105 / 172
第九章:天空の拠点
ウロボロスの女
しおりを挟む正午を過ぎて数分といった頃に北の大陸にある拠点に帰り着いたオレたちは、拠点の中に漂う何とも言い難い雰囲気にすぐに気づいた。
ちなみに、空飛ぶ城はこの拠点のメチャクチャ高いところに停まってる。あまりにも高い場所にありすぎて、まだ誰も気づいていないらしい。
不満、困惑、疑念……あまりよろしくないものに包まれているようだ。これは、スターブルに行ってる間にまた何かひと騒動あったのかもしれない。フィリアは可愛らしいお嬢様みたいな見た目をしてるけど、性格はわりと勝ち気で狂暴だ。リスティと取っ組み合いの喧嘩でもしてたらどうしよう。
「――! リーヴェさん、ヴァージャさん! いいところに!」
「あ、フィリア、大丈――」
「話はあとです! すぐ来てください!」
なんとなく嫌な空気が流れる拠点内をヴァージャとあちこち見回しながら歩いていると、奥の方から血相を変えたフィリアが飛び出してきた。その慌てようは尋常じゃなくて思わず大丈夫かと声をかけようとしたものの、それよりも先に問答無用に手を引かれて従うしかなかった。いくら幼女だって今や秀才レベルなんだ、無能のオレが力が敵うわけがない。
「ど、どうした、何があったんだ?」
「さっき、ひどい怪我をした女の人が運ばれてきたんです! 手当てをしても血が止まらなくて、このままじゃ命が危ないって……」
呑気に立ち話なんてしていられるような状況じゃないことだけはわかった。
早口に返るフィリアの言葉を聞けば、楽観できるような怪我じゃないんだろう。斜め後ろから見てもわかるくらい、今の彼女は青ざめていた。その怪我人のところに着いたら、ヴァージャに頼んでフィリアを外に連れてってもらった方がいいかもしれない。いくらリーダーとは言え、まだ十歳。死にそうなレベルの怪我を見せるのは気が引ける。
ちら、と後ろを振り返ると、こんな時でも人の頭の中を覗いているらしいヴァージャが了承の意味を込めて頷いてくれた。こんな時でも、とは思ったけど、こんな時だからこそ言葉に出さなくても伝わるのは地味に有難い。
程なくして、今にも倒れそうなフィリアに連れられていった医務室にはサンセール団長、エルにマリーと馴染みの顔ぶれが集まっていた。いち早くこちらに気付いたエルがホッとしたように表情を和らげるのとは対照的に、サンセール団長は複雑そうに厳つい顔を歪める。
「団長、怪我人って……」
「うむ……それがなぁ、まあ……なんとも」
その、あまりにも豪胆な団長らしくない要領を得ない返答に疑問符が浮かぶものの、寝台に歩み寄ってみればどうして団長が言葉を濁したのかわかった。仰向けに寝かされていた件の重傷人の女は、オレにとっても見覚えがある女だったからだ。
長い黒髪に桔梗色の羽織を着た和風美女、それは――ウロボロスのサクラだった。間違いなくあいつの、マックの女の一人だ。サクラだって秀才のはずなのに、いったい誰がこんなことを……。
「お知り合い、ですか……?」
「……ああ。あんまり嬉しくない方の」
恐る恐るといった様子で声をかけてきたエルにそう返すだけで、精いっぱいだった。今のオレはどんなひどい顔をしてるんだろう。
ヴァージャやエルがマックたちのことは徹底的にやっつけてくれたからもう大丈夫だと思ってたのに、“ウロボロス”のことを思い出すだけで腹の中にデカい石でも押し込まれたみたいにムカムカする。マックの、ヘクセやロンプの人をバカにした嘲笑と差別にまみれた言動を思い出すだけで腹が立って仕方がない。
思い出したくないことまで色々と頭に浮かんできたところで、ポンとヴァージャに肩を叩かれて強制的に意識が引き戻された。
「それで、どうするのだ。治療するのか?」
……治療。
ちら、とサクラの様子を見てみると、腹部や脇腹に特にひどい傷を負っているようだった。綺麗な桔梗色の羽織は血に染まって一部分が黒に変色している。確認するまでもなく顔色が悪い。呼吸も弱々しくて、放っておいたらこのまま死んでしまうのは明らかだ。
巫術はヴァージャの力を使うんだから、これだけの重傷だってきっと助けられる。でも「本当にそれでいいのか」って、悪魔が耳元で囁くようだった。
マックの女なんか助けたってロクなことにならない。
サクラだってマックの女なんだから、死のうがどうしようがオレには関係ないじゃないか。
怪我したのだってオレのせいじゃない。それに、サクラだってヘクセやロンプみたいにいつも――……
「……するよ、治療。ヴァージャ、フィリアが倒れそうだから外出ててくれ」
「わかった」
ヴァージャは一言それだけを返答すると、真っ青な顔をしたフィリアと――ついでに同じく顔色の悪いマリーを連れて医務室を出て行った。エルは医者志望なこともあって平気そうな顔をしてる、こいつは本当に頼りになるやつだ。団長のことはそもそも心配してないし。
けど、オレがまだスターブルにいた頃のことを知ってるサンセール団長は心配そうに声をかけてきた。
「……リーヴェ、よいのか」
オレだって、マックの女なんか助けたくないさ。けど「あいつの仲間だから助けたくない」って意地張って、ここで何もしなかったらきっと人生のどこかで後悔するような気がする。この先の人生でどれだけ幸せになっても「あの時に命を見殺しにした」って一生ついて回る気がするんだ、罪悪感が。マックのせいで人生台無しになるなんて最悪じゃないか。
それに……。
「いいんだ。マックとか、ヘクセやロンプたちにはいつも無能ってバカにされたし嫌がらせも受けてきたけど、……サクラには、そうやって言われたことも、何かされたこともないなって」
さっきヘクセやロンプたちにされてきたことが脳裏に浮かんだけど、サクラには――「こんにちは」とか「ごきげんよう」とか、顔を合わせた時に挨拶された覚えしかなかった。話し込んだことはないから何とも言えないけど、彼女に関する嫌な記憶は全然ない。
これがティラだったり、それこそヘクセたちだったらどれだけ先の人生を考えても躊躇ったかもしれない。でも、サクラはここで死なせたくはなかった。
サクラの腹部に片手を翳して目を伏せる。
後悔することになるかもしれないけど、やらないで後悔するより、やって後悔する方がずっといい。オレはそうやってこれまで生きてきたんだから。
0
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。


【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる