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第十一章:城塞都市アインガング

とんでもない可能性

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 突然向けられた言葉に、頭が一瞬停止するのがよくわかった。

 “お父さんとお母さんに会いたい?”

 ……答えは、当然ながらすぐには出てこない。記憶にあるのは母親らしき女の泣き顔だけだし、その顔だってハッキリ覚えちゃいないんだ。そもそも、コルネリアって女は本当にオレの母親なのか。


「……すぐ答えられないってことは、会いたくないってわけじゃないね」
「いや、それは……」
「それならそれでいいんだよ。会いたくない、顔も見たくないって場合は顔に出るものさ。でも、今のきみは迷うような顔をしてる。会いたい気持ちはあるんだろう」


 博士のそのハッキリとした物言いに、何も言えなかった。
 あまり会いたくないけど、確かに「絶対会いたくない」ってレベルじゃないんだ。心の底には親に対する興味みたいなものはある。どんな人なのかっていう、純粋な興味が。

 オレが何も言えずにいると、博士は改めて地図に向き直ってから思案げにトントンと指で机の上を小突いた。


「きみが親に絶対会いたくないってわけじゃないなら、僕としては有難いんだ。アインガングを統治してるのはスコレット家だし、そのスコレット家が探しているご子息がこちらにいるので話し合いの席を設けたい、って言えるからね」
「あ、そうか。上手くいけば戦いも避けられるかな?」
「それは……どうだろうね。ご両親が今の皇帝や帝国の在り方をどう思ってるか次第じゃないかな。そもそも、今になって探し始めたのはきみを皇帝に献上するためっていう線が濃厚だ。そうなると、皇帝を倒すためにアインガングを通り抜けたい、なんて要求は受け入れてもらえないと思うし、受け入れられても最悪の場合は挟撃に持ち込まれる可能性もある」


 挟撃っていうと……あれか。仲間になったフリをして、背後が手薄になったところを帝都と一緒に挟み撃ちにしてくるってやつか。
 そうだな、確かにそうだ。順序立てて説明してもらうと、争いを避けるっていうのがいかに難しいことかがよくわかる。戦いを避けられるならそれが一番いいんだけど、こっちと同じように向こうにも譲れないものはあるだろうから。


「まあ、難しくても取り敢えずやってみよう。武力じゃなく対話で解決できる可能性があるなら、試してみるに越したことはないからね」
「……そうだな。オレにできることなら何だって協力するよ」


 グリモア博士はオレなんかよりもずっと頭がいいだろうし、そんなオレにできるようなことなんて何もないに等しいんだろうけど。それでも、スコレット家との取引で役に立てることがあるなら何でもやるつもりだ。
 すると、博士は一旦ペンを置いて改めてこちらに向き直った。


「じゃあ、ひとつお願いがあるんだけど」
「え?」
「その腰のやつ、ちょっと見せてもらっていい?」


 その予想だにしないお願いが指すのは、どうやらオレがいつも腰裏に付けてるお守り――ヴァージャから借りてる錫の剣だった。


 * * *


 錫の剣のことと、その錫の剣を持つことになった理由と経緯、それに巫術ふじゅつのことを簡単にグリモア博士に説明すると、当の博士本人は「へえぇ」と興味深そうに洩らしながら手にした錫の剣をまじまじと眺めた。その目も表情も子供みたいに輝いていて、さっきの真面目な様子とのギャップがあまりに激しすぎる。


「なるほどねぇ……こういう澄んだ音は、昔から魔除けとして重宝されてきたものなんだ。悪霊はこの錫の音が嫌で寄ってこれないんだろうさ。……けど、もったいないなぁ、せっかくこういうものを持ってるならもっと活かさないと」
「活かすって、どうやって……」
「神さまから与えられたこの“神器じんぎ”に、神さまと繋がる巫術、それにグレイス特有の力。これら三つが揃ってるんだ、きみは今以上にとんでもない可能性を秘めてるんだよ」


 その話を聞いても、オレにはいまいちよくわからなかった。ヴァージャと繋がってるわけだからとんでもないことができそうなのはわかるけど、そもそも攻撃的な力は制限がかけられてて使えないし……。
 オレが難しい顔で黙り込んでいると、博士は改めて「はは」と笑って錫の剣を返してくれた。


「例えば、きみが簡単な法術で周りの防御力を上げるとする。習えば誰でも使えるような初歩的な術だ、神さまにできないわけがない。だから、巫術士のきみにも当然使える」
「う、うん……」
「けど、ただの法術でも、優秀なグレイスのきみが使えば一切の攻撃を寄せつけない完全無欠の防御法術になるんだ。その錫の剣が邪気を祓ってくれるから、きみが一旦かけた術は相手側の解除術を受けても効果が消えることもない。……簡単に言うと、規格外の補助系法術の効果が恒久的に続くってわけさ、きみが解除するまでずっと、それも広範囲にね」


 いつも通り淡々と告げられた言葉だったけど、何度か頭の中でかみ砕いていくうちに心臓がやかましく騒ぎ始めた。速まる鼓動は恐怖によるものか、それとも期待か。
 もっとみんなの役に立ちたいとは常々思ってきたけど、いざ言葉にされると結構怖くなるもんだ。……ヴァージャに本を借りてもどういう術を覚えればいいのかわからなかったけど、これでなんとなくわかった気がする。


「じゃあ、オレが法術を使えるようになれば、今よりもっと……」
「うん、大きな力になると思う。だけど、決して神さまの傍を離れちゃいけないよ。神さまがきみに本を貸すだけ貸して何も教えてくれないのは、本当はそういった他の力を持ってほしくないと思ってるからだろう」
「……え?」
「今だって帝国をはじめ他のクランからも執拗に狙われてるのに、更に強力な力を持てばこれまで以上に危ない目に遭う。だから力を持ってほしくはないけど、きみの気持ちは尊重したい、……ってところじゃないかな」


 ――正直、本を貸すくらいなら巫術を与えてくれたばかりの時みたいにヴァージャが付き添って教えてくれたらいいのに、って思う部分はあった。でも、それも博士にこうやって説明されれば驚くほどにストンと腑に落ちる。

 そうだ、そうだよ。ヴァージャって、いつも聞けば大体のことは教えてくれるし、オレが駄々こねても可能な範囲で聞いてくれるんだ。普段は無表情でいることの方が多いからパッと見は怖い印象があるけど、中身は全然そんなことない。人間が好きで、その人間を見守るのも大好きな心優しい神さまだ。あの本だって、どういう気持ちで貸してくれたんだろう。


「あの神さまは、いつでもきみのことを大事にしてくれてるんだね」


 トドメにグリモア博士がにっこり笑いながらそんなことを言ってくるものだから、異様に顔面が熱くなった。ヴァージャがオレを気にかけてくれてるのはわかってるつもりだったけど、……オレもまだまだだな。
 新しい力を持とうが持つまいが、どっちにしろ力を追い求める連中に追っかけ回されるなら、みんなを守れる力を持つ方がいい。……けど、そのことはちゃんとヴァージャには話しておこう。
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