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第十一章:城塞都市アインガング
ふたりの天才《ゲニー》
しおりを挟むアンテリュールで思わぬ邂逅を果たして約半日、見つけた時はほとんど気力が抜けているように見えたウロボロス――いや、元ウロボロスの面々も少しずつ落ち着きを取り戻してきていた。それがオレにとって喜ばしいかどうかは別だけど、まあ……うん。乱暴されそうになった女性たちだ、たぶん恐ろしい想いをしただろうから、好き嫌いは別として気持ちが上向いてくれるならそれでいい。
あの後、ヴァージャに呼ばれたサクラとフィリアがやってきた時は何とも言えない空気が漂ったものだ。ボロボロになった彼女たちを目の当たりにしたサクラは、何も言わなかった。……というよりは、何も言えなかったに違いない。いくら付き合いの長いサクラでも、マックがこうまで女に対してひどい仕打ちをするなんて彼女だって思ってなかっただろう。
何も言わない代わりに、彼女は甲斐甲斐しく元仲間たちの世話をしていた。もちろん、助けてもいいかとフィリアに確認を取ることは忘れずに。
それからディーアとエルも合流して、取り敢えず四人で報告し合うことになった。
「じゃあ、娯楽街の方にも紛れてたのか」
「ああ、三人ほど。身分証も持ってたし、所属も帝国にある部隊だから間違いない、帝国兵だ」
「思っていたよりも多いですね、貧民街の方にもやっぱりいましたか……」
潜伏してるかもしれない兵士を見つけるといっても、調査できた時間は正直あまり長くない。もしかしたらまだ見つけていないやつもいるかもしれない、確実に安全だとは言えなかった。
このアンテリュールから城塞都市アインガングまでは多少なりとも距離はあるものの、デカい都だからこそ利便性にも優れている。金さえ出せば移動時間の短縮にいい馬車でも何でもすぐに調達できるだろう。考えすぎかもしれないけど、下手をすると一網打尽にされる可能性だって……。
「あ、あの、ちょっとこれを見てもらえませんか?」
「フィリアちゃん、どうした?」
そこへ、二階の掃除をしていたフィリアが古びた階段をぱたぱたと駆け下りてきた。その小さな手にはいくつかの紙切れが握られている。一階の居間で話していたオレたちの傍に駆け寄ってくるなり、所々破れたその紙切れを手の平に乗せて見せてきた。紙の表面には、ややかすれた文字が走り書きのような形で綴られている。それは……日記のように見えた。
小さな紙面に綴られた文字からは、まるで怯えているような印象を受ける。「こわい、たすけて、やっぱりやめておけばよかった」という深い後悔が読み取れた。
「これ……まさか……」
「ど、どうしたんですか?」
「……間違いない、姉さんの字だ!」
紙切れを見つめて声を上げたのは、他の誰でもないエルだった。これを書いたのがエルの姉ちゃんなら、マックについてきたことを後悔してる、……ってとこか。あの姉ちゃんは弟を見返したくて名の通ってるクランに入りたかったみたいだし、まさかマックが女に――仲間に手を上げるなんて思わなかったんだろう。
フィリアが持ってきた紙切れを手に奥の部屋に向かうエルの後ろをみんなで追いかけていくと、エルは部屋に飛び込むなり大慌てで声を上げた。
「あの、この紙切れ……フィリアが二階で見つけたんですけど、誰が書いたか……わかりませんか?」
その場に居合わせた面々は、エルの声に反応して顔を上げた。いずれも疲労の色が濃く見えるものの、さっきよりは随分と落ち着いたようだ。見知った仲のサクラが傍にいる影響もありそうだけど。
すると、すぐ近くで座り込んでいた数人がおどおどしながら口を開いた。答えてもいいのかどうか、どこか心配そうな様子で。
「二階なら、ティラやアフティが使ってたからどっちかだと思うけど……」
「――! そ、そうですか、ありがとうございます、それが聞ければ充分です!」
その返答に、エルの表情はパッと明るくなった。マックのやることに恐怖や疑念を抱いたってことは、あの姉ちゃんはまともだ。次にエルと会えばきっとまだ戻ってこれる。ティラはわからないけど。
なんてそんなことを考えていると、元ウロボロスの面々が何やらどよめいているのに気付いた。戸惑ったような、困惑しているような――それでいてちょっと嬉しそうな様子で。その視線はエルに向けられていた。
「……あんたも天才なのに、そんなあっさりお礼言うなんて……変わってんのね」
「ふふ……世界は広いのよ。同じ天才でも全員がマックみたいな性格じゃないわ。あんたたちもマックの本性はこれでもうわかったでしょう、彼は最初からウロボロスのメンバーから一人だけを選ぶ気なんてなかったのよ」
サクラが静かにそう告げると、どよめきは静まり、代わりにそっと安堵がその場の空間に広がったような気がした。肩の力が抜けたというか。
マックとエル――同じ天才でありながら、そのマックとはまったく違うエルの性格に彼女たちは衝撃を受けているようだった。そうだよなぁ、オレもエルに会う前はマックしか天才を知らなかったから驚いたものだよ、こんなに腰の低いやつもいるのか、ってさ。……天才の伴侶になれれば、今の世の中じゃ所謂勝ち組になれる。彼女たちは不満があっても、その勝ち組になるために従うしかなかったんだろう。その先に明るい未来があると信じて。
マックを逃せば、こんな機会はきっと二度と訪れない。
そんな強迫観念に縛られていたのかもしれないし、今まで時間と色々なものを捧げてきたからこそ意地もあっただろう。捧げたものが長く多ければ多いだけ、諦めるのも難しいもんだ。
……今の彼女たちは、どこか吹っ切れたような清々しい顔をしていた。いつかのサクラみたいに。
「……リーヴェ、心は決まったか」
「うん。ヘクセのことは嫌いだけど治してやるよ、仕方ない」
オレの頭の中が落ち着いた頃を見計らって、隣に立っていたヴァージャが静かに声をかけてきた。複雑に入り組んで悶々としていた気持ちはまだ残ってるけど、サクラの時と同じだ。自分のために彼女たちを治療しようと思う。
ヘクセもロンプも、他の面々も。マックのことは綺麗さっぱり忘れるんだとしても、そのマックに負わされた傷は今もくっきりと残ってる。身体や顔に女の子が傷を作ったままなんて、これからの未来を考えるとあんまりだ。これまで敵対してきたわけだから快い感情はまだ抱けそうにないけど、いつか彼女たちが幸せを掴んだ時にマックが地団駄を踏んで悔しがる様が見れるかもしれないと思うと――ちょっと楽しみではある。なんて思っちまう辺り、オレも大概歪んでるな。
そんなオレの思考をいつも通り読んだのか、ヴァージャはふと小さく笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。
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