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第七章:反帝国組織セプテントリオン
不穏な雲行き
しおりを挟むそれなりに長く滞在した夢の国ヘルムバラドとも、今日でお別れ。遠ざかっていくネイ島をぼんやりと見つめながら、海風に揺らされる横髪を片手で押さえる。
いい場所だったなぁ、着ぐるみたちの圧は怖かったけど本当にいい場所だった。色々なことが落ち着いて暇になったら、また遊びに来たいもんだ。その時はミトラや孤児院のガキ共も連れて来れたらいい。
オレたちが乗った北の大陸行きの船は他の客船に比べて特に大きなもので、よくヘルムバラドと北の出入口たる港街ポルト・ラメールの間を行き来しているらしい。足が速く、この客船でなら一日半ほどで北の大陸に到着するそうだ。ナーヴィスさんの言ってた通りだけど、結局ヘルムバラドで二週間以上のんびりしたから船の足が速かろうが遅かろうがあまり変わらない気がする。まあ、その分だけ色々と遊べたからいいことにしよう。
船の縁に寄り掛かりながら、手の中にあるものを何とはなしに見下ろす。そこには、イルカを模したひとつのペンダントがあった。
『リーヴェ様、もし旅先でノクスという人に出会うことがありましたら、このペンダントをお渡しください。きっとみなさまのお力になってくれるはずです』
『ノクス?』
『わたしのお兄様です。お兄様はヘルムバラドの思想を世界中に広めてやるのだと意気込んで、数年前に旅に出てしまいまして……目的はみなさまと同じですし、きっと喜んで力になってくれると思います』
出港前にマティーナと交わしたやり取りを思い返しながら何気なくペンダントトップを裏返してみると、そこには銀細工にハッキリとマティーナの名が綴られている。マティーナの兄ちゃんかぁ……上手く会えるといいんだけど。見た目とか年齢とか聞いておけばよかった。マティーナが十代半ばくらいに見えたから、兄ちゃんは……オレと同じか、少し下くらいかな。
「リーヴェさん、今日は具合はどうですか?」
「ああ、全然平気だよ。昨夜はぐっすり寝たからな」
そこへ、エルが心配そうな顔をして駆け寄ってきた。ネイ島に着く前は寝不足で少し船酔い気味だったから、多分それを思い出して心配してくれてるんだろう。こいつは本当に天才なのかと疑ってしまうくらいにいいやつだ。すると、エルは文字通り安心したように表情を綻ばせる。
「それならよかった、今日も船酔い気味だったらと思って船酔いに効く薬を作っておいたんです。もし途中で気分が悪くなったらいつでも言ってくださいね」
「はあ……お前は本っ当にかわいいやつだよなあぁ」
「ど、どうしたんですかリーヴェさん、くすぐったいですよ」
ペンダントを上着の中にしまってから隣にいるエルをぎゅうぎゅう抱き締めると、当のエルは言葉通りくすぐったそうに笑う。こいつは本当にどうしようもなくかわいい。フィリアもかわいいんだけど、あいつとはまた違う意味でかわいい。
けど、そんな時――ふにゃふにゃになって笑ってたエルが、不意に表情を引き締めて視線を横に流した。……いつもおっとりのほほんとしてるのに、いきなり百八十度変わるのは心臓に悪いからやめてほしい。背中に片手を添えてきたと思いきや、そのままそっと身を離して海の方へと身体を向けられる。
不思議に思って横目にその様子を窺うと、エルは後方に意識を向けたまま潜めた声量で呟いた。
「……静かに。……このまま、海を見てるフリをしてください」
「あ、ああ……なんか、ヤバそうな感じ?」
「はい、……ヴァージャさんは?」
「あいつなら船室で休んでると思うけど……」
ヴァージャは未だに乗り物の揺れはあまり得意ではないみたいだ、それとも単純に気疲れのせいか。ヘルムバラドではあちこちで着ぐるみに熱視線を送られてたからなぁ……疲れが溜まってそうだ。
そう返答すると、エルは少しばかり考えるような間を置いてから改めて小さく呟く。
「……リーヴェさんも、今は船室にいた方がいいかもしれません。さすがに客船で襲ってくることはないと思いますけど、なんとなく嫌な視線です。ヴァージャさんの傍なら安全でしょうし」
「わ、わかった」
いつもおっとりしてるエルがこんなマジな顔して言うくらいだ、それだけヤバそうな雰囲気なんだろう。そのままオレの手を取って、表面上だけは一応にこやかに取り繕いながら踵を返した。……確かに、注意しておかないとまったくわからないレベルだけど、なんかあちこちから視線を感じるような気はする。
ちらと視線を上げると、大きな帆が気持ちよさそうに風を受けている。文句なしにこの船はデカい。……そんなデカい客船でまた船室にいなきゃならないのか、どうにも嫌なことを思い出しちまいそうだ。
けど、エルもフィリアも、それにヴァージャも一緒だからあの時とは違う。今回は大丈夫そう……かな。そうだといいな。
空はほとんど雲ひとつない快晴なのに、気分はまったく晴れてくれなかった。
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