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第七章:反帝国組織セプテントリオン
帝国の無能狩り
しおりを挟むオレたちが乗った客船は嵐だとか悪天候に見舞われることもなく、無事に目的地の港街ポルト・ラメールに入港した。怪しまれる前にさっさと船を降りて街中に紛れ込み、早々に宿に逃げ込んだ。
この港街の宿は食事処と酒場も営んでいるようで、宿は異様にデカく、中に入ると独特のアルコールを孕んだ匂いがふわりと漂う。真昼間であるにもかかわらず店内では酒を飲む客の姿がちらほらと窺えた。店主はオレたちの姿に気付くとジロジロと探るような視線を投げてくる。童謡に出てくる赤い服のじいさんみたいに、白いヒゲをたくわえた男だった。眼鏡の奥で目を細めて「宿泊かい?」と声をかけてくる。
「四人で二部屋お願いしたいんですけど……」
「ああ、空いてるよ」
フィリアがカウンターに寄ってそう声をかけると、店主のじいさんは小さく頷いて宿帳を開き始めた。……気のせいかな、この店主も店の中で酒を飲む客たちもなんだか異様に疲れているように見える。やつれていると言うか。
それに、この宿に着くまでの街の雰囲気も他の街や村とは違っていた。なんだろうな、まるで死んでるみたいに活気がないんだ。ル・ポール村の時みたいな静まり返ったような状態じゃなくて、人はたくさんいるのに空気がメチャクチャ重い。
フィリアの代わりに宿帳に必要な情報を書き込んでいくエルの姿を、店主はジッと見つめていた。
* * *
宿の部屋に荷物を置いてから、ヴァージャとエルは街の中へと買い出しに出掛けた。オレはフィリアと共に留守番をしながら窓から街の様子を眺めていたものの、そこから見える雰囲気もさっきまでとまったく変わらない。辺りを行き交う通行人たちの足取りは非常に重かった。
「リーヴェさん、この街なんだかおかしくないですか?」
「ああ、オレも思ってたとこ。なんか街の人たちの顔が死んでんだよな」
「もしかして統治クランが横暴だったりするんでしょうか……」
その可能性はあるかもしれないよなぁ……統治クランが横暴だから日々が地獄みたい、っていうか。聞けば事情を教えてくれるんだろうか。……けど、事情を知ったからってオレたちの出る幕かどうかもわからないし、どうしたもんか。
寝台に乗り上げて窓の外を眺めるフィリアを横目に見遣ると、普段はころころと表情の変わるその顔は不安一色に染まっていた。どれだけませてても、こういう部分は年相応の普通の女の子だ。
少しばかり気まずい沈黙が落ちる中、そんな部屋の中にひとつノック音が響いた。半ば反射的に出入口の方を見遣ると、静かに開かれた扉の先にはさっきの店主が複雑な面持ちで顔を覗かせている。辺りを軽く見回して人の姿がないのを確認してから、ササッと人目から逃れるようにして部屋の中に入ってきた。
「店主さん? どうしたんですか?」
「いや……どうしても気になってね。あんたたち、船で来たのかい?」
「ええ、そうですけど……」
その言葉をフィリアが肯定すると、店主の口からはため息交じりに「やっぱりか」という呟きが洩れた。……もしかして、オレたちは招かれざる客なんだろうか。
すると、店主はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきたかと思いきや、一度窓からそっと外の様子を見遣った。その様は何かをひどく恐れているようにさえ見える。
「あんたたちの中に無能はいるかい?」
「えっ……な、なんで?」
「もしいるのなら悪いことは言わない、来たばかりでこんなことを言うのもアレだが、すぐに元の大陸に戻った方がいい。この大陸では十日ほど前から、帝国兵による無能狩りが行われるようになったんだ」
「む、無能狩り? なんですか、その物騒なのは……」
どうやら、店主はオレたちのことを心配してくれているようだ。それにしても、無能狩りか……帝国が関与してるなら、多分リュゼの記憶が戻ったかどうかなんだろう。余計な口を挟むことなく、店主が再び口を開くのを待った。
「少し前、帝国が無能に“才能や能力を増強する力がある”っていう研究結果を発表してね……それからなんだよ、帝国兵が帝国領を出てあちこちの街や村に押し入って、皇帝に献上するために無能を捕まえるんだ。この街にも昨日来たばかりさ。さっき下で飲んだくれてた連中はその時に家族や友人を連れて行かれてね……」
なるほど、所謂「飲まなきゃやってられない」っていう状態だったわけだ。そりゃ真っ昼間から飲みたくなるさ。それにしても、無能狩りか……ああ、やっぱりこうなっちまうんだな。大体、その研究結果だって帝国が進めてたものじゃなくてエアガイツ研究所のやつらが出したものだろうに。何でも自分たちのものにしちまうんだな、帝国ってのは。
「けど、帝国兵が帝国領を出て活動を始めてるなら、すぐ他の大陸にも広がっちまうんじゃ……」
「そうさ、皇帝は世界中にいる無能を自分が独り占めするつもりなんだよ。だが、この大陸にいるよりは……まだ少しは安全かもしれないと思ってね、ただのお節介心さ」
「お節介だなんてとんでもない、教えてもらって助かったよ。オレたち何も知らなくてさ」
いいじいさんなんだなぁ、この店主は。けど、どうしたもんか。ヴァージャとエルが戻ってきてから今後どうするか相談した方がよさそうだな。ただでさえ探し人に似てるってことでジロジロ見られがちなのに、更に無能狩りときたら……ああ、みんなのお荷物になる未来しか見えない。
「じゃあ」と手を振って部屋を出て行こうとする店主だったものの、不意に窓の外から悲鳴のようなものが聞こえてくると慌てたように窓に戻った。それと同時にオレとフィリアの頭を上から押して強引にその場に座らせてくる。その横顔には明らかな焦りの色が見て取れた。
「バ、バカな、昨日来たばかりだぞ……!? そ、そうか、船の入港に合わせて来たんだな!?」
「じ、じいさん、もしかして……」
店主のその様子から、あまり愉快ではない想像が浮かんだ。窓の外からは徐々に近づいてくる蹄の音と、怒鳴るようないくつもの声が聞こえてくる。店主は顔面蒼白といった様子でこちらを見下ろすと、今にも倒れてしまいそうな様子で「帝国兵だ……」と呟いた。
やっと北の大陸に着いたのに、着いて早々とんだ災難だ。
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