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第五章:胡散くさい男

酔っ払いの談笑

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 助け出した村の人たちと研究員を連れてル・ポール村に戻ると、出迎えてくれた村人たちにそれはそれは大喜びされた。研究所の生活も悪くないのにな、とぼやいてた女性も家族の姿を見ればすっかり安心したようで、その顔に隠し切れない笑みを浮かべて再会を喜んでいる。

 いきなり襲ってきた全身真っ黒の襲撃者たちは、相変わらず球体型の容器にひと纏めにされてぶち込まれたままだった。オレたちと一緒に村にやってきた研究員たちが慌ててそれに駆け寄るところから、村で襲ってきたこの黒い連中も研究所の所属らしい。ヴァージャが研究員たちの記憶も一時的に封印したから、どうしてこんなことになってるのかわかってないみたいだけど。


「お疲れさまでした!」


 問題は山積みではあるものの、取り敢えず誘拐事件は一件落着ということで、オレたちは村長さんの家に招かれていた。村の中で一番大きな家は中も広々としていて、助け出された村の人たちやその家族、友人がごちゃごちゃ入っても充分過ぎるくらいに余裕がある。

 村に帰り着いた時には既に夕暮れに近い時間帯だったせいか、村長さんの家でお礼という名の宴会騒ぎがピークに達した頃には外は真っ暗だった。エルは少しばかり遠慮してたけどフィリアは騒ぐのが好きらしく、酔っ払いたちと一緒に大騒ぎしている。

 この分だと、こっそり抜けてもバレやしないだろう。絡まれる前にそっと席を立って、そのまま外に避難することにした。疲労のせいか、それとも久しぶりに腹に入れた酒のせいか、軽く眩暈がする。やっぱ酒なんて飲むもんじゃないな。


「はあ……あっつ……」


 火照った身に、涼やかな海風が異様に心地好い。寄せては引いていく波の音が一種の子守歌のようだ。あちこちに見える家屋には明かりが灯り、昨日まで陰鬱な雰囲気が漂っていた村の中は、さらわれた人たちが戻ってきてまさに生き返ったような状態だった。

 しばらく何をするでもなく庭の柵に寄りかかって海の方を見ていると、昼間とは違って言いようのない不気味な雰囲気を感じた。太陽の下にある時は爽やかな印象を与えてくる海は、夜に見ると全てを呑み込んでしまいそうな闇に見える。多分これはオレが海にいい印象を持ってないからなんだろうけど。


「リーヴェ、ここにいたか」
「ん……よお、あんたも逃げてきたの?」


 不意に背中に届いた声にそちらを振り返ってみれば、ヴァージャがいた。ほんの少し顔が赤らんでいるように見える。ああ、そういやこいつおっさんたちに随分飲まされてたなぁ。否定も肯定もせずに隣に並んだヴァージャを横目に見てみると、なんとなく――本当になんとなくなんだけど、少し元気がなさそうに見える。


「どうした、怪我の具合が思わしくないのか?」
「怪我は何ともない。……ただ」
「ただ?」


 いつも大体ハッキリと言ってくるヴァージャがこんなふうに言い淀むのは珍しいことだ。話したくないことなら無理に聞く気はないけど、話したくないんじゃなくて……これまた珍しいことに何かを警戒してるような気がする。
 急かすことなく黙り込んでいると、ややしばらくの沈黙の末にヴァージャがぽつりと呟いた。


「……リーヴェ、お前は私が怖くないのか」
「……は?」


 怖がること、なんかあったっけ……?
 オレがあれこれ考えていると、探るような視線を向けてきていたヴァージャの目と表情が段々と呆れ果てたようなものになっていく。なんだよその目は、あんたがちゃんとわかるように言わないからだろ。

 ……ああ、もしかしてあれか? あの気性難の武器のことか?


「……ああ。人が私の力を求めるから望むままに力を貸したら手の平を返されたことがある」
「……と言うと?」
「あれほどの恐ろしい力を持つ者を生かしておいては、いつその力が自分たちに向けられるかわからない、と私を殺しに来た軍隊があった」


 さらりと告げられた話だったけど、ちょっと聞いただけで胸糞が悪くなるような話だ。以前見た大昔の記憶もそうだったけど、本当に人間ってのは自分勝手なんだよな。もちろん、ヴァージャに名前を与えた時代の人たちはそんなことなかったんだろうけど。

 それにしても、こんなふうに昔のことを教えてくれるなんて、ちょっと酔っ払ってんのか。酒が入ると感情が大きく動くもんだ、それで少し不安になったのも……あるのかもな。

 改めて横目にヴァージャを見遣ると、当の本人はさっきのオレと同じように海の方を見つめていた。柔らかい月の光に照らされる横顔は本当に整い過ぎていて、思わずため息が零れそうになる。


「うーん……オレはさぁ、ほら、初対面の時に多分あんたの一番恐ろしいだろう姿を見ちゃってるからさぁ」


 ティラが指輪落としたって言うから探しに行ったあの洞窟でさ、いきなり崖の下から突進してきたじゃん。あれ本気で死んだと思ったもんな。
 すると、何を思ったのかヴァージャがやや申し訳なさそうな顔をして、ちらとこちらを見てきた。


「色々あったし、あんたがとんでもない力を持ってるのもわかったけど、そのとんでもない力を理由もなく人間に向けるようなやつじゃないってのは知ってるからさ」
「……」
「だから別に怖――く、……な……」


 ヴァージャって基本的に人間のこと好きじゃん、あくまでも自分は裏方に回ってサポートに徹するタイプだし。そんなやつが理由もなく人間に牙を剥くとは思ってない、ってのが本音だ。今まで何回もその力に守られてきたしな。

 思ってるままを素直に伝えてやると、不意に思い切り引っ張られた。なんか暖かいものに包まれるような感覚を受けて一瞬頭が真っ白になったけど、ふわりと間近から漂うアルコールの匂いと腰裏と背に添えられた手に一拍ほど遅れて状況を理解した。理解すると同時に、強烈な眩暈を起こしてしまいそうなくらい顔面に一気に熱が集まる。


「な……ッ、え、ちょっ、ヴァージャ……! ど、どうしたんだよ、酔ってんのか?」


 俗に言う――抱き締められてる状態だった。それも真正面から。肩に顔を埋めてくるから頬や首に髪が当たって少しくすぐったい。


「……すまない。少し、このままで……とてもではないが、見せられないような顔をしている」


 慌てて押し退けようとしたところでそんなことを言われると、思わずその手が止まる。ちら、と見遣ったヴァージャの耳元は夜の闇の中でもわかるくらいに赤くなっていた。

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