60 / 172
第五章:胡散くさい男
エアガイツ研究所
しおりを挟む先導するヴァージャの後に続いて村の東側に向かうと、そこには鬱蒼とした暗い雰囲気が漂う森があった。足元に注意しながら進む中、草を踏み締めたような足跡がいくつも見て取れる。ここに人が出入りしてるのは間違いなさそうだ。
更に奥へと進んだ先、そこには古ぼけた大きな倉庫のような建物が佇んでいた。出入口らしき場所に武装した見張りがいるところを見れば、多分あそこが誘拐犯たちの潜伏場所だろう。さらわれた人たちは中にいるに違いない。
「ほぉ、エアガイツ研究所の連中じゃないか。間違いないぜ、あの服の紋様は」
「エアガイツ研究所? なんですか、それ?」
すると、大きな身を屈ませて様子を窺うリュゼが幾分か感心したように呟いた。耳慣れないその単語に疑問符を浮かべたのは、オレやフィリアだけでなくヴァージャやエルも同じだ。皆一様に、身を屈めて草むらに潜みながらリュゼを横目に見遣る。
「いずれは帝国の皇帝陛下を皇帝の座から引きずり下ろしてやろうって企んでる連中さ、そのために色々な方法を模索してるって話だぜ。あいつらはあちこちで見かけるんでね、すっかり紋様を覚えちまった」
「まあ……! そんな人たちがいるんですね……!」
こらこら、嬉しそうな顔をするんじゃないよフィリア。そりゃ、お前の目的も最終的にはそれってのは知ってるけどさ、あんまりよく知らないやつ相手にそんな顔見せるのはよくないぞ。皇帝ってのはこの世界で一番強くて偉いっていう認識なんだからな。
「じゃあ、その研究所の人たちが……ってことですね」
「そのようだな、……研究者たちなら突き止められるのも頷ける」
「それにしても、無能が何だってんだい? さっきの黒いやつらは能力が爆発的に強化とか何とか言ってたが……」
「その話は後にしましょう、今は捕まってる人たちを助け出すのが先です」
リュゼには、無能が隠し持つ力のことは――まだ話せていない。さっきの連中の口振りから、何らかの力があることはバレたかもしれないけど、こいつ何となく胡散くさいんだよ。だからまだ話していい相手かどうかわからないってのが正直なところだ。エルがさっさと話題を切り替えてくれたのが有り難い。
あんまり考えたくないけど、色々な研究をしてるうちにそのエアガイツ研究所の連中が無能が持つ強化能力に気付いちまったんだろうな。……こりゃ結構ヤバい状況なんじゃないか、研究所の規模はどんなもんか知らないけど、もう既に多方面に広まっちまってるかもしれない。
「そうかい、わかったよ。じゃ、まずは俺に任せてくれ。騒ぎを起こすのは得意なんでね」
「それ、自慢できることじゃないと思いますけど……」
「こりゃあ手厳しいねぇ、お嬢ちゃん。――ブル、オルサ! 出番だ、派手に暴れてきな!」
フィリアのツッコミにリュゼは渋い顔をした後、宙に二つの魔法円を出現させた。その次の瞬間、魔法円からは大きな雄牛とクマが飛び出してきて、地鳴りのような咆哮を上げる。どちらも身の丈四メートルくらいはあるぞ。マジかよ、こいつ凡人って言ってたけど、これ召喚術じゃないか。
リュゼに召喚された雄牛とクマは咆哮を上げながら、倉庫目指して一直線に突進していく。当然、見張りがそんなやかましい襲撃者に気付かないわけもなく。
「て、敵襲! 敵襲! 魔物だ!」
あーあ、魔物呼ばわりされてら……まあ、無理もないか、召喚するとこ見てなかったら本当にただの魔物にしか見えないもんな。とにかく、あの牛とクマが暴れてくれてる間にさっさと中に入った方がよさそうだ。
「僕たちは裏口に回りましょう、正門の騒ぎのお陰で多分警備が手薄になってるはずです」
「ああ、急ごうぜ!」
身を潜めていた茂みから立ち上がると、先んじて駆け出したエルの後に全員で続いた。今のうちに誘拐された人たちを助け出して、こんな場所からはさっさとおさらばだ。
* * *
さらわれた人たちは大丈夫だろうか、無事だといいんだけど。
胸にずっと抱えていたそんな心配は、倉庫の地下に飛び込んだ時に綺麗に空の彼方まで吹き飛んで行ってしまった。
なぜって、地下空間にはなんか異様に煌びやかな光景が広がっていたからだ。
一階は結構オンボロだったのに、この地下はどこかのお屋敷みたいな内装で、あちこちに檻はあるんだけどその中にはいずれも綺麗な寝台やクローゼット、小綺麗な服に豪華な茶器まで揃っている。地下空間全体にバターの芳醇な香りまで漂ってやがった。出どころはあれだな、テーブルの上に置いてある焼き立てっぽいクッキーだ。
「なんだなんだ、これ本当に研究所かぁ?」
「ど、どこかのお城みたいですね、檻の中には誰もいませんけど……奥かな?」
「あっちに大きな扉がありますよ、あそこじゃないでしょうか……行ってみましょう」
その光景に呆気にとられたのは当然オレだけじゃなくて、フィリアたちも同じだった。倉庫の中とは到底思えない空間の中で、取り敢えず奥を目指していく彼女たちの後に続こうとしたものの、それよりも先にヴァージャに軽く腕を引かれて思わず立ち止まる。
「……力のためだろう、グレイスたちに好かれなければ彼らの力は引き出せない」
「あ、そうか……それでこれか……」
「リーヴェ、いつも言っているが今回は特にだ。村に戻るまで決して傍を離れるな」
「……もしかして、見た目に反してここってかなり危険だったりする?」
エアガイツ研究所なんて今まで聞いたことないから、どういう連中なのか情報もない。リュゼなら知ってるんだろうけど、敵地でのんびりと話し込んでるわけにもいかないし。オレが向けた問いに無言を貫くヴァージャの様子を肯定と判断して、しっかりと頷いた。
……けど、そんな危険な場所でもヴァージャが隣にいると思うと安心するんだよな。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま


学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる