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第十章:エアガイツ研究所の天才博士
お慕いしています
しおりを挟む会議室を後にしたところで、追いかけてきたマリーたちに捕まった。マリーとハナの後ろには気まずそうなベイリーたちの姿も見える。けど、毒気は一切なさそうだ。ほら、とマリーに押されて一歩前に出たベイリーはさっきと同じように改めて頭を下げた。
「本当にごめんなさい、あと……ありがとう」
「い、いや、いいんだって。隊長もああ言ってたんだし、この話はもう終わり、な」
「でも、リーヴェかっこ良かったよ! みんなに自慢したいくらい!」
「なんだよ、褒めても何も出ないぞ」
「「けち!!」」
ベイリーたちに気を遣ってるのか、いつもよりグイグイ絡んでくるマリーとハナはそこで揃って不満の声を上げた。そんなやり取りを目の当たりにして、一緒にいたフィリアたちはもちろん、ベイリーたちも声を立てて笑い始める。
……よかった、この分ならもう大丈夫そうだ、変に引きずったりしないだろ。マリーとハナもその様子を見て嬉しそうに笑みを滲ませた。膨れてみたり笑ってみたり、ころころと変わる表情は見ていて飽きない。
「けど、リーヴェたちも大変な仕事を任されちゃったわね。隊長が言ってた人たち、知ってるんでしょ?」
「ああ、うん。まあ……」
隊長が言っていたグリモアってのがどんな人なのか多少話を聞いてみたけど、あまり大手を振って歓迎できるような相手じゃないことだけはよくわかった。フィリアとエルも、その顔に複雑な色を滲ませている。ヴァージャはいつも通りの無表情だからわからないけど。
そりゃそうだ、そのグリモアは――ル・ポール村で無抵抗の人たちを誘拐して研究対象にしてた、あのエアガイツ研究所の関係者だっていうんだから。
「あの人たちの目的も皇帝を倒すことなわけですから、一応は同じ目的を持ってはいるんですよね。だからと言って味方とは限りませんけど……」
エルが言うように、確かにエアガイツ研究所の目的も皇帝を倒すことなんだ。だから状況次第では協力関係を結ぶこともできるかもしれない。けど、オレたちが遭遇した研究員たちがやってたことを考えると、心証はよろしくないわけで。
「ヴァージャ様やディーアが一緒だから大丈夫だとは思うけど……気をつけてね」
「あたしたち、おいしいご飯作ってみんなが帰ってくるの待ってるから」
マリーやハナにこう言われちゃ、あれこれとゴネてるわけにもいかない。第一、もう引き受けちまったんだし。とにかく、今回の用はグリモアって人に接触してサンセール団長の手紙を渡すってことだけなんだ。余程のことがない限り、大事になったりはしないだろ。そうであってほしい。
* * *
各々支度を済ませるために一旦解散になり、オレも部屋で荷物の整理をすることになった。と言っても、今回はただのおつかいだから、持っていくものだってそうそう多くないんだけど。まあ、女の子ってのは支度に時間がかかるものだ。フィリアはともかくサクラは大人の女性なわけだし、急かさずのんびり構えておくことにしよう。
……出発できるまで少し時間ありそうだし、ヴァージャから借りた本にでも目を通しておこうかなぁ。ひと通りパラパラと読みはしたけど、一回でなんて覚えきれないし、ちゃんと覚えるまで何度も繰り返し読みたいところだ。
「……ん?」
そんなことを考えていた矢先、バタバタと走るようなけたたましい音が部屋の外から聞こえてきた。なんだろう、何かあったんだろうか。新しく入った連中が何かもめてるんだとしたらどうしよう。
出入口にそっと歩み寄って気付かれないよう静かに扉を少しだけ開けてみると、何やら慌てたような声がわりと近くから聞こえてくる。この声はさっきも聞いた覚えがある、……リスティだ。
「――っ、お待ちください、ヴァージャ様! 誤解です!」
「サンセール殿は深く追求しないことにしたのだ、誤解だと言うのなら堂々としていればいいだろう。なぜお前はそう私に付き纏うのだ」
「それは……ベイリーさんたちの話で、ヴァージャ様にもそう思われているのではと……」
「私がお前をどう思っていようと自由なはずだが」
開いた隙間からそっと顔を覗かせてみても、目の届く範囲にヴァージャとリスティの姿は見えない。どうやら、廊下を曲がった先で話をしているようだった。これは……オレが出て行ったら余計にややこしいことになりそうだな。
「わたくしはっ、わたくしは……ヴァージャ様をお慕い致しております! ですから、わたくしが仕組んだことなどと思われるのは嫌なのです!」
リスティのそのハッキリとした言葉を聞いて、どきりと心臓が跳ねたような気がした。……ヴァージャにその気がないってのはわかってるつもりだけど、自分の恋人が告白されてる現場に居合わせるってのは落ち着かないものなんだな。出て行きたくなる気持ちを抑えて、何となく片手を胸の辺りに添え置いた。心臓がやかましく拍動してるのが手の平に伝わってくる。
「話した覚えがないのに、お前が私のいったい何を知っているというのだ」
「そ、それはそうですが……わたくしだってリーヴェ様と同じグレイスですっ! お傍に置いて下されば、お役に――」
その矢先、視界になんて映らないのに、オレの今の位置からじゃその現場なんて見えやしないはずなのに、全身が凍りつくような錯覚に陥った。肌をたくさんの細かな針で刺されてるみたいな感覚がある。明らかにその場の雰囲気が変わったのがわかった。
「お前が、リーヴェと同じ、だと……?」
「え……ヴァ、ヴァージャ様……?」
「他者を蹴落とそうとするような者では比較にもならん、お前ではリーヴェのようにはなれない。私の相棒を侮辱するな」
「そ、それは誤解ですと先ほどから申しているではありませんか!」
「では、リーヴェを突き落とした者に心当たりがあると言っていたあの日、お前は誰の名を私に伝えるつもりだったのだ」
普段はのんびり悠々と構えてるヴァージャが、こんなふうに誰かを責め立てるような物言いをするなんて本当に珍しい。……あいつ、今どんな顔してるんだろう。大丈夫か、恨まれたりしないか。リスティは今はグレイスでも、下手をするとカースになっちまう可能性もあるんだろ。
「そ、れは……その」
「……“どう取り繕えば納得してくださるか”、か。本当に誤解なら取り繕う言葉など考える必要はないはずだが」
「――!」
あーあ、心読んじゃった。オレはもうずっと読まれてるから慣れたけど、そうじゃないと結構不気味だと思うんだよなぁ、アレ。……けど、やっぱりベイリーたちが言ってた通りなのか。
オレを突き落とす計画を立てたのはリスティで、居場所がなくなると焦ったベイリーたちが実行犯になった、と。リスティは彼女たちに全てなすりつけるつもりだったのかな。
「もう一度だけ言う、二度と私の相棒を侮辱するな。再び危害を加えるのなら次はないと思え」
リスティは、もう何も言えないようだった。遠ざかっていくヴァージャのものらしき靴音は聞こえるけど、どれだけ待っても追いすがるような声は聞こえてこない。
これで諦めてくれると……いいんだけど。ちょっとかわいそうだったかな。
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