつくことも腹立つこともあるけど、それ以上にやっぱり可愛い。大きくなってくると行動範囲が広がって大変さも増していくんだけどさ。
でも、ここのガキどもはオレにとっては家族みたいなものだ。弟や妹っていうか。だから手がかかって大変でも好きっていうのはあると思う。どれだけムカついても、結局許しちまうんだよなぁ。
「ふふ、そうね。子供って本当に可愛いわ。それじゃあ、わたしも頑張らないと」
「頑張るって……何を?」
「リーヴェのために頑張って可愛い子供産まなきゃ、って。うふふ」
そう言って笑うティラは、どことなく照れくさそうだった。
「――!」
ふと目を開けると、視界にはほとんど何も映らなかった。辺りが暗くて満足に視界が利かない、横になっていた身を起こそうとしたところで、腹部に重苦しいような鈍痛が走る。両手が腰の裏辺りで拘束されているらしく自由にならないことから、一拍ほど遅れて状況を理解した。そうだった、マックの野郎……。
……今のは夢か、また随分と懐かしいモンを……あんな夢を見るなんて、まだ密かにティラに未練でもあるんだろうか、情けない。
子供が可愛いって言ってたティラが、同じ子供のフィリアを問答無用に斬り刻もうとしたなんて、……どこからどこまでが本当で、どこから嘘だったのかもうわからないや。それとも、最初から全部嘘だったんだろうか。
「(ええい、やめだやめだ。それより、ここがどこなのか確かめないと……ん?)」
実りのないことは考えるだけ時間の無駄だ、自由にならない身じゃできることなんて限られてるだろうけど、現在地の確認と状況の把握だけでもしておきたい。何か手掛かりになるようなものでもあれば――
「……誰か、いるのか?」
間近に感じる土の匂いと独特の湿った感触、どうやら家屋の中ではないらしい。辺りが暗いのは……布か何かで覆われているせいか。ほんの微かに風を感じることから、簡易テントの中かもしれない。そんな中、すすり泣くような声が聞こえてくる。暗がりに慣れ始めた目で辺りを見てみると、少し離れたところに暗闇にも映える金色が映り込む。オレの声に反応して、びくりと身を跳ねさせて息を呑むのがわかった。
「う……っ、うぅ……私、もう、帰りたい……」
すると、今度はか細い声でそんなことを言ってまた泣き出してしまった。
幸いにも拘束されているのは手だけで、足は自由だ。殴られた腹に鈍痛は走るけど、無理矢理に身を起こして立ち上がるとゆっくりとそちらに足を向ける。近付くにつれてわかったのは、相手が女の子であることと見えた金色は髪であること。その姿には確かに見覚えがあった。
「あんたは……アフティ、だっけ? エルの姉ちゃん……だよな」
できるだけ怖がらせないように声をかけると、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で静かにこちらを振り返った。エルと見紛うほどによく似た顔は、間違いない。ボルデの街で見たエルの姉ちゃんだ。
腰裏に据え付けたままの錫の剣に手が触れてるけど、どうしたことか、今や彼女の身からはあの独特の嫌なものが出ていなかった。エルと離れて暮らしていたことで、弟への憎悪は随分と落ち着いてくれたんだろうか。
弟の名前を聞いてか、それとも別の理由か。次の瞬間、彼女は両手で顔を覆って本格的に泣き出してしまった。
「家に、家に帰りたい、もうやだあぁ……!」
「よ、よしよし、大丈夫だって」
何がどう大丈夫なのかはオレにもわからないけど、今はとにかくこれ以上不安にさせないことだ。フィリアが見つけたあの日記のようなものはやっぱり彼女が綴ったもので、マックについてきたことをひどく後悔してるんだろう。今の彼女からは、以前見た時のような憎悪や憤りは何も感じられない。ただただか弱い少女が恐怖に身を震わせて泣いているだけだ。
「(……おかしいな、マックに力を与えたのは彼女だと思ってたんだけど……)」
今のアフティの身からはあのドス黒い怨念の集合体みたいなものは出てないし、エルと離れて暮らすことで憎悪が薄れてカースからグレイスになったんだろうと思ったんだけど……どう見ても、今の彼女がマックに対して好意を抱いているとは思えない。じゃあ、マックに力を与えたグレイスは別にいるってことか……?
「――あら、目が覚めました?」
そんな時、シャッと音を立てて辺りを覆っていた布の一部が開かれた。その声を聞くなり、本能が警戒するみたいに勝手に身体に力が入るのがわかった。聞き覚えはあるし鈴が転がるような声は耳に心地好いはずなんだけど、聞きたくない声。
反射的にそちらを振り返ってみて、つい今し方頭に浮かんだ疑問は早々に解けたけど、まったく嬉しくない。腹の辺りがひどく気持ち悪い、胃の中を掻き回されているような不快感を覚えた。
「……なるほど、そういうことかよ」
「ごきげんよう、リーヴェ様。気分はいかが?」
月明りを背に立つ相手は、これまで何度もオレを悩ませてくれた女――あのリスティだった。マックに力を与えたグレイスは、間違いなくこの女だ。
「わははは~! にげろ~!」
お世辞にも広いとは言えない孤児院の裏庭を、悪ガキどもが楽しそうに笑いながら駆けずり回る。あちこちバラバラに逃げていく奴らを一人で追いかけるミトラは息も絶え絶えだ。
午後の昼下がり――「昼寝は嫌だ、まだ遊ぶんだ」と言って聞かないのはいつものこと。オレは洗濯物を取り入れながら、そんな見慣れた光景を眺めていた。
「リーヴェって子供好きなの?」
「うーん……そうだな、どっちかと言えば好きだと思う。大変だけど見てて飽きないし、こっちが教わることも多いからなぁ」
裏庭に面したウッドデッキでお茶を飲みながら、ティラがそんなことを聞いてくる。
子供かぁ……そりゃ嫌いだったら孤児院でなんて働かないさ。ムカつくことも腹立つこともあるけど、それ以上にやっぱり可愛い。大きくなってくると行動範囲が広がって大変さも増していくんだけどさ。
でも、ここのガキどもはオレにとっては家族みたいなものだ。弟や妹っていうか。だから手がかかって大変でも好きっていうのはあると思う。どれだけムカついても、結局許しちまうんだよなぁ。
「ふふ、そうね。子供って本当に可愛いわ。それじゃあ、わたしも頑張らないと」
「頑張るって……何を?」
「リーヴェのために頑張って可愛い子供産まなきゃ、って。うふふ」
そう言って笑うティラは、どことなく照れくさそうだった。
「――!」
ふと目を開けると、視界にはほとんど何も映らなかった。辺りが暗くて満足に視界が利かない、横になっていた身を起こそうとしたところで、腹部に重苦しいような鈍痛が走る。両手が腰の裏辺りで拘束されているらしく自由にならないことから、一拍ほど遅れて状況を理解した。そうだった、マックの野郎……。
……今のは夢か、また随分と懐かしいモンを……あんな夢を見るなんて、まだ密かにティラに未練でもあるんだろうか、情けない。
子供が可愛いって言ってたティラが、同じ子供のフィリアを問答無用に斬り刻もうとしたなんて、……どこからどこまでが本当で、どこから嘘だったのかもうわからないや。それとも、最初から全部嘘だったんだろうか。
「(ええい、やめだやめだ。それより、ここがどこなのか確かめないと……ん?)」
実りのないことは考えるだけ時間の無駄だ、自由にならない身じゃできることなんて限られてるだろうけど、現在地の確認と状況の把握だけでもしておきたい。何か手掛かりになるようなものでもあれば――
「……誰か、いるのか?」
間近に感じる土の匂いと独特の湿った感触、どうやら家屋の中ではないらしい。辺りが暗いのは……布か何かで覆われているせいか。ほんの微かに風を感じることから、簡易テントの中かもしれない。そんな中、すすり泣くような声が聞こえてくる。暗がりに慣れ始めた目で辺りを見てみると、少し離れたところに暗闇にも映える金色が映り込む。オレの声に反応して、びくりと身を跳ねさせて息を呑むのがわかった。
「う……っ、うぅ……私、もう、帰りたい……」
すると、今度はか細い声でそんなことを言ってまた泣き出してしまった。
幸いにも拘束されているのは手だけで、足は自由だ。殴られた腹に鈍痛は走るけど、無理矢理に身を起こして立ち上がるとゆっくりとそちらに足を向ける。近付くにつれてわかったのは、相手が女の子であることと見えた金色は髪であること。その姿には確かに見覚えがあった。
「あんたは……アフティ、だっけ? エルの姉ちゃん……だよな」
できるだけ怖がらせないように声をかけると、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で静かにこちらを振り返った。エルと見紛うほどによく似た顔は、間違いない。ボルデの街で見たエルの姉ちゃんだ。
腰裏に据え付けたままの錫の剣に手が触れてるけど、どうしたことか、今や彼女の身からはあの独特の嫌なものが出ていなかった。エルと離れて暮らしていたことで、弟への憎悪は随分と落ち着いてくれたんだろうか。
弟の名前を聞いてか、それとも別の理由か。次の瞬間、彼女は両手で顔を覆って本格的に泣き出してしまった。
「家に、家に帰りたい、もうやだあぁ……!」
「よ、よしよし、大丈夫だって」
何がどう大丈夫なのかはオレにもわからないけど、今はとにかくこれ以上不安にさせないことだ。フィリアが見つけたあの日記のようなものはやっぱり彼女が綴ったもので、マックについてきたことをひどく後悔してるんだろう。今の彼女からは、以前見た時のような憎悪や憤りは何も感じられない。ただただか弱い少女が恐怖に身を震わせて泣いているだけだ。
「(……おかしいな、マックに力を与えたのは彼女だと思ってたんだけど……)」
今のアフティの身からはあのドス黒い怨念の集合体みたいなものは出てないし、エルと離れて暮らすことで憎悪が薄れてカースからグレイスになったんだろうと思ったんだけど……どう見ても、今の彼女がマックに対して好意を抱いているとは思えない。じゃあ、マックに力を与えたグレイスは別にいるってことか……?
「――あら、目が覚めました?」
そんな時、シャッと音を立てて辺りを覆っていた布の一部が開かれた。その声を聞くなり、本能が警戒するみたいに勝手に身体に力が入るのがわかった。聞き覚えはあるし鈴が転がるような声は耳に心地好いはずなんだけど、聞きたくない声。
反射的にそちらを振り返ってみて、つい今し方頭に浮かんだ疑問は早々に解けたけど、まったく嬉しくない。腹の辺りがひどく気持ち悪い、胃の中を掻き回されているような不快感を覚えた。
「……なるほど、そういうことかよ」
「ごきげんよう、リーヴェ様。気分はいかが?」
月明りを背に立つ相手は、これまで何度もオレを悩ませてくれた女――あのリスティだった。マックに力を与えたグレイスは、間違いなくこの女だ。
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