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第十章:エアガイツ研究所の天才博士
交換条件
しおりを挟むヴァージャが放った衝撃波でほとんど動けなくなった帝国兵たちは、研究員たちの手によって拘束、捕縛された。現在は後ろ手に両手を縛り、研究施設の地下に閉じ込めてある状態だ。帝国兵たちに暴力を振るわれた研究員も数人ほどいたけど、命に関わるような傷を負った者はフィリアたちも含めて誰もいない。それだけは不幸中の幸いだった。
「ど、どうぞ、この奥が応接室みたいになってます。すぐ何かお持ちしますので」
「あ、お構いなく……」
オレたちは現在、研究施設の二階にある大部屋に案内されていた。あちこちに本棚があり、ぎっしりとファイルが詰め込まれている。ぺこぺこと頭を下げて部屋を出て行く一人の研究員にフィリアが咄嗟に声をかけたものの、聞こえてたかどうかは不明だ。
研究員たちは帝国兵の襲撃を受けたせいか、それともヴァージャの反則級の力を目の当たりにしたせいかおどおどしてるけど、件のグリモア博士は穏やかな物腰でこちらの話を聞いてくれた。
椅子に深く腰掛け、頬杖をつきながら渡した手紙を読む様はヴァージャとはまた違う系統の美しさがある。赤の長い髪は毛先に向かうにつれて橙色に近いグラデーションがかかっていて、その長い髪を緩い三つ編みにした状態で右肩に流している。白衣を羽織る姿は研究員らしいんだけど、「博士」って呼ばれてるわりには若すぎるような……見たところ、オレとそんなに変わらないぞ。
「……なるほど、話はよくわかった。反帝国組織、ね……」
「あの、お手紙の内容って何だったんですか?」
「なんだ、何も聞かないでここまで来たのかい? 駄目だよ、上の考えはちゃんと聞いておかないと」
言われてみればそうだ。サンセール団長に限ってオレたちを騙そうとか、そうした悪だくみとかじゃないと思ってたから何も聞かないで来ちまったけど、普通は手紙に何が書いてあるのか聞くよなぁ。次からはそうしよう。
グリモア博士は読み終えた手紙を折りたたんで封筒に戻しながら、フィリアの疑問に答えてくれた。
「簡単に言えば、協力しませんかってお誘いの手紙だよ。打倒帝国のためのね」
「きょ、協力!? で、でも……」
「……グリモアさんは、ル・ポール村で村の人たちを誘拐してた研究員とは無関係なんですか?」
サンセール団長に託された手紙の内容を聞いて、フィリアもエルも複雑な表情を滲ませた。そりゃそうだ。エアガイツ研究所の連中は、凡人と無能を誘拐してその人たちを研究してたんだから。
エルが怪訝そうな面持ちで言葉を向けると、グリモア博士は整ったその顔面に不可解そうな色を乗せて傍にいた研究員をちらと見遣る。すると、その研究員は近くの棚から数冊のファイルを取り出して彼に渡した。
「……ふうん、グレイスとカースの研究は無抵抗の人たちを捕まえて行ってたのか。なるほど、こういうことをしてたならそういう顔をされても文句は言えないね」
渡されたファイルをパラパラと捲り始めた博士の顔は、見る見るうちに不快そうに歪んでいく。ファイルを手渡した研究員は叱られると思ってるのか、傍で無言のまま青い顔をしていた。
程なくして、ぱたんとファイルを閉じたグリモア博士は座っていた椅子から立ち上がると静かに頭を下げた。
「知らなかったっていうのが一番無責任でよくないと思うけど、他に言いようがない。すまなかったね」
「あ……い、いえ」
「組織っていうのはどこもそうだと思うけど、エアガイツ研究所も一枚岩じゃなくてね。ここみたいな穏健派もいれば、打倒帝国のために強引なことをしてる過激派もいる。僕の研究資料を持ち逃げして帝国に寝返ったやつもいるよ、欲に目が眩んでね」
博士が語る話を聞く限り、オレたちがル・ポール村近郊で遭遇した研究員たちは過激派ってやつだったんだろう。これらの話を全部鵜呑みにしていいのかどうかは疑問だけど、本当なら組織内でも色々と対立とか起きてるんだろうな。
それにしても、博士の研究資料を持ち逃げして寝返る、か……ってことは、このグリモア博士ってメチャクチャ頭いいんだ。
そこで、一歩前に出たのはディーアだった。片手を胸に添えて軽く会釈程度に頭を下げる。……そういや、ディーアって副隊長だもんな。さすがに副隊長なら今回の要件も知ってたんだろう。
「もし協力関係を結べるのなら、力になれると思ってる。……お互いに、色々なことでさ。帝国に苦しめられてる人たちを救うためにも、博士の知恵や知識を我々にお貸しいただけませんか」
「……そうだねぇ、僕も帝国の横暴さにはウンザリしてるし……うーん……」
こうして話してる限り、この博士やここの研究施設にいる研究員たちはみんな穏やかっていうか、友好的だ。穏健派っていうここの連中と手を組むならオレは別に反対はしないけど……。
その時、ふと博士の視線が一度こちらを向いた。目が合わないところを見ると、博士が見ているのはオレじゃなくて、オレの隣にいるヴァージャだろう。対するヴァージャは――さっき見たのは間違いでも気のせいでもなかったらしい、依然として険しい表情でまっすぐグリモア博士を睨んでいた。
……えっ、ヴァージャがこんな反応を見せるってことは……この博士ってもしかしてヤバいやつ……? それとも、知り合いか何か……。
「――うん、決めた。そこのグレイス君、……ええと、リーヴェって言ったっけ?」
「え?」
そんなことを考えて不安になり始めたオレの思考を止めたのもまた、グリモア博士だった。改めて彼を見遣ると、博士はにっこりと笑って軽く小首を傾ける。
「きみが一日、僕とデートしてくれるならいいよ♡」
――なんて、正気を疑うような言葉を吐きながら。
周りからの視線がものすごく痛い。博士の傍にいた研究員たちも開いた口が塞がらないとばかりに唖然としてる。
デート……デート? オレが、博士と? ……なんで!?
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