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第十章:エアガイツ研究所の天才博士

あの時の犯人

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 髪を梳く妙なくすぐったさと心地好さにじわじわと意識が浮上を始める。まだもう少し微睡んでいたいような、目を開けて正体を確かめたいような。たぶんこのままでも二度寝できるだろうけど、ややしばらくの思案の末に伏せていた目を開けた。

 寝起きで焦点の定まらない視界には、すっかり見慣れた緑色が映り込む。昨夜はヴァージャと一緒に寝たわけだから、この鮮やかな緑色の髪の持ち主は他にいない。今日は珍しく、オレよりもヴァージャの方が先に起きたみたいだ。


「起きたか」
「起きたというか起こされたというか……あんた地味にオレのこの髪気に入ってるだろ」


 ゆったりとした動作で髪を梳く動きが眠気を誘う。よく髪を触られたり撫でられたりすると眠くなるって言うけど、あれはマジだな。このままだと余裕で二度寝コースだ。何も予定がない時ならそれでもいいんだろうけど、今はそういうのんびりできる状況じゃないからな。横たえていた身を起こすと、ヴァージャの手が自然と髪から離れていく。


「ああ。品質の良くないサンゴのような色合いで美しい」
「悪かったな、品質の良くないサンゴで」
「別に貶したわけではない、濃い色よりも淡い色の方が私は好みだ」


 それならいいけど、もっと他に例えはなかったのかよ。後ろ髪に指先を触れさせてくるとこを肩越しに振り返って見遣ると、なんとなく猫にじゃれつかれてるような錯覚に陥る。


「たまには結わない日があってもいいのではないか?」
「あー……ここまで伸びると結わないと邪魔になるんだよなぁ……もう切ってもいいんだけどさ」
「駄目だ、それは許さん」


 どんだけ気に入ってんだよ。珍しいな、ヴァージャがここまでこだわりを見せるなんて。まあ、別に切っても切らなくてもどっちでもいいさ、少し女々しいけどちょっとした「願掛け」みたいなの、してただけだし。


「……願掛け……ああ、髪に願いをかけるというのは古来より人間たちがよくやる手法だな。切ってもいいということは、お前の願いは叶ったのか?」
「ああ、まあ……そうだな」


 いつか、無能でもいいって言ってくれるような、才能とか関係ない彼女ができたらいいなぁ、って。オレが自分の髪に懸けた願いはそれだ。ティラとは駄目になったしヴァージャは「彼女」じゃないけど、恋人であることに変わりはないんだし……叶ったと思ってもいいだろう。今は色々と大変な時ではあるけど、ヴァージャとそういう関係になったお陰で毎日ちゃんと幸せなんだ。

 なんてぼんやり思ってると、後ろから腕を掴まれて引っ張られた。そのまま背後からやんわりと抱き込んできたかと思いきや、髪に口元を埋めてくるのが絶妙にくすぐったい。


「リーヴェ、今の……帝国の問題が片付いたら……」
「ん?」


 いつも大体何でもかんでもハッキリ言うヴァージャにしては、途中で言い難そうに言葉を濁すのもこれまた珍しい。まあ、いくら神さまだって言い難いことのひとつやふたつあるだろ。だから急かすことなくその先を待ってたわけなんだけど――

 その最中に、部屋の扉が控えめにノックされた。
 あるある、こういう時こそ妨害が入るってよくある。

 ちら、と互いに目を合わせること数拍。扉の向こうにいるのが誰かはわからないけど、このまま無視するのも気が引ける。ヴァージャが身を離してきたのもあって、取り敢えず話の続きは次に持ち越しだ。

 寝台を降りて部屋の出入口に駆け寄ると、そっと扉を押し開いた。時計がないからハッキリとした時間はわからないけど、まだそれなりに朝の早い時間だろう。こんな時間に部屋を訪ねてくるなんて……フィリアかエルかな。

 オレのそんな予想は綺麗に外れた。いっそ清々しいほどに掠りもしてない。


「おはよう、……ええっと……」
「お、おはよう、ごめんね、こんなに朝早くから……」
「いや、それは別にいいんだけど……どうしたんだ?」


 扉の先には、二人の少女と一人の青年が立っていた。見覚えはあるんだけど、名前が出てこない。……えっと、確かオレたちが初めて反帝国組織の拠点にお邪魔した時に、外で面倒くさそうな騒ぎを起こしてた子たちだな。子って言っても十代の半ばか後半くらいだと思うけど。

 無能って言われるとムカつくからお前たちの強化はやめようかな~とか言ってたっけ。この子たちはまだカース寄りなのかな、それともグレイスに傾いたかな。

 わざわざ訪ねてくるってことは、それなりの用事があるんだろう。どう言えばいいか、言ったら怒られるんじゃないか。互いに目配せし合う様からは、そんな不安が見て取れる。しばらくそうしていたものの、やがて先頭にいた黒髪の少女が、スカートをぎゅっと握り締めながら意を決したように口を開いた。


「ご……ごめんなさい! この前、リーヴェを穴に突き落としたの、わたしたちなの!」


 その告白は、朝から聞くには少しばかり重そうだった。
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