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幕間
略奪と支配を望む
しおりを挟む世界の北西に位置する帝国フェアメーゲンの帝都、その王城の謁見の間でリュゼは床に片膝をつき深々と頭を下げていた。頬を冷や汗が伝う、軽鎧を着込んでいるせいで傍目には触れないが背中は汗でぐっしょりだ。寒くもないのに冷水を浴びせられたかのように身体が震える。
現在、彼の正面にはこの世界で最も強い者だけが腰掛けることを許されている皇帝の玉座がある。もっと言うなら、その玉座に皇帝ガナドールが腰掛けている。その目は跪いて頭を下げるリュゼを射抜くように見据えていた。
「……それで、この俺が与えてやった槍を失ったというのか。どうやら、最近聞こえてくる噂はただの噂ではないようだな」
「も……申し訳、ございません……」
「ククッ、まことに神などという者が現れたのならば貴様程度のクズでは役に立つまい。別に責めはせぬ、咎めの言葉を考える労力と時間が無駄だ」
嘲笑交じりに告げられた言葉に、リュゼは顔を伏せたままぐっと下唇を噛み締めた。どんな言葉を吐きかけられたところで、こうしてただただ耐え忍ぶしかない。少しでも不服そうな顔や反抗的な素振りを見せれば、相手が誰であろうとこの場で首を落とされかねない。皇帝の前では必要以上に口を開かず沈黙を守るのが一番賢い対応だということを、この帝都に住む者は知っている。
「……それで? その神とやらのお気に入りは手に入りそうなのか?」
「は……、今しばらくの猶予を頂けましたら、必ず……」
「ククッ、よかろう。今の俺は気分がよいからな」
その思わぬ言葉に、リュゼはつい顔を上げてしまった。どうせ「すぐに行け」だの「役立たずめ」だの、また罵倒する言葉がいくつも飛んでくるだろうと思っていた身としては、あっさりと了承が返ったことが意外だった。だが、顔を上げて早々に後悔する。リュゼの目に映る皇帝ガナドールは、その顔に歪んだ愉悦を滲ませて口端を吊り上げながら笑っていた。この表情には覚えがある、ありすぎる。決して忘れられない笑いだった。
「他者のものを奪うのは実に面白い、奪われた者のあの絶望に満ちた顔は何とも言えぬ。ふふ、今度は神から奪うのだ、貴様がいう神とやらがどう絶望してくれるのか、想像しただけで笑いが止まらぬわ」
「……」
「いつまでそうしている? さっさと失せよ、俺の気が変わらぬうちに神の情人を連れてこい。そうすれば、俺が与えた恩情を破壊したことを許してやる」
リュゼは再び静かに顔を伏せて立ち上がると、一礼してから踵を返した。
この皇帝ガナドールは、他人の大切なものを略奪することを特に好んでいる歪んだ感覚の持ち主だ。誰かが大切にしているものにこそ価値を見出し、力で支配し、奪い取る。奪われる側の絶望に満ちた表情を見ては高笑いを上げ、自分に敗れた相手を更に言葉でねじ伏せ、叩きのめす。奪ったものは力で支配し、新しいオモチャを買い与えられた子供のように好きに遊ぶ。壊してしまうことだって少なくない。
――このリュゼも、皇帝にかつて大切なものを奪い取られた覚えがある。
「(他の連中も全員、皇帝に大事なモンを奪われちまえばいい。俺だけが奪われて、俺だけが不幸になるなんておかしいだろ。みんなみんな不幸になっちまえ!)」
皇帝との力量差は考えるまでもない。どう足掻いても自分では奪われたものを取り返すことはできない。そんな強い絶望を受け続けた影響で、リュゼ自身もまたその心を歪ませていた。
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