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第九章:天空の拠点

マックの価値は

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 ディーアがヘクセとロンプ、サクラがティラ、エルがマックとそれぞれ正面から激突した。

 けど、ウロボロスの連中は正々堂々と戦う気なんてないらしく、マックはエルと交戦しながらも合間にサクラに向かって魔法弾を放つし、ヘクセとロンプは二対一なのをいいことに、同時に様々な魔術を繰り出してディーアだけでなくエルとサクラを襲撃する。思わぬタイミングで思わぬ角度から叩き込まれる横槍に、三人とも非常にやり難そうだった。

 マリーとハナが拠点に報せに戻ったから、わりと早めに他の援護が来てくれるとは思うんだけど……。


「(ヴァージャ……いや、ヴァージャに頼ってばかりいられない。こういう時こそ、役に立つチャンスじゃないか)」


 まだあの本をちゃんと読めてないから法術に関してはまったく勉強できてないけど、グレイスの能力に関してだけ言えばきっと法術を使うよりずっと簡単なはずだ。好意が能力発動の鍵なわけだから、単純にあの三人の好きなところに集中すりゃいい。たぶん。

 サクラは……今まで話したことなかったけど、その間も嫌がらせとかしてこなかったし、無能って見下してくることもなかった。直接は。だから死なせたくないって思ったのもある。それに、マックたちと敵対してまでこっち側についてくれたこと、申し訳ない気持ちもあるけどやっぱり素直に嬉しい。そういう義理堅い部分は当然好きだ。

 ディーアには初めて会った時に助けられたし、それからもとにかく面倒見がいい。人手が足りないのもあっただろうけど、いきなりやってきたオレたちを当たり前のように受け入れてくれて、ヴァージャが神さまだってことも信じてくれて、場を纏めるのだって積極的にやってくれる。周りから信頼されてるのがよくわかるような、見事な好青年だ。

 エルは……エルについては、もうあれこれどこが好きとか考えなくてもいいだろ。ヴァージャもそうだけど、フィリアとエルもオレにとってはもう無条件で全部好きな仲間なんだ。自分でビックリするくらい好きだよ。


「大体の手の内は読めた、そろそろこっちから行かせてもらぞ!」
「こんのぉ! 調子に乗らないでよね!」


 そんなことを思ったのが役に立ったのかどうかは微妙なとこだけど、状況をひっくり返すべく真っ先に動いたのは――ディーアだった。ヘクセの注意が自分から外れたほんの一瞬の隙を見逃さず、強く地面を蹴って駆け出す。ヘクセの援護をすべくロンプの周囲の魔法円からは真っ赤な紅蓮の炎が弾丸のように飛翔したものの、それがディーアの身を捉えることはなかった。

 目の前から飛んでくる火炎弾を駆けながらひょいひょいと避け、ある程度距離を詰めたところで片手の平を思いきり地面に叩きつける。最初は何をする気なのかと思ったけど、次の瞬間、ヘクセとロンプの足元から勢いよくデカいワニが飛び出してきた。……ディーアってどう戦うのかと思ったけど、召喚術の使い手だったんだ。


「き……ッきゃあああぁ!? な、何すんのよぅ!」


 全長四メートルほどはあろうかというワニの口に銜えられたヘクセとロンプは、そのままブンブンと振られて完全に目を回しているようだった。けたたましい悲鳴が上がる。あれじゃもうマックやティラの援護なんてできそうにない。

 ディーアはそんな彼女たちに構うことなく、今度はマックやティラの方に向き直り宙に魔法円を描く。すると、その円からは今度は大型の鳥が五羽ほどび出された。それらはお返しとばかりにサクラと交戦するティラの真横から襲いかかる。


「くッ……!? この、卑怯者!」
「ふふ、自分たちがするのはよくてやり返されるのはいけないのかしら?」


 真横から飛んできた鳥の群れにティラは咄嗟に片腕を引き上げて目を守ったが、サクラはその一瞬の隙を逃さない。素早く身を落として足払いを叩き込み、後ろにひっくり返りかけたティラの右肩に肘を叩き落とした。重力と体重を乗せたその一撃は、ティラの肩に重い怪我を負わせたようだ。仰向けに倒れ込んだその口からは声にならない悲鳴が上がる。


「うぐ、うぅ……ッ!」
「同じ女のよしみで顔だけは避けてあげたのよ、感謝なさい。あなたの取り得なんてその顔と身体だけですものね」
「なん、ですって……!?」
「あら、違った? あなたが秀才グロスでいられたのは全てリーヴェのお陰、彼と離れてからのあなたなんて凡人オルディ寄りじゃない。マックの役に立てなくなって捨てられるのはいつかしらね」


 ぴしゃりと告げられたサクラの言葉に、ティラは今にも泣き出しそうな表情を滲ませた。けど、それも一瞬のこと。その目には即座に憎悪の色が滲む。サクラはそんなティラの左手首を踏みつけると、ワニに身体ごと揺さぶられて目を回しているヘクセの方へと目を向けた。


「あなたたちはいつか本当にマックに選ばれると思ってるの? 仮にウロボロスが一国を築くほどになったとしても、妃に選ばれる女は一人だけ。その時に、自分が選ばれるって自信を持って言えるのかしら」
「ふん……あなたは、選ばれる自信がなかったから、逃げた、のね……リーヴェにどんな色目を使ったの?」
「あなたと一緒にしないでほしいわね。もっとも……今のマックにそこまでする価値があるとは思えないけど」


 ティラの苦しまぎれの言葉は、サクラに一言で返された。
 マックの方を見てみれば、ディーアからの横槍がないにもかかわらず――エルにまるで歯が立たないようだった。マックが愛用する武器は大剣、攻撃直後には隙ができる。けど、普通ならできるはずのその隙は、天才のマックにかかればほとんど見当たらない。

 それなのに、隙なんてほとんどないはずなのに、マックの身はボロボロだった。
 隙なんて敢えて探す必要もなく、エルの攻撃速度がそれよりもずっと速く重いんだ。針の如く突き出される細身の剣による攻撃はマックの全身を的確に捉え、じわじわと締め上げるようにダメージを蓄積させていく。

 ウロボロスの女性陣は、天才として強いマックに惚れていたはずだ。そのマックがひと回りは子供のエルに完全に押されている。そんなマックでもお前たちは好きなのか、とサクラはそう言いたいんだ。


「リーヴェさんを殴ったそうですね」
「だったらどうだってんだ、このクソガキが!」
「どこを殴ったのかは、知らないし、僕はその現場を、見て、ないので――」


 矢継ぎ早に繰り出される大剣による攻撃をひょいひょいと難なく避けながら、エルは涼しい顔で逆手を固く握り締める。マックが大きく大剣を振り下ろしたのを見逃さず一気に間合いを詰めて懐に潜り込んだ。


「――単純にいかせてもらいますよ!」


 その矢先、握り締めた左手をマックの顔面に思いきり叩きつけた。殴り飛ばされたマックの手からは大剣が転がり落ち、その身は近くの木に激突して崩れ落ちる。
 ……もうマックじゃ、エルには敵わないらしい。
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