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第五章:胡散くさい男
リュゼ・エスピオン
しおりを挟むその後、オレたちも宿の中にお邪魔して事の経緯を聞くことにした。
村の人たちは例の全身黒ずくめの男に頼むつもりだったようだけど、誘拐された人たちを助けてくれるなら誰でもいいとのことだ。まあ、そりゃそうだな。この人たちにとって一番大事なのは、さらわれた人たちが無事に帰ってくることだ。
例の男は、自らをリュゼ・エスピオンと名乗った。このリュゼも人手が増える分にはまったく問題ないとのこと。ってことは、この男と一緒に誘拐犯退治に赴くことになるのかな、この流れだと。
「それで? 誘拐犯たちからの連絡は何もないのかい?」
「は、はあ……困ったことにそうなのです。連中は何が目的で村の者をさらっていったのか、目的がまったくわからなくて……」
取り敢えず宿の部屋を取って、ロビーで詳しい話を聞いてみることにした。
何でも、件の誘拐犯たちは村の人たちを誘拐したのに何も要求してこないらしい。普通だったら身代金だとか、何らかの要求を突きつけてくると思うんだけどなぁ。相手の目的もわからないから余計に手がないんだそうだ。
「それと、妙なのです。連中が狙うのはいつも決まって凡人か無能ばかりなんですよ、他の者たちには目もくれません。同じく凡人でも狙われなかった者もいますが、無能たちは全員連れて行かれました」
「へえ? そりゃあまた、鼻が利かない連中だねぇ」
「いえ……逆じゃないでしょうか。理由はわかりませんけど、敢えて凡人や無能の人を狙ってるんだと思いますよ」
小馬鹿にするようなリュゼの言葉を即座に否定したのは、エルだった。この村に住んでる人たちの才能の比率はわからないけど、確かに無能だけが全員連れて行かれたっていうのはおかしな話だ。自分でこういうのもアレだけど、無能なんか誘拐したって取引材料になんてならないだろうに。
「ってことは、この村には無能の人はもう一人もいないのか?」
「はい、ワシの孫娘も含めてこの村には六人ほどいたのですが、全員……」
「じゃあ、簡単じゃないか。向こうが無能に用があるってんなら、オレが囮になってそいつらを誘い出すよ。みんなにはどこか陰にでも隠れててもらって……」
無能なんて、世間的にはまったく役にも立たない――取引材料にするだけの価値もないような存在だ。そんな無能をピンポイントで狙うってのがどうにも気になる。どうやらそれはヴァージャも同じだったらしく、さっきから難しい表情で黙り込んでいた。
「だ……駄目ですよ! そんな危ないことさせられるわけないじゃないですか!」
「そうですよ! 相手がどんな人たちかもわからないんですよ!?」
「だ……大丈夫だって、ヴァージャがいるんだし」
すると、お子様コンビがほぼ同時に声を上げて詰め寄ってきた。その予想外すぎる反応にやや気圧されながら、取り敢えずフィリアとエルの二人を軽く宥める。確かに相手がどういう連中かってのは何もわからないけど、誘い出したところをヴァージャとエルにボッコボコにしてもらって色々聞き出すのが一番手っ取り早い方法だと……思うんだけどなぁ。
ちら、とヴァージャに視線で助けを求めてみると、やや暫くの沈黙の末に静かに頷いた。
「……わかった、お前がそれでいいと言うのなら反対はしない。そちらの……リュゼというのも、それでいいのか?」
「はははっ、アンタ優しいねぇ、俺の意見も聞いてくれるのかい? 俺はまどろっこしいやり方は好きじゃないんでね、楽に終わるならその方がいいさ。アンタらのやり方に従うよ」
リュゼはそう言うと、壁に寄り掛かっていた身を正して数歩こちらに歩み寄ってきた。へら、とその顔に笑みを浮かべこそするものの、その表情もなんとなく胡散くさい。けど、誘拐された人たちを助けようってんだから、これでも多分悪いやつではないんだろう。
「改めて、リュゼだ。よろしくな。俺はただの凡人なんで、お前さんたちのことは頼りにしてるぜ。まあ、今夜はゆっくり休もうや。向こうが動いてくれなけりゃこっちからは仕掛けようもないしな」
「ど、どうか……よろしくお願いします。村の者たちをお助けいただけましたら、我々に出来得る限りのお礼をさせていただきますので……!」
別に礼なんかいらないけど、村の人たちにしてみればそのくらいの一大事なんだろう。そうだよな、この場に集まってる人の中には家族を誘拐された人もいるだろうし、この村長さんも孫娘を連れて行かれたって言ってたし。……でも、この村じゃ無能でもちゃんと大事にしてもらえるんだ、いい場所だな。
「リ、リーヴェさん、本当に囮なんてやるんですか……? あ、危ないですよ……」
「大丈夫だって、……ほら、最強のボディーガードもいるんだし」
フィリアは依然として心配そうだ。いつもあんなに元気で揶揄してくるのに、今は真っ青になって泣きそうな顔までしてる。こいつらも、オレが無能だろうと差別しないし馬鹿にもしないし、いい仲間だよなぁ。本当にオレはいつも環境に恵まれてるよ。
そんなフィリアの頭をポンと撫でながら隣にいるヴァージャを示してみると、少しは安心したようだった。確かに危険は危険だけど、神さまが味方にいるんだ。大丈夫だろう。
取り敢えず、リュゼの言うように向こうが動いてくれないとこっちからできることは何もないに等しい。今は腹ごしらえをして、その動きを待つのが一番だ。
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