上 下
50 / 172
幕間

覗いてはいけない傷

しおりを挟む

 次の場所へと向かう道中、リーヴェが手元で広げる地図を隣から覗き込み、現在地と次の目的地を簡単に確認する。このボルデの街から北に向かうと小さな漁村があるそうだ。その漁村から船に乗り、北の大陸で一番大きな街――アンテリュールを目指すと言っていた。

 歳が近いせいか、先を歩くフィリアとエフォールは早くも打ち解けたらしく楽しげに談笑をしている。初めて会った時は自信なさげな様子だったエフォールも、カースの力から解放されたことですっかり本来の性格を取り戻したらしい。その顔には年相応の笑顔が浮かんでいた。リーヴェは本当に不思議な男だと思う。


「うーん……」


 だが、その不思議な男の様子が少しばかりおかしいのが気になっていた。
 フィリアが次の目的地を告げてからというもの、明らかに元気がなくなっている。何かよからぬ思い出でもある場所なのだろうか。リーヴェは確かスターブルの街を出たことはないと言っていたはずだが……。

 いつものように勝手に覗き見ることは簡単だが、普段とはやや雰囲気が異なる。リーヴェの意思を無視して覗くことは憚られた。

 ……またあの女――ティラと言ったか、あの女のことでも考えているのだろうか。殺されかけたとは言え、婚約していたのだから情が残っていてもおかしいことは何もない。

 聞いてもいいものか悩みどころではあるが、こうしていても仕方がない。そのまま聞いてみることにした。


「リーヴェ、何かあったのか」
「……なんで?」
「何となく様子がおかしい、またあの女のことでも考えているのか」


 思ったままを告げてやると、地図から顔を上げて驚いたような顔をした。だが、すぐに目を細めて嫌そうな顔をし始める。どうやらアテが外れたらしい。


「違うよ、いくらオレだって殺されかけたのに未練だの何だのウダウダしないって。……ティラが強いやつを求めるのはわかるしさ」
「わかる?」
「ああ、ティラには夢があるんだ。だから、いずれは国を築けるような力のあるクランと、それを率いる天才を求めてんのさ」


 夢……そういえば、スターブルの街で領地戦争に手を出した後、そんなことを言っていたような気もするな。呆れ果てるばかりでほとんど話半分だったが、この口振りだとリーヴェはその夢とやらを知っているんだろう。


「……ティラって、マックに会う前は本当に才能だとかなんとか気にしないタイプだったんだ。オレみたいな無能でも普通に暮らせるような国を作りたいって言っててさ、その頃から力のあるクランを探してたんだよ」
「国を……作る?」
「統治権を持てるくらいのクランがもっと力をつけていけば、そのまま一国を築くことだって夢じゃないんだ。小さくてもいいから国を作るっていうのがティラの夢、……今は多分、あの頃とは違うんだろうけど」


 なんだ、あの女もそれなりの夢を抱いているのではないか。……だが、そうだな。そのリーヴェをあのように襲撃するくらいだ、今は恐らく当時とは異なる野望を胸に抱いているのだろう。

 などと考えていると、再びリーヴェが目を細めて睨むような視線を向けてきた。


「けど、別にそういうことをあーだこーだ考えてるわけじゃないんだよ。何度も言うと強がりに聞こえそうだけど、未練とかはないの」
「では、何を考えて落ち込んでいる?」
「……船酔いしそうだなぁ、って。アレかなりキツいって聞くんだよ、港に酔い止めでも置いてるといいんだけど」


 そう言いながらフイと顔ごと視線を背けるリーヴェは――やはり何かを隠しているようだった。地図を畳んでカバンに押し込む様を眺めて、数拍。悪いとは思いつつも、そっとその頭を中を覗いてみることにした。


『……――ごめんね』


 えたのは、覚えのない一人の女の姿。
 場所は……どこだろうか。小さな窓くらいしかない、薄暗い一室。女は布で顔を覆いながら泣いているようだった。短い謝罪を紡ぐ声が震えているのはそのためだろう。微かに波の音が聞こえたような気がした。


『ごめんなさいね、リーヴェ。でも……母さん、こうするしかないの……』
「――!」


 その一言を聞いて、勝手に覗き見ることをやめた。これは本人の了承なしに見ていいものではない、リーヴェが心に抱える傷そのものだ。

 母らしき女、謝罪、波の音。
 恐らく、リーヴェは親に関することで海に何らかの苦い想いと記憶を抱えているのだろう。


「ほら、早く行こうぜ、あいつらに置いてかれちまう」
「……ああ」


 そう言って笑うリーヴェは、いつも通りに振る舞っているつもりのようだった。無理をしているのは一目瞭然だ、下手をすればフィリアやエフォールもその様子がおかしいのに気付くだろう。

 二人の後を追うその背中を眺めていると、小さくため息が洩れる。
 苦しいのなら、せめて私にだけでも吐き出せばいいものを。頼られないということが、ひどくもどかしかった。上手く言葉にならないほどに。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界召喚されたらロボットの電池でした

ちありや
SF
夢でリクルートされた俺は巨大ロボットのパイロットになる事になった。 ところがいざ召喚されてみれば、パイロットでは無くて燃料電池扱いらしい。 こんな胡散臭い世界に居られるか! 俺は帰る!! え? 帰れない? え? この美少女が俺のパイロット? う~ん、どうしようかな…? スチャラカロボとマジメ少女の大冒険(?) バンカラアネゴや頭のおかしいハカセ、メンタルの弱いAIなんかも入り混じって、何ともカオスなロボットSF! コメディタッチで送ります。 終盤の戦闘でやや残酷な描写があります。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

処理中です...