95 / 172
第八章:神さまの伴侶
成長速度が詐欺レベル
しおりを挟む思わぬ光景に完全に思考が停止する中、真っ先に動いたのは――リスティだった。
彼女はササッと胸元を押さえると横たえていた身を起こして、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げてくる。つい今し方、こっちを見てほくそ笑んだくせになんだその変わり身の早さ。
「も……申し訳ございません、リーヴェ様……このようなところをお見せするつもりはなかったのですが……」
沈痛な面持ちでそう告げるリスティを見れば、自然と庇護欲みたいなものが湧いてくる。見た目麗しいか弱い女性のこういう姿は男心を擽るものだ。
あくまでも、何も知らなければの話だけど。
情報ありがとうフィリア、ついでに予行練習ありがとうティラ。あなたみたいな人に見初めてもらえるなんて思ってなかったんだもの、ってマックに言ってたティラとリスティが異様に被る。思い出したくないこと思い出させやがって。
けど、そのお陰で頭の中は落ち着いた。ちら、と視線だけを動かしてヴァージャを見てみると、その周りには木箱だの樽だの、ついでにその中から飛び出ただろう小刀や弓矢などが散乱している。それを認めてから、そちらに歩み寄った。
「リスティ、怪我はないのか?」
「えっ?」
「怪我。倉庫の荷物が倒れてきたんだろ」
大方、倉庫に積んであった武器の荷が崩れてきて、それからリスティを庇おうとしてこんな状態になったんだろう。……ああほら、ヴァージャの左腕、何かの武器が掠めたらしく切り傷になってる。
「え、ええ……大丈夫ですわ」
「そりゃよかった。ああ、ヴァージャの手当てが終わったらそのままスターブルに行ってくるよ。オレはこの通りピンピンしてるし体調は全然大丈夫、気遣ってくれてありがとな」
オレの反応が予想外だったらしく、リスティは軽く目を丸くさせてからややぎこちなく頷いた。可憐な女性が本当に男にそういう意味合いで襲われてたのだとしたらこんな対応はロクでもないんだろうけど、こっちも腸が煮えくり返りそうなのを堪えてるんだ。必要なことだけさっさと伝えると、なんとなく気まずそうな顔をしたままのヴァージャの片腕を掴んで立ち上がらせた。
すると、リスティが静かに服の裾を掴んでくる。そのまま静かに顔を寄せてきたかと思いきや、オレにしか聞こえないくらい小さく呟いた。その顔はこれまでの淑女よろしく振舞っていたものとは違い、憤りに満ちていてちょっと怖い。女ってこんな簡単に正反対の顔ができるもんなのか。
「随分と、余裕がありますのね……?」
「……悪いけど、オレの相棒をそこらの男どもと一緒にしてくれるなよ」
腹は立つけど、メチャクチャムカついてるけど。でも、売られた喧嘩を買って同レベルに成り下がりたくないし、思惑通りに腹を立てて見せるなんてもっとごめんだ。一言二言短いやり取りをしてから、ヴァージャの手を引いてさっさと倉庫を後にした。
倉庫の出入口で固まったままのディーアにこの後の予定を簡単に伝えたものの、聞こえてたかどうかは不明だ。……多分オレより年上だと思うんだけど、ああいう光景にあんまり免疫はないのかもしれない。
* * *
黙々と足を進めてアジトの外に出ると、そこでようやく掴んでいたままのヴァージャの手を離した。それと同時に後ろから抱きすくめられて、一瞬呼吸が止まる。そのまま肩口に顔を伏せて項垂れるものだから、いよいよ身動きがとれなくなった。こうしてると、まるで叱られるのを待つ子供みたいだ、神さまのくせに。
「……誤解だ」
「わかってるよ、あんたがそう簡単に惚れたりするやつだとは思ってないし。けど、なんでリスティと倉庫にいたのかは気になる」
「お前を穴に落とした者に心当たりがあると言うから、……それで」
はーん、それでまんまと色仕掛けに引っかかったわけだ。
腹は立つけど、オレのために動いてくれたんだと思うと怒りのボルテージが随分と落ち着いてしまう辺り、オレは本当にチョロいやつなんだろう。
でも、ヴァージャをいじめたいわけじゃないし、責めたいわけでもない。こいつが誤解だって言うならそうなんだ。それなら、意地を張ってたってどうしようもない。
離せという意味を込めて軽く腕を叩くと、抱きすくめていた腕が離れていく。身体ごとそちらに向き直って、ヴァージャの左腕に刻まれた傷に片手を翳した。治療もすっかり慣れたものだ。
ちら、と視線を上げて様子を窺ってみれば、当の本人は未だに気まずそうな顔をしているものだから、少しばかり反応に困る。ちょっとした誤解でこんな顔をするくらいだ、こいつに浮気だとか二股の心配なんてあるわけがない。
「じゃあ、そのいいものが何か教えてくれよ。まだ誰にも教えてないんだろ? 誰よりも先に教えてくれたら特別感を感じて愛されてるな~って実感できるんだけど」
冗談めかしてそんなことを告げてやると、そこでやっと少し安心したようだった。確認なんかしなくても整い過ぎた顔面に苦笑を乗せて、空を見上げる。
「移動可能の要塞がある、あれなら奇襲を受けるようなこともない。……ちょうど迎えも来たようだな」
「い、移動可能の要塞? ……それに、迎えって……」
思わぬ返答を受けて、頭には物々しい武装が施されたデカい建物が浮かんでくる。要塞っていうと物騒な外観の建物ばかり想像できるけど、……どんなのだろう。ヴァージャにつられて空を見上げると、薄く雲がかかる青空には鳥にしては異様にデカい影がひとつ。
程なくして、オレたちのすぐ傍に羽根のようにふわりと降りてきたそれは――全長五メートルくらいはあるだろうデカい獣だった。真っ赤なたてがみと、金色に輝くような身体、背には鳥のような大きな翼が生えている。四つ足で立つそれは……なんだろう、とてつもなく綺麗だけど見た感じは恐ろしい。でもやっぱり綺麗だ。
すると、ヴァージャは当たり前のようにその正体不明の生き物と話し始めた。
「随分と早かったな」
『ヴァージャ様のお呼びですので。リーヴェ様もお久しぶりでございます』
獣が人語を喋るのもビックリだし、見た目に反して変声期を迎えてない子供みたいな声で喋るのもビックリなんだけど、一番驚いたのはこの生き物がオレを知ってるってことだ。お、お久しぶり……? どちらさん……?
「……やはりこの姿ではわからないか。ブリュンヒルデだ、孤児院に用心棒として置いてきただろう」
「ぶ……、……う、嘘だあああぁ!」
孤児院に置いてきた用心棒のブリュンヒルデというと――生まれたての小鹿みたいにプルプル震えてた子猫だったはずなのに。それがいつの間にか、こんなにデカく、それに厳つくなっちまって……。
いくらヴァージャの力が戻ったって言っても、詐欺レベルの変わりようだった。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。


田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
いとしの生徒会長さま
もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……!
しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる