65 / 172
第五章:胡散くさい男
酔っ払いの談笑
しおりを挟む助け出した村の人たちと研究員を連れてル・ポール村に戻ると、出迎えてくれた村人たちにそれはそれは大喜びされた。研究所の生活も悪くないのにな、とぼやいてた女性も家族の姿を見ればすっかり安心したようで、その顔に隠し切れない笑みを浮かべて再会を喜んでいる。
いきなり襲ってきた全身真っ黒の襲撃者たちは、相変わらず球体型の容器にひと纏めにされてぶち込まれたままだった。オレたちと一緒に村にやってきた研究員たちが慌ててそれに駆け寄るところから、村で襲ってきたこの黒い連中も研究所の所属らしい。ヴァージャが研究員たちの記憶も一時的に封印したから、どうしてこんなことになってるのかわかってないみたいだけど。
「お疲れさまでした!」
問題は山積みではあるものの、取り敢えず誘拐事件は一件落着ということで、オレたちは村長さんの家に招かれていた。村の中で一番大きな家は中も広々としていて、助け出された村の人たちやその家族、友人がごちゃごちゃ入っても充分過ぎるくらいに余裕がある。
村に帰り着いた時には既に夕暮れに近い時間帯だったせいか、村長さんの家でお礼という名の宴会騒ぎがピークに達した頃には外は真っ暗だった。エルは少しばかり遠慮してたけどフィリアは騒ぐのが好きらしく、酔っ払いたちと一緒に大騒ぎしている。
この分だと、こっそり抜けてもバレやしないだろう。絡まれる前にそっと席を立って、そのまま外に避難することにした。疲労のせいか、それとも久しぶりに腹に入れた酒のせいか、軽く眩暈がする。やっぱ酒なんて飲むもんじゃないな。
「はあ……あっつ……」
火照った身に、涼やかな海風が異様に心地好い。寄せては引いていく波の音が一種の子守歌のようだ。あちこちに見える家屋には明かりが灯り、昨日まで陰鬱な雰囲気が漂っていた村の中は、さらわれた人たちが戻ってきてまさに生き返ったような状態だった。
しばらく何をするでもなく庭の柵に寄りかかって海の方を見ていると、昼間とは違って言いようのない不気味な雰囲気を感じた。太陽の下にある時は爽やかな印象を与えてくる海は、夜に見ると全てを呑み込んでしまいそうな闇に見える。多分これはオレが海にいい印象を持ってないからなんだろうけど。
「リーヴェ、ここにいたか」
「ん……よお、あんたも逃げてきたの?」
不意に背中に届いた声にそちらを振り返ってみれば、ヴァージャがいた。ほんの少し顔が赤らんでいるように見える。ああ、そういやこいつおっさんたちに随分飲まされてたなぁ。否定も肯定もせずに隣に並んだヴァージャを横目に見てみると、なんとなく――本当になんとなくなんだけど、少し元気がなさそうに見える。
「どうした、怪我の具合が思わしくないのか?」
「怪我は何ともない。……ただ」
「ただ?」
いつも大体ハッキリと言ってくるヴァージャがこんなふうに言い淀むのは珍しいことだ。話したくないことなら無理に聞く気はないけど、話したくないんじゃなくて……これまた珍しいことに何かを警戒してるような気がする。
急かすことなく黙り込んでいると、ややしばらくの沈黙の末にヴァージャがぽつりと呟いた。
「……リーヴェ、お前は私が怖くないのか」
「……は?」
怖がること、なんかあったっけ……?
オレがあれこれ考えていると、探るような視線を向けてきていたヴァージャの目と表情が段々と呆れ果てたようなものになっていく。なんだよその目は、あんたがちゃんとわかるように言わないからだろ。
……ああ、もしかしてあれか? あの気性難の武器のことか?
「……ああ。人が私の力を求めるから望むままに力を貸したら手の平を返されたことがある」
「……と言うと?」
「あれほどの恐ろしい力を持つ者を生かしておいては、いつその力が自分たちに向けられるかわからない、と私を殺しに来た軍隊があった」
さらりと告げられた話だったけど、ちょっと聞いただけで胸糞が悪くなるような話だ。以前見た大昔の記憶もそうだったけど、本当に人間ってのは自分勝手なんだよな。もちろん、ヴァージャに名前を与えた時代の人たちはそんなことなかったんだろうけど。
それにしても、こんなふうに昔のことを教えてくれるなんて、ちょっと酔っ払ってんのか。酒が入ると感情が大きく動くもんだ、それで少し不安になったのも……あるのかもな。
改めて横目にヴァージャを見遣ると、当の本人はさっきのオレと同じように海の方を見つめていた。柔らかい月の光に照らされる横顔は本当に整い過ぎていて、思わずため息が零れそうになる。
「うーん……オレはさぁ、ほら、初対面の時に多分あんたの一番恐ろしいだろう姿を見ちゃってるからさぁ」
ティラが指輪落としたって言うから探しに行ったあの洞窟でさ、いきなり崖の下から突進してきたじゃん。あれ本気で死んだと思ったもんな。
すると、何を思ったのかヴァージャがやや申し訳なさそうな顔をして、ちらとこちらを見てきた。
「色々あったし、あんたがとんでもない力を持ってるのもわかったけど、そのとんでもない力を理由もなく人間に向けるようなやつじゃないってのは知ってるからさ」
「……」
「だから別に怖――く、……な……」
ヴァージャって基本的に人間のこと好きじゃん、あくまでも自分は裏方に回ってサポートに徹するタイプだし。そんなやつが理由もなく人間に牙を剥くとは思ってない、ってのが本音だ。今まで何回もその力に守られてきたしな。
思ってるままを素直に伝えてやると、不意に思い切り引っ張られた。なんか暖かいものに包まれるような感覚を受けて一瞬頭が真っ白になったけど、ふわりと間近から漂うアルコールの匂いと腰裏と背に添えられた手に一拍ほど遅れて状況を理解した。理解すると同時に、強烈な眩暈を起こしてしまいそうなくらい顔面に一気に熱が集まる。
「な……ッ、え、ちょっ、ヴァージャ……! ど、どうしたんだよ、酔ってんのか?」
俗に言う――抱き締められてる状態だった。それも真正面から。肩に顔を埋めてくるから頬や首に髪が当たって少しくすぐったい。
「……すまない。少し、このままで……とてもではないが、見せられないような顔をしている」
慌てて押し退けようとしたところでそんなことを言われると、思わずその手が止まる。ちら、と見遣ったヴァージャの耳元は夜の闇の中でもわかるくらいに赤くなっていた。
0
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。


【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる